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追憶……?
最終学年になるとコージャイサンの周りは一層姦しくなった。友人たちが今年入学してきた一人の男爵令嬢を囲い始めたからだ。
コージャイサンは彼女に興味はないが、やれ剣術練習だ、やれ試験勉強会だ、と張り切る友人たちに付き合わされた。
そしてその友人たちは今、前期試験の結果が張り出された掲示板の前にいる。
コージャイサンが少し離れたところで友人たちを観察していると不思議な声が届いた。
『ふ、ふふふふふ。あの人、本当にすごいですね! 天真爛漫さを出しつつさりげないボディタッチ。そして繰り出す男性が喜ぶさしすせそ! ほら、好みって人それぞれじゃないですか。なのに全員が同じ人に恋に落ちるって相当ですよ! いやー、それを維持してるのが本当にすごい! 彼女、面白い人だと思いませんか?』
心底感心したと伝わる声音と問いに含まれる好奇心。
だが、彼が答えを口に出す前に「コージャイサン様!」と高い声が響いた。
あんなに大声で呼ばれては嫌でも人目を引く。仕方なしに視線を向ければ件のロイヒン男爵令嬢がこちらに向かって駆け寄ってくるではないか。
「掲示板見ました! どの試験もトップなんてすごいですね! それも入学以来ずっとだなんて尊敬しちゃいます! でも……あの、大丈夫ですか?」
走ったせいで少し赤い頬のまま捲し立てたかと思えば、途端にしおらしく上目遣いでコージャイサンに尋ねた。
しかし、脈絡のないそれに彼は当然首を傾げる。
「何がですか?」
「トップに立ち続けてるのはすごい事ですけど、公爵家の跡取りだからとか王子の従兄弟としてとか、当たり前だと思われるとプレッシャーしかないですよね。それってすごく孤独なんじゃないかと思って…… しんどいなら無理して笑わなくていいんです!」
——何を言っているんだ?
友人たちが彼女を囲っているため、必然的にコージャイサンも顔を合わす頻度が高い。
しかし、人付き合いの一環で彼女の前で笑みを形作った事はあるが笑った事はない、というのがコージャイサンの認識だ。
コージャイサンの無言を肯定ととったのか男爵令嬢はなおも続ける。
「それに婚約者との関係もあまり良くないってみんなから聞いてます。婚約者の前でも気を抜けないなんて……お辛いですよね。あの、私は大丈夫なので、私の前ではもっと楽にしてください」
「なぜ?」
けれどもコージャイサンの口から出たのは感謝ではなく疑問。赤の他人である男爵令嬢の前で気楽にする理由が分からない、と。
それは男爵令嬢が描いていた反応とは違ったのだろう。一瞬驚いた表情を見せた後、彼女は改めて本意を伝える。
「えっと……その、コージャイサン様のクールなところすごく素敵です。でも気づかないうちに頑張りすぎちゃって疲れてるんじゃないかなって心配で。だから——……私がコージャイサン様を癒してあげたいんです!」
その言葉にコージャイサンはまたも既視感に見舞われた。
彼女の前で疲れたなどと言っていない。癒してほしいとも言っていない。好意からにしろ一方的なそれは正しく……
『あなたがしているのは善意の押し売りです』
——そう、それだ。
腑に落ちたことで肩の力が抜けてしまった。だがそれはなんとも間が悪いことで。
自分の言葉のおかげだと勘違いした男爵令嬢がキラキラとした目を向けてくるではないか。
そこへ婚約者が割り込んできた。強めな語気にその心情——怒りや不快感が表れている。
「ちょっとあなた! コージャイサン様に馴れ馴れしく近づかないでくださる⁉︎」
「馴れ馴れしいなんて……私はただコージャイサン様が辛そうだから癒してあげたいと思って!」
しかしここで負けじと男爵令嬢が言い返すものだから余計に拗れるのだ。婚約者が眦を吊り上げた。
