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アサガオに会える日まで

作者: 三上

新品の匂いが取れてクタクタになったランドセルに今日使った教科書とノート、筆箱と分度器を詰め込んで、走って校庭に向かおうとすると東原香織がいた。

あまり話した事もないし、頭がよくて優しい雰囲気の彼女と僕はまるで接点なんてなかった。

だけど今日はいつもと違った。

彼女の肩にぶつかって、図書室から借りてきたであろう本が落ちて、少し跳ねた。

ごめんと謝ろうとすると、彼女から「ごめんね」と謝ってきたので、僕は戸惑って目を見つめて止まっていた。数秒くらい見つめていたと思う。ハッとして目をそらして「ごめんね、ありがとう」東原の優しさに謝罪とお礼を言い残し、また校庭に走っていった。

昨日少し雨が降ったからかグラウンドは湿っていて、友達は既にサッカーを初めていた。小学校最後の夏が近づいている事に漠然とした思いを持ったのと同時に、頭にもやもやが浮かんできてボーッとしていると、みんなの呼ぶ声が聞こえてきたので、ランドセルをいつもの場所にほおり投げてグラウンドに向かった。

夕方になり雲が太陽より高くなるとみんなで家へと帰っていく。鍵を開けて家に入る、服は泥だらけだったのでシャワーを浴びるために脱ぎ捨ててお湯で体を洗う。

夕飯はいつも通りテーブルの上に用意されていて、電子レンジであたためる音だけが聞こえる。

一通り食べ終えると、食器を水で流して水に付けておく。

少しテレビを見てから今日出された宿題をしようと考えていると、ふと東原の顔が浮かんできた。

ドキドキしていた。

顔もなんだか熱くて、同時に苦しくなった。

いやいや、宿題を終わらせようと机に向かい、せっせと鉛筆を動かす。

なんとか宿題を終わらせて布団に入って暗くなった天井を見つめる。明日も話せるかな。そう思っていると瞼が考えるのをやめさせた。

次の日、友達とクシャクシャにした紙で遊んでいるとホームルームが始まった。

内容は、親の都合で東原香織は引っ越すことになるが、高校生になったらまたこの地域に戻ってくる。という事らしい。

僕は何がどうなっているかわからず、完全に思考が停止していた。

そして今日、梅雨が明けた。


太陽が今までどこにいたのかと思うほど地面を照りつけとても暑く、どこまでも真っ青な空を画用紙で型抜いたようなくっきりとした雲が高く登っている。

そんな日に体育館でバスケかよ。

女子と男子のコートは分かれていて、それぞれAチームとBチームを交代しながら授業をしていた。

僕のチームが交代すると女子も交代したみたいだ。東原の順番か。と、なんとなく目で追っていると、体を動かすのが得意じゃないのかパスをもらってもすぐに取られてしまっている。

ゴールの下でボールをキャッチして彼女は、少し跳ねた。

ボールはどこかに転がって行ったが、僕は一生懸命シュートをした彼女を見ていた。

僕はこの日恋をした。


東原香織はあっさりと転校してしまい、一言も話すことさえ出来なかった。

転校してからクラスの空気が変わったような気がしたけれど、そんなものは1週間も経たずに無くなっていた。

当たり前に季節が変わっていくと、みんな厚着になっていって、朝学校に着くと教室でも吐き出す息が白い。

東原は仙台に引っ越すと先生が言ってたのを思い出した。仙台は寒いのかな。東原はどんな手袋で、どんなマフラーを巻いているんだろうと、教室がヒーターで暖まるのを待った。

日々消えていきそうな記憶の淵に、ずっと彼女の声や匂いや表情が残っている。

ずっと羽を休めていた鳥がいっせいに羽ばたいたように、桜が舞い上がって僕らは小学校を卒業した。東原の席は無くて、誰も話題にしていなかったけれど、僕は覚えていた。

中学生になるとサッカー部に入り、毎日先輩に怒られながら敬語を覚えたり、息が上がって水も飲めないくらい走ったりと一気に生活が変わった。

勉強も難しくなり、部活との両立が難しかったけれど、100分の1でも1000分の1でもいいから東原と同じ高校に入れるようにと、心の奥で思いながら勉強について行った。

