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 番人よろしく扉の前に立つイルシーとヴィーシャ。なぜか自分達が受け取ることになった家人たちの祝福をやり過ごし、その気配もなくなったところでイルシーが口を開いた。


「そういや、ヴィーシャは手紙の内容知らねーの?」


 突然のこの問いにヴィーシャは訝しむ。確かに通常の暗殺者としての任務なら手紙だろうが日記だろうが中身を確認する。だが、今回の場合はどうだろう。


「知るわけないやろ。そないな野暮なこと、うちがするとでも思ってんの?」


「え、しねーの?」


「せぇへんわ」


 驚きを声にするイルシーにヴィーシャはすげなくあしらう。美女の冷ややかな視線もなんなその。イルシーは懲りずにその口を開いた。


「だって男を手玉にとる悪女(おまえ)がオトせなかったコージャイサン様のあの反応だぜぇ? どんなカラクリがあんのか、お前だって気になんだろぉ?」


「はぁ、やかましい男。ええか、あれはな……ん?」


 ドタバタと、室内からこちらに近づいてくる音を聞きつけた二人は部屋の方を伺い見る。一拍置いて勢いよく扉が開いた。

 そこに居たのはイザンバだ。彼女はヴィーシャを見つけると一目散に泣きついた。


「ヴィーシャ〜〜〜!」


「どうされたんですか?」


「帰りましょう! 今すぐに!」


「何でです?」


「私はレベル1です! 初期装備です! レベマのラスボスは倒せません!」


 帰る旨を伝えるイザンバだが、どうにもその理由が二人には伝わらない。

 口元に不満を露わにしイルシーが詰め寄るが、その勢いは一気に削がれた。


「はぁ? おい、イザンバ様。何言って——うわぁ……」


 イルシーから吐き出されたそれは驚きであり、呆れであり、同情である。

 イザンバを追うように部屋から出てきたコージャイサンだが、その姿が問題だ。いや、服装は乱れていない。乱れていないのだが、今の彼は目の毒だ。


「え? この短時間でヤッた?」


「ヤッてない」


 ストレートなイルシーの物言いに照れもせず淡々と返すコージャイサンだが、その返事の割にはあまりにも色香が濃い。


「嘘だろぉ。それヤバくね?」


 とイルシーがボヤく。こんなもの、世に出してしまえば誰も彼もが当てられてしまう。ここが邸で、色に耐性のある自分たちしかいない状況で良かった。イルシーは心底そう思った。

