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 イザンバの精神が羞恥で持たないので隣に座る事で妥協してもらったのだが、現状彼女の心臓は変わらずに落ち着かない。なにせ意識が自身の右半身に向かったり、背中に向かったりと忙しないのだから。


「あの……距離感バグってないですか?」


 コージャイサンが座る位置はイザンバの右側、互いの太ももが触れるか触れないかなの距離。

 そして、背もたれに回された左腕。こちらも彼女の体には触れていないが、だからこそ下手に動けない、とイザンバは身を固くする。


「ちょっとした反動だから気にするな」


「何の反動ですか!? あっちもこっちも落ち着かないんですけど! あと三人分くらい離れさせてくださいお願いします!」


「無理」


「じゃあ、せめて間にクッションを……」


「却下」


 必死の懇願も虚しく即答である。

 さらに右手が髪を一房弄び出して気もそぞろになる彼女にコージャイサンが問うた。


「なんで回復薬を飲まないんだ? 体に合わないのか?」


「いえ、それは大丈夫です。退魔の呪文を使う前には飲んでいますし。ただ……ほら、毎日何本も飲んでると飽きるっていうか、見るのも嫌になるっていうか」


 えへへ、と笑いながらイザンバは言った。毎晩両手で足りない量を飲むのだから、ヴィーシャとジオーネも日中に関しては無理に勧めることもない。


「辛くはないのか?」


「空っぽってわけでもないし、家にいる分には困りませんから」


 案じてくれる彼にイザンバは大丈夫だと明るく告げる。

 それでもコージャイサンは納得はしていないのだろう。髪から手を離して座り直すと、左手を差し出してこう言った。


「ザナ、手貸して」


「はい」


 イザンバはまるで犬がお手をするように重ねた右手。しかし、コージャイサンのしなやかな指がするりと彼女の指を絡め取った。

 隣同士に座って手を繋いで指を絡めたとなると、イザンバが思いつくのは一つ。


「何か作るんですか?」


 そう、錬成だ。しかし、魔力がどうのこうのと言いながらどうしてこの流れになったのかは分からず首を傾げる。

 そんな彼女にコージャイサンは普段と変わらない調子で宣った。


「いや、俺の魔力を渡そうと思って」


「はぁあっ!!??」


 大きな驚きの声は従者たちから。その声量にイザンバが驚くのだからいつもと立場が逆である。

 真っ先に突っ込んだのはイルシーだ。


「何言ってんだ! ンな事したらイザンバ様がブッ壊れんぞ!」


「大丈夫だ」


「どっから出てくんだよ、その自信!」


「俺がザナを壊すわけないだろう。調整くらいする」


 さも当然と言わんばかりの配慮だが、その調整が難しいというのに。

 思考を読む事は読む側に負担がかかる。しかし、魔力の譲渡は受け取る側に負担がかかる。

 イルシーが指摘したのはその部分なのだが、コージャイサンは淡々たしたもので。

 驚くイザンバをよそに口を開くジオーネ。


「おやめください! 今は呪いも来ておりません! そのような事はお控えください!」


「主は病み上がりに等しいのですぞ! 危機的な状況の、それこそ最終手段を使おうとしなさるな!」


 さらにファウストが続く。

 直接の譲渡が手段としてないわけではない。そう「あとの事は頼んだ……俺の全てをお前に託すぜ!」的なアレである。窮地の色々と麻痺している土壇場だから出来る事だ。


「ザナに分けるくらい問題ない」


「それはもちろん分かっております。主がイザンバ様を思っての提案だと言うことも」


「なら黙っていろ。お前たちは心配しすぎだ」


 主従間に漂い始めたピリピリした空気。これはマズい流れだ。双方に譲る気が微塵もない。

 そんな中で頭を掻くイルシーから飛び出したのは苛立ちを含んだ声。


「あーもーほんっとに……何のために回復薬があると思ってんだよ!」


 その言葉にハッとしたようにイザンバが動いた。左腕を伸ばした先にはジオーネがいる。


「ジオーネ! 回復薬ください!」


「——はいっ!」


 ジオーネも素早く谷間から取り出し、少し乱暴な手つきで開けられた魔力回復薬の蓋。

 右手が繋がったまま立ち上がったイザンバは受け取った回復薬を勢いよく飲み干した。淑女にあるまじき喉の鳴りようだが致し方ない。


「あ」


「イザンバ様ナイスッ!」


「ジオーネ、良くやった!」


 イルシーとファウストが二人の連携を讃える中、コージャイサンは一人眉根を寄せている。

 勢いがよすぎたせいでイザンバの口元が少し濡れた。瓶を持ったまま手の甲で軽く押さえたイザンバだが、そんな彼の様子を見て苦笑を浮かべた。


「そんな不満そうな顔しないでください。私は単に飲み飽きていただけで、飲めない理由がある訳じゃないですから」


「お嬢様、瓶をいただきます」


「ありがとう」


 瓶を受け取り代わりにハンカチを渡せば、イザンバが柔らかい笑み共に礼の言葉を告げるのだからジオーネには面映い。

 けれども、その視線はすぐに別の人へと向けられた。そのまま彼女はコージャイサンの隣にふわりと腰を下ろす。


「まさか魔力量まで分かるとは思っていませんでしたけど……コージー様、気にかけてくださってありがとうございます。もう魔力も満タン、元気いっぱいですよ! 確認してみてください」


