ある侯爵令息の呟きは。
ふと書きたくなったもので、、、。
誤字報告ありがとうございます!
たった三年、生まれるのが遅かった。ただそれだけなのに。
まだあどけなさの残る、社交界に出たばかりの少年は遠くにいる婚約者をそっと睨んだ。
かの婚約者は三歳年上の伯爵令嬢。神秘的な美貌と数々の華やかな貴族男性に愛を囁かれても首を立てに振らない健気さに、社交の場でも男女ともに人気がある。
一方自分は三歳年下の侯爵令息。ダークブロンドの柔らかい癖毛に甘く整った童顔がよく目立つが、本人にとってはコンプレックスそのものである。
二人は『お似合い』だとか『睦まじい』だとか言われる一方、妬んだものは『地位を利用し婚約者に収まっている』などとほざく。心の広い婚約者は気にもとめないが、こちらは違う。そんなことを言われると苛立ってしまうような若輩者なのだ。
今晩も開かれる華やかな夜会。主催はとある有名侯爵家。エスコートするため、隣には美しく着飾られた婚約者。いつも変わらず美貌に視線が集まる。確かに彼女は美しいがそこだけが良いわけじゃない。
そう本心を伝えたことはないけれど。
(今日こそ可愛いって言う、似合ってるって言う、言いたい、、、)
「どうかした?」
「、、、別になにもないけど」
(違う!世界一可愛いよって言いたいんだ!言いたいのに、、、!)
一人悶々としていると、婚約者は見惚れてしまうほど美しく、くすりと顔を崩し優しくダンスに誘ってきた。思わず手を引きフロアに飛び出す。こういうところが悔しい。年下だと侮られているようで。
自分だって女性にモテているとそれとなく主張しても、それは鼻が高いと微笑まれるばかり。そんな余裕ぶっていても知らないぞ、と脅しても無駄。可愛らしい少女たちを侍らせても向こうは名だたる令息と談笑。こちらのことなど眼中にないと言わんばかりの態度だ。
今夜も別の女の子のほうに行く素振りをみせると、ごゆっくりと離れていく。意地を張ってみても気になる。ちらりと目をやると彼女の幼馴染みたちが群がり、なんだか楽しそうで。
昔からそうなのだ。
婚約者と同年に本国の第二王子を始め、今夜の夜会主催家の息子や大臣の跡取り息子、社交の華を母にもつ令息、かの大戦で英雄となった者の孫、王家からの覚えめでたい家のご令嬢などが生を受け、つまり所謂“豊作の年”であった。伯爵と言えどもそれは当主たっての希望により叶えられた地位で、手を尽くせば婚約者は王家に嫁ぐことだって可能であるし、周りは皆、殿下と婚姻を結ぶであろうと考えていたほどだった。それが何のいたづらか少し年離れたこちらに婚約者という立場が廻ってきた、ということだ。
当初は憧れのお姉さま、であった彼女の絶対的存在になれたことを無邪気に喜んだ。
しかしながら、彼女がお気に入りであった王子からは散々爽やかに毒を吐かれ、令息たちから小突かれ、遊ぶときはいつも年下扱いされ心を傷つけられ。そのせいで素直に褒めることすらできぬヤサグレた子供になってしまったことは自負している。が、そんなときいつも彼女がそばにいて励ましてくれて、ますますその芯の強さやしなやかさに心を奪われた。それから今の今まで彼女を守るため大人になる努力を重ねた。
年頃になると貴族子息が通う学校では文武両道を目指し、しかし豊作の年生まれの彼らに追い付くのは大変苦しく、今現在も三歳という年の差を常に痛感させられている。社交においても既に三年先にデビューを果たしている彼女とその幼馴染みは常に中心で眩しく輝き、どう足掻いたって手の届かないような存在に感じられていた。
***
遂に彼らがホールから出て、いつも駄弁るテラスに移動してしまう。儚い容姿の彼女は気を許したように柔らかく微笑み、その腰には例の令息の腕が回っていて、そいつは心なしか得意気にこちらに目を向けた気がしてならない。むかつく。いらいらする。自分も隣にいた少女に断り、こっそりと後をつけた。
月明かりに照らされた場所で楽しげに語り合う彼らの、なんと羨ましいことか。自分は入れない空間。婚約者のご友人である令嬢が何かを言うと、どっと笑いが湧き、羨望の眼差しでそれを眺めることしかできない。この虚しさは誰も分かってはくれないだろう。
柱の陰に座り込み会話に耳を澄ましていると、突然頭を軽く叩かれ、みるとこっそり会場を抜け出してきた第二王子であった。意地悪く口角を上げ、行かないのかと声をかけられ思わず羞恥で顔が熱くなる。
たった三年だ。たった三年違うだけでこんなにも遠い。同い年だったらどんなによかっただろう。好きで遅く生まれたんじゃないのに。こんな隠れて会話を盗み聞いたりせず堂々と婚約者の腰に手を回せたのに。男らしくエスコートできるのに。いつでも可愛い、と自然に声をかける勇気を持てるのに。強敵にも臆せず、自分が婚約者であると言えるのに。良いところを直接、たくさん言えるのに。
こんな、意気地無しで逃げてしまうような自分から変われるのに。
昔、よくいじられた記憶のある庭園のベンチにそっと腰をかける。少しだけここにいよう。目から溢れる感情が落ち着いたら戻ろう。そう暫くしていると、後ろからふわりと抱き締められる。間違えようもない甘い香り。いつもいつも隠れてばかりの自分をちゃんと見つけてくれるのは彼女だけだった。
「どうしたの。また殿下にいじめられた?」
澄んだ声は自分だけに向かっている。美しい瞳は自分だけを映している。慰めにきてくれるこの時間だけ、彼女を本当に独り占めできるから。
「関係ないじゃん」
わざと拗ねたようにみせるのも大目にみてほしい。そうしたら優しい婚約者はもって強く抱きしめてくれることを知っているから。
「あなたには私がいるじゃない。いじめられても私がやり返すわ」
勇ましい彼女の腕を掴み、横に座らせて潤んでいるであろう瞳で顔を覗けば優しく頭を撫でてくれるから。
「いい、ここにいて。いいでしょ?」
多少のあざとさに自分でも反吐が出そうだがなりふり構ってなどいられない。こんな台詞を吐けば「しょうがないな」と言っていつも、昔からずっと変わらず膝枕をしてくれるから。
「、、、いいよ」
優しく耳の際に唇を落とし、愛を囁いてくれる彼女に見られないよう、ほくそ笑む。
あいつらにはない年の差を目一杯利用してやる。絶対あげやしない。大切な優しい婚約者は未来永劫、自分だけのものだ。
婚約者視点はいずれ書きます。
いやー、あざといショタ最こu(((