 だが、そうは問屋が卸さない。


「そうですよ! イルシー、もっと言ってやってください!」


 こちらに耐性のない人が一人。

 今度はヴィーシャを盾にして喚く彼女に「だから帰りたがったのか」と納得がいった。

 コージャイサンはイザンバを見つけると、ゆっくりと手を伸ばす。


「ザナ、なんでそこに隠れるんだ? ほら、こっち来い」


「いや、あのね、コージー様。私ではレベルも装備も足りなさすぎてどうしようもないっていうか。まさかの攻撃に瀕死なんです全滅します勘弁してください」


 しかしイザンバはヴィーシャから離れない。

 うだうだとごねるイザンバの肩にヴィーシャが手を置くと、アメジストの瞳に力を込めた。


「お嬢様、慣れるためにもここは潔く行くんが女です。はい、腹くくる」


「初心者には無理ゲーです! せめてイージーモードからお願いしたい!」


 ヴィーシャの発言は男前すぎやしないだろうか。彼女の説得にイザンバは激しく首を横に振る。


「散々生殺しにしたんだろぉ? こっちにとばっちりが来る前にさっさと食われちまえ」


「した覚えないし! この人でなし!」


 イルシーは人身御供よろしくイザンバを差し出す気しかない。ギャーギャーと騒ぐ彼女を止めたのはこの一言。


「ザナ」


 コージャイサンのイザンバを呼ぶ声が甘い。

 従者がそう感じるのだから向けられた本人はどれほどのものか。視線を彼女に向けた彼らはその変化を目の当たりにした。

 愛称を呼ばれただけ。

 そのたった一言で彼女はすっかり茹で上がっている。落ち着きなく目を泳がせ、瞳にコージャイサンを映さないままイザンバはもごもごと言葉を発す。


「だって、今までそんなの、欠片もなかったのに、なんでこんな急に…………もう! コージー様のばか! お色気オバケー!」


 なんと! イザンバは往生際悪くも言い逃げた。本日三度目、本気も本気のダッシュである。

 この状況で⁉︎ と驚く従者二人が恐る恐る主人に視線を向けると、彼にしては珍しく人の悪い顔。


「……言ったな」


 そう言ってこちらも駆け出した。

 従者たちはまたもや置いてけぼりを食らったわけだが、これ以上巻き込まれてはお腹の中まで砂糖でいっぱいになってしまう。

 つまりはアレだ。勝手にやってくれ、という事だ。

 主人たちを見送ったイルシーはイザンバをこう位置付けた。


「イザンバ様って自分から地雷を踏みに行くタイプだよなぁ」


「せやな。ご主人様はお嬢様に合わせてはっただけやのに」


 ヴィーシャも同意を示すが、この二人とイザンバではそう言った面でも経験値が違う。


 イザンバがコージャイサンの新たな一面を知ったのはつい先程の事。

 手紙を読まれる羞恥を凌ぐ勢いで自分に向けられているモノを記憶に追加するよう求められたのだ。

 ——視線と言葉の甘さ

 ——触れ合う唇の感触

 ——彼が纏う色香

 彼女が知っているコージャイサンはもちろん、本の中の他人事とも訳が違うのだから、キャパオーバーを起こしても仕方がないのではなかろうか。


 けれども彼らにそんな事情を考慮する気はない。主人が彼女を求めるのであれば、本人が嫌がろうと差し出すだけだ。


「ま、コージャイサン様は楽しんでるみたいだしいいけどよぉ。で?」


 イルシーが首を鳴らしながらヴィーシャに水を向ける。突然の、しかも主語のない話題転換にヴィーシャは小首を傾げた。


「なんよ?」


「さっきイザンバ様が出てくる前に何言いかけたんだぁ?」


「ああ、アレ。あないに素直な人が最期の手紙で恨み言なんか書くと思う? カラクリや言うんやったらそれはお嬢様が綴った素直な言葉やからやろ。あんなん……誰が何しても勝てへんわ」


