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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
ナイトメア・マーチ ★残酷描写あり
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国の未来を守るのは……

 気が逸るファブリスをなんとか宥めて席につかせると、一つ咳払いをして王はまとめに入ることにした。


「相手の言い分は実にバカげた話だが、放置してはおけない。これは国防にかかわる重要事項だ。我が国を内から乱し、手中に収めようという魂胆だろう。防衛局のみならず国が一体となって策を弄さねばならないな」


 王の言葉にそれぞれが重々しく頷いた。それを認めると今後の動きを求めた。


「ミハイル、貴族議会に話をつめて麻薬売買に関わった家の処分を進めよ。それと、裁判局には職務怠慢がないか念入りに確認を」


「かしこまりました。裁判局および裁判官連盟へは末端から裁判長、理事に至るまで聴取しましょう。また貴族議会へ向かい即刻処分を願い出ます。財務大臣を連れて行ってもよろしいですか?」


「許可する」


 キラリと妖しく光る眼鏡は彼の自信の現れ。財務大臣とともに麻薬売買に関わった貴族からたっぷりと搾り取って来てくれることだろう。

 次いでゴットフリートが防衛局長として指示を出すため、魔導研究部長へ声をかける。


「ファブリス、国民や団員の安全を考慮して捕縛に特化した魔導具の生産率を上げろ。それと回復魔法では追いつかない麻薬中毒者もいるだろうから麻薬断ちの薬も同時進行で用意してくれ」


「委細承知」


 撮影機を手元に置いてソワソワとしながら承諾する。今頼んだことよりも撮影機の解析を優先しそうではあるが、そこは彼を信じよう。

 さらに視線を騎士団長、魔術士団長の方へと流す。


「グラン、レオナルドは国内の警備強化。各地に潜む『商人』を指名手配、麻薬の売人及び与する者を逮捕せよ。最優先は国民の安全。団員による無茶な追い込みは禁止、大規模な市街戦になる前に仕留めよ」