クラスでは男子の友達だけじゃなくて、女子の友達も出来た。学校でサッカーの試合があると女子が応援に来てくれることもあった。

みんなでカラオケに行ったり、女子と2人でいると冷やかされたり、毎日が充実していた。


サッカー部は夏でも外で汗を流して走り回って、ゴールに向けてボールを強く蹴る。いつもより暑いせいか練習が1時間早く終わり水を飲んでいると、体育館でバスケ部が練習しているのが目に入った。

僕は東原のことを鮮明に思い出して、うずくまってしまうくらい胸が窮屈になっていくように感じた。

だけど、僕の記憶の中の東原はずっと小学生のままで、大人しく本を読んでいる。

会いたい。その時、抑えてきた気持ちが呟いた。

葉の色がカラフルになり、部活の練習もしやすくなっているし、試験も赤点を取ったことはない僕は順風満帆だと思っていた。

今日は部活も無いし、帰ってゲームでもしようと片付けをしていると、廊下に来て欲しいと女子に呼ばれたので、みんな帰ってしまった寒々としている廊下に違うクラスの女子もいた。

僕は初めて告白された。

その子は大川梨花、髪が肩までで色白で美術部らしい。僕がサッカーをしている所や友達と話してる所が好きになったらしい。

初めて告白されてドキドキしてたし、好意を持ってくれている事が嬉しくて、二つ返事で付き合うことになった。

それからは、休み時間に話すようになって、部活がない時は一緒に帰って、趣味とか好きなアーティストとか、他愛のない事を色々話した。

一緒に下校していると、急な雨が降ってきた。1粒1粒が大きくて、すぐに埃っぽい匂いが感じられた。

急いで梨花の手を引いて近くの公園にある屋根付きのベンチまで走った。


2人とも息をきらしていて、梨花は落ち着くまで少し時間が必要だった。

雨がすごいねと話していると、ここが世界のどこかで、2人きりしかいない場所に感じた。僕は梨花の顔を見つめて、雨で濡れた唇にキスをした。

唇は冷たかったけれど、すぐにあたたかさや、今まで感じたことのない柔らかさで、何もかもどうでもよくなってしまった。

まだ息が切れているのか顔にかかる息も、密着していると肯定していて、すごく愛おしかった。

何秒かわからないけどキスをした後は二人とも無言だった。

雨が上がって、通り雨だったねと話しかけると恥ずかしそうに梨花は頷いた。


空は白く冷たいふわふわした雪は、冬を連れてきた。

冬休みはスキー場に行こうかと提案すると、運動が得意じゃないからと断られた。その時僕は東原香織を思い出した。

東原ならどこだったら喜ぶんだろうと考えていた。水族館なら。そう思うのと同時に口に出していた。

梨花は水族館なら行きたい。ということで、冬休みの計画は決まった。

あとは部活と図書館で宿題をする事になった。

部活も校内でのトレーニングばかりになり、疲れ果てていた。

雪が降り続け、見飽きるほど見飽きたこの白にため息をつくと白い息が出て、柔らかく消えていった。期末試験も終わり、やっと冬休みになった。部活はいやだけど、梨花と一緒にいる時間も増えるからいいかと自分を元気づけていた。


あぁ数日前には水族館行ってペンギン見てたのになぁ。と思いながら、嫌々宿題を進める。図書館にいると本を借りていた東原を思い出してしまう。

最近よく東原の授業中の後ろ姿が思い浮かんでくる。梨花と一緒にいる時も上の空が多い。僕が東原の面影を梨花に照らし合わせていると気が付いた時、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく僕は、酷く脆く情けなかった。

あの公園のあのベンチ前に2人で立っている。優しく降り続ける雪を見ながらただそこにいる。僕が話したいことがあると言ったからだろうか、気が付いていたのだろうか、梨花は何も話さない。

