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日曜日に投稿する予定が梅雨バテで更新が遅れました。

 社会的死か教育的指導か。これは所謂(いわゆる)、前門の虎後門の狼だ。

 マイクは考える。今まであまり使ってこなかった頭を使って必死に考える。どうすればこの状況を打破出来るか。しかし、まるで錆び付いた道具のように働かない思考では何も思いつかない。そんな時に、一筋の光明が彼に差す。


「あの、一つ質問しても宜しいですか?」


 アンジェリーナだ。何やら質問があるようで手を挙げている。「もしかしたら何かヒントになるかもしれない!」とマイクは耳をそばだてた。


「お二人の家系の爵位は何になるのでしょうか?」


 爵位の確認。それは裁判の判決に大きく関わる。命の重さに差はないと言われても、実際にはやはり相手の位が高ければ高いほど犯した罪と合わせて罰は重くなるのだ。

 勿論貴族が殺人を犯したが相手は平民だから無罪、なんて事はない。殺人は例え貴族でも重罪である。


「私は父が伯爵の地位を頂いています」


 イザンバの答えにマイクは少し安堵を漏らした。

 一言で伯爵位と言ってもその幅は広い。子爵だか男爵だか、兎に角低い方寄りの伯爵ならばまだ希望はある、とマイクは光明を見出した。

 それにあの男はこの婚約者に頭が上がらないようだし、それならば爵位はその下と見ていいだろう、と考えたのだが。


「コージー様は公爵家のご子息です」


「アウトだー!」


 思わず頭を抱えてマイクは叫んだ。その叫びに「公爵だって? なんでそんな家のやつが街中を歩いているんだ!」と半ば八つ当たりを込める。

 これはまずい。殺人どころか傷の一つもつけてはいないが『濡れ衣を着せた』と言うのは事実である。残念ながらマイクの頭ではどのような刑になるかは想像すら出来ない。しかし、裁判により刑が確定すればアンジェリーナと引き離されるのは分かる。「それは嫌だ!」とマイクは強く思う。

 そして、ハッと気付くもう一つの選択肢の存在。マイクは目の前の男を見遣り、その答えを出す。


「…………教育的指導(きょうべん)だ! お前の一撃くらい、なんて事はない! 受けてやる!」


「成る程。重い一撃をお望みだと」


 スッと目を細めマイクの答えを受け取ったコージャイサン。何故だろうか。構えられた教鞭がまるで剣のように見える。


「ぷっ! あはははははは! すごい! チャレンジャーですね! あっははははははははは! が、頑張れーくくくくっ。」


 マイクの答えを聞いたイザンバは笑い出した。この状況での笑い声はマイクにとって恐怖でしかない。一体なんだと言うのか。


「ふふっ。ああ、そうか。コージー様の実力は学園や社交界では有名なんですけど、あなたは知らなくて当然ですよね。せめてもの手向けです。そんなあなたにコージー様の武勇伝を一つお教えしましょう。」


 そうしてイザンバは楽しそうに語る。それはある日の思い出。


「先日二人で伝説の暗殺者を輩出したと言う隠れ里に行ったんです。その里は現在も暗殺者の育成をされていました。そして、各国で暗躍なさっているそうですよ。それでね、むふふふふ。コージー様は次代を担う若き優秀な暗殺者たちを軒並み返り討ちにされてたんです! いやー凄かったですよ。あの手この手で次々と迫る暗殺者たちを千切っては投げ、千切っては投げ。だからね、いくら一撃とは言えあなたじゃ到底耐えられないと思うんですよ」


「ふん! 暗殺者とか何言ってんだ! あり得んだろう!」


 普通に生活していたら聞く事は無い暗殺者と言う単語。コージャイサンが強者であると言うことも結び付かないマイクは、イザンバの話を一蹴した。


「あら、そう思うならそれでもいいですよ。どの道行く末は決まっていますしね。あ、そうだ! コージー様! 今度のお休みに南の国境沿いの森へ行きませんか? とある冒険譚の舞台になっている遺跡があるんです!」


「考えておく」


「ありがとうございます!」


「ちくしょう! お前ら呑気だな!」


 生死とまではいかずとも、今から罰を受ける者の横で呑気に次の約束をする二人にマイクは奥歯を噛む。そんなマイクに、コージャイサンは教鞭が折れないように強化魔法を掛けながら言った。


