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 誰もが驚いた特大の悲鳴。もしもここにいるのが正真正銘のか弱い令嬢ならば、そのまま気を失っていただろうに。

 だが、そこはイザンバだ。すぐにヴィーシャの元へと走っていくその速さは過去一番ではないだろうか。

 何を始めるのかと面白そうに見守るコージャイサンをよそにイザンバはヴィーシャから鞄を受け取った。


「聖水、十字架、ニンニク、銀の弾丸、お香、護符、清めの塩、パワーストーン、仙桃に柊! どれ⁉︎ どれが効きます⁉︎」


「どれでもええんとちゃいますか」


「そんな殺生な!」


 鞄から出てきたのは大量の退魔グッズ。それらを取り出してヴィーシャに意見を求めるが、返ってきたのは生温い笑み。イザンバは半泣きだ。これでも混乱を極めているのだ。

 そこへもう一人のイザンバが距離を詰めてくる。彼女のどこか楽し気な表情にイザンバ(ほんもの)は一層の恐怖を煽られた。


「いやぁぁぁ!」


 叫びながら退魔グッズをぶん投げた。そう手に持っていたもの全て。

 しかし彼女が風の壁で防いだことでグッズは当たることなく地に落ちた。

 その様子にしばし愕然としたイザンバだが、気合を入れ直すと次の行動に出た。


「成る程、退魔グッズは効きませんか。それなら、実力行使です! 聖なる炎の呪文、いきます! I AM a Being of Silver Violet Fire. I AM the purity God desires! 以下回数省略!」


 掌から放たれた銀色混じりの紫の炎。その珍しい炎に彼女だけでなくコージャイサンも目を見張った。

 聖なる浄化の炎が彼女へと向かうが、それを風の壁が防ぐ。どうやら効いてないようだ。


「まだです!……臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」


 次は手刀で空を切り、契印を結んで彼女へと投げつけた。契印まで結んだのだからより強力なはずなのだが、またしても立ちはだかる風の壁。

 だが、よく見れば壁には亀裂が入っている。驚く周囲をよそにイザンバは悔しそうに呻いた。


「くっ、まさか九字も防がれるなんて……。でも、コレならどうですか⁉︎ ギャテイ ギャテイ ハラギャテイ ハラソウギャテイ ボジソワカ!」


 イザンバは心を落ち着かせ、これまでの呪文で高まった気力と浄化エネルギーを彼女へと放つ。

 しかし亀裂を修復し強化された風の壁は揺るがなく、彼女は変わらずそこに立っている。


 肩で息をするイザンバとは反対に彼女は余裕がある。むしろ次の一撃を待つようにその唇は弧を描いていた。


「やりますね、般若心経もダメですか…………ならば最終奥義(とっておき)です! あなたはこれを見ても昇天せずにいられますか⁉︎」


 さてはて一体何が飛び出すのか。イザンバは力強い言葉と共に鞄の奥底から秘策を取り出すと彼女に見せつけた。


「刮目なさい! これは忠臣の騎士シリーズ全十二巻! そして、付属の美麗画集と『どこまでもお供します』のぬい騎士ちゃんたちです! ……あ、待って、転がらないで!」


 丁寧に並べられていく書籍。シリーズ全巻ともなれば圧巻である。そして、コロコロと転がるのは掌サイズの可愛らしいぬいぐるみ達。先ほどまでの殺伐とした空気が一気に緩んだ。

 周囲が呆気に取られる中、イザンバはここでダメ押しの一手を発動する。


「さーらーに! コージー様がしてくださったシリウス様のコス写ですよ! どうです、このクオリティ! あまりの尊さに浄化されるでしょう⁉︎ 推しは私を救うのです‼︎」


 その呼び声に共鳴するようにイザンバから発せられた光。

 語るほどに高まったオタパワーと浄化パワーが奇跡の融合を果たしたのだ。

「救う」という言霊と一体となった光、その一切合切が彼女へと向かっていく。

 ここ一番の強力なエネルギー波にさすがの彼女にも焦りが生じたようだ。壁を消し、より凝縮された小さな竜巻を掌に出現させた。

 光はそのまま彼女を飲み込むように向かっていったが、竜巻が自らの内に吸い込むように浄化エネルギーを食らい、最後は眩い光を一筋残して消滅した。


 防ぎきった彼女はニッコリと微笑む。それは勧誘お断りの鉄壁の微笑み、断固拒否の姿勢である。


「……えぇぇぇぇぇえ⁉︎⁉︎ 拒否られたぁぁぁ⁉︎」


 まさかの推し、敗 北 !

 膝をつくイザンバの目にじわりと涙が浮かぶ。


「そんな…………なんで⁉︎ 私がシリウス様を拒絶するなんて、そんな……そんなこと、有り得ないんですけどー‼︎」


 おいおいと泣くイザンバに向けられる視線は様々だ。

 コージャイサンからは面白いものを見たと愉快さが混ざっており、ヴィーシャの視線には憐憫が漂っている。

 そして、散々呪文を向けられた当人はといえば。


「…………ふ……くくく……あはははははは! あーっははははははははは! ちょ、なに、ははははははははは! 謎の、呪文、と、ふっは、はは、推し、はははははははははは! ほんと、勘弁して、くくくくっははははははははははははは!」


