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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
ツボに入るか、沼にハマるか
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 ヴィーシャを先頭にコージャイサン、イルシーが続いて廊下を歩き始めた。

 サロンの扉が閉まっている事を確認すると、口を開いたのはイルシーだ。


「ヤるなって言われたらヤりたくなるけど、夫人みたいにああやって言われると逆にヤりづらいよなぁ」


「ほんまに」


 なんとも天邪鬼な意見に同意したヴィーシャだが、すかさずコージャイサンに指示を仰いだ。


「ご主人様、いかがなさいますか?」


「何がだ?」


「既成事実作らはるには今のお嬢様の状態はちょっと面倒かもしれませんし……お薬、出しましょか?」


「いらない」


 間髪入れずにお断り! 本日もキレ良く四文字で終了だ。

 何を言い出すんだと、コージャイサンからの冷ややかな視線を微笑んで受け止めるヴィーシャはどうやらフェリシダと同じく既成事実推奨派のようだ。


「後遺症もなく可愛く堕ちるようにしときますし、そない遠慮なさらんでも」


「してない」


「合わして差し上げるんも結構ですけど、お嬢様はその辺おニブさんですからここはご主人様が勢いよぉいかんと」


「いかない」


 調合は任せろと綺麗に微笑んでいるが彼女が作ろうとしているのは胃薬でも解毒剤でもなく媚薬。

 やたらとノリ気な従者にコージャイサンの返事も雑なもので四文字でしか返さなくなった。

 そんな二人の掛け合いにイルシーが口を挟む。


「イザンバ様が押し倒されんの想像して苛立つくらいなら、んな事言ってねーでさっさとヤりゃあいいのに」


「そないな話してたん?」


「まぁなぁ。つか真面目な話、あの人に合わせてたら一年二年余裕で経つんじゃね?」


 イザンバだけなら他人事で済ましているが、これは相手あっての話。それも相手が彼らの主だ。

 情緒もへったくれもないが「サクッとヤッちゃおーぜ」と従者たちは言う。


「ザナも貴族だからな。公爵夫人の務めとして何を一番に求められるか分かってる。だから今焦る必要はない」


 しかしコージャイサンはそれに否と返す。

 そうでなくてもイザンバはレベル1。急いて拒絶されたら流石のコージャイサンでもヘコむだろう。

 それならばその日まで。徐々に慣らせばいい、と彼は思うわけだが。


「うへぇ……つまり後三ヶ月は生殺しを味わうって事かよ」


 同情を纏う言葉がイルシーから漏れ。


「お楽しみは初夜まで取っとかはるんですね。その時はより楽しめるよう、ええお薬ご用意しときますね」


 対してヴィーシャは和やかにやっぱり媚薬を勧める。


「しつこい」


 従者たちの言葉にイラっとしたコージャイサンだがここはクタオ邸。さすがにダーツの矢を投げるのは我慢し、四文字で断じて終了だ。


「そんな事よりザナの眠りに変化は?」


 問われたのは夜の守り番として。ヴィーシャは表情を引き締めるとすらすらと解を述べる。


「訓練公開日の夜に一件襲撃がありました。自白剤により雇い主はルイーザ嬢と判明。訓練を見た後、再び接触できず回収が間に合わなかった模様です」


「ハッ、相変わらずうぜー女。あ、そういやコイツ、例の対象者だぜぇ」


 本屋でイザンバにキツく当たる様子、そして覗き見た思考の中で呪いの話を受ける様子を思い返しイルシーが意地の悪い笑みで言う。

『対象者』と聞きコージャイサンの視線も鋭くなった。


「一度灸を据えてやるか」


「賊に関しては最後通告(メッセージ)を添えて雇い主の元に返しました。ふふ、さぞかしええ目覚めになったことでしょうね」


「そうか」


 ゾッとするほどのヴィーシャの笑みにどれだけ凄惨な最後通告(メッセージ)となったことか想像に難しくない。

 だが、コージャイサンもイルシーも相手に対して特に感情が動かされる事はなく、処理が済んだのならいいかとこの話は終わりを告げた。


「お嬢様自身はご主人様とお心が通じてからは睡眠の質も安定してきたようです。まぁ、昨夜は遅い時間まで悶えてはりましたけど」


 続いたイザンバの報告に一転してコロコロと笑う姿は麗しい。

 苦悩する日々の中、心強い支えができた事でどうやら彼女の夜は安寧のものとなったようだ。

 しかしながらそれをぶち壊したのも同一人物なので、イザンバとしては堪らないだろう。


「眠られる前に『今すぐ全人類記憶喪失になって欲しい。羞恥は人を殺すんだって初めて知った。どうにか記憶改竄できないかな。心は無理でも頭は簡単に丸め込めるってどこかのドワーフが言っていたし。あ、でも術式が分かんない……。待って待って、まだ新しい記憶なんだから脳の海馬を直接いじればワンチャンいけるんじゃない?』……って言うてはりましたし」