「それは婚約者であるわたくしの役目ですわ。あなたはお呼びでないのよ。お分かり?」
「役目? あなたと一緒にいてもコージャイサン様はちっとも楽しそうじゃないのに! こんな人が婚約者だなんて可哀想……」
「なんですって! 男爵令嬢風情がいい気になるんじゃありませんことよ!」
「ほら! そうやって人を見下して! そんな人と一緒にいても疲れるだけだもの!」
本人は置き去りのまま進む会話。とりあえず今のコージャイサンにとって婚約者も男爵令嬢も姦しいだけなのだが、おそらくこの二人を止められるのは彼しかいない。
「ねぇ、コージャイサン様!」
ここで二人が声を揃えてコージャイサンを見る。全く、仲がいいのか悪いのか。
「わたくしが側に居れば十分癒されますでしょう⁉︎」
と婚約者が言えば。
「親しくない婚約者より私と一緒にいる方が楽しいですよね⁉︎」
と男爵令嬢が張り合う。
さて、問われたのならば答えよう。
「あなた方に頼る必要性がないのでどちらの気遣いも不要です」
ズバッと言ったー! なぜならコージャイサンは無理をしていない。彼女たちに癒されたいとも思っていない。
婚約者に対してまでいう必要はなかったかもしれないが、公衆の面前での言い合いなのだからここは喧嘩両成敗である。断じてどちらかに着くのが面倒だったからではない。
だが、あまりにも熱のない平坦な声に言い合っていた二人だけでなく、様子を窺っていた周りの人々も固まってしまった。
男爵令嬢を友人たちが、婚約者を女子生徒たちが慰める中、コージャイサンは一人悠々と教室へと戻った。
さて、学園には騎士、魔術師を目指す者がいる事から魔獣討伐訓練がある。
ここは学園所有の森の中。組んだチームの実力に見合う魔獣を決められた数討伐する、という訓練だ。
「きゃっ! あ……ごめんなさい、コージャイサン様」
学園所有の森とはいえ足元が悪い。木の根に躓いた男爵令嬢がよろけた際にコージャイサンに抱きついた。ギュッと、胸を押し付けるように。
転けてしまった事を恥ずかしがるようにチラリと視線を向けたコージャイサンの反応は……。
「悪いと思うなら早く退いてください」
照れもせず、慌てもせず、いつもと変わらない淡々とした様。あれ? と男爵令嬢の顔に浮かぶ疑問符。どうやら思っていたのとは違う反応だったようだ。
そこへ物申すは一人の女子生徒。
「ちょっと、あなた! またそうやってコージャイサン様に近づいて!」
そう、婚約者だ。コージャイサンは喚く彼女に向き合うと自身の唇の前で一本、指を立てて囁いた。
「静かに。訓練とはいえ魔獣がいる森の中です。そういったことは後で」
「はい……申し訳ありません」
近い距離で、真っ直ぐに見つめられて、婚約者は頬を染めて大人しくなる。チョロい。
さて、そんなコージャイサンの背中に突き刺さるじとー……っとした視線。それも四つ。
いつもならば男五人で気楽に進めているのだが、友人たちが男爵令嬢と共にと言い出し、聞きつけた婚約者まで加わり。
さらに女子生徒二人がコージャイサンに纏わりつくのだから、やり難い事この上ない。
ため息をついたところで不思議な声を受け取った。
『知ったました? 魔獣討伐ってカップル成立の確率が高いんですよ。……なんで? って、いわゆる吊り橋効果ですね。恐怖や不安、つまり緊張体験を一緒にした人に恋愛感情を持ちやすくなることです。今まで意識してなかった異性のことが急に気になり始める——恋のきっかけとして有効な手段なんですよ。持続しなければただの勘違いですけどねー。誰か気になる人が出来たら教えてくださいね! ……私は誰と組むのか? クラスの人たちとのんびり討伐隊でーす!」
完全に他人事な不思議な声に対して恨めしくなる。励ますならともかく、なんだが見捨てられた気分だ。
全くどうしてやろうかという思いが湧き出たところで、コージャイサンは顔を上げた。