「さて、準備はよろしいですか」


「ええい! 俺も男だ! いつでも来い!」


「あなたの行動の責任、きっちりと取ってもらいます。次に会う時は裁判局ですね。それでは、お元気で」


「え⁉︎ ちょ、待っ……」


 ヒュッ、と振り下ろされる際に教鞭が発した空を切る音。マイクが覚えているのはそこまでだ。

 ただ、一閃。体を真っ二つに斬られたかのような錯覚。そして襲いくる衝撃に耐えきれず、マイクは仰向けに倒れていく。下調べもせず、周りの話も聞かず、思い込みだけで相手を判断する。結局マイクはコージャイサンに対して全てを見誤ったまま意識を失った。

 その様子を目を逸らさずに見届けた後、イザンバはマイクの側に寄り呼吸を確認。そっと頭にタオルを乗せた。


「お見事ですが、コレ大丈夫ですか? ここに置いていくのは流石に店主(マスター)にご迷惑がかかるのでは」


「加減はしたから大丈夫だ。暫くしたら起きる」


 グッと親指を立てて言うコージャイサンにイザンバも「なら、いいや」と同じ仕草を返す。流石強者。手加減もお手の物だ。


「さてと、誰かさんが強制的に待てが出来ている間に先程の続きと行きましょうか。挨拶をしようとしていたんですよね? 続きをどうぞ」


 イザンバはにこやかにアンジェリーナに続きを促した。だが、今し方見た光景によりアンジェリーナには挨拶どころか恐怖しか浮かばない。

 そこでアンジェリーナは自分に「あれは理不尽な客」と暗示をかける事にした。そして、仕事で培った営業スマイルを顔に貼り付けた。


「私はアンジェリーナ・ハットと言います。雑貨屋の店員をしています。それと、彼はマイク・アンダーソンです」


 やっと名乗ることが出来たアンジェリーナ。マイクに至っては紹介という形になったが、気絶しているので仕方がない。


「先程も申し上げましたが、私はイザンバ・クタオです。こちらが婚約者のコージャイサン・オンヘイ公爵令息です。ハットさん、不躾で申し訳ないのですがあなたに聞きたいことがあります」


「何でしょうか?」


「接客業という職業柄でしょうか、あなたは空気の読み方も返しも問題ないと聞き及びました。だからこそ気になります。どうしてあの時コージー様の『不要』だと言う言葉を聞いても尚、強引に居座ったのですか?」


「だって座り込んでいたじゃないですか。だから助けに来たんです」


 ふぅ、とアンジェリーナの返答にイザンバはため息を吐いた。いや、それはそうなんだけどね、と思案しイザンバはアンジェリーナの行動を言葉に表す。


「あなたがしているのは善意の押し売りです」


「何を仰っているんですか? 押し売りなんてしてません」


 アンジェリーナは首を傾げる。この女性(ひと)は一体何が言いたいんだろうか、と多少の不満を混ぜて。そんなアンジェリーナにイザンバは理由を告げた。


「コージー様が不要だと言ったのはね、遠慮なんかじゃなくて本当に不要だったからですよ。仮にもし本当に具合が悪かったなら、逆にあの場から無理に動かすことはしなかったでしょう。誰かに使いを頼み馬車を呼ぶなりしたはずです。ですが、私の様子を見てそうじゃ無いと判断した。その上で個室を探してくださったんです。あんな所で大笑いしたら、それこそ私が貴族令嬢としてアウトですもの」


「折角の擬態が無駄になるしな」


「擬態って言わないでください! ちょっと多めに猫を被っているだけです!」


 多めの猫とは、一体どれだけ程の数を被っているのだろうか。鎧の着脱よりも苦労しそうだ。イザンバはコホンと咳払いをしてアンジェリーナに向き直る。


「善意の押し売りは下手をすれば悪意と変わらなくなってしまいます。そこに相手の意思が存在しないんですから」


「やだ、そんなんじゃありません。私はただ本当に助けようと思って来たんです」


「だからって相手の言葉を、意思を無視するんですか? それこそただの自己満足でしょう」


「違います。だって困っている時に助けられたら嬉しいでしょう? 少しでも負担が軽くなるなるんだし、いい事じゃないですか」


「それは本当に手助けを必要としている時でしょう? 相手が助けを求めていない時に自分の善意を優先させたら、それはもう善意ではありません」


「……折角助けてあげようと思って来たのに、どうしてそんな酷いこと言うんですか?」


「助けてあげる、その時点で善意じゃないからですよ。それは善意の裏側に隠した欲を満たしたいだけに過ぎないんです。例えば助けた異性から好意を向けられたい、とか」


「……え?」


 互いに一歩も譲らずに意志をぶつけ合っていた二人だが、動揺を見せたアンジェリーナをイザンバは見逃さなかった。


「あのね、私は何もあなたの善意全てを否定する気は無いですし、そんな権利もありません。実際にあなたの善意に助けられた人もいるでしょうから。ただ雑貨屋では取れている距離感がどうして今回取られていなかったのか。それが気になったんです。そうしたらさっきゾーイ先生の本を読んだと言ったでしょう? 騎士に守られたい、と。ああ、これだなって思ったんです」


