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イルシー登場!

 街の喧騒に加わらないように影に溶け込む者が一人。余程うまく気配を消しているのだろうか。道行く人の誰もその者を気にするそぶりを見せない。


 その視線の先には一人の女性。服装や振る舞いからして貴族、更に肌のハリ艶を見るに若い女性だろう。

 女性と付かず離れずの距離を保ちながら、その者も歩を進めている。


 その者の名は、イルシー・カリウス。職業、暗殺者。


 そう。イルシーは暗殺者だ。細身の体を動き易い暗めの色合の服で覆い、腰の両側にはナイフを装備している。

 更に全てを隠すようにロングコートを羽織り、そのフードを目深に被っているので見えているのは鼻先と口元だけ。

 そんな様子の中で、時折見える真紅は髪の色だろうか。暗色を主体とする中に現れる唯一の鮮やかな色だ。

 今のところ声を発する様子はないが薄い唇の口角を上げ、余裕を持った足取りで静かに女性の後を追っている。


 他者に気取られる事なく、その得物(ナイフ)で対象者の首を搔き切るスペシャリスト。

 彼は数多の暗殺者を輩出した里の出であり、次代を担う若き暗殺者の筆頭であった。


 では、何故そんな暗殺者が街中に居るのか。よもや先程から視線の先にいる女性の命を狙っているのだろうか。


 ……なんて事はない。むしろその逆である。

 それもこれもイルシーの敬愛する主の命だからである。


 時は少し遡る。


 それはイルシーが暗殺者の隠れ里で主たちと出会い、共に王都にきて一月経ったある夜の事。


 イルシーはその一月で王都に住む王侯貴族の縦横の繋がり、馴染みの店やお気に入りの娼婦、店を構える商人や利用する客層、旬の食材に物資の流れなど、ありとあらゆる情報を得るために影に潜んでいた。


 暗殺者だけではなく戦う者、貴族や為政者にとっても情報は重要な武器の一つだ。

 特に彼の主は学園を卒業して所属が変わったばかりだと言う。

 主の立ち位置を鑑みるに知らぬ事は少ない方がいい、と表も裏も過去の出来事も入念に調べる。

 もちろん途中で誰かに気付かれる、なんてヘマはしない。それはイルシーが若い世代の筆頭であった証の能力が故に。だが、その披露はまた今度。


 定期的に報告はしていたが、今イルシーは主の私室にて最終報告を終えたところである。

 それを聞き終えた主は次の指示を出した。


「お前は暫くザナの護衛をしろ」


「なんでやねん」


 間髪入れずに突っ込んだが俺は悪くない、とイルシーは主張する。


 イルシーの主、コージャイサン・オンヘイ。

 闇夜を溶かしたかのような深く艶やかな黒髪、切れ長で涼しげな目元の中心は透き通る翡翠色の瞳。

 シミ一つない肌の上にある眉毛は細すぎず太すぎず、スッと通った鼻筋の先には潤いを忘れない唇。左右のバランスも配置も完璧だ。

 身長はハイエ王国の男性の平均より少し高い。ヒールを履いたイザンバと頭一個分の身長差だ。

 体型は所謂細マッチョで、脱がせたらシックスパックとご対面出来る。


 見た目は極上。では性格はと言えば、極めて温厚。

 飄々と、と言うより淡々とした物言いで声を荒げることは少ない。婚約者であるイザンバも滅多に声を荒げている所を聞く事はないそうだ。

 だからと言って無表情なのかと言えばそんな事はない。キラキラエフェクト付きスマイルを放てる程には、表情筋は仕事をしている。


 父の爵位は公爵、そして母は王妹だ。王位継承権がないとは言え、その血は重要視されている。

 血統、地位、加えて美貌。小国の王女なら嫁いできてもおかしくない位置付けだ。

 そこから考えるに、イルシーは至極真っ当な意見をコージャイサンに述べた。


「いやいや、普通に考えてみろよ。護衛が要るのはコージャイサン様の方だろ?」


「いらない」


 少しは迷え。四文字で終了とはどう言うことか。

 目深に被ったフードで見えはしないが、ついイルシーが半眼になってしまったのは致し方ない事だ。


 それならば、とイルシーは別の角度から攻める事にした。


 オンヘイ公爵閣下、つまりコージャイサンの父は国防を担っている。防衛局の長だ。ハイエ王国と他国との戦争は今はないが、国力の一つとして国防は無くてはならない。


 ハイエ王国の防衛局はオンヘイ総大将を頂点として、その下に戦力としての騎士団、魔術士団、情報収集や斥候を務める諜報部、魔道具の開発、研究をする魔導研究部がある。

 コージャイサンはその中の魔導研究部に所属している。


 なぜドラゴンを倒す実力を持ちながら魔導研究部なのか。単純な事だ。コージャイサンはどちらかと言えば研究者気質。自らの質が合うところを選んだだけである。


 そう言えば、とイルシーはふと思考を飛ばす。

 コージャイサンはその実力を知る者から所属について惜しまれ、それはもう大変しつこく粘られていた。

 その主な人物は二人。

 強靭な肉体と精神力で貴族の坊ちゃん騎士から叩き上げの平民騎士までを纏め上げる騎士団長のスルーマ将軍と、高い魔力量と魔法知識で高飛車な魔術士から呪いマニアな魔術士までを纏める魔術士団長のデヤンレ元帥だ。


