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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
ソロからデュオへ、速度はAndante
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輪唱

 さて、言うだけ言って走り去ったビルダに取り残された二人。いつぞやを思い出し一人で勝手に気まずさを感じるイザンバとは反対にコージャイサンはいつも通りの調子で声をかけた。


「ザナ」


「はい?」


「金が足りないって言ってたな。いくらいるんだ?」


 真面目な顔でゴア金貨を取り出すコージャイサン。どうやらイザンバのおねだりに先手を打つつもりらしい。

 ジャラジャラとなる音に周囲から視線が集まったことで焦ったのはイザンバだ。


「ちょーっと移動しましょうか! あ、あの東屋なんかいい感じ!」


 ギュッと握りしめてくる一回り小さな手にコージャイサンは静かに従った。


 東屋に着くと二人はベンチの方に、ジオーネは二人の背後へ。周囲を警戒しやすい位置で待機することになった。

 そこへ現れた厳つい大男と可愛らしい男子の二人組。防衛局に捕虜の受け渡しを完了した彼らの追加により、守りは一層強化されたと言えよう。


 東屋の内側でコージャイサンが指を一つ鳴らすだけで張られた防音魔法。そのあと、イザンバを先に座らせようとするコージャイサンだが、それを制され逆に彼が座ることに。

 イザンバはその前で腰に手を当てながら立つと抗議した。


「もう! あの誰かが聞いてたら誤解を生むような言い回しはやめてください! あとこんな所で金貨出さない! 強盗に遭いますよ!」


「ちょっとした冗談だ。それに強盗くらい返り討ちにするし問題ない」


「ソウデスカ」


 コージャイサンの言い分にイザンバの表情は一転。確かに彼なら問題ないが、なにか違う。

 眉間を揉むイザンバの手をコージャイサンが引いた。彼女がその引力に逆らわないので、そのまま自身の左隣に腰を下ろさせると顔を覗き込む。


「で、ビルダ嬢と何を話してたんだ?」


 そう問われ、視線を左側へ逸らすイザンバ。考えるような仕草をするが表情に曇りはなく、ただあの瞬間を反芻しているのだ。


「まぁ私の視野が狭くなってたみたいってことです。ビルダ様に言われて目が覚めた気分ですよ」


「ビルダ嬢に……」


「はい!」


 そう言ってニコニコと笑えるのは迷いが晴れたから。


「頼もしくて優しくて、あの腕に包まれた時の安定感ハンパなかった! それにいい匂いしたし! やっぱいいですよねー女性騎士様。惚れる要素しかなくないですか⁉︎」


「そうか。なら俺はビルダ嬢に持って行かれたザナの心を取り返すためにおねだりに答えるしかないな。俺も言葉を尽くしてきたつもりなんだが、どうにも伝わっていなかったようだし。このままだと甲斐性なしだと思われそうだ」