「メディオ、索敵」
「分かりました。……南南東に敵影。数五。大きさからしてホーンラビット」
短く飛ばされた指示。メディオはすぐに索敵を行い、周知した。
それを聞き周りが戦闘体制に入った中、コージャイサンがまたもや指示出す。
「ロット、後方に防御陣と敵に弱体化付与、前二人に攻撃強化付与」
「注文多っ! まぁ、僕なら余裕だけどね!」
ロットが指示通りの術式を展開。そして……。
「ケヤンマヌ、キノウン、連携攻撃」
「言われなくても!」
「やってやるさ!」
二人の連携プレーで五体のホーンラビットを倒した。危なげもなく怪我もなく、見事なものである。
パチパチ、と響く拍手は女子二人から。活躍した男子は澄ました顔をしたり、ドヤ顔をしたりとその反応は様々だ。
「流石ですわ!」
婚約者も。
「すごいです!」
男爵令嬢も。
「コージャイサン様!!」
一瞬にして凍る場の空気。顔を合わせれば言い合いばかりするのに、こんな時だけ息ぴったりだ。
しかし、これに納得出来るほど人間が出来ていないのが思春期男子たちだ。「はい、集合」と言わんばかりにコージャイサンを捕まえて詰め寄る。
「な・ん・で……お前に賛辞がいくんだ⁉︎」
「さぁ」
キノウンの言葉を流し。
「キミ何もしてないよね⁉︎」
「指示は出した」
ロットに事実を示し。
「あなたも少しは動きなさい」
「教授から危機的状況以外では手を出さないよう言われているんだが」
メディオに教授の指示を告げ。
「何だその切り札感は! コージーが強いからか⁉︎ 強すぎるからなのか⁉︎」
「あー、それは失敬?」
ケヤンマヌに適当に返す。
「腹立つな!」
こちらも息ぴったりだが、四人が声を揃えるのも無理はない。手を出すなというならいっそ実技は免除でいいじゃないかって? 全くその通り。男子全員が思っている事だが教授がそれを許可しないのだがら仕方がない。
「まぁ、いい。この調子でさっさと終わらせよう!」
ケヤンマヌの言葉にコージャイサンも同意した。なにせ女子生徒二人に纏わりつかれるので鬱陶しい。早く終われと心底思う。
新年を祝うための冬の長期休暇が見えてきたある日のこと。
「今度の長期休暇なのですが……」
学園での昼食時、席を共にしていた婚約者が話題を振った。
「わたくしの家の領地にいらっしゃいませんか? せっかくのお休みですもの。誰にも邪魔をされずに二人きりで過ごしたいですわ」
ここ最近は男爵令嬢がコージャイサンの周りをウロウロとするので婚約者としては気が気ではないようだ。男爵令嬢と言い合っている姿をよく見かける。
婚約者を宥めても「コージャイサン様にはわたくしがいれば十分ですわよね? いい機会ですから他の者は全て排除しましょう」という。
男爵令嬢を嗜めても「お家の繋がりが必要だから無理してるんですよね。大丈夫、私はコージャイサン様の味方ですから!」という。
友人たちは「ユミーに手を出すなよ」としか言わないのだから「お前の目は節穴だったか」と言って目潰しをしておいた。
解決策とは言えないが、ひとまず男爵令嬢との接触は避けて婚約者を優先するようにしている。断じてぐちぐち言われるのが面倒くさいからではない。断じて。
長期休暇の話に戻ろう。コージャイサンに特に予定はないが、婚約者と二人きりで過ごしたいかと聞かれれば答えは否。さて、どう言って断ろうかと考えていると過ぎる不思議な声。
『かの英雄ユエイウ・ヴォン・バイエ様とドラゴンが戦った場所が実在するんです! ぜひ見に行ってみたい! と言うわけで、この長期休暇で山越え谷越え見に行ってきます! 初一人旅! イェーイ!』
「は?」
それはいつにも増して能天気で。思わずコージャイサンから漏れた不機嫌な声。常にない様子に対面にいる婚約者が驚いている。
「すみません。あなたにではないです」
