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 機嫌を戻し、コージャイサンは再び椅子に戻った。

 彼らは自身に対して絶対服従の姿勢だが、最初の頃を思えばイザンバに対しても随分と気を許すようになったんだな、と考えながら。


「それで、お前はザナを押し倒してどうするつもりだったんだ?」


 コージャイサンがその意味を問いかける。とりあえず言い分は聞いてやる、と。


「だからんな事しねーっての! 俺はイザンバ様って警戒心ないよなぁって言いたかったんだよ! あの人、自分は平凡だからそんな対象にならないって思ってる節がある。仮に、仮にだぞ⁉︎ 俺が押し倒しても『びっくりしたー』で済ませそうじゃねーかぁ」


「それは………………」


 ないと言いたいところだが、たっぷりと空いた間にコージャイサンが思い悩んだ事が窺える。


「コージャイサン様の従者だから俺らを信用するってのは、この際いいんだけどさぁ。俺らだってそんな目で見ねーし」


 これにはファウストとリアンが激しく同意した。

 彼らの崇拝や敬愛の対象はあくまでもコージャイサンであり、彼女自身はおまけだからだ。

 好感は持ってもそこに恋慕は決して混ざらない、と全身全霊で主張する。


「けど他はどうだか……。コージャイサン様が大事にしている女。でも絶世の美女じゃなくて手が届きそうなレベルだから自分たちでもオトせると思うだろうよ。さらに言えばあの人自身が権力者にも気に入られてる」


 今日のコージャイサンの宣言を聞きイザンバに興味を持った輩もいるだろう。

 今までは嫉妬に駆られた女性が目立っていたが、おそらくこれからは男性も近寄ってくる。

 ——好意を持って

 ——憂さ晴らしを兼ねて

 ——コネクションを求めて

 特に鍛えていない男性だとしても騎士でも魔術師でもない令嬢を力で押さえ込むことなぞ簡単だ。醜聞を盾に迫られでもしたら果たしてどうなるか……。


「そう言った意味で、今日イザンバ様を見る目が変わったはずだ。そこんとこ、二人とも意識し直した方がいんじゃね?」


 ——コージャイサンが信用しているから

 それだけで警戒心を解いてしまうのは時期尚早だ。平凡ゆえに好意や欲の対象にならないという思考を持っているなら改めさせた方がいい。

 けれども実際のところイルシーにイザンバを押し倒す気はさらさらなく……。


「ま、イザンバ様のことはコージャイサン様がなんとかするとして」


 担当者(コージャイサン)に丸投げした!


「主以外に適任はおりますまい」


 ファウストはヨイショに徹し。


「頑張ってください!」


 エールを送るリアンが続く。

 確かに他の者に任せる事ではないが、調子の良い従者たちにコージャイサンは呆れてものも言えない。


「お前らな……」


「んで、姫さんのヤク中の話に戻すけどさぁ……」


 うっかり好奇心が勝ったことで話が大きく脱線してしまったが、イルシーはさらりと軌道修正を図った。


「前にモドキの思考を読んだ時には見た目ももうちょいマシで自分で動いてたんだけど、今回は座ってるだけで喋りもしなかったんだよなぁ——こんな風に」


 と言って向けられる虚ろな目。それはまるで生気のない人形のようで正気を失っているようにも見える。

 イルシーはパッと表情を変えると(おど)けるように続けた。


「喋ってんのは『商人』と伯爵だけ……ってな」


 その姿に覚えがあるのだろう。リアンは明らかに引いた様子だ。


「うわ、それもう廃人じゃん」


「いや、薬で一時的に思考を鈍らせているだけかもしれんぞ。ヴィーシャもよく使うだろう」


「どっちにしろお飾りってことでしょ? それでどうやって女王になるっていうのさ」


「傀儡政権か、それこそ主を狙うように優秀な王配に任せるのか……」


 ファウストとリアンがそれぞれの見解を述べるがどうにもスッキリしない。

 ——ストーキン伯爵が使用していた幻覚を見るタイプの麻薬ではなく別のものがしようされているのか

 ——はたまた深部まで侵され戻ってこられない状態になったのか

 いずれにせよ『姫』という神輿がお飾りに成り果てたのだろう、と彼らは推測した。


「お前らも馬鹿かぁ? コージャイサン様が政権持ったらアイツらの国盗りの意味ねーだろ」


 それはそうだが、馬鹿という単語にリアンか目に怒りを浮かべる。主の手前、押し殺してはいるがもっと他に言い方があるだろうとのファウストの視線での訴えをイルシーは鼻で笑い飛ばした。