 言いながらため息をつくコージャイサン。

 それもそうだろう。彼はイザンバがどこか壁を作っていることを知っていた。時折覗いた思考の隙間で、達観し、諦めを抱いている彼女が視えていたのだから。

 だから誰よりも彼女の側に居て肯定し続けたのだが、いいところをビルダに持っていかれて少し悔しいのだ。


 これを聞いてイザンバは慌てた。蔑ろにしていたわけではないのだが、いずれ終わると思い込んでいた手前、きちんと受け取ってこなかったツケである。

 彼女は深々と、膝につくほどに頭を下げた。


「その件につきましては私の不徳の致すところ。つきましては何かお詫びを致したく」


 真剣な声にコージャイサンは忍び笑うとその頭を撫でた。

 恐る恐る顔を上げるイザンバが目にしたのは眩いばかりのいい笑顔。嫌な予感しかしない。


「お詫びもいいが、先におねだりしたいことはないか?」


「え? おねだり?」


「ああ。俺にも甲斐性があるところを見せないとな」


「……甲斐性なら十分すぎるほどありますよ。前にも言いましたけど、今までもお出掛けだとか錬成だとかで散々叶えてもらいましたし」


「それは良かった。それじゃあ、他には?」


 イザンバから拍子抜けした声が出るのも仕方がない。お詫びをしたいと言う彼女にコージャイサンはおねだりを要求したのだから。

 うーん、と考え込むイザンバは、何か思いついた顔をしたがすぐに眉を寄せる。さらに腕を組んだり、頭を動かしたりと落ち着きがない。

 その様子を頬杖をつきながら見守るコージャイサンはどこか楽しげだ。


「じゃあ、一つだけ。お願いしてもいいですか?」


「なに?」


 愉悦を滲ませた声で聞き返されてイザンバから更に落ち着きがなくなった。彼女は決まりの悪い顔をすると、気後れしたのか口ごもる。


「や、でも、やっぱりいいd……」


「ザナ」


 けれども強く、愛称()を呼ばれた。微笑みを浮かべている表情とは裏腹にそれは拒否を許さない声色で。

 覗き見た翡翠の圧に呑まれ、彼女は意を決した。


「……その、ちょっとだけ」


「ん?」


「…………ちょっとだけ、この前みたいに、くっついてもいいですか?」


 視線を逸らし、頬を赤く染め、か細い声が願いを伝える。

 目を見張ったコージャイサンだが、すぐにその翡翠はトロリと甘く滴った。


「おいで」


 手を差し出すコージャイサンにイザンバは恐る恐る近づくと、肩を寄せるようにくっついた。


「え?」


 しかし、コージャイサンからは驚きの声が上がったことで彼女は一気に狼狽えた。


「やっぱダメでした⁉︎ 外でこんな事するのははしたない⁉︎ ごめんな……」


 急ぎ離れようとする彼女の腕を引っ張る力は少しばかり強引で。まるで逃がさないとでもいうような腕の力強さに、二人の体は正面から密着する。

 逸る心臓を抱えたイザンバの頭上から吐息が降る。


「違う。不安にさせたのなら悪かった。この前みたいにって言うからこっちの方だと思ってな」


「あう。だって外だし流石にそれは恥ずかしい……」


 ここで、はたとイザンバは気が付いた。いくら東屋とはいえここは公共の場。人目がある場所。

 彼女は慌てふためき、その拘束から逃れようと試みる。だが、腕を突っ張ろうとも体を捩ろうとも、どう言う訳か抜け出せない。


「コージー様、外! ここ外!」


「はいはい、じっとしてろ。誰も見てないって」


 必死に訴えるも暖簾に腕押し、糠に釘。

 聞き流しているのかイザンバの頭をコージャイサンは宥めるようにポンポンと撫でるだけ——人目を遮るようにその腕で彼女の顔を覆いながら。


 緩む気配のない腕に、耳に馴染む声に、包み込む香りに、強張ったイザンバの体から力が抜けた。

 周囲を気にすることを諦めた彼女は今度は鼻を鳴らし始めた。自分の中にその香りを取り込むように、クンクン、スンスンと。


「前も言ったけど、それすると本当に犬みたいだぞ」


「だってまた遠征に行かれるんですし、悪夢を祓ってくださるありがたいスパダリの香りを嗅ぎ溜めしとかないと」


