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 さて、広い防衛局内をマゼランの案内で歩き始めたイザンバ達。

 門を抜けるとすぐ左手に騎士棟、右手に魔術師棟、そして騎士棟と魔術師棟を繋ぐ中央にそびえ立つ管理棟。

 管理棟の一階部分は通り抜け通路となっており、今日はそこに鎧や魔導具が展示されている。

 そして、騎士棟の裏に厩舎、魔術師棟の裏にあるのが医療棟だ。

 さらに進むと売店と食堂があり、そこは本日解放されている施設になる。売店では土産物が売られており、随分と賑やかだ。

 また至る所に休憩用のパラソルベンチが設けられている。そこでは友人と、恋人と、家族と、思い思いに過ごす姿が見受けられる。

 武器や防具の修繕・保管を担う工房前を抜けると、ようやく演習場のお目見えだ。


 歩き出したばかりのイザンバからはまだ演習場は見えない。騎士や魔術師の真似事をするちびっ子たちを横目にマゼランが目的地を指差しながら先導する。


「演習場はこっちだよ! でね、オレたちの研究棟はその奥! やっぱ時間的に見れるかギリギリっぽいんだけど大丈夫? 早足できる? 抱っこする?」


 一体彼はイザンバをなんだと思っているのか。広いとはいえこの程度も歩けないほど体力がなさそうに見えるのか。

 だが、イザンバを舐めてもらっては困る。オタ活に体力は必須。彼女は暗殺者の里へ行ったり遺跡で探検してきているのだから、この程度余裕である。


「大丈夫です」


 早足も出来るし、抱っこも必要ない、と笑みで返すイザンバにマゼランも素直に受けとった。


「無理なら言ってね! まぁ訓練は終わっても見学出来るから気にせず行こっか! あ、婚約者ちゃんはアイツが戦ってるとこ見たことあるんだっけ?」


「はい、以前に」


「なら別に訓練が見れなくても問題ないか! いやー、あの強さはヤバいよね! 最近は落ち着いたけどスルーマ将軍とデヤンレ元帥がよくコージャイサンを巡って喧嘩してたんだよ! あ、ほらあの壁、アレは何回か壊れてんだよねー」


「そうなんですか」


 壁を指差し、ケラケラと笑うマゼランにコージャイサンへの嫌悪感は見えない。ただ事実を事実として、そのまま話しているだけの彼の様子にイザンバは安堵した。

 それにしてもイザンバの一言に対して、マゼランは二言三言と返ってくるのは褒むべきか。


 ——こんなやりとり、どこかで見たような……。


 忌避感も持たずにイザンバがそんな事を考えて歩いていると、声をかけられた。


「む、イザンバ嬢か」


 現れたのは騎士団長——グラン・スルーマ将軍だ。彼の登場に男性陣がにわかに沸き立った。

 マゼランが敬礼で畏まる隣で、イザンバは淑女の礼(カーテシー)を。そして、書類にあったいつぞやの礼を述べる。


「スルーマ将軍様、その節はお世話になりました」


「気にするな。それが我らの仕事だ。貴女もそのか細い体でよく耐えた」


「恐れ入ります」


 そう、彼は自分の仕事をしただけだ。

 イザンバが襲われていたのは気の毒だが、彼女は無駄に叫ばず、騎士の邪魔をせず、グランとしてもとても守りやすかったそうで。


 ——よく出来た娘だ。


 と本人が知らないうちにグランからの高評価を得たほどに。

 ふと、彼の視線がジオーネの持つバスケットに移った。


「それは差し入れか?」


「はい。将軍様がよろしければお一ついかがですか?」


「頂こう。コージャイサンの訓練の様子は見れたのか?」


 イザンバから青いリボンのついた白い箱を受け取りながらグランが問うたのは婚約者に会ったのかということ。

 答えるに際し、イザンバは少しだけ眉を下げた。


「実は先程来たばかりで間に合うかどうか」


「ふむ。ウィッツ、書くものを」


 グランは副団長のウィッツを呼ぶと、サラサラと書き始めた。

 そして、一枚の紙を半分に切ると片方をイザンバへ手渡した。残った半券は騎士団用の控えだ。


「これをやろう」


「ありがとうございます。『騎士団特別招待券』?」


 何やらとんでもないものを手に入れてしまった。

『騎士団特別招待券』と名されたそれにはイザンバ専用である事とグランの署名が力強く書かれている。

 グランは雄々しく頷くと使い方を説く。


「これを入門の際に渡すが良い。イザンバ嬢が来たらコージャイサンに騎士団での訓練に参加させる。その時にとくと見るが良い! 我が騎士団の素晴らしさ! そして、コージャイサンがいかに騎士に向いているかを!」


「はぁ」


「ではな、イザンバ嬢。また会おう」


 言うだけ言ってグランは颯爽と去っていった。

 その後ろ姿が完全に見えなくなったところでマゼランから漏れる感心の声。


「うわー、びっくりしたー。それ滅多に貰えないんだよ。特に貴族のお嬢様は来てもキャーキャー騒ぐだけだからあげないって聞いてたけど……。婚約者ちゃん何回も巻き込まれてるし訓練くらい怖くないか! 良かったね!」