 しかし真の女王にと崇めている割にはその扱いに疑問を抱くのは事実。

 従者たちのやり取りに耳を傾けていたコージャイサンが求めたのは更なる情報。


「他は?」


「思考を読んだ時に『商人』の背後に魔法陣があったんだけど……肝心の術式が読めなかったんだよなぁ」


 再び風を纏いフードスタイルに戻るとイルシーはその頭を掻く。

 珍しいこともあるものだ、と思いこそすれ特に案じることもなくコージャイサンは淡々と毒づいた。


「ついにボケたのか」


「麻薬がマワったのでしょう」


「調子に乗ってパカパカ吸うからだよ」


 ファウスト、リアンまでも便乗し散々な言いようだ。おいこら、と悪態をつきながらもイルシーはその理由を述べる。


「ちげーし。陣に書かれてたのが古代ムスクル語なんだよ。つまり……」


「古の術式か」


「そ。コージャイサン様が読んでたから形はなんとなく見覚えがあるけど意味までは知らねぇだけだっつーの」


 あー、と上がる納得の声。専門家でもない限り馴染みのない古語を正確に記憶することは難しい。


「陣の形、覚えている限り書き出せ」


「もう書き出してる」


 コージャイサンの命に対してあっさりとイルシーが差し出した紙には三重円に三重の六芒星。


「悪魔召喚に似ているが……」


 その形を見て思い当たる節があるのかコージャイサンが呟いた。


「援軍の代わりに悪魔を使役するつもりなのでしょうか?」


「贄を捧げるとなると有り得そうだが……古の術式でとなると相当強力なものを呼び出すつもりなのか」


 呟きを拾ったリアンとファウストが上げる可能性。けれどもコージャイサンは同意を示さなかった。


「憶測で物事を進めるな。思い込みは目を曇らせる」


「失礼いたしました」


 不確定要素が多い時点で思い込めば、確かな情報も見落とし判断を誤ることになる。

 発言を嗜められた二人は反論せずに静かに頭を下げた。


「これに関しては防衛局で調べる。古の術式についてなら研究部と魔術師団に資料があるだろう」


 まずは証拠品の精査、そして魔法陣の特定。

 古の術式に関してはまだまだ不明点も多いが、防衛局(へんじんのそうくつ)なら証拠品から解決の糸口か掴めるかもしれない。

 相手の目論みを断定するのはそれからでいい。


「今日集まっていた面子も含めて諜報部にも情報を回せ」


「りょーかい」


 イルシーの返事は軽く、コージャイサンの告げた内容に従者たちの否はない。どのみち情報は共有する手筈だ。


「それにしてもヤツらの次の手……ぷっ、クククククッ」


 すでに思考を切り替えたイルシーが突然笑い出す。『次の手』にそんなに笑うところがあったか、とコージャイサンは訝しんだ。


「いや、今日の様子をダシにするなら呪いの矛先はコージャイサン様かイザンバ様に集中すんだろ?」


「え? なんで主にまで? 嫉妬の対象ならイザンバ様でしょ?」


 イルシーの言葉にリアンが異を唱えた。心底不思議そうに首を傾げる彼にイルシーから飛び出したのは深いため息。


「お前は……ほんっとにガキだなぁ」


「はぁ?」


 言葉にも態度にも、隠しもしない見下した表現にカチンときた。気色ばむリアンの視界が大きな影で遮られる事となる。

 イルシーから逸らすように体を割り込ませたファウストだ。油断も隙もない、とこちらがため息を吐きたいところだが、ひとまずはリアンに説明を行う。


「主がイザンバ様以外は必要ないと仰られた。それはつまりイザンバ様を排除したところで自分が選ばれることはないと言う事だ」


「だから?」


「そうなりゃ可愛さ余って憎さ百倍ってなぁ。手に入らないならいっそ殺しちまおうって考えになるヤツもいんだよ」


 イルシーが言うのは呪いを用いた無理心中。拗れ、歪み、塗り潰された恋慕は凶刃となってコージャイサンに向かう事だろう。

 が、今回に関しては心配はいらない。


「でもコージャイサン様もイザンバ様も退魔の才能があるから効かねーし、連中の思うように事は運ばないだろうなぁって事だ。分かったかぁ?」


 ニヤニヤとわざとらしい笑みを向けるイルシーに腹を立てながらも告げられた理由は腑に落ちた。

 リアンとて色事を知らぬわけではないが、もつれにもつれた情の行き着く先に至るほどではない。そもそも彼の色事のターゲット層の年齢があまり高くなかった事も要因だろうが。