 イザンバとしては至極真剣なのだが、コージャイサンは吹き出さずにはいられなかった。彼女の頭上で笑いを含んだ声が漏れる。


「フ、ハハ。嗅ぎ溜めって」


「馬鹿にしてます?」


「してないしてない。そんなに夢見が悪いのか?」


「まぁ、そこそこ」


 そう言って濁すイザンバに夢の内容を話す気はないらしい。ふーん、と相槌を打つと、コージャイサンは安心させるように言い放つ。


「なら結婚したらそれもなくなるだろうな」


「どうしてですか?」


 言い切る彼にイザンバは疑問符を浮かべ、腕の中から仰ぎ見る。視線がかち合った瞬間、彼は不敵に笑った。

 そして、イザンバと手を絡め、さらにギュッと腰を抱き寄せ、顔を近づけこう言うのだ。


「こうやって毎日一緒に寝るようになるんだ。悪夢を見る隙ができると思うか?」


「急に生々しい!」


 吐息すら感じる近さに、イザンバは勢いよく体を離すとその腕から飛び出した。

 二、三歩離れた場所で速度の上がった心拍を整える彼女にコージャイサンはまた表情を緩める。


「慣れようなって言っただろう?」


「それはお酒の話ですよね⁉︎」


「いや、スキンシップの話だが?」


 さらりと言われてイザンバの体温はさらに上昇。

 彼女がどう言ったスキンシップを想像したのかは分からない。だが、確実に以前と変わってきている。

 その様子にコージャイサンは愉快そうに喉を鳴らして笑い、そして呼びかけた。


「もういいのか?」


「ええ! 十分です! ありがとうございます!」


「じゃあ、次はお詫びだったな。ザナ、ここに座って」


 まだ少し頬の赤いイザンバを隣に座らせると、コージャイサンは少し体をずらして体を傾ける。倒れ込む頭が目指す着地点は彼女の膝の上。


「少し膝を借りるぞ」


「なっ!」


 服が汚れることを気にもせずに寝転がるコージャイサンにイザンバは驚きの声をあげた。


「こんなところで寝たら服も汚れるし、背中も痛くしちゃいますよ⁉︎ お疲れなら邸へ戻りましょう⁉︎」


「野営はもっとひどいぞ。ザナの膝がある分寝心地がいい」


「そんなバカな! って、本当に寝ちゃうの? ねぇコージー様?」


 動く気はないとばかりに静かに目を閉じるコージャイサン。手持ち無沙汰になった彼女は闇夜のごとし髪にそっと手を滑らせた。

 これはそうしているうちに漏れた独り言。


「——ごめんなさい、もう少しだけ時間をください。周りが変わって、色んなことが起きて、なのに私は何も変わらず何も出来ないまま。今はついていくのが精一杯で……」


 ゆっくりと目を開けたコージャイサンが見つけた揺れるヘーゼルアイ。

 自分の弱さに、情けなさに、歯痒さを抱える彼女の頬に手を伸ばす。


「無理をする必要はない。あいつらも居るんだ。ザナは今まで通りに過ごせばいい」


「いいえ。『一人で背負わせない』ってコージー様が言って下さったんですよ? 私だってそう思ってます。今度こそ追いついてみせますから」


 それは彼女の意志。

 ——弾丸も毒も味方につけて。

 それは彼女の願い。

 ——いつだって守ってくれたあなたの元へ。


「胸を張って一緒に居たいから。だから待っていてください」


「ああ。待ってるよ」


 返事に添えられたコージャイサンの優しい表情にイザンバも嬉しそうに笑みを返した。

 交わす約束は共に歩む未来への覚悟。ゆっくりと今、二人の歩調が揃った。


 さて、ほっこりしている東屋の内側ではなく、外側で警戒にあたる護衛の一人がどう言う訳か顔が赤い。


「これさー、また噂が広がるんじゃない?」


 飛び出した疑問は果たして疑問と言えるのか。防音魔法の中、二人が何を話しているのかは分からない。それなのに伝わる空気の甘さとはこれ如何に。

 甘い空気に当てられたリアンに何を言っているんだと視線を遣る二人の目は冷ややかだ。


「噂も何もお二人の仲は良い。これは覆りようのない事実じゃないか。主はその事実を改めて周知しただけだろう?」


「見れば分かるものを、馬鹿な羽虫が勝手に炙られにくるだけだ。状況整理も受け入れもできない馬鹿には弾丸をお見舞いしてやれば問題ない」