僕の気持ちを話そうと声を出すと、喉が詰まり上手く声にならなかった。

もう1度話し出す。

昔好きだった人を忘れられない、別れて下さい。

理由を上手く伝えられなくて傷付けてしまっていると思ってる僕は、優しいふりをしているだけで、ただの偽善者でしかない。

梨花はうつむいたまま、僕がどこか素っ気なかったこと、でも好きだったと残して歩いて行った。

これが恋の最後なんだとどこか客観的に見ながらも、幻を消せないで1人の女の子を傷付けた自分が情けなくて泣いていた。

それがクリスマスイブの3日前だった。

僕の部屋には、梨花にあげるプレゼントがタンスの上の写真と一緒に置いてある。

梨花は秋が1番好きで、綺麗な色だからだと言っていた。だから僕は、梨花が好きな秋の色、黄色とオレンジと赤のマフラーを用意していた。

行き場のないキラキラ光るこのリボンに包まれた箱を見ながら電気を消して目を閉じる。


雪が降らない日が多くなってきて、地面が見えるようになり、新芽が優しい緑色を見せている。

桜がゆらゆらと時間を気にせずにゆっくり落ちていく頃は、少しとは言えないダボダボな制服を着た新入生が入学してきた。

僕は先輩に怒られたように、新入部員に敬語の使い方や辛い練習を教えている。

夏までにスマホを没収される奴がちらほら出てきたけれど、僕は癖のように勉強と部活に時間を費やしていた。

太陽は嘘みたいな暑さで僕らを甘やかしはしない。倒れ込んで見上げた空は果てしなく、端っこは全く見えなくて、いつまで今が続くのか全くわからなかった。


勉強と部活ばかりしている僕を見かねたのか、友達が夏祭りに行こうと誘ってくれた。待ち合わせ時間に1人鳥居の前で立っていると、知ってる声がした。

ふと目を向けると、あの彼女だった。

僕はとっさに東原!と呼んでしまった。

青と紫の涼しげな浴衣を着ていて、優しい彼女にぴったりだなと見惚れていた。

彼女は僕のことを見てびっくりしていた。

大きくなって声も変わっていたけど、すぐにわかったよ。と言ってくれたことで、僕は心が少し跳ねた。

覚えていたことも嬉しいし、すぐにわかってくれたことも嬉しい。にやけているのか笑ってるのかわからない顔で、なんでここにいるのか聞くと、おじいちゃん家に遊びに来ているらしい。

1人で来ているらしく、僕の友達が来るまで一緒に回ることになった。

この時間のために僕の人生があったのじゃないかと思えるほど僕の心は舞い上がっていて、緊張で声が裏返っていないか気になっている。

夜店はどこも人で賑わっていて、提灯が祭りの雰囲気を盛り上げている。

金魚すくいや焼きそば屋を見ながら2人で歩いていると射的が2人の目に入り、同時にこれやろう!と声をあげたことがなんだかとても可笑しくて、2人で声を出して笑った。こんなに明るい子だったんだなと思いながら、息をととのえた頃。彼女が先にチャレンジすると意気込んでいる。

しかし全部外れてしまい、残念そうな横顔が子供っぽく可愛くてそのまま強く抱きしめたい気持ちになった。

絶対に仇をとって、と言われたからという訳ではなく、僕は少しでも思い出を残したいという気持ちから、必ず落としてやると引き金を引いた。最後の1発。なんとか景品を落とす事が出来た。クマなのか犬なのかよく分からないピンク色のキーホルダーだった。これを今日の思い出にと彼女に渡すと、本当に嬉しい。そう言った彼女の笑顔はとても切なげ優しかった。