 張り詰めた空気を吹き飛ばすようにイザンバは絡まった指を解き、コージャイサンの左手を包み込むようにして柔らかい表情を向ける。

 おかしくなった距離感といい、魔力の譲渡といい、驚きは尽きない。

 けれど、とイザンバは思う。


 ——あんな弱った姿を見た後だしね。


 つい甘やかしたくなる。それにはまず何よりも心配の種を取り除くべきだろう、と。

 回復を認めたコージャイサンはもう手を離しても大丈夫だと伝えるように包み込まれていた左手でイザンバの髪に指を滑らせた。


「悪い、少し過敏になっていた。ザナの魔力が減っているのは俺のせいだからな」


「どういう事ですか?」


「俺のところにも生き霊が来ていたんだが、そのうちの一体がザナも祓ったやつだったんだ」


「私が祓った? うーん、たくさん来てましたからねー」


 頬に手を添えてイザンバは思考を巡らせた。なにせ毎晩のことである。初日ほど気にかけることもなくなるというものだ。

 そんな彼女にイルシーから与えられたヒント。


「冷たい視線で射抜いてくれって言うヤツに覚えねーのかぁ?」


「あとは踏んでほしいとも言ってましたな」


 ファウストまでも言うのだからピンとこない方がおかしい。


「え、それって……まさか……」


「はい、お嬢様が気になると言っていたヤツですね」


「やっぱりー!? え、あの後コージー様のところに行ったんですか!?」


 思い出しただけで眉間に深い皺を刻むジオーネの肯定に上がる驚愕の声。

 イザンバは確かに呪い返しをした。しかし、それは手心を加えたもので、願い主の魂に傷はつけど心が折れるほどではなかったのだ。


「ああ。ただ一度ザナに祓われて痕跡が残るんだろう。そんな状態で俺のところに来てもその呪詛(ねがい)は成就しない。俺に触れようとして聖なる炎に弾かれていたからな」


「へぇ。でも呪いを何回も使用するなんて願い主の負担も相当だと思うんですけど、それでも行くなんて……」


 不撓不屈(ふとうふくつ)の精神とでも言えば聞こえはいいが、しぶとい、図太い、ねちっこいの三拍子である。

 さて、ここで疼いたイザンバの好奇心。


「でもコージー様から踏むことは出来ますよね?」


 しかし彼が浮かべるのはニッコリとした作られた綺麗な笑み。


「アレは生理的に無理だ」


「…………なんて救いのない言葉」


 言葉での拒絶、態度での拒絶、そして祓う事でも拒絶。もうどうしようもない。

 しかも二人から返されているのだから呪いの重さはいかほどなのか。実らない願いにイザンバはそっと冥福を祈るように手を合わせた。


「それで、どうして祓ったのが私だって思ったんですか? お義父様も祓っていらっしゃいましたけど」


「生き霊を燃やした聖なる炎がザナの姿になったからだ」


「え?」


「前に次は躊躇なく焼いてみせるって言ってたけど、あれは実に見事な焼き具合だったな。容赦のなさといいまるで火の天使みたいだったぞ」


 コージャイサンの言葉に「成る程ね」と納得したのはイルシーとファウストだ。

 二人が直接みたのは朽ちかけたエンヴィーの時であったが、それ以外でもそうやって弾いたのであれば主が感銘を受けるのも分かるというもの。

 けれどもイザンバは違ったようだ。


「私がアズたんと同じ火の天使とか……そんなの烏滸(おこ)がましいですよ! 優しさ百パーセントの純粋天使と妄想まみれの私では月とスッポン、それこそ天と地の差です! もし仮に天使になるならアズたんの身を守る衣服もしくは純白の羽の一枚となってサタン様と対峙したい! そしてサタン様の絶対零度の氷撃でその生涯を終えたい!」


 途端に目の色が変わった彼女とは対照的に従者たちはすんとした表情だ。イルシーなぞ「また始まった」と言わんばかりの雰囲気を隠しもしない。

 だがただ一人……コージャイサンだけはどこか懐かしむような、面白がるような表情をしている。


「最終決戦、アズたんの最後の審判の白炎とサタン様の絶対零度の氷撃のぶつかり合い……もう震えました! 白炎で骨も魂も残さず燃やされるのもいいけど、やっぱりサタン様に氷漬けにされて永久に残り続けるのも乙なもの」