 アメジストに浮かぶ諦観と羨望。

 生まれながらの美貌と多種多様の毒、そして絶妙な駆け引きで数多のターゲットを堕としてきたヴィーシャ。

 惑わされるどころか一顧だにしないコージャイサンを必ず落とすと意気込んだが『暗殺者』としても『女』としても全く敵わなかった。


 そして、自分よりも強く美しい彼を主として定め、イルシー同様技の全てを捧げることを決めたのだ。


 その唯一無二たるイザンバに仕えた時、心中に複雑さを抱えていたのは事実。しかし、彼女の人柄に触れている内に「これは敵わない」と完全に未練を断った。

 今や閨事を教えようかと言うほどに世話を焼き、主人の代理として立つ日の彼女に期待をしている。


 ヴィーシャの話を聞き、どうしてかイルシーは鼻で笑った。


「はっ、なるほどねぇ。捻くれた悪女(おまえ)にはオトせねーわけだなぁ」


「……ほんまやかましい男。捻くれてんのはあんたもやろ」


 呆れたようにため息をつくヴィーシャだが、そのため息すらも艶めかしい。しかし隣に立つ男はニヤリと嗤うだけ。

 話はおしまい、と二人は主人たちを追うために歩き出した。ただし、邪魔をしないようなるべく歩を緩めて。


 一方で、年頃の男女が廊下を駆ける。一人は必死に、一人は軽やかに。

 途中家人とすれ違うが誰もそれを咎めない。むしろ「若様、婚約者様、おめでとうございます」や「若様、頑張ってください!」といった声援が飛ぶ。

 逃げるイザンバは一人敵陣に放り込まれた心持ちで、時折後ろを見ては甲高い叫び声を上げ。

 追うコージャイサンは実に愉快そうに、余裕を持ったまま距離を詰めていく。

 一通の手紙から始まったこの追いかけっこ、終わりなんて誰もが予測できること。

 それでも駆ける。駆ける。

 この手が届く——その瞬間まで。




 〜〜〜


 親愛なるコージャイサン・オンヘイ様


 婚約して八年、改まった手紙を書くのは初めてかもしれませんね。

 学園でも社交界でも、我ながらよく素を隠して乗り切れているなと思いますが、それも全てコージー様が居てくださったからこそ。

 ほんと一息つける場所って大事ですよね。


 でも「今日死ぬかもしれない」「明日死ぬかもしれない」

 そう思ったら筆をとっていました。

 めんどくさかったら読まずに捨てちゃってくださいね。


 コージー様への感謝は先日もお伝えしましたので、今回は気になる点について書こうと思います。


 まず、私は研究に没頭したり、新しいものを作るときのワクワクしているコージー様を応援したいですが、寝食を忘れるのはいかがなものかと思います。

 体は資本ですよ。大事にしてください。


 それと、コージー様は意外と巻き込まれて体質なので気をつけてくださいね。特に女性関係。怖いですよー。

 案外ノリがいいところもあなたの良さではありますけれど、いざという時はイルシーを使ってでも脱出してください。


 あと、殿下が突撃されてきましたら少しは構ってあげてください。やっぱりお立場上、泣きつける人が居ないと思います。

 なんだかんだ言いながらもコージー様は面倒見がいいので完全に放っておくことはしないでしょうが……。


 それから、この前のお出かけで待って欲しいとお伝えしたこと、覚えていますか?

 コージー様と離れる時間が増えて、代わりに側にいてくれる人が増えて、変わらずに側にいてくれる人もいて。

 ビルダ様とお話ししてからたくさん考えました。

 コージー様の匂いが悪夢を祓ってくれたけど、どうしてなんだろうって。

 コージー様の強さは知っているのに、つい怪我の心配をしてしまうのはなんでなんだろうって。

 私に出来ることは少ないのに、何かしたくなるのはなんでなんだろうって。

 腑に落ちる時は案外すとんと落ちるもんですねー。


 私はコージー様を好きでした。

 新しいモノを作る時の楽しそうな顔も、しょうがないなって言いながら受け止めてくれるところも、クールなのにノリがいいところも、意外と頑固なところも。

 二次元の推しは沢山いますが、三次元でこの感情を抱いたのは後にも先にもコージー様だけです。

 聖地巡礼に付き合ってくれたり、コスプレしてくれたり、とても楽しかったし、とても嬉しかったです。

 でも二人で邸でのんびり過ごす時間も好きでした。


 最後に、どうか私のことは過去においていってください。

 色々やらかした自覚はあるので完全に忘れていただくことは難しいかと思います。割と自由に好き勝手やってましたし……ほんとすみません。


 私はコージー様に幸せになってほしい。だからそれを阻む枷にはなりたくありません。

 新たな婚約話が持ち上がったなら前向きに受けてください。

 でもあまり言葉を省きすぎたりしないように気をつけてくださいね。美形だからってなんでも許されるわけじゃないんですから。


 なんだかすっかり長くなってしまいましたね。

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 あなたが過ごす日々が栄誉と幸福に包まれていることを祈っています。


 愛を込めて、イザンバより。




 追伸、『愛を込めて』って手紙の常套句とは言えやっぱ恥ずかしいですね! 書くんじゃなかった!


 〜〜〜




 さて、二人を繋いだモノはなんだろう。


 ——伸ばしたその手か

 ——捕まれたその腕か

 ——逸らせないその瞳か

 ——拒めないその唇か


 気持ちは思うだけでは伝わらない。けれど、カタチに表す事も難しい。

 だから、言葉にして伝えよう。


 ——抱いた不安も

 ——掲げた覚悟も

 ——育んだ想いも


 文字にして、声に出して、精一杯の気持ちを込めて。


 拝啓、親愛なるあなた様。


これにて「拝啓、親愛なるあなた様」は了と相成ります。

読んでいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] コージャイン様の本領発揮 [一言] はじめまして、コメント失礼いたします。 砂糖モリモリで、コージャイン様が楽しそうな嬉しそうな感じなのがとてもよかったです笑笑 多分恋愛的なのにかんして…
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