 ファウストもジオーネも当たり前のことのように返す。これもきっと彼らの崇拝する主の手の内、思し召すままに。


「いや、そうだけどさ。まぁいっか。主からもお館様からも許可降りてるしね」


「ああ、そうだ。我々は主の、お二人の敵を全て潰すのみ」


 ファウストの言葉に『応』と頷く護衛たちの頼もしさよ。

 ちなみに『お館様』とはゴットフリートのことである。息子の部下もしっかり把握しているあたりは流石である。


 視点は変わり東屋の向かい側、通路にあるベンチに腰掛ける一組の老夫婦がいる。


「おや、見てごらん。仲の良い恋人たちがいるよ、おばあさん」


「ふふ。娘さん、随分と可愛らしい表情をしてますねぇ、おじいさん」


「そうだねぇ。だが、儂の隣にいる女性も昔と変わらずとても可愛いよ」


「あら、おじいさんったら。あなたは年を経てますます素敵になりましたよ」


「そうかい? それは嬉しいねぇ」


 いくつになっても仲睦まじい。おしどり夫婦は昔の自分たちを投影するように二人の様子を優しく見守った。


 次いで散策中の女性二人が東屋の前を通り過ぎようとした。ふと目に入った光景に彼女たちはどんな反応をしたのだろう。


「ちょ、見て! さっき本屋にいたすっごいカッコいい人がいる!」


「うわ、まじだ! いいなぁ、あんな風にあたしも甘えられたい!」


 実は正面からはイザンバの膝枕で寛ぐコージャイサンの姿が丸見えなのである。

 テンションの上がった彼女たちは本屋での出来事を思い返しながら会話を続ける。


「本屋でもすごかったもんねー! 店にいた女の子たちの熱い視線もアピールも眼中になし!って感じで」


「お嬢様もあの人には素出てたし、すごい信頼してるって感じだったよね!」


「分かる! あの修羅場は嫌だけど、お嬢様チョー頑張ったよねー!」


「マジ乙! でもさぁ……」


「うん」


 ハイテンションから一転。二人は突然真面目なトーンになった。


「ちょっとだけ、いや一瞬でいいからその場所変わって欲しい!」


「それな」


 いくつになっても夢見たっていいじゃないか。夢見る乙女は二人の姿にも妄想(ゆめ)を見ながら優しく見守った。


 キャッキャッとはしゃぐ女性たちを横目に、今度は見回り中の騎士たちが二人を見つけた。


「お、防衛局長オンヘイ公爵閣下のご子息にして結婚相手として超優良物件の次期公爵、さらには騎士団長・魔術士団長にも一目を置かれている魔導研究部の期待の新人のコージャイサン・オンヘイだ」


「やめろ。肩書きだけで胸焼けする。なに? あいつ休み?」


「みたいだな。婚約者の御令嬢の膝枕で休憩中みたいだぞ。……へぇ、あんな顔もするんだな」


 防衛局内や遠征中に見かけるコージャイサンはいつも涼しい顔をしてあまり表情を崩さない。

 しかし、今はどうだろう。もはや同一人物とは思えないほどの変化に騎士は感心した。

 一方で反感も買っている。


「はぁん⁉︎ いい御身分だな! つか、公園でいちゃつくんじゃねぇよ!」


「あれ? お前この前の休みにここで花屋の女の子とデートしたんじゃなかったっけ?」


 ところが、この返しに噛み付いた騎士は押し黙る。頑なに目を逸らす彼にすぐに答えは導き出された。


「ああ、フラれたのか」


「うっせー! 仕事が俺の恋人だ! バァカ!」


「いやー、負け惜しみが響くわー」


「お前だって仕事が恋人状態だろ!」


「あ、俺防衛局内の食堂の女の子と付き合ってる」


 突然のカミングアウトに騎士は目を白黒させた。突きつけられた現実に体は震え、雄叫びを上げる。


「クッソ! リア充ども爆発しろぉぉぉぉお!!!!!」


 ああ、響く声の虚しさよ。突然の大声に道ゆく人は驚き半分哀れみ半分の視線を寄越しながら、対比する二人を見守った。


 隔離された東屋の中の二人は人々の思いなぞつゆ知らず。今日も今日とて自分たちのペースで歩み続ける。

これにて「ソロからデュオへ、速度はAndante」は了と相成ります。

読んでいただきありがとうございました!

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