 敵の捕縛は重要だが、国民の不安を煽り、混乱を招く事は望ましくない。制約はあるが、それでも彼らは「応」と答える。


「騎士団にかかれば造作もない」


「うちの優秀な魔術士たちにお任せあれ〜」


 なんと、ここで両団長の発言のタイミングが被ってしまった。一瞬にして空気に亀裂が走る。

 ギロリ、と睨みつけてグランが言った。


「お前たちの出る幕はない。我々だけで事足りる」


「ハッ。『追い込み禁止』は前しか見てない脳筋に向けての言葉だって分かってるかい?」


 それに対して鼻で笑うレオナルド。その瞬間グランの手が机にヒビを入れる。ピシピシと亀裂が走ったのは空気だけではなかったようだ。


「お前たち……その辺で」


 王が声をかけるが、二人はお互いの存在しか目に入っていない。グランが次に放った言葉がさらに空気を険悪な方へと変えた。


「ふん。市街戦を想定すれば役立たずは貴様たちの方だ。攻撃魔法も無駄に数を撃たねば当たらぬくせに!」


「馬鹿の一つ覚えみたいに敵に特攻しかしないヤツらに言われたくないね!」


「はぁん? 喧嘩売ってんのか、ごらぁ!」


「おぉ、買い叩いてやんよぉ!」


 結局こうなる。机を叩きつけ、椅子を倒し、武力(グラン)魔力(レオナルド)の喧嘩が始まった。


「お二方、向こうでしてくだされ! 撮影機を壊したらただでは済ましませんぞ!」


「机、椅子、カーペット……備品代は両家に請求しますからね」


 撮影機を抱え、距離を取って怒りの声を上げるファブリス。反対にミハイルは至極落ち着き払った様子でメモを取っている。

 困ったことに、この二人に共通しているのは止める気がないと言うことだ。


「いや、早く止めんか! 城が崩壊するー!」


 果たして王の絶叫は重役たちに聞こえているのだろうか。

 さっきまでちゃんと会議も出来ていたのに……。なんとも残念な大人たちである。

 グダグダになってしまった雰囲気にコージャイサンが父に訊ねた。


「帰っていいですか?」


「構わないよ。お前たちはよくやった。ここからは我々オジサンに任せなさい」


 騒がしさを背景にゴットフリートは退出の許可を出すと、最後にはウインクをした。これは大人の余裕なのか、ただのお茶目なのか。


「本当に、良くやった。お前たちのおかげで事が早く済みそうだ」


 そう言ってゴットフリートがコージャイサンの頭に手を乗せると、彼にしては珍しいものが見られた。

 息子がポカンと口を開けているのだ。その様子につい笑いが込み上げた。


「なんですか、急に。やめてください」


「そう照れるな」


 父の反応に無表情になると、ゆっくりと一歩退くコージャイサン。手は離れてしまったが、それでもゴットフリートの顔から笑みは消えない。


 ——ついこの前まで、お前も守られる側だったのになぁ


 雛は育ち、自らの生き方を定めて巣立っていく。親としてその成長は嬉しく、少し寂しい。

 しかし、成長したからこその成果。今回の報告がとても重要であることは彼が一番よく分かっている。

 ゴットフリートは人を動かし、時に自らが力を奮い、国を守る防衛局の長。彼は誰よりもその責任を負う人だ。

 だからこそ、命の重みで潰れていく新人も壊れていく中堅も数多く見てきた。


 ——予定よりも時期が早まった。それだけだ。


 直接手を下そうとも、人を使い間接的に屠ろうとも、背負う重みは変わらない。

 息子が防衛局に所属している以上いつかは訪れる日であった。もちろん本人もそれは覚悟の上。


 ——人を殺しては罰せられる法律の中、(ひと)を殺して英雄は生まれる


 大きな矛盾と重い事実。息子がこの程度で潰れるとは思っていないが、ゴットフリートとしては少しばかり親心も出したいところである。

 しかし、いつまでもしんみりとはしてられない。


「ゴットフリィィィト! 早くこいつらをなんとかしてくれぇぇぇ!」


「陛下、そんな情けない声を出さないでください」


 王が既に限界だ。親子が会話をしている間も両団長の喧嘩は続き、ミハイルのメモを取る手も止まらない。果たして壊れた備品代はいくらになったのだろうか。

 ため息をつくゴットフリート越しに見た部屋の惨状。それをコージャイサンは見て見ぬ振りをした。その上で、防衛局長に対して一礼する。


「それでは、失礼します」


「ああ。今日はゆっくり休みなさい」


 そう言ってゴットフリートは騒ぎの中へと入っていく。

 拳骨とは思えない轟音を扉を閉めることで切り離すと、廊下はとても静かで暗かった。夕刻から始まった報告の席だったが、すっかりと日が暮れたようだ。

 コージャイサンが歩き出すとコツコツと靴音が響く。

 角を曲がると歩く人影が二つになった。どうやら待機していたイルシーが出てきたようだ。


「報告は満足いただけたかぁ?」


 その問いにコージャイサンは先程の様子を思い出す。そして満足そうな笑みを浮かべた。


「ああ。よくやったな」


「お褒めに預かり光栄、ってな」


 頭の後ろで腕を組み、満更でもなさそうにイルシーが答える。

 それを横目で見ていたコージャイサンだったが、その目が空に奪われた。視線の先には、夜空に浮かぶ欠けた月。


「……ザナはどうしている?」


「特に変わらず。今日も元気に引きこもってたぜぇ」


「そうか。次の休みに会いに行く」


「はいよぉ」


 間延びした返事を聞いている間も、その目は月に向けられていた。

 イザンバは襲撃があった事を知っている。あの時、彼女が何を見て、どう思ったか。

 ——護衛が暗殺者であること

 ——その主は自分ではないこと

 変えられない事実を踏まえて、『守られている』自覚を持って、ただ静かに過ごしたのではないかと、今のコージャイサンには推察することしかできない。

 彼女の笑顔に落ちる影を憂うその横顔が、夜の光景と相まってまるで絵画のようだ。


 ——なんつー顔すんだか


 その絵画は表情ひとつ、仕種ひとつで人を魅了する。

 ここが人の居ないところで良かったなどとイルシーが思っていることを彼は知らぬだろう。

 コージャイサンは思考を切り替えるように月から目を離すとまた歩き出した。そして次の指示を出す。


「これより防衛局が総出で動き出す。お前は引き続き狩りに行け」


「いいのかぁ?」


「騎士団、魔術士団では探りきれない場所がある。お前なら行けるだろう。護衛についていない者を率いて彼らの手が届くところまで追い立てろ」


「そこまで上がらなかったら?」


 それは見逃すのかどうかと言う問い。足を止めたコージャイサンだが彼に迷いはない。宿る闘志は以前と変わらず、端的にイルシーに命ずる。


「狩れ」


「全ては我が主の意のままに」


 ああ、なんというやり甲斐を与えてくれるのか。騎士団のところまで一体何人が辿り着けるのだろうか……今考えるのはやめておこう。

 口元で喜びを表すイルシーは、これからも彼にその忠誠と技を捧ぐ。


 責任と罪を背負う若き主に悪魔は頭を垂れた。

 そこに鬼が、獣が、追従する。

 人知れず続いた悪夢の結末は果たして天国か地獄か。

 全ては彼の愛する平穏を守るために。

これにて「ナイトメア・マーチ」は了と相成ります。

読んでいただきありがとうございました!

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