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 なんで、どうしてと、嘆くアンジェリーナにイザンバは己の考えを言葉にする。それはイザンバが一連の流れを見て感じた事だ。


「それはあなたが引き際を見誤って、自分の理想の為のシナリオに固執したからですよ」


 涙を流しながらアンジェリーナはどう言う意味だ、とイザンバを見つめた。


「あなたの言う通り、善意であれ偽善であれ、きっかけはきっかけです。心優しいヒロインが助けた人が実はお忍びの貴族または王子だった、それがきっかけで見初められて結婚したなんて王道ストーリーです。確かにあなたは綺麗でスタイルも良くて、物語のヒロインみたいですよね。そこに優しさが加われば完璧です」


 理想のヒロイン像。それはアンジェリーナだけでなく、多くの乙女が夢見る姿であろう。


「進んで人を助けたら、どんどん自分に好意を持ってくれる人が増えていった。だから、多少の無茶でもイケると思ったんでしょう。でもね、あなたの考えたシナリオを登場人物は知らないんです。思うようにいかなくて当然です」


 いくら綺麗でも黙っていては王子様には選ばれない。ただでさえ身分という壁があるのだ。アンジェリーナにとって、その道は険しい。

 イザンバにアンジェリーナの全てを否定する気はない。マイクに至っては人選ミスじゃないかと思うが。


「あなたがしているのは物語のヒロインに憧れて、ただ現実でその展開をなぞろうとしたに過ぎないんですよ。そんなのは安直過ぎます! 二次創作にも及ばない! 現実はアドリブの連発なんです! 創作物のようにご都合主義とはいかないのですよ! コージー様を釣り上げたくばもっと独自性を出してください!」


「……ザナ。止めたいのか勧めたいのかどっちなんだ」


「おっと、失礼」


 コージャイサンの不満気な声が熱くなっていたイザンバを刺した。別に頑張ってコージャイサンを射止めてくれと言いたいわけじゃない。ただ、とイザンバはアンジェリーナに向けて言った。


「どれだけ素敵な物語をなぞろうとも、そんなにホイホイ釣られるほどコージー様は馬鹿ではありません。うちの婚約者様を甘く見ないでください」


 そこには揺るぎない信頼を込めて。


「それに、どのジャンルであれ全ては作家様の閃きと努力と涙と汗の結晶! リスペクトするならいざ知らず、安っぽい台本にしてはダメです!」


「うん、ザナはそうだよな」


 ちょっと感動したのに台無しだ、とコージャイサンは溜め息を漏らした。そしてそのまま、アンジェリーナに話し掛ける。


「夢や理想、憧れは誰でも持っています。その実現の為に努力している人も多いです。しかし、境目を見失ってはいけない。夢だけでなく、目の前の現実もしっかり見なさい」


 コージャイサンの言葉が真っ直ぐに、無防備なアンジェリーナの心に突き刺さる。


「あなたから見たザナは、ぶっ飛んだことを言うし貴族令嬢とはとても思えないでしょう。でも、彼女は自らが責を負わねばならないことがあることを知っています。するべき事があると知っています。騎士も魔法使いも探偵も魔王も人外も、なんなら無機物すらも愛してやまない無節操で浮気者な所もありますが、それでも自分が生きている現実(いま)に戻ってきます」


「ちょ、無節操な上に浮気者って酷い!」


「ザナ、待て」


「……ワン」


 なんて事を言うんだ、と抗議の声を上げたイザンバに対してコージャイサンは「待て」と返す。それは先程自分がマイクに言った言葉。跳ね返ってきてしまった、とイザンバは大人しく待つ事にした。


「あなたはきちんと見なければならない。その男は地に伏し、未来が閉ざされた。そのきっかけを作ったのは間違いなくあなたです」


「わたし……そんなつもりじゃ……」


「だとしてもそうなったんです。自分の行動がどう言う結果を生むか。都合のいい所ばかりではなく、生み出された結果は最後まで見届けなければならない」


 それは貴賤に関わらず。

 コージャイサンの教鞭が振り下ろされたあの時。アンジェリーナはどうしていただろうか。あの時、自分は……。


 横たわるマイクの傍により、アンジェリーナは涙を流す。

 防音魔法、宣誓の術式。二つの力によりこの部屋で起きた事を、少し多めの迷惑料を貰った店主はおろか、部屋の外に居た者が知ることは無い。


 ――――――――――――――


 後日。ハイエ王国の刑務所内で、高くそびえ立つ塀を前に唸る男が一人。


「くそっ! なんなんだこの塀は! 登るのもダメ、下を掘るのもダメ、突き崩すのもダメ! さりげなく出ようとしても刑務官がいるし! こんな所に居てはアンジーの様子が分からないじゃないか! あー! くそ! 待っていろよアンジー! 俺は必ずこの塀を越えて君に会いに行く!」


 マイクだ。相変わらず大きな声で元気は良さそうだが、アンジェリーナとの逢瀬を阻む障壁に闘魂注入! と燃えている。


「せんぱーい! アイツまたあんな所で脱走しようとしてまーす!」


「またか⁉︎ あーもう、めんどくさい奴だな」


 新人刑務官の言葉に駆け付けた先輩刑務官はそう言うと、ヒュッと音が鳴るように教鞭を振った。その音を聞いた瞬間、それまでの威勢はどこへやら。マイクは固まり動かなくなってしまった。


「なんでこの音だと止まるんすかねー」


「さぁな。だが、オンヘイ閣下が仰るんだ。下手な詮索は無用だ。それに楽なんだから、いいじゃないか」


「そっすね」


 何がきっかけで、どれだけのトラウマになっているのか。それをマイクが語る事はない。


 あの日、家に戻ったコージャイサンは早速両親に捕まった。根掘り葉掘り確認されて「なんか面倒だし別にもういいから」と言ったのだが、そうは問屋が卸さない。

 完全お忍び、顔バレ名前バレもしていないならもしかしたら可能だったかも知れない。しかし、しっかりと大通りでオリヴァーと互いに名乗っている。

 公爵家としてはここで黙っていては国内外に示しがつかない、という事からのマイクの裁判、投獄である。大人の事情、ここに極まれり。


 判決の刑期はそんなに長くなかったのだが、脱走を試みる度に密かに伸びていっている事にマイクは気付いていない。このままいけば出てくる頃にはおじいちゃんと言われる年だろうが、それもまた致し方ない。

 因みにこのマイクを止める仕事、教鞭を一振りするだけなので楽でいいと刑務官たちに人気の仕事である。




 所変わってこちらは王都から少し離れた孤児院。庭先を掃除しているのはプラチナピンクの髪の女性。孤児院を囲う柵の向こうには仲睦まじく歩く男女の姿や、微笑ましい親子の姿が見える。


「いいなぁ。私も幸せになりたい。あーあ、私の騎士様は何処にいるのかしら」


 敢えて言うなら塀の中。だが、マイクの一途な想いはアンジェリーナに届く事はないのだろう。


「アンジェリーナ、 ちょっとこっちも手伝ってー!」


「はーい」


 あの日の事を誰かに話す事は出来ない。話したいとも思わない。より高みを目指した天使は、羽根がなくなり飛べなくなった。落ちた先は囲いの中。


 アンジェリーナは目に付く悪さをしたわけではない。大通りではマイクを止めていたし、イザンバを心配して店まで行っている。傍から見たら「あの子何かしたっけ?」と言う状態だ。だが、きっかけにはなってしまった。マイクの暴走を事前に回避しなかったなどと理由を付けられ、孤児院で住み込みの社会奉仕を命じられたのだ。


 だが、ここは優しい。ここに来たばかりの頃、泣き暮らすアンジェリーナに皆優しかった。なら自分はここに居る女性にも子どもにも優しくしよう。優しさに優しさで返したらきっといい事が起こる。そうすれば、ナル様よりもあの公爵令息よりも、もっといい(ひと)が私を見つけてくれる!


 アンジェリーナの 大元はやはり変わらない。夢を見ることは自由なのだ。だが、目を開けば女性か子どもしか居ないこの孤児院。その狭い世界が今のアンジェリーナの夢と現実の境目だ。




 そしてナル様、もといオリヴァーはどうしているかと言えば……。


「いいぞ、今だ! 早く抜けろ!」


「待ってくれ義兄上! 肩が引っかかった!」


「何やっているんだい、君は! 筋肉ばかり鍛えるからそうなるんだよ!」


 何やら裏口、というより隙間をゴソゴソと通り抜けようとしている男性が二人。オリヴァーとキノウンのようだ。何とかキノウンを押し出そうと、オリヴァーが力を入れた所で声が聞こえた。それは二人にとって地獄の使者か、大魔王か。


「オリヴァー様、キノウン。何処に行くつもりですか?」


「ひっ! 」


 声を揃えて飛び上がった二人が恐る恐る振り向く。その視線の先には、オリヴァーの婚約者であり、キノウンの姉でもあるビルダの姿があった。


「全く。まだ座学の途中でしょう。戻りなさい。」


 どうやら二人は家庭教師が席を立った隙に、再教育を途中で抜け出してきたようだ。戻った教師はビルダに探すのを手伝って欲しい、と要請したという事でビルダの登場だ。


「だが姉上! 俺はもう二月も籠っているんだ! もう十分だろう?」


「そうだよ。たまには外の空気も吸わないと。と言うか別に僕には必要ないんだしいいじゃないか」


 キノウンの主張をオリヴァーが援護するが、その言葉を聞いたビルダから怒気が漏れる。


「この馬鹿者が! それを決めるのは貴方方ではありません!……絞め落とされて運ばれるか、自分で歩いて戻るか、今すぐ選びなさい」


「歩きます!」


 またも声を揃えて、オリヴァーとキノウンは返事をする。スルーマ邸で繰り広げられる攻防戦。ビルダに負け戦を挑み続ける二人の絆が、今日も少し深まった。


「それにしてもよくここが分かったね。穴場だと思ったのに。君、やっぱり僕の事が好きなんだろう?」


「……締めますよ」


「ごめんなさい!」


 この男は何を言っているんだ、とまた無表情になるビルダ。それを見て、何を察知したのか直ぐさま謝るオリヴァー。婚約者同士の絆も……いつか、きっと、多分、その内に深まるだろう。




 婚約者といえばあの二人はどうしているのか。

 あの二人がいるのは南の国境沿いにある森。周辺諸国からは魔境と言われる深い森の中だ。


「うわー! 見てください、コージー様! ここがあのケヴォン・ハウ・ダマロンの大冒険に出てきた遺跡ですよ! あら? 何かしらこの出っ張りは?」


 押すなよ! 絶対に押すなよ! と言わんばかりの出っ張り。そんなもの見た暁には……。


「えい! 」


 と誘惑に抗えずに押す。これは人が持つ性なのか。一箇所だけ飛び出し「さぁ、押して!」と主張するものを無視出来ないのだ。すると、当然「がこん」と音がしてこうなるのだ。


「っきゃー! 落とし穴ー!」


「何やってるんだ、ザナ。こういう所は罠が仕掛けてあるのは定石だろう。考えたら分かるのに何で押すんだ。……お、ここだけ形が違うな。押してみるか?」


「やめてください! それ次は転がる岩か水ってパターンでしょ⁉︎」


「ザナ、待て」


「無茶言うなー!」


 落ちてたまるか! と間一髪のところで落とし穴の淵に掴まるイザンバと、新たな罠を発動させようとするコージャイサン。魔境まで来るアクティブさと相変わらずの仲の良さ。今までと違うのはそこに一つの声が加わった事。


「よう、イザンバ様。面白い事してるじゃねーか」


 細身の体を動き易い暗めの色合の服で覆い、更に全てを隠すようにロングコートを羽織っている。そのフードを目深に被り顔をはっきりと見せないが、口元はニヤニヤと笑っている。声、話し方から判断して男だろう。


「イルシー! 面白がってないで引き上げてください!」


「いいぜぇ。で、いくら出す?」


「んなっ! この守銭奴!」


 “イルシー”と呼ばれた男はイザンバの前に座り込み、ほれほれと掌を上に向けて催促する。


「この前は気前良く出したじゃねーか。筋肉女を呼びに行ったのは誰だぁ? イカレ女の経歴を調べたのは誰だぁ?」


 それともそのまま落ちるか? とイルシーは厭らしく笑う。

 自分の迂闊さが招いた結果とはいえ、自力では上がれないイザンバは悔しそうに唸りながら口を開こうとした、その時。


「ザナ、そいつに払う分本が買えなくなるな」


 コージャイサンの言葉にイザンバはピクリ、と反応する。


「確か近くの村では冒険譚にちなんだものが売っていた筈だが、残念。それも買えないな」


「どっせい!」


 気合い一発! コージャイサンの言葉を聞き、貴族令嬢にあるまじき掛け声を出してイザンバは底力を発揮した。推しへの愛の前に落とし穴なぞ障害ではない。


「あーあ。本当にイザンバ様に甘いな、我が主(コージャイサンさま)は」


「何の事だ」


「べっつにー」


 お供を一人追加して賑やかに歩を進める。

 イザンバが「ここ! ここでケヴォンが敵と対峙していた!」と興奮して止まれば、コージャイサンは「これ、どう言う仕掛けなんだ?」と興味を示し止まる。


「……変なカップル」


 イルシーのボヤキは興奮の声に掻き消された。自然と歩調を合わせ、片方が止まればもう片方も止まる。なんだかんだとお互いに大事にしているんだろう。イルシーは無性に口がムズムズとした。言え、言うんだ! とナニかが囁く。


「けっ。さっさと爆発しろ」


 ボソリと落とされた言葉は誰の耳に届いたのか。

 先を歩く二人にはきっと聞こえていないだろう。


念のために。

ケヴォンもゾーイも人名としてありでした。

無理矢理じゃないからね!


これにて本編は了と相成ります。

読んでいただきありがとうございました!


活動報告にてマイク、アンジェリーナの名前の由来?きっかけ?まぁ、こんな感じで名前考えました!って書いてます。


何かネタが降ってきたらまた書く‥?

では、ご縁があればまたお逢いしましょう!


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