謝罪をして微笑みかければ婚約者の強張りは解けた。彼女は申し出を断られるはずはない、と思っているのだろう。笑みを浮かべて返事を催促した。
「出発はいつになさいますか? わたくしは学園の最終日にそのまま行くのがいいと思いますの。公爵家には我が家から使いを出しますし、コージャイサン様のために服も飾りも最高級のものを用意しておりますのよ」
用意周到か。つまりは頷けば身一つでコージャイサンは連れ去られる、と言う事になる。
しかし、ここでコージャイサンは閃いた。妙案とばかりに不思議な声の方に乗っかる事にしたのだ。
「すみませんが、遠出をする予定ですので領地への訪問は遠慮します」
「なぜですの? まさかあの男爵令嬢と出掛けるというのですか⁉︎」
目尻を釣り上げる婚約者にどうしてここで男爵令嬢が出てきたのか、とコージャイサンは不思議に思う。
だが、さして気にした様子もなくサラリと答えた。
「いいえ。一人ですよ」
「では、その遠出にわたくしもご一緒してもよろしいかしら? 長期休暇のために作った新しいドレスを見ていただきたいの」
「ドレスはやめた方がいいかと……」
コージャイサンが難色を示すとうふふと頬を染めて嬉しそうに笑う婚約者。
「まぁ、嫉妬していらっしゃるの? 心配なさらなくてもわたくしはコージャイサン様一筋ですわ」
「いえ、そうではなく目的地は山の奥深くです。ドレスでは不向きですし、ああ、冬ですから虫は少ないと思いますが平気でしたか?」
「……今回は遠慮しておきますわ」
——だろうな。
普通の令嬢は虫を嫌う。確信犯は申し訳なさそうな表情を作って話を切り上げた。
次の休日。素材と術式の応用実験で徹夜をしたコージャイサンは珍しくソファーで居眠りをした。
そして、彼は短い夢を見る。
それは昨日の昼間の不思議な声の続き。学園の食堂で対面に座るのは以前図書室であった茶髪の女性だろうか。今回は制服だが顔は————やはり見えない。
「かの英雄ユエイウ・ヴォン・バイエ様とドラゴンが戦った場所が実在するんです! ぜひ見に行ってみたい! と言うわけで、この長期休暇で山越え谷越え見に行ってきます! 初一人旅! イェーイ!」
「……お父上の許可は?」
「もう取ってます! 昔はプラチナゴーレムを一狩りしに行くところをお兄様に止められましたが、今お兄様は領地ですし私を阻む者はない! 泣き落とし万歳!」
その声は実に楽しそうなのだが、まず行き先がおかしいことに気づいてほしい。もっと言うなら時期もおかしい。冬に山越え谷越えとは自殺行為だ。
なんという事だろう。彼女の暴走の貴重なストッパーであり、コージャイサンに情報提供ないし良き相談相手となっている兄君が領地に行った弊害がこんなところで出ている。
ならば、ここは彼が動くしかない。
「本当に一人で行く気なのか?」
いつもなら『行ってみませんか?』と誘う彼女が『行ってきます』と言う。つまり彼女の中で一人旅は決定事項だ。
眉根を寄せるコージャイサンに彼女は首を傾げるではないか。
「はい。流石に公爵令息を冬に山も谷も越えたところに誘えませんよ。何かあったら大変じゃないですか。それに長期休暇は家族で過ごされる予定ですよね?」
そういう配慮をしたのか、とコージャイサンはため息をついた。泣き落としたと言ってきた事だし、これはまだ親と揉めるだろう事は十分に察せられる。
コージャイサンは呆れを含んだ声でこう言った。
「俺も行く」
「え⁉︎」
「一人で行って何かあったらどうするつもりだ?」
「野営道具とかちゃんと準備して行くから大丈夫です! 最近はサバイバル術の本も読んでますから! それに実在する場所って言っても山も谷も越えた所ですし、いつもみたいに観光地とかでもないですし、危ないですよ?」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