ちょうど彼女の後ろで大きな花火が上がった瞬間で、彼女の笑顔と花火が僕の心をわしづかみにして、心臓が止まり息が出来ないくらい苦しくて泣きそうだった。

花火を見ながら話していると、こっちの高校を受けるからまた会えたらいいね。そういってまた笑顔を見せてくれる。


だけど僕は、この花火が終わればいつもの東原がいない生活なんだと思いながらも夢見心地でいた。

2人の再会は盛大な花火で幕を閉じ、鳥居まで送ると。ここまででいいよ、言い忘れた事があるんだけど、次会った時に言うね。そう言って帰っていく後ろ姿を見えなくなるまで見ていた。

友達と合流すると、遠巻きに見てたらしく冷やかされた。はいお祝いと言ってりんご飴をくれた。なんだか甘酸っぱくて、もっと甘い方がいいのになと思いながらも、今までで1番美味しかった。


僕の色めきだった夏はこの先何もなく、悪魔の部活と宿題との戦いだった。

学校が始まると日焼けして誰だかわからない奴とか、急にでかくなった奴とか色々な奴がいた。

僕はというと、明確な目標が出来た。この地域の1番偏差値が高い高校を目指すこと。東原にまた再会する事を信じている。

部活で外周していると綺麗に咲いているアサガオが水を弾いて涼しげで疲労がやわらいだ。自分が花に興味を持つなんて女々しいなと思いながら、空を見上げると画用紙を切り取ったようなくっきりとした雲は無くなって、雲が風に流されて綿菓子がほぐれているように見える。


落ち葉の上を歩くと、葉の音と香りがしてきて秋を感じる。あのマフラーどこにやったかな。少し思い出して、いい日々だったと幸せに感じる事を、僕には許されていないだろう。

野球部のバットに当たったボールが気持ちのいい音を出して、空高く上がった。

このまま僕の思い出も高く舞い上がり、大気圏を抜けて輝いてくれないかとセンチメンタルになるのは、きっと昨日見た満月のせいなんだろう。と、自分に言い聞かせる。

みんなコートを着ていて、それでも寒くて肩を上げて丸くなってる。今年も飽きもせず雪が降る。そして期末試験が来る。

例年通り、校内でトレーニングと勉強を。と、思っていた矢先に風邪をひいてしまった。家には誰もいないし動けないし、どうしたらいいんだろうと思っているとチャイムが鳴った。

無理矢理に体を起こして、フラフラと歩いていってドアを開けると、女友達の美咲がスーパーの袋を持って立っていた。

そこから記憶が飛んだ。

なんとか部屋のベッドに戻ったみたいだ。頭が冷たくて気持ちいい。スポーツドリンクも置いてある。部屋のドアが開いて美咲が入ってきた。美咲は仲のいい女友達で、陸上部の短距離が得意な明るい女の子だ。

いつもみんなで騒いでる時の元気な声ではなく、体を気遣った優しい声で食欲はあるかと聞いてきた。

うん、お腹減ってるな。そう伝えると、待っててと言ってお粥を持ってきてくれた。

勝手に台所借りてごめんねと言っていたけれど、それよりお粥が美味しくて全部たいらげた。

もっと食べるか聞かれたけれど、フラフラしてベッドにバタンと逆戻り。

熱を測ると酷かったみたいだけれど、頭が限界を迎えて眠りに落ちた。

どれくらいの時間が経っただろう、目を覚ますと美咲がベッドにもたれかかって眠っていた。

こいつこんな顔するんだって思っていると。美咲も目を覚ました。

熱も下がって落ち着いたし、今日の事は本当にありがとう。そう伝えると、美咲は嬉しそうに、良かった。と言った。

遅くなったので、もう一度お礼を言うと美咲は水分補給してねと言って帰って行った。

なんかお礼しないとな。あいつ何が好きだっけ。そうして僕は目を閉じた。


風邪もすっかり治って、期末試験の為に勉強を必死にこなしていく。

結果はよく出来た。と、思う。とはお世辞にも言えなくて、褒める所と言えば赤点が無かっただけマシ。

来年は受験生だ。今まで良かった分、今回の結果が酷く思える。

冬休みも間近で、勉強に打ち込もうかと考えていると、前に看病してくれた美咲に恩返しするの忘れてた事に気が付いた。

美咲の席に行って、テストの結果を聞くのを口実に、前のお礼になんかして欲しいことあるか聞くと、元気よく映画に行こうと言うので、週末に2人で映画を見る事になった。

新作3Dアニメーション映画は、正直泣いた。やっぱり映画を見た後は、気持ちを共有したいので何処かに行こうかと相談すると、アイスクリーム屋に行きたいと言うので向かった。この寒い中アイス食べるんだな。