「コージャイサン!共に国を守る騎士となりその力を振るうのだ! 燃えよ! 奮えよ! その筋肉を唸らせろ!」


「脳筋集団になんて勿体無い! その才能は我が魔術士団で発揮するべきだ! さぁ! 私と共に極大魔法をぶちかまそう!」


「誰が脳筋だ! このイカレ野郎が!」


「誰がイカレだ! やんのかコラァ!」


「あぁん? 潰すぞオラァ!」


 などと本人そっちのけでやり合い始める騎士団長と魔術士団長だったが、コージャイサンは既に魔導研究部に所属しているのだ。

 例え目の前で団員が宙を舞おうが、防衛局の建物の壁にヒビが入ろうが、厩舎(きゅうしゃ)が半壊しようが、本人に所属を変える気は無い。「もう諦めればいいのに」と言ったのは誰だろうか。


 白熱していく今代の英雄たちの争い。


 いくらコージャイサンと言えども今の立場は新人。

 相手は防衛局という大きな括りで見れば上官となる人物で一癖も二癖もある。

 ついでに言えば友の父をぶっ飛ばすわけにもいかない、と手を出せずにいた。

 普段両団長のストッパーとなる副団長たちがその時は不在だと言う事も痛手だ。


 止める者の居ない争いに巻き込まれた厩舎は、ついに倒壊してしまった。


 そんな誰もが手を出しかねている両団長の争いを止めたのはコージャイサンの父、ゴットフリート・オンヘイ総大将である。

 深みのある黒髪に神秘的な灰色の瞳。流石コージャイサンの親と納得の美形だが、ゴットフリートには息子に無い大人の色香が加味されている。


「お前ら何をしているんだ?」


 聞いておきながら問答無用の一撃。拳骨を振り下ろすその姿に、見ていた団員たちは震え上がった。

 無駄に打たれ強い両団長の為に身体強化を施した力技の一撃を落としたのだ。実にいい音がした。

 そして、そのまま淡々と問い詰める。


「いい歳して何やってるんだ。張り合う事しか出来ないのか? お前ら親がそんなんだから息子どもが馬鹿な事をやるんだろう。子どもは親の背中見て育つんだよ。全く、いい加減にしろよ。コージーは自分でどこに入るか決めたんだ。外野がいつまでも騒ぐな」


「コイツが悪いんだ!」


 互いを指差してゴットフリートに向かって主張する両団長は二度目の拳骨を頂いた。「子どもの喧嘩か」とのツッコミを耐えたコージャイサンを始めとする団員たちは偉い。


「それに周りを見ろ。お前らのせいで大切な戦力と厩舎が使い物にならなくなった。どうするんだ? ん?」


 笑顔で聞いているのに威圧感がすごい。流石の両団長も正座で縮こまってしまった。ふぅ、と溜め息をつきゴットフリートは問い掛ける。


「双方、副団長はどうしたんだ?」


 その問い掛けに対して、両団長は視線を明後日の方に泳がせる。その様子を見たゴットフリートは答えを求めて団員たちの方に視線を向けた。


「はっ! 騎士団のウィッツ副団長は西の辺境伯の要請で第一師団と魔獣討伐に行っております!」


「はっ! 魔術士団のトゥーズ副団長は東の旱魃の対処に向かっております!」


 緊張しながらも敬礼し答えた団員たち。しかし、それぞれの答えはゴットフリートの静かな怒りに油を注ぐだけだ。


「ほーう。それはお前たちに行けと言った案件じゃなかったか? どうにも元気が有り余っているようだし、何より寄ると直ぐに喧嘩をするから出張を命じたんだぞ。それをなんで副団長に押し付けてるんだ。そんなにここが好きなのか。そうかそうか」


 そう言うとゴットフリートは一層笑みを深めた。


「よし、奥方たちも娘たちも馬鹿息子の再教育で忙しいだろう。お前たちの相手は俺がしてやる。書類仕事も雑用も山程ある。厩舎も建て直さないといけないしな。こき使ってやるから来い」