 ブツブツと漏らした独り言さえも報告しながらヴィーシャは昨晩の様子にクスリと笑みを溢す。

 本人は至って真剣なのだが、どうしてそんな発想になるのか不思議でならない。


「ハハッ、また物騒なこと言うじゃねーか」


 独り言の内容にイルシーが面白そうに笑い。


「そんなに簡単に丸め込めるのか。なら……」


 コージャイサンは考え込むように呟くと、イルシーの方へ顔を向けた。

 真っ直ぐに頭を見られて——ヒタリ、と嫌な予感が脳裏をすぎる。


「まずは海馬とやらの位置を確認しないとな。ちょっと頭開いていいか?」


「なんでだよ! 普通に死ぬわ!」


「お前なら大丈夫だ」


「ンなわけあるか!」


 サラッと不穏なことを言い、なんとも適当な慰めを口にされたが流石のイルシーでもそんな芸当はこなせない。

 イザンバの言葉に刺激を受ける主の知的好奇心。毎度毎度その余波が従者に行くのだから勘弁願いたい。


「ほんっとあの人が口開くとロクなことねーなぁ」


「あんたがそれを言うん? ……あら?」


 呆れた、と顔にありありと浮かべるヴィーシャがふとイザンバの部屋の前に立つジオーネを見つけた。

 だが、彼女の沈んだ表情に三人は疑問符を浮かべる。


「ヴィーシャ……お嬢様を呼びにきたのか」


「そうやけど、どないしたん?」


「それが……『コージー様が近づいてる気がする。ちょっと雲隠れしてきますね!』とお部屋を出られてしまって」


 なんと籠城していたはずのイザンバがコージャイサンの接近を察知したらしい。

 その察知能力は素晴らしいが、なにも今発揮しなくてもいいんじゃないかと従者たちは思うわけで。

 ヴィーシャとイルシーがコージャイサンの様子を窺う中、ジオーネが心底申し訳なさそうに頭を下げた。


「すぐに後を追ったのですが別室に入られてからお姿を見失ってしまいました」


「あー、まぁ自分の家やし。隠し通路くらい把握してはるわな」


 貴族の邸や王城には避難用の隠し通路が存在する。クタオ邸も例外ではなくイザンバはそこからすたこらと逃げ仰たらしい。

 護衛を務める従者たちも当然隠し通路を把握しているが、さて通路を出た先で彼女がどう動いたかまでは分からない。

 ジオーネは顔色をなくして謝罪を口にした。


「誠に申し訳ございません! この失態、なんとお詫びを申し上げたらよいか……」


「邸内での話だ。ザナの行動は褒められたことではないが、今ならお前が罰を受けることはないと分かって撒いたんだろう。お前は外で見失わないようにすればいいだけだ」


「ご温情に感謝を!」


 感激するジオーネだが、こうも避けられてはコージャイサンとしても面白くはない。

 イザンバの行動パターンを鑑みて行き先のあたりをつけ始めた。


「つか、イザンバ様居ねーのかよぉ。せっかくこの写真売りつけてやろーと思ったのに」


「写真?」


 そこへ聞こえたイルシーのボヤき。さっきサロンで出したものとは別のものがあるということか。

 どんな写真だ、とコージャイサンが目を向けるとイルシーは「コレ」と指で挟んで見せた。

 その写真に目を見張ったコージャイサンだが、同じく目にしたヴィーシャがしみじみとしながら主を見遣る。


「これは……どう見てもキスしてるように見えますね」


「だが実際は未遂だぞ。お嬢様はしっかり防がれていたからな」


 ジオーネの言葉はもちろんそうなのだが、見え方というものは必ずしも事実と一致しない。

 フェリシダが言っていた「二人がキスをしていたのを見た人がいる」というのもこのことを指すのだろう。


「ま、俺の位置からはこういう風に見えてたって事だ。流石に親にコレ見られんのは可哀想かと思ってさぁ。イザンバ様が買い取ったら安心だろぉ?」


 俺って優しい、と口の端を上げながらいうのはどうなんだ。

 確かにイザンバならば噂の物証となり得る写真の存在に「証拠隠滅ー!」と金を積んででも買い取るだろう。

 そうなればイルシーは儲けたもの。ウハウハである。

 そんな彼の見え透いた優しさにヴィーシャは呆れ返った。


「……よぉ言うわ」


「お前、どれだけふっかける気だ」


「人聞き悪ぃなぁ。ちょっと上乗せするだけ……あ!」


 ジオーネに答えていると、イルシーの手から写真が奪われた。気づいた時には空気を挟むのみとなったイルシーの指先。

 この場でそれができるのはこの人しかいない。


「俺が貰う」


 コージャイサンだ。写真を見つめる顔には羞恥すらないが、さっさと懐にしまいこんだ。


「はぁ⁉︎ そりゃねーぜ!」


「文句でもあるのか?」


「コージャイサン様が持ってったら俺に一ゴアも入らねーだろうが!」


 いや、そこかい。と思ったのは……うむ、皆そのようだ。

 コージャイサンに対しては献上、その他に対しては売買。いっそ清々しいほどの使い分けだ。


「伯爵に売りつけてただろう。それで我慢しろ」


「マジかよぉ……イザンバ様なら絶対言い値で買ってくれんのに……」


 ウハウハの元があっさりと消えてしまいしょんぼりと肩を落とすイルシー。これも取らぬ狸の皮算用である。

 さて、そんなイルシーを放置してコージャイサンが指示を出し始めた。


「ヴィーシャ、そいつを連れてファウストたちと合流しろ。今後について聞いておけ」


「かしこまりました」


 恭しく頭を下げると未だ肩を落とすイルシーの肩をばしりと叩いて喝を入れる。もう彼女は次の指示に対して切り替えているのだ。


「さて、ザナの所に行くぞ。ジオーネ、案内を頼む」


「どちらにですか?」


「決まっているだろう」


 不敵に笑いながら彼が示す場所。果たしてそこにイザンバはいるのだろうか。

活動報告にイルシーとヴィーシャの会話劇があります。

本編に直接絡まないけど、チラッと出てきたあの人の話題です。

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