僕はチョコミント、美咲はクッキーバニラ。チョコミントが苦手だと美咲は言いながら、1口分僕のアイスを食べると、歯磨き粉の味がするって言って笑った。あれこいつ、こんな笑顔してたっけ。


冬休み中勉強は自力でやっていたけど、限界を感じた。絶対あの高校に行くと、親に頼み込んで塾に通う事になった。それからは塾と学校と家で、勉強ばかり多くなった。

川が桜で綺麗な色に染まっている。

また新入生が入学するのか。あの頃のぼくは、東原に再会してこんなに勉強を頑張ると思わなかった。きっと東原がいなかったら僕の生活はもっと淡白なものになっていただろう。

塾の帰り道、美咲にばったり会った。最近勉強頑張ってるね。一緒にアイス食べようと聞いてきたので、息抜きでもしようと思いアイスクリーム屋に向かった。美咲ってアイス好きなんだな。

僕はチョコミント、美咲は。チョコミント。どうしたのか聞くと、慣れると美味しいんだよ。そういうものなのかと、女子はわからないなと思いながら、帰路につく。


夏期講習がやって来た。部活で鍛えた精神力で乗り切ろうと思っている。夏休み前、学校でも勉強しているせいか、みんな心配してくれていて、夏休みの1日だけみんなでプールに行こうということになった。

プールか、うーん。最高だな。楽しみで眠れないかもしれない。と思いながら眠った。

このプールデカイな。家族連れも多いけど、ナイトプールもやっているようで、ヤシの木もあって屋内なので、ちょうどいい気温だ。みんな波のプールに夢中だけど、美咲は行かないみたいだ。どうしてか聞いてみると、泳げないらしい。陸上得意でも不得意ってあるんだなと笑うと、もう意地悪だ。と拗ねた。可愛い所あるんだな。

それじゃあ、滑り台なら浮き輪だしいけるよ。そういってやってみると意外とハマったらしく、あと3回乗った。上まで浮き輪持ってくの僕なんだけど。

ヘトヘトになってみんなと合流すると、昼になっていて、みんなでパサパサで味の濃い焼きそばを楽しそうに食べてた。

すると美咲は大きいカバンから弁当を出した。聞くと、朝から作って若干寝不足だと明るく笑ってた。それは上出来で色とりどりで綺麗なサンドイッチだった。

味もとても美味しくて男子陣が殆ど食べてしまった。そういえば、美咲のお粥すごく美味しかったな。

食べ終わると、もう一度プールに行こうということになったけど、勉強のし過ぎで体力が落ちたのか、流れるプールのヘビロテでバテたのか。とりあえず、美咲の弁当の片付けを手伝って、プールの端で座ってバチャバチャと水を蹴っていた。

プールの塩素とずっと浮き輪で密着していたからか、美咲の匂いがする気がする。

そんな事をしていると帰る時間になった。


ぎゅうぎゅう詰めのバスに乗り込み、やっと近所のバス停に着いた、バス停から家の途中まで美咲と同じ道で、2人で帰ることになった。

改めて今日のサンドイッチのお礼を言うと、照れてさっきと違う笑顔を見せる。

美咲が公園で休もうと言ってきた。

あの公園、あのベンチ。夕日で電柱と電信柱のシルエットでノスタルジックな雰囲気がある。カラスが泣いている声が遠くから聞こえてきて、虫とりを切り上げて家路についた子供時代を思い出した。

