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ここからはコージャイサンと上司がお話をしています。
血は出ませんが、首は出てきます。
「ちょっとでもあったらアウトだよー!」と言う方はお戻りください。
さぁ、報告に参りましょう。
時は夕刻、ハイエ王国王宮の一室。
円卓を囲むのは国王アンソニー・ヴォン・バイエをはじめとした錚々たる顔ぶれだ。
行政大臣——ミハイル・ケンイン宰相
防衛局長——ゴットフリート・オンヘイ総大将
騎士団長——グラン・スルーマ将軍
魔術士団長——レオナルド・デヤンレ元帥
魔導研究部長——ファブリス・クルーツ首席
円卓の席にまだ余りがあるが、今日召集がかかったのはこれだけだ。
そして、今は直属の上司である彼らにコージャイサンが一連の説明をしている最中である。
「……以上が今回の報告になります」
淡々と、詰まることなくコージャイサンは言葉を切った。
報告を聞いた彼らの反応は芳しくない。それぞれに思うところがあるのだろう。特に王の表情は険しい。
「ご苦労。さて、どれからツッコもうか」
防衛局長が実に軽い言い方をしたが、放置していい案件ではないと十分に理解している。それは他の者たちも同じこと。
「麻薬売買、強盗殺人未遂、殺人教唆、さらには背信行為。中々揃っていますね」
行政大臣は事実を端的に纏めると王へと伺いを立てる。王はギュッと眉根を寄せたまま重々しく口を開いた。
「そうだな。まずはコージャイサン」
そして、王は最も重要だと思われることを彼に求めたのだ。
「ひとまずその首、早く片付けてくれないか⁉︎」
「人相確認のためでしたが、いけませんでしたか?」
目を手で隠し、指差しながら王は死者の首を拒絶する。言われたコージャイサンは小首を傾げるが、王の言葉に防衛局の面々は苦笑をこぼす。
それもそうだろう。末席にいるコージャイサンの前にドドンと四つの首が置かれているのだから。
それは静かに目を閉じるアジーン、綺麗に粧し込んだアハト、哀しみの表情のハザール。そして苦痛に歪んだままの商人だ。
これらを全員に見えるように、いや、王にその顔を見せるように置いたのである。
正直なところ、王は報告を聞くどころではなかった。
「うん! コワい!」
国王が涙目で訴え、
「中々グロいですね」
行政大臣は眼鏡をくいっと上げると、
「まぁまぁヤバいだろ」
騎士団長の顔に呆れが滲み、
「普通にキモいねー」
魔術士団長が笑顔で茶化す。
「色々とヒドいですな」
魔導研究部長さえも首を横に振るので、
「慣れない人にはキツいだろうね」
親である防衛局長も肯定はできない。
「散々な言いようですね。とりあえず、この顔に要注意です」
そう言ってコージャイサンは商人の首を示すと、すぐに指を鳴らして他の首とともに下げた。
首の転移先はイルシーのところだ。このあと彼が処分することだろう。
王が安堵の息を吐いたところで、レオナルドがゆるく口を開く。
「さっきのさぁ、顔がだいぶアレだったじゃない? どうやって団員たちに伝えようか?」
確かに注意を促すにしても、アレでは表情は苦しげで特徴も捉えづらい。指名手配の見本にするには無理がある。
かと言って晒し首として防衛局内に置いておくのは、衛生面はもちろん団員の精神環境的によろしくない。
考え込む防衛局の面々に対してミハイルが無言で万年筆を動かした。
「これでどうでしょう?」
「うん、却下」
ミハイルの絵をチラリと見たレオナルドがいい笑顔で即座に否を出す。
その絵はよく言えば独創的で、芸術的すぎるのだ。首とは違う意味で見本にならない。これなら特徴の箇条書きのほうがマシである。
「相変わらずヘタクソだな」
豪速球の直球が投げられた! グランはオブラートにものを包まない。それはもうスッパリと、清々しいまでに正直に評価した。
ミハイルは随分と不服そうであるが、それを放置してグランがファブリスへと話を振る。
「首席、なんとかしろ」
「小生にどうしろと申されるのか」