 ここでも経験値の差を見せつけられてリアンは悔しさが増すばかりだ。


 チラリと主の方を見ると呪いという危険が迫っていても変わらず淡々としたもので。


「ザナに退魔の才能がある事は知られていないからヤツらの目論見は空回りするだけだな」


「そんだけ? いつもの甘やかし発動して結界でも張りに行かねーの?」


「別に甘やかしてるわけじゃない。ヤツらに対して対抗する手段があるなら俺がすることはないだろう」


 イルシーが生者だから効かなかったものの、コージャイサンの検証の結果、呪文の効果は本物であった。大抵の呪いならば彼女自身で祓えるだろう。

 それに、とイザンバの台詞を思い出したコージャイサンの表情が柔らかくなる。


「『胸を張って一緒にいたい』と言っていたからな。今回を乗り切れば自信もつくだろう」


 彼女自身が口にした先を望む言葉に揺るがない信頼を寄せてコージャイサンもイザンバの成長を望む。

 とは言え、懸念事項がないわけではない。


「ザナの魔力量は俺たちより少ない。ヤツらがどのくらいの数を仕掛けてくるか分かっているのか?」


「それは分かんねぇ。今日演習場に居ただけでも対象者は多いし、ばら撒こうとしてる呪いの強さもまちまちだ」


 ストーキン伯爵が手段を与えた人物は老若男女問わず。多岐に渡る中、実行するか否かは個人に委ねられるためイルシーにも分からない。

 それならば最悪を想定してコージャイサンは動く。


「なら、魔力回復薬をありったけ手に入れろ。魔力が枯渇すれば元も子もない。ああ、粗悪品は持ってくるなよ」


「……結局甘やかすんじゃねーか」


「どこがだ。お前たちは祓えないし必要経費だ」


 諦めたようなイルシーに対し彼は言い切った。事が起きてから準備するのでは遅い、と迷うことなく行われるイザンバへの手厚いサポート。労力は従者任せだが。


「ファウスト、リアン。明後日にはクタオ邸に行く。それまでに用意しろ」


「仰せのままに」


 主の望む『ありったけ』。さて、あと一日で二人はどれほどの魔力回復薬を集める事ができるのか。


「いくら魔力回復薬があっても長引けばザナの負担になる。分かっているな、イルシー」


 雲隠れを繰り返す商人を早急に捕えよ、と。

 児戯とも言えるお粗末な国盗りを終わらせろ、と。

 崇敬(すうけい)してやまない主に対しての答えはただ一つ。


「全ては我が主の意のままに」


 呪いに関しては祓われて失敗に終わるであろうその時まで高みの見物といこう、とイルシーは今後の予定を組み立てる。

 ストーキン伯爵も小物だ。失敗すれば商人に泣きつくため、なんらかの連絡手段を取るはずだとその行動を予測しながら。

 ——手駒を壊され

 ——販路を潰され

 ——手段に対抗され

 商人も伯爵も、なんと無様で哀れな事かと嗤いが漏れる。

 諜報部と手を組み、ジリジリとその包囲網を狭めながらその首を掻き切る瞬間に想いを馳せて……。


「そういやコージャイサン様。コイツのことで一個提案があんだけど」


 グイッとリアンの肩を引き寄せながら話すイルシーの口元は凶悪さが鳴りを潜めて至極楽し気に弧を描く。心底嫌そうな表情のリアンとは正反対であったと言っておこう。


 未来はより想いの強い方に引き寄せられる。

 さぁ、誰の願いが叶うのか。

 さぁ、誰の願いを叶えるのか。


 月が欠けるほど(さざなみ)のように夜が笑う。踊り出る影はその濃さに紛れて黒翠を仰いだ。


これにて『影が踊る立待月』は了と相成ります!

読んでいただきありがとうございました!

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