 どこか既視感のある高らな大笑い。腹を抱えて笑う彼女の様子をイザンバは呆然と見つめた。


「……めちゃくちゃ笑われてる」


「そうだな。とりあえずザナは落ち着こうか。お茶飲むか?」


 お茶を勧めるコージャイサンに返事をしたのは笑いすぎて浮かんだ涙を拭うもう一人のイザンバだ。


「ふっははは、ありがとうございまーす」


「お前じゃない」


「えー、残念」


 コージャイサンにバッサリと切り捨てられながらも、ちっとも残念そうじゃない声色でそう返す。

 なんだか和やかな空気になっているが、イザンバは慌ててコージャイサンの元へ駆け寄ると、彼女から引き離した。


「コージー様! お茶してる場合じゃないです! 危ないから離れてください!」


 慌てふためくイザンバとは反対に落ち着き払ったコージャイサン。腕を引かれているせいか、まるで内緒話をするような近さで彼女を諭しはじめた。


「ドッペルゲンガー、だっけ? ザナの霊魂なら大丈夫だろ」


「なんでそんな呑気なんですか⁉︎ あらゆる呪文が効かなかったんですよ⁉︎」


「それらが効いた場合、本体にどんな影響があるのか気になるが。アレだ、回数を省略したのがダメだったんじゃないか?」


「テンパってる時にきっちり三回復唱なんてしてられません! そこはオマケしてくれるはずです!」


 そんなオマケは聞いたことがない。中々落ち着かないイザンバに半ば荒療治とも言える提案がコージャイサンからなされた。


「じゃあ効いてないってことは霊魂じゃないってことだ。試しに触ってみたらどうだ?」


「何でそんな怖いこと言うんですか⁉︎」


 有り得ないと顔を引き攣らせながらイザンバは叫ぶが、どう言う訳かコージャイサンは聞く耳を持たなかった。

 彼は逃げられないようにイザンバの腰を抱え込むと、その手を取った。そして、優しく声を掛ける。


「怖がらなくて大丈夫だ。ほら、力抜け」


「待って……無理無理。そんなの無理」


「無理じゃない。先っぽだけでいいから、な?」


「やだぁ、お願い許して、コージー様ー!」


 泣き言を漏らすイザンバとは対照的に彼女は微笑んで立っている。いや、どことなくうんざりしているような気がしないでもない。

 繰り返し首を横に振り拒否を示すイザンバだが、抵抗虚しくついに指先がちょんと彼女に触れた。


「………………え?」


 何が起きているのか、この状況にイザンバの思考は中々追い付けない。けれど、今、確かに指先が触れたのだ。


「え? あれ? 触れる?」


 恐る恐る彼女の方へと手を伸ばし、その腕をペタペタと触りながらも頭の中を占めるのは疑問符だらけ。ただ改めて彼女の方へしっかりとその瞳を向けた。

 戸惑いに揺れる(ヘーゼルアイ)に、彼女はまた笑い出しそうになりながらも口を開いた。


「くくくっ。見事な混乱っぷりだったなぁ、イザンバ様」


「その声……イルシー⁉︎⁉︎⁉︎」


 なんと! 二人目のイザンバの正体はイルシーだったのだ。

 だが、そうと分かればイザンバも怖くはない。コージャイサンが気づきを得たイザンバを解放すると、彼女はジロジロと無遠慮にイルシーを観察し始めた。

 顔の造りも、背格好も、何から何までそっくりだ。


「えー、うわー、すごい。どの角度から見ても私だ」


「だろ?」


 ニヤリと笑うイルシーだが、正体を分からせるためにあえて地声で話しているせいか見た目とのギャップがまた激しい。

 イルシーの背後に回った時、ふとイザンバはあるものを見つけた。


「あれ? 私こんなところにホクロなんてありました?」


「あるから俺も付けたんだろぉ。ヴィーシャに確認済みだかんなぁ」


「えー、ほんとに?」


 確かめようと首を捻るが、首の後ろ側がイザンバに見えるはずもない。鏡を貸してもらおうかと思ったその時、コージャイサンが近づきトンと指を置いた。


「ああ、ここに」


 いやに近い声、自分に触れているのは指先だけ。なのに、なぜかゾクリと肌が落ち着きをなくした。

 イザンバはすぐにその位置を手で押さえると彼から少しだけ離れた。


「どうした?」


「なんでもないです。……そう言えばイルシーって私より背が高かったですよね。なのにどうして今は目線が同じなんですか?」


 ふと思い付いた疑問にイルシーは唇に指を当てるとこう言った。


「それは企業秘密ってやつですよ」


 イザンバの顔で、イザンバの声で、イザンバの話し方で、ニッと悪戯っぽく笑う。

 イザンバ(ほんもの)は目をパチクリとさせるとコージャイサンに訊ねた。


「……私ってこんな感じですか?」


「淑女の仮面を半分ってところだな」


「わー、芸が細かーい!」


 パチパチと拍手を送りながら笑うイザンバは本当に楽しそうで。

 死ぬかもしれない発言には驚かされたコージャイサンもその表情を和らげた。


「はっ!」


「ザナ?」


「これってアレですよね。私のコスプレをしたイルシーとコージー様が、観劇やカフェに行ってたってことですよね⁉︎ つまりコージー様がついに新しい扉をひ……ひえぇぇぇぇ」


 いつかに体験した氷河期かと思えるほどの凍てついた空気。発信源はそう、コージャイサンだ。

 イザンバを見る彼の瞳には珍しく温度がない。


「開いてない」


「ごめんなさい! ほんとごめんなさい! もう言わないからそんな目で見ないでください! 身も心も凍てついちゃう!」


 必死に許しを乞うイザンバにコージャイサンも冷たい空気を霧散させた。

 だがその目がイザンバに言っているのだ。「もう分かったよな?」と。


「もちろん!」


 そう言いながらただただ首を縦に動かす人形と化したイザンバにコージャイサンからため息が漏れた。


 ——余計なこと言わなきゃいいのに。


 呆れたような従者二人の視線に込められた思いをイザンバは知らない。


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