「魔導具があるだろう」
「無茶を言いなさるな。保存は出来ても復元できるものは今はありませんぞ」
しかめっ面のグランの無茶振りにファブリスから溜息がもれる。
ああだこうだと出される案。それをゴットフリートが面白そうに眺めている事に気付いた王が彼に訊ねた。
「ゴットフリート、何か手があるのか?」
「ん? 確かに正面から特徴が判別できるモノがあればいいよね」
そう言ってゴットフリートはチラリと息子に視線をやる。その視線につられて王が不思議そうな顔をしてコージャイサンの方を見た。
「例えば……まるでこの目で見たままのような絵とか」
チラリ、とまた視線が動く。ミハイルとファブリスが何かにあるのかと興味を惹かれた。
「それがあれば防衛局内での情報共有もしやすいんだけどなぁ」
三度の視線にグランとレオナルドが便乗した。
全員の視線がコージャイサンへ集中する。それはもうグサグサと、グサグサと突き刺さる。
笑みを浮かべる父に、期待を寄せる重役たちの圧に、コージャイサンが諦めの息を吐く。そして、父の横まで移動すると円卓を囲む彼らの中心に一枚の紙を差し出した。
「どうぞ」
そう、それはゴットフリートが言うようなこの目で見たままのような絵。
恐怖や痛みに歪んだ顔ではなく、平常時の特徴を捉えた商人の顔が描き出されている。
望みのものと合致するものが現れた、その反応は様々である。
「ナニコレ⁉︎」
王とファブリスは声を揃えて目を輝かせた。さらに言えば、ファブリスは身を乗り出し、その紙を舐めるように見ている。まるで新しいおもちゃを見つけた子どものような、そんな顔だ。
「これは絵か?」
芸術に疎いグランでさえも腕を組んだまま目を見張り、その向かいでレオナルドは商人の歪んだ表情を反芻しながら写真と比べている。
「へぇ、元はこんな顔だったんだ」
「見事なものですね」
ミハイルは鮮明かつ繊細な画に感心している。そして、一同はコージャイサンに視線を向けて説明を求めた。
「これは『写真』と言います。そして、こちらが写真を撮るための撮影機になります」
さらにもう一つ。ごとりと机の上に置かれたのはレンズのついた小さな箱。彼らの意識がコージャイサンからその二点へと注がれた。
ここで爆弾を落としたのはこの人だ。
「これはコージーとザナが作ったんだ」
「はぁ⁉︎」
あっさりと、製作者を明かすゴットフリートの言葉に対して一同は驚きの声をあげる。何を、どうして、という声を無視してゴットフリートは懐から一枚の写真を取り出した。
「ほら、これなんかいい写真だろ?」
「……なんで持ってきてるんですか」
見せびらかすようなゴットフリートに息子の吐く息はますます重くなる。
それはコージャイサンとイザンバのツーショット写真。
クールな表情のコージャイサンと朗らかに笑むイザンバが、肩を寄せ同じポーズをとって写っている。その繊細さは絵画の比ではない。
ふと、王はここであることに気がついた。
「こんなものがあるならあの首はいら……」
「うわぁー! コージャイサン! 今から小生の部屋で撮影機の構造について詳しい解説をお願いしたく!」
「ファブリス! 少し落ち着け!」
王の言葉を遮るほどの大音量。机の上をスライディングして撮影機に近づいたファブリスに先程までの落ち着き払った姿はなく、興奮で鼻息を荒くしている。
しかし、王の言いたい事ももちろん分かる。写真があるならわざわざ首を持って来なくてもいいだろう、と。全くもってその通りである。
王は頭を抱えながら、コージャイサンに問うた。
「なんで、わざわざ、あの首を持ってきたんだ?」
「アイツらが土産にと持って帰ってきたので」
「お前の部下は猫かなにかか?」
王から漏れるため息が大きい。
もちろん彼らのその行動にはきちんと仕留めたという意味があるのだが、普通はいきなり首だけ見せられたらトラウマものである。
だと言うのに、この甥は顔色一つ変えないのだからその胆力には恐れ入る。
加えて『撮影機』という発明。息子たちが劣等感を抱くのも仕