 黙って聞いているアンジェリーナに対して、イザンバは真っ直ぐに視線と言葉を投げつけた。


「ハットさん。コージー様にあなただけの騎士になって欲しかったんでしょう?」


「 …………いけないですか? 素敵な方に愛され守られる事を夢見るのはいけないことなんですか?」


「いいえ。夢は誰にだってあります。ただ相手の意思を蔑ろにしてまでするものかな、と思ったんです」


「っ——! 貴族のお嬢様のあなたに何が分かるんですか! なんの苦労もしてない癖に!」


 イザンバの言葉が癇に障った。貼り付けた笑みは剥がれ落ち、声を荒げてアンジェリーナはイザンバへ言葉を投げ返す。


「たしかに私は貴族の娘です。ですが、それだけで私自身が持つものなんて高が知れています。だからこそ沢山の本を読んで知識を身につけて、コージー様の役に立てるように、公爵家に恥じないようにしようと努力してきました」


「割と最初から違う方向に突き進んでいたけどな」


「コージー様はちょっとお静かに!」


 それは今言わなくてもいい、とシーッと唇に指を当てながらイザンバはコージャイサンに制止をかける。なんの憚りもなく言い合う二人の姿は、今のアンジェリーナには毒だ。奥に奥にと隠してきた想いが殻を突き破り飛び出してきた。


「そんなの大した努力でも苦労でもないでしょう! 綺麗な服を着て、ご馳走を食べて、素敵な婚約者がいる! あなたみたいなお嬢様らしく無い人には勿体無いです!」


「そうですね」


 アンジェリーナの主張にイザンバは肯定を返す。お嬢様らしくない、アンジェリーナが今見てきたイザンバの一面は紛う事なき事実だからだ。


「貴族の男性が健気な一般女性と恋をする、そういう夢を見たっていいじゃないですか! 叶うなら叶えたいの! 善意の押し売り?  例えそうだとしても、きっかけは自分で作らなきゃ何も進まないんだから仕方がないでしょう! 知って貰わなきゃ何も始まらないんです! 多少のお節介でもしておかないと良い(ひと)なんて捕まえられないんです!」


「そうですね」


「大抵の(ひと)は、親切にして笑顔見せたら好意を向けてくれるんです! 好きになってくれるんです!『すごい! 素敵!』って言ったら気分良くなって、私の事を可愛いって思ったり、気に入ってくれたりするんです! その中から私に似合う最高の(ひと)を選ぶことの何が悪いんですか!」


「あ、ちゃんと一人だけ選ぶつもりだったんですか。あれ? じゃあ、アンダーソンさんが最有力候補?」


「違います! あんな馬鹿は無理です!」


「オーウ、ソウデスカ」


 アンジェリーナの答えにはイザンバも呆気にとられた。だが、例え友人知人であってもあまり度がすぎる行動は止めるものでは無いのだろうか。またすごい人を惹きつけたな、とイザンバはある種の感心をコージャイサンに向けた。

 その間にもアンジェリーナの言葉は止まらない。


「だからタイミングを見て一番印象に残る時に出て行ったのにいつのまにか居ないし! 追い掛けて可愛くアピールしても反応しないし! 折角お茶に誘ってるのにお断りしますとか言うし! まさか男が好きなのかと思ったけど、マイクにもナル様にも無反応だし! 出てきた婚約者は笑ってばっかりの変な(ひと)だし!」


「ぶはっ! ひどい言われよう」


「なんなんですか! 私が持っていないもの、全部持っている癖に! 貴族って言うだけでそんなカッコいい人捕まえて! 私の方が断然可愛くて綺麗でスタイルもいいのに!」


「素直ですねー。私もそう思いますよ」


「ふざけてるんですか⁉︎ 馬鹿みたいに大笑いして全然お嬢様らしくないじゃないですか! 私の方がよっぽど似合うのに! なんでこんな変な(ひと)がお嬢様なの! なんでこんな(ひと)に素敵な婚約者がいるの! なんで!」


 まるで心の堤防が決壊したかのように己の気持ちを吐き出すアンジェリーナ。天使のような優しさと愛らしさの下に隠していたのは、まざまざとした『欲』であった。

 そして、俯き肩で息をしながらポツリと零した。


「…………どうしてうまくいかないの?」


 仮面を捨て、殻を破り、感情のままに流れる涙。それは子どもが欲しいものが手に入らない時のような、幼い叫び。


アンジェリーナ、心情を吐き出すの巻。

恋に恋する女に恋した男が突っ走った結末。

悲惨だ。


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