2人でベンチに座って高校について話した、美咲は自分の学力に合った高校を目指すそうだ。僕の目指す高校とは駅が近い所にある。これからも応援してるから頑張ってねと、美咲が手元を見ながらそう言う。

そして、こう切り出した。中2の時、勉強と部活を両立している僕を尊敬していた。

それが次第に好意に変わっていた。これからは別々になってしまうから、今伝えます。好きです、付き合ってください。

僕はすぐに答えられなかった。答えは決まっていて、関係を壊すことが躊躇された。

沈黙を破ったのは美咲だった。

やっぱりダメかなと笑う。

ごめん、やっぱり忘れて、泳ぎすぎて疲れたみたい。そういった、美咲は泣いていた。そんな美咲の思いに答えられない自分が、今目の前で泣いている女の子を抱きしめられない自分が。何より、美咲を納得させられる説明出来ない自分が幼稚で無知だと感じた。


美咲は僕が思ってる以上に僕のことを考えているのだと思う。

さて、と美咲が帰ろうかと提案した。

僕は1人で帰るよと、少しでも辛い時間を味あわせてないようにと精一杯気を使った。

美咲は、そうだよね、また新学期でね。と笑顔で帰っていった。僕は美咲を見送れなかった。それから夏休みの間、美咲とは会っていない。

今までで1番長い夏休みも終わり、受験は目の間に来ている。これからは自分との戦いになる。周りも焦りだしていてクラスは殺伐としてると言っても間違いでは無いはずだ。

窓の外は台風の影響で荒れている、窓に打ちつけられた雨粒がバンっと音を立てて集中出来ない。

そんな台風が何度も日本を襲い、被害が出ているらしい。

すると神様が決めたのか、台風は急に無くなり、次第に寒くなっていった。

風邪をひかないようにと、母が生姜のスープと貼るカイロを毎日用意してくれる。

学校に着くと、みんな暗記しようと必死で僕も同じように暗記しようと努力していた。

木々は寒々として、変わりに雪が積もってキラキラしている。自分には周りを見る余裕があるんだなと少し可笑しかった。

歩きながら暗記している人もいて、そんなに切羽詰まっているのかなと心配になった。いよいよ再来月、決闘の日だ。それまで体調を崩さずに、ベストな状態で勉強しつくす。目標は東原香織に出会う為だ。確定では無い。だけど、運命なら出会えるはずだ。


