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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
ツボに入るか、沼にハマるか
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 訓練公開日の翌日の昼下がり。フェリシダ・クタオはお茶会から帰ってくるや否や書庫で本の整理をしている娘の所へ駆け込んだ。


「ザナ〜〜〜!」


「お母様、おかえりなさい。って顔」


 ニマニマと目元も口元も弧を描くフェリシダにイザンバは怪訝な顔を向けた。


「どうしたんですか? 今日のお茶会、そんなに楽しかったんですか?」


「……うふふ、んふふふ、あははははははは! もうザナってば、やるわねー! あははははははははは! 今日の笑い……じゃなかった話題はそれで持ちきりよー! あっはははははははははは!」


 問いかけに答えるよりも先に飛び出した大笑い。

 どこかで見たことがあるほどの紛う事なき大笑いに、血のつながりを感じずにはいられない。

 母娘のやりとりに「平和だな〜」なんて本の整理を手伝っていたジオーネとシャスティはほっこりとしてしまった。

 ところがイザンバは疑問に笑いで返され、さらに首を傾げた。


「なにがですか?」


「うふふふふふ。昨日、訓練公開日だったから防衛局に行ったでしょ?」


「そうですよ。ほら、この子見てください! 防衛局限定盤ぬいちゃんです! このつぶらでキリリとしたお目目、ちんまりして可愛い体。エモエモのエモ〜〜〜! しかもお着替え可能でインナー姿まで再現とかクオリティーが高すぎて鬼やばじゃないですか⁉︎」


 ニマニマとしながらそう尋ねるフェリシダにイザンバが見せたのは魔導研究部の制服を着たシリウスのぬい。

 ちなみにこちらは騎士バージョン、魔術師バージョン、研究員バージョンの三点セットになっており、忠臣の騎士シリーズファンに大人気だとか。


「売店に行ったら目の前で『ぬいちゃん売り切れでーす!』って言われてものすごく悲しくて絶望したんですけど……なんと! コージー様が取り置きをお願いしておいてくれたんです! それも全三種類コンプリートボックス付きのフルセットで! 神対応すぎて拝み倒しました!」


 目をキラキラさせて嬉しそうに語る娘は可愛いが想定した答えではない。

 母は少し冷静になった。そうだ、うちの子はこんなだった、と。


「欲を言えば保存用も欲しかったんですけど、でもぬいちゃんを三点セットでお迎えできるなんて控えめに言って最高でしょ⁉︎ ボックスの絵も神絵師ランタマ・カランケシ様とか仕事しすぎで……ほんと寿命延びる〜!」


 うむ、今日も元気に荒ぶっているがどれだけ語られようとも母にはその良さが分からない。むしろその熱量はどこから来るんだと聞きたい。 

 それに今フェリシダが話したいことはそのことではないのだ。


「そー、良かったわねー」


「え、振っといてその反応とか……ひどい!」


「だってそんな話じゃないもの」


「じゃあなんだっていうんですか」


 今一押しのぬいの話を華麗に流されイザンバは不貞腐れながら再度問うた。

 水を向けられた途端に煌めくフェリシダの瞳。さぁ、ご清聴あれ!


「彼ったら演習場を氷漬けにして、むっふふふふふふふ、すっっっごく熱烈な告白をしたそうじゃない! 『俺が欲しいのはイザンバだけです』なんて……きゃー! 聞いてるこっちまで赤くなっちゃうわー! 我が娘がこんなにも未来の旦那様に愛されてるなんて嬉しいことこの上ないわよねー!」


「……え?」


 頬を染めながら楽しそうに話すのは、フェリシダが今日のお茶会で聞いていた話。

 しかし、イザンバはその内容にいまいち理解が追いつかない。「コージー様がなんて言ったって?」と母の言葉をもう一度脳内で繰り返そうとした。

 が、その間にもフェリシダはさらに言葉を重ねる。


「奥様たちともね、あんな風に情熱的に愛されたいわーなんて盛り上がっちゃって! あ、もちろん私は旦那様との愛ある生活に満足してるわよ! うふふふふふふふふ、私たちが盛り上がるほど今まで嫌味言ってた人たちが近づいてこないんだもの! 快適すぎて……んふふふふふふ、もう笑いが堪えきれないわ! おーっほっほっほっほっほ!」


「え?」


 なんと高笑いまで飛び出した。どれだけご満悦なんだ。

 しかし、やはりというかイザンバの情報処理が追いついていないわけで。

 疑問符を浮かべ続ける娘に構わずフェリシダは尚も続ける。


「それとお姫様抱っこにキスまでしたんでしょ? もうラブラブじゃない! 最初はどうなることかと思ったけど、あなたたち良い形に収まったのねー。ほんと良かったわー! って、あら? ザナ?」


 告げられた内容にイザンバは固まってしまった。目の前でフェリシダが手を振っても反応を示さない。


 ——どうしようかしら

 と困ったそぶりのフェリシダ。

 ——そこのとこ詳しく!