 心を高鳴らせるポイントが散りばめられた場面を思い返し、うっとりと頬を染めるイザンバ。

 どちらの攻撃も受ければ救いがないようにしか思えないが、次元の壁という障害のせいか彼女にとって推しの一撃は例え致死的なものでも無上の喜びとなるのだろう。


「コージー様が絶対零度で炎に勝った時なんてマジでサタン様ご降臨かと思いましたもん。もはや神! あの時に撮影機があれば……あ、撮影といえば前にイルシーに用意してるって言ってた衣装、コージー様の分もあるんですけど、あとは着てもらう待ちなのでお仕事がいち段落したらぜひお願いします!」


 唐突に話がコロリと変わった。自分の名前が出た事でイルシーは嫌そうに口を歪めているがイザンバの視界には入らない。

 ニコニコとした笑みには裏も表もなく、ただその日を心待ちにしている事を伝えている。


「それは構わないが……」


「本当に!? ありがとうございます! もう私その日まで絶対に死なない! あのね、用意したのは探偵vs怪盗シリーズなんですけど、コージー様が探偵でイルシーに怪盗をして貰いたいんです! 二人とも絶対に似合いますよー! うわー、楽しみー!」


「ザナ、話が脱線してる。戻ってこい」


 すでに気持ちはいつか来るであろうその日までトリップしていたイザンバだが、コージャイサンの呼び戻す声にハッとなると姿勢を正す。


「失礼しました! もうっ、コージー様が火の天使なんて言うからですよ!」


「はいはい」


 脱線のきっかけは間違いなく彼の発言だ。しかし天使と例えられたイザンバの照れ隠しも含まれていることに気付いていたのは誰だろう。

 聞き流すような返答をしたコージャイサンだが、それでも口角はゆるく上がったまま穏やかに翡翠を彼女へと向ける。


「俺がザナの聖なる炎に助けられた事は事実なんだ。生き霊を燃やしたあとは俺の中に入り込んで呪いが触れたら結界を張っていた。ザナの魔力が減っているのはその為だ」


 ところが、起きた時の自身の異変の経緯を聞かされたイザンバはクッションに顔を埋めてしまった。そこから漏れたのは大きな大きなため息。


「どうした?」


「えっと……あの、ごめんなさい」


「何が?」


 突然の謝罪にコージャイサンは首を傾げる。

 イザンバは気まずそうにチラリと彼に視線を向けるが、ヘーゼルはそわそわと落ち着きをなくしている。再びクッションと仲良しになりながら吐き出された自責の言葉。


「聖なる炎とは言えコージー様のところにまで追いかけていっちゃうなんて……そんなの……ただの変質者じゃないですか!」


「ぶはっ! そっちかよ!」


 くぐもったイザンバの声、だがその内容に耐え切れずイルシーは盛大に吹き出した。

 しかしクッションから顔を上げたイザンバは真剣そのものだ。


「だって私の姿をしてたんでしょ!? 確かに無事を祈ってはいましたがまさかまさかですよ! 思念を飛ばしてるって、もはや生き霊さんたちと変わりないし!」


「肝心の中身が違うだろ」


「押しかけているとこは一緒ですよ! いくら婚約者とは言えつきまといは通報案件、不快指数爆上がり、婚約解消待ったなしです! うわー、ごめんなさい! 慰謝料はいかほどになりますか!?」


「ザナの残りの人生、全部俺にくれたらいい」


「んぐっ!」


 反省も詫びも喉に詰まるほど。咳き込むイザンバの背をコージャイサンは優しく撫でさする。

 涙目で突然何をいうんだと彼女は問うが、向けられた本人は堂々としたもので。


「俺が嫌だと思っていないんだから問題ない」


 瞳を逸らす事なく告げると、次の瞬間にイザンバは頬に朱を走らせ柔らかなクッションに顔を隠した。


「…………うちの婚約者の懐が深すぎる件」


「イザンバ様限定だから議論にもならねーよ」


 思わずというように零れたイザンバの独り言にイルシーがツッコむが、ファウストとジオーネも大きく頷いているあたり議論は必要ないらしい。

 さらに唸りながら顔を擦り付ける様子にコージャイサンは忍び笑う。かわいい、と表情に漏れ出たまま頭を預けたのは華奢な肩。

 気の置けないやり取りはもちろんだが、何よりも隣にある心地よさをコージャイサンは噛み締める。


「——やっぱりザナが一番馴染む」


「待って。一番ってどういう事ですか?」


 顔を上げたイザンバの面前に散る疑問符。

 二人の距離がずりずりと拳一つ分、二つ分と広がった。どうやらじっくりと話をする必要がありそうだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] コージャインサン様 女性にお前が一番みたいな言葉はダメですよ じゃあ誰とくらべてんだってことですから
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