ノートと参考書部屋の壁そして天井。全部見飽きた。友達もみんな疲れているみたいだ。大丈夫、大丈夫。みんなで励ましあって乗り切ろうとしている。

ラストスパートこれを制覇することで僕の全力である目標にたどり着く。


今日は大雪で、10メートル先は見えない。

受験票は持ったか、鉛筆と消しゴムは大丈夫か、お金は持ったか、持ったか攻撃って本当にあるんだなと思いながら高校に向かう。

雪を払って中に入ると、知らない制服の人達が一心不乱に勉強している。僕もすかさず最後に挑む。


そして試験開始。

一斉に静かになり、鉛筆の音と紙をめくる音、試験管の足音だけが響いている。リズムを崩されないように集中して問題に取り組む。さっきまで知ってた問題をとりにがした。

終了時間になった。

客観的みてギリギリだ。しかしやり切った。よくここまでで頑張れた。

外の雪はやんでいて、足早に家路に着いた。家では珍しく両親がいて、今まで頑張ったご褒美に豪華な料理と、スマートフォンを買ってくれていた。最新型、これは嬉しい。

まだ合格したわけじゃないけど、やり切ったのは偉いということで、チヤホヤされて悪い気分はしなかった。


久しぶりに友達との話しも弾む。

学校もいつもより澄んだ空気で満ちているようだ。そんな楽しい気持ちと不安で眠れない日を繰り返しながら僕はその日を待った。

発表の日がやって来た。

朝早く出て、受験番号を確認して発表へ向かう。

ボードには目まぐるしく数字が並んでいて、自分があるのかないのかわからなかった。

見たことある数字を見つけた、受験番号をと何度も照らし合わせる。

合格した。

すぐ両親に連絡した。母は泣いていた。父もすごく喜んでいた。


学校に行くと喜んでる奴もいれば、落ち込んでる奴もいる。なんだか暗くなっちゃったな。だけど卒業まで後少し。もっとみんなと話したいことが沢山ある。

そして僕は卒業する。

あっという間の中学校生活だった。高校もきっと大変だろう。東原とも会えないかもしれない。僕の人生で忘れてはいけないことが語りきれないほどある。

式が終わり、みんなで写真を撮ったり談笑している。美咲が来た。今までありがとう元気でね。美咲も元気で。笑顔でお別れ出来た。最後は集合写真を撮った。みんな今までありがとう。寂しさが込み上げた。


高校の制服が届き、袖を通すと少し大人っぽくなった気がする。なんだか春休みは長く感じた。緊張している。明日は入学式だと思うと心臓がバクバクしすぎて気持ちが悪い。

いつよりはやく起きた朝日は眩しくて、早めに出発してしまった。どんどん集まってくる知らない顔ばかりで、クラスの空気も固い。自己紹介やホームルームを終えると、僕は全てのクラスに顔を出した。しかし東原はいなかった。僕はなんの為に頑張ってきたのだろう。

何日か経つとクラスの空気は柔らかくなり友達も出来た。昼休みふと東原の浴衣の柄が気になって、図書室に行って花の本を見つけた。そうすると後ろの人にぶつかり、その人の本が落ちて少し跳ねた。

するとその人は顔を上げて「ごめんなさい」と言ってきた、僕もとっさに「ごめん」と返した。

その目に写ったその人は間違いなく東原香織だった。彼女も驚いているが、笑っている。

本を拾って僕はやっと出会えた喜びに思いを込めて、ずっと練習してきた言葉を言い放った。

小学生の頃から東原が好きでした付き合ってください。

少し沈黙があった。

急だね。

だけど私もあなたの事が好きです。話が続く。知らないと思うけど、グラウンドでサッカーしているあなたに一目惚れだったんだよ。後、図書室からグラウンド見えるの知らないでしょ。体育の授業もずっと目で追ってた。転校する時は毎晩ずっと泣いていて、目が腫れて酷かったからさよならが言えなかったんだ。

だけど、お祭りであった時ビックリした。これ今でも持ってるよと、取り出したのはクマなのか犬なのかよくわからない、少し塗装のとれた桜のような色をしたキーホルダーだった。

私、最後に言い忘れたことがあるって言ったでしょう。それはね、好きだって伝えたかったんだよ。先に言われちゃったけど。

そうだ、告白の答え言ってなかったね。

こちこそお願いします、付き合ってください。

僕はもう息をしていなかった。

彼女はさらに続ける。きっと会えると思ってこの高校を選んだんだ。すごく頭がいい学校だから、猛勉強したんだから。と、東原は苦笑いしている。

僕は今目の前で起こっていることがなんなのか、この溢れるものをどう扱えばいいのか、この先にある漠然としたものにどうやって向き合っていけばいいのかわからず、ただ混乱していた。東原も好きだったっという事実だけ理解していた。あとねと、なにか付け足そうとしている。香織って呼んでほしいな。その言葉で僕の顔は正気を保っているのかわからない。出来る限りの勇気を出して僕は気持ちを伝える。

香織大好きだよ。

私も大好き。そうやってお互いの気持ちを再確認した。

あ、と香織が言う。「ごめんね」の後はね「ありがとう」なんだよ。

僕がよく分からない顔をしていると、クスクスと笑った。

一息ついて、さっき手に取った本で花言葉を調べる。祭りの時に着ていた浴衣の花はアサガオで、花言葉は愛情。

永遠に続くものが愛だとしたら、永遠とも感じるこの時間もきっと愛なのだろう。

色や行動など、色々な箇所に点と点で結ばれる部分を多く散りばめてみました。

楽しんで読んでもらえたなら幸いです。

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