 ギャーギャーと抗議の声を上げた両団長は物理により沈黙した。どうやら三度目の拳骨には耐えられなかったようだ。

 両団長をズルズルと引き摺ってゴットフリートは歩き出す。


 騎士団長と魔術士団長。この場面だけを見ればどれだけ無茶苦茶な人物なのかと思うだろう。

 しかし、普段は騎士道を重じ、部下思いである事で有名だ。さらにどちらも戦場ではとても強くこの上なく頼りになるので、より尊敬の念を集めている。


 だが、どうにも反りが合わないのか犬猿の仲なのだ。


 普段は副団長たちが顔を合わせないように上手く回しているし、すれ違う程度ならば問題は無いのだが、張り合い始めると破壊活動に繋がるまでの喧嘩をする。

 実力があるだけに厄介だ。

 双方の副団長はそれぞれ胃薬と頭痛薬が手放せないお友達。ご苦労様です。


 ふと、ゴットフリートが足を止めて振り返った。


「コージー。魔導研究部長には遠慮なく扱けと言ってある。自分で選んだ道だ。実力と成果を見せろよ」


「心得ております」


 短いが力強く言った息子の返事に満足気に頷き、ゴットフリートはまた歩き出した。


 両団長を拳骨で圧倒する防衛局長。目の当たりにした団員たちは、一層の忠誠をオンヘイ総大将に誓ったとかなんとか。その忠誠、是非とも王家に誓ってやってくれ。


 それを草葉の陰から見ていたのだが、王都にきて早々にすごいものを見てしまった、とイルシーは振り返る。そんな騒動はさて置き。


 父は防衛局長、自身も魔導研究部に籍を置いているコージャイサンだ。

 騎士団長、魔術士団長にも一目を置かれている才能や実力は一部の団員たちの妬みの対象になっているのだ。

 やはり内外に気を配っておいて損はない、とイルシーは考える。


「親子揃って国防に関わっている家なんだ。逆恨みや陰謀に巻き込まれる事もあるだろ。それに実力差が分からない馬鹿も居るんだし、露払いはいるだろ」


「返り討ちにするから要らない」


「あー、そう」


 これはもう何を言っても無駄だな、とイルシーは悟った。


 しかし、いくら強くとも手駒は側にあった方がいいだろう。こちらは懐刀としてどんどん敵を(ほふ)ってやるつもりなのだ。離れろと言うのならば、まだ隣国のスパイをして来いと言われる方がいい。


「なんでイザンバ様の護衛なんだよ」


「必要だからだ」


 必要か? とイルシーは思う。

 主の婚約者、イザンバ・クタオ伯爵令嬢。だが、所詮は国内の伯爵家の娘。ありきたりな茶髪にヘーゼルの瞳、身長も体重もなんならスリーサイズも平均だ。

 とびきりの美女でも無ければ、魔力や芸術などで突出した才能がある訳でもない。どこにでもいるような平々凡々な女性だ。


 何故護衛が必要なのか。承服しかねる、と言う空気を読んだのだろう。コージャイサンは言った。


「お前も体験しただろう。ザナの狭く深く偏った知識は場合によっては厄介だ」


 その言葉を聞き、嫌な事を思い出させてくれるな、とイルシーは口をへの字に曲げた。

 平凡なイザンバの特技。それは狭く深く偏った知識に関するズバ抜けた記憶力。興味の無い分野に関してはからっきしだが、熱意を持って調べた事は一度見たら忘れない。


 あの時、一介の貴族令嬢に暗殺者の武器、戦い方を丸裸にされた。コージャイサンの実力にその知識が加われば鬼に金棒。一切太刀打ちなど出来なかった。


「それはだいぶ特殊な状況の場合だ」


「だとしても脅威だろう? もしそれが戦時中ならどうだ? ザナが何をどこまで知っているか俺も分からないんだ。だが、ザナが居たからこそドラゴンも倒せたし、お前たちのような暗殺者の相手も出来たんだ」


 そう言ってコージャイサンはニヤリと笑う。反対にイルシーは苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。「それはそうなんだけど」とブツブツと言うイルシーに向けてコージャイサンは言った。


「お前が俺に忠誠を誓っている事はちゃんと分かっている。だからこそ、俺はお前の能力を、闘争心を活かさねばならない。安心しろ。お前の矜持は守ってやる。暫く、と言っただろう」


「それは有難いが、イザンバ様の護衛って……男の俺にさせていいのか?」


「ザナは俺の妻になるんだ。お前も知っている方が後々やりやすいだろうと思ったんだが、ふむ。アイツらの仕上がり具合は?」


「バラつきはあるが、早い者ならば後十日程だ」


 イルシーの答えにコージャイサンはただ笑みを浮かべ、そのまま再度命じた。


「では、今暫くはザナの護衛だ。出来るな?」


 いくら不服であろうともこれは主命である。彼を主と決め、半ば押し付けるように忠誠を誓ったのは自分(イルシー)。コージャイサンは自分の能力を活かす、と言っている。

 それならば、とこれ以上の反論を飲み込むことにした。


 イルシーは右手を胸に当て、そのまま片膝をつき頭を垂れる。そして、言葉を捧げた。


「全ては我が主の意のままに」


 それに対してコージャイサンは鷹揚(おうよう)に頷いた。


「頼んだぞ。イルシー」


 それは静かな夜に交わされた主従の遣り取り。

 そうして冒頭に戻るのだが、事後報告されたイザンバはと言えば……


「ちょっと何それ! その遣り取り見たかった! リアル主従萌えはどこ⁉︎」


 と悔しがったと言っておこう。

説明回と言うか補足と言うか。

それにしても、パパ上たちが暴走したww

いや、皆実力も信頼も常識もあるんですよ!

ただあの二人が水と油なだけです!

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