 とジオーネに詰め寄るシャスティ。

 ——聞きたいのなら

 と話し出すジオーネ。


 書庫はカオスの様相である。


 暫くしてやっと再起動のスイッチが入ったのか、イザンバはカッと目を見開くと激しく、それはもう激しく主張した。


「キ……キスはしてません!」


「あら、そうなの? でも、見たって人もいるのよ?」


「してませんったらしてません!」


 残念そうなフェリシダだがイザンバの目には入っていない。そもそも親とキスがどうのなんて恥ずかしすぎて話したくもないだろう。

 プイッとそっぽを向いたイザンバだが、処理が追いついた事実に愕然としながら呟いた。


「まさかそんな事になっていただなんて…………そう言えば、あの日はぜんぜん絡まれなかった。いつもなら三歩歩けば誰かしら当たりにくるのに」


 イザンバにとって嫉妬からの当たり屋案件は日常茶飯事だ。だがよくよく思い返せば、確かにあの日は受付以外でそういう女性に遭遇しなかった、と。


「え、もしかしてコージー様が言ってたのって、このことだったの?」


『こんな煩わしさも()()()()だから気にするだけ無駄だけどな』


 自分が言った事なのだから当然コージャイサンは分かっていたのだろう。なによりも彼自身も煩わしさから解放されたのだから。まぁ中々の力技だったが。


「あっ!」


()()()()()()()()()()これからますますその愛らしさが増すと思えば、今からでも宴会用の酒を買いに行きたい次第です』


 さらにもう一つ、思い出した発言。

 イザンバは首が取れるのではないかというほどの勢いでジオーネの方を見ると、恐る恐る確認を取る。


「ジオーネ……もしかして、知ってました?」


「はい。あの時イルシーから聞きました」


「……嘘でしょ。私、聞いてないんですけど」


「聞かれませんでしたから」


 何か問題が? と首を傾げるジオーネにイザンバは撃沈した。

 あの時は意味を深く考えなかったが、まさかこんな事になっていたなんて。

 注目度の高いオンヘイ家の人たちの一挙手一投足はすぐに話題になる。

 とんでもない事をしてくれた、とイザンバの顔色をなくす。


「奥様ネットワークで回ってるなら止められないも同義じゃない」


「そうね。もうほとんどの人が知ってるんじゃないかしら? だって、んふふふふふふふふふ、今日一番の話題だったものー!」


 ああ、なんて楽しそうに言うのだろうか。

 完全に他人事で、それでいてフェリシダ自身も嫌味から解放されたのだから楽しくなるのも仕方がない。

 仕方がないが、当人(イザンバ)からすれば事態をそう簡単に受け入れられるはずもないわけで。

 彼女は一縷の望みをかけて母に追い縋る。


「そんなの……話題の上塗りをとかなんとか出来ないんですか⁉︎」


「それは無理じゃないかしら。だってセレスティア様が一番喜んでいらっしゃったもの」


 予想外のところから爆破魔法を放たれた!

 今日フェリシダが参加したお茶会にはコージャイサンの母のセレスティアも居たのだ。

 彼女は堂々と言い切った息子の様子に眉を顰める事はなく、むしろ誇らしいとばかりに話を拡げていた。


「え……そちらの耳にも入っていると……?」


「ゴットフリート様が防衛局長なんだから入らない方がおかしいでしょう? もしかしたら見ていらしたかもしれないわねー」


 信じたくないと言う想いが滲むイザンバにフェリシダはあっさりとした調子で返す。


 コージャイサンがわざわざ両親に「今日こんな事言ったよー」なんて言う事はないだろう。

 ならばどこからその情報が公爵夫妻の耳に入るのか。

 それは自身が見ていたか、部下から報告が来たか、はたまた親切心にかこつけた誰かが話したのか。


 知らされた事実のあまりの威力にイザンバの思考はまた停止してしまった。処理が追いつかないのではない。事の重大さを理解したくなかったのだ。


「は…………」


 下を向いたイザンバの体がぶるぶると震えだす。どうしたのかと、全員が様子を窺っていると、彼女はキッと母に厳しい目を向けた。八つ当たりも込められたその目には涙が浮かんでいる。


「恥ずかしくてもう二度と外に出られないぃぃぃ!」


「あははははははははは! むしろ快適だから出た方がいいわよー!」


 フェリシダの笑い声を背に、イザンバは猛ダッシュで書庫を飛び出した。

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