どうしてコージャイサンに対しては危険を諭して、自分は大丈夫だというのか。普通逆だろうに。
百歩譲って野営をするにしても整備された場所ではないのだからもっと危機感を持つべきだ、と彼は思う。
「そんな場所なら尚更だ。というか、まず野営は止めて宿を取れ。それが出来ないなら俺も反対だ」
「えー。でも当時だって宿はないわけですし、こう、その時の空気感を味わいたいと言いますか……だって聖地なんだから!」
拗ねたように、そして足掻くように飛び出す言葉だがコージャイサンを納得させるだけの説得力はない。
スッと目を細めた彼に彼女がたじろいだ。けれども彼は手を緩めず、むしろ追い込みをかける。
「宿を取らないなら公爵家総出で反対する」
「まさかの公爵夫妻召喚⁉︎」
「その方面に出向く移動手段を予約出来ないように全てうちで押さえるぞ」
「それは職権濫用って言うんですよ⁉︎」
何を言うか。使えるものは使うのがオンヘイ公爵家の流儀だ。
打てば響く声をサラリと流してコージャイサンは彼女に視線を向ける。
「⬛︎⬛︎」
目を合わせて名を呼べば——彼女が受け入れる事をコージャイサンは知っている。
「……はい。ちゃんと宿を取ります」
しょんぼりと落ちた肩と声の調子。まざまざと伝わる落ち込み具合にコージャイサンに苦笑が浮かぶ。
彼女の言い分を封じはしたが、彼は行くなと言っているのではない。
「ちゃんと宿を取って俺が一緒に行くと言えば、ご両親も安心するんじゃないか?」
「それは確かにそうかもしれませんけど……。貴重な長期休暇ですよ? ご本人様がいるわけでもないし、観光名所でもありませんし」
「それでも行きたいんだろ?」
「はい。あの……本当に一緒に行ってもらってもいいんですか?」
申し訳なさそうな声で何度も確認してくるのは迷惑をかけたくないという思いからだろう。
コージャイサンは義理でこんな事は言わないというのに。だから安心させるように、いつも通りの調子で返す。
「ああ。全員が納得できるよう対策を考えておく」
返事を聞いて彼女の雰囲気が明るくなった。喜んでいるであろうその表情が見えないのが残念だ。
「コージー様、ありがとうございます! じゃあ、私もサバイバル術をもっとしっかり勉強しておきますね! ふふ、楽しみだなぁ」
嬉しそうに弾む声が遠のいた。
——愛称を、呼ばれた。
ひどく耳に馴染んだ呼び声。感情豊かにその声が伝えるものを彼は知っている。
——思い出せ。
元気よく呼ぶ声を。
『コージー様!』
拗ねたように怒る声を。
『コージー様っ』
時に情けない声を。
『コージー様〜』
こちらの身を案ずる声を。
『コージー様?』
どんな時でも視線を向ければ愛称を呼んでくれる人。
——思い出せ。
お茶会で印象に残ったのは誰だった?
『つまり……オンヘイ公爵令息様は蛙にもモテモテなので将来安泰です!』
喜ぶ顔が見たい、と思ったのは誰だった?
『ありがとうございます! これ、すごく……すごく嬉しいです!』
次は何をするのかと目が離せないのは誰だった?
『今度のお休みに地方へ行ってみませんか?』
時に思いやりの言葉をくれたのは……
「コージー様」
柔らかく穏やかな声が鼓膜を揺らす。
「こんなところで寝てたら風邪ひきますよ。……さてはまた徹夜しましたね。まぁ始めたら集中しすぎちゃう気持ち、分かりますけどね。お腹が空くのも眠くなるのも、体が『自分生きるぞー』って言ってるんですから無視しちゃダメですよ。……ほら、まずはちゃんとベッドで寝ましょう。その後ご飯を食べて、難しいことを考えるのはそれからです」
そう言って差し出された手に応えようとコージャイサンも腕を伸ばす。
「⬛︎⬛︎」
音にならない言葉。見えない表情。掴めない手。それでも……——彼は知っている。
——思い出せ。
それは自分に一番馴染んだ存在。