「……ありがとうございます?」


 イザンバとて怖いものはある。なんなら結構騒ぐ方なので、マゼランの口ぶりには疑問系でしか返せない。

 それよりも気になるのは『滅多に貰えない』と言うマゼランのセリフだ。

 どうしよう、とイザンバが思考を飛ばしているとまた声をかけられた。


「あれ? イザンバ嬢じゃない?」


 入れ違いに登場したのは魔術師団長——レオナルド・デヤンレ元帥。彼の登場に女性陣から黄色い声が上がった。

 イザンバはまたもや淑女の礼(カーテシー)をしながら書類にあったいつぞやの礼を述べる。


「デヤンレ元帥様、その節はお世話になりました」


「いいよいいよ。それが仕事だからね。キミも巻き込まれたのによく頑張ったね」


「恐れ入ります」


 そう、彼は自分の仕事をしただけだ。

 デートを中断されて可哀想だったが、彼女は出しゃばらず、魔術師の指示に従い、レオナルドたちの無事を祈っていたそうで。


 ——よく分かっている子だ。


 とこれまた本人が知らないうちにレオナルドから高評価を得た。

 ふと、彼の視線がジオーネの持つバスケットに向かう。


「それは差し入れ?」


「はい。よろしければ元帥様もどうぞ」


「ありがとう。コージャイサンの訓練の様子は見れた?」


「今向かっているところなのですが……」


「へぇ。トゥーズ、書くものある?」


 彼女の答えに何を察したのか、そう言ってレオナルドは副団長のトゥーズを呼んだ。

 イザンバは差し入れを一つ渡して既視感に見舞われる。まさかね、と言う楽観的思考はレオナルドに手渡された半券により吹き飛ばされた。


「はい、あげる」


「ありがとうございます。……『魔術師団特別招待券』」


 まさかとは思いたかったが、第二弾の登場だ。

『魔術師団特別招待券』と名されたそれにはイザンバ専用である事とレオナルドの署名が流れるように書かれている。

 レオナルドは煌びやかに笑うと使い方を教えた。


「これを入門の時に渡したら良いよ。イザンバ嬢が来たらコージャイサンに魔術師団の訓練に参加させるから。その時にしっかり見たらいいよ! 我が魔術師団の素晴らしさ! そして、コージャイサンがいかに魔術師に向いているかを!」


「はぁ」


「じゃあ、イザンバ嬢。またね」


 言うだけ言ってレオナルドは華々しく去っていた。

 その後ろ姿が完全に見えなくなったところでマゼランからは呆れたように言葉を発する。


「元帥からも貰っちゃったねー。てか、元帥も将軍もまだ引き抜くの諦めてなかったんだ。コージャイサンはうちの子なんだけどな」


「そうですね」


 あっけらかんとしたマゼランとは反対にイザンバは少々投げやりだ。

 立て続けの大物との邂逅。渡される貴重な招待券。向けられる好奇心にあふれた視線。

 貼り付けた笑顔の裏、今すぐ帰りたい気持ちを飲み込んで、ジオーネに二枚の券を預けた。


 気持ちを切り替えて歩みを再開させると、魔導研究部長——ファブリス・クルーツ首席の姿が遠目に見えるではないか。

 その姿を見つけると、マゼランが元気に声をかけた。


「あ、首席ー!」


「マゼラン、どうなされた?」


「じゃじゃーん! こちら、コージャイサンの婚約者ちゃんです!」


 テンション高めに紹介するマゼラン。彼に悪気は一切ないが、さらに注目を集めるような言い方に淑女の仮面は一層気合を入れた。

 なにせファブリスとは初対面だ。

 さて、どう会話を始めようかと思っていたイザンバだが、それは無用な心配であった。

 マゼランの言葉を理解した途端、ファブリスはその目を輝かせる。それはもうキラッキラに。


「何⁉︎ 貴殿がイザンバ嬢ですかな⁉︎ お初にお目にかかる、小生は魔導研究部長を拝命しているファブリス・クルーツと申す。とある一件で貴殿を知ったのだが、アレはとても素晴らしかった! 構造もとても興味深く、解析しているのもまた有意義な時間でありました。実はコージャイサンからも貴殿のことを聞いておるのですが、アレはあまり話そうとせずと言うかうまい具合に躱されてしまいましてな。貴殿とはぜひ一度腰を据えてお話をしたいのですがいかがですかな⁉︎」


 イザンバと握手をすると、そのままブンブンと振りながら一息で捲し立てる。なんだが鼻息も荒いようでジオーネが警戒体制に入ったが、それでもイザンバは笑顔のまま。


「はい。よろしくお願いします」


「ご温情、感謝いたしますぞ! では、これを!」


「これは?」


「魔導研究部特別招待券と言いましてな、ついでにコージャイサンの仕事ぶりも見ていきなされ。いつでも大歓迎ですぞ!」


 三枚目を手に入れた! はて、『滅多に』とはなんだっただろうか。

『魔導研究部特別招待券』と名されたそれにはイザンバ専用である事とファブリスの署名が乱雑に書かれている。

 いらない、とも言えずイザンバは丁寧に受け取った。それにしても、こちらではコージャイサンが『ついで』扱いなのが笑えるではないか。


「いやー、楽しみですな! 入門の時に言ってくだされれば誰か迎えをやりますので! それではイザンバ嬢、小生はこれにて失礼!」


 言うだけ言ってファブリスは跳ねるように去っていった。

 まるで嵐が通り過ぎたような心待ちになる中、マゼランが尊敬の念を口に出す。


「初対面で首席に対応できるとか婚約者ちゃんすごいね。あの勢いに引いちゃう人多いんだよ。そういや、コージャイサンも淡々と対応してたし、二人揃って大物だねー!」


「うふふ、ありがとうございます」


 マゼランの言葉に、イザンバは笑顔をみせながらもその内心はジャンピング土下座である。


 ——ごめんなさい、それは私のせいです。


 そう、テンションが上がった時のイザンバも口が止まらない。今までコージャイサン相手に散々推しへの思いの丈をぶち撒けてきたのだからお察しだろう。

 彼が淡々とファブリスの相手をするのもイザンバで慣れているから。いやはや、人生とは何が立つかわからないものだ。


 騎士団長、魔術師団長、魔道研究部長と大物が続いたが、もうこれ以上はないだろう、とイザンバは前を向いた。


「おや。ザナ、来てたのか」


 そこに居たのは防衛局長——ゴットフリート・オンヘイ総大将。まさに真打の登場、淑女の仮面の裏でイザンバがすんとなったのは仕方がない。


「オンヘイ総d……」


 その言葉を遮るように、ゴットフリートはそっと指で彼女の唇を押さえるフリをした。目を見張るイザンバに彼は優しく微笑むと共に訂正を促す。


「違うよ、ザナ」


「……お義父様、お仕事お疲れ様です」


「うん、ありがとう」


 ダディの色気が炸裂した! 当てられた人は男女関係なく気を遠くにやっている。全く何をしてくれているのか。

 そんな事には頓着せずにゴットフリートの視線がジオーネを捉える。


「それはコージーへの差し入れかい?」


「そうです。お義父様もどうぞ」


「これは嬉しいね。良ければコーヒーを一緒にどうだい? うちの副官もなかなかの腕前なんだよ」


 イザンバが差し入れを渡せば当たり前のように誘われる。さりげなく手を取りエスコートの形に持っていくところはさすがとしか言いようがない。

 有り難い誘いだが、しかしイザンバにはここに来た目的がある。


「ありがとうございます。でも……」


「せっかく来たのだから局長室にも入ってみるかい? ザナは娘も同然だからね。特別に招待しよう」


 ——そこ一番入っちゃダメなとこー!


 ゴットフリートの言葉にさすがの淑女の仮面も一瞬顔から外れた。因みに局長室は管理棟の最上階にある。

 必死に取り繕うイザンバだが、よく見ればゴットフリートは垣間見た驚きの表情にクツクツと喉を鳴らしているではないか。


 ——親子だなぁ。


 笑い方も、からかうような物言いも。彼が歳を重ねたらきっとこんな風になるのだろうな、と。

 そんな事を考えている自分に気付いたイザンバはなんだか面映い。

 一人悶々とし始めたイザンバにゴットフリートはさらに喉を鳴らした。


 周囲の人々、特に防衛局の面々は二人を唖然と見つめた。あんな風に笑う局長が珍しいのかマゼランは目を丸くしているし、その他も受けた衝撃が半端ない。そんな中でイザンバに縋るような視線を向ける男性が一人。


「お誘いは大変嬉しいのですが、その副官様が後ろで困っていらっしゃいます」


 イザンバが示したのはゴットフリートの副官。「お願いします。仕事詰まってるんです。お願いします」と涙と念を飛ばしている。

 あまりにも哀れなその姿、ゴットフリートはため息をつくとイザンバを解放した。


「仕方ない、仕事に戻ろう。ザナ、一緒に行けなくて悪いね。コージーのところでゆっくりして行きなさい」


「ありがとうございます」


 ゴットフリートを見送ると、イザンバにどっと疲れが押し寄せた。目的を果たすまでの道のりがこんなにも長いとは……。

 なんとかため息を飲み込んでいると、マゼランが不思議そうにイザンバの顔を覗き込んだ。


「ねぇねぇ。オレずっと婚約者ちゃんって呼んでたけど、もしかしてお嫁ちゃんの間違いだった? 扱いが完全に嫁じゃん。あ、貴族だから若奥様か!」


 その発言にイザンバから疲れたような吐息が出たのは仕方がないだろう。


「……いいえ。婚約者で合ってます」


 イザンバの答えに果たして何人が納得したのか。


 認識は変わる。クルクルと、コロコロと。

 ——見た人によって

 ——見せた人によって

 出来上がった評価と認識を彼女が知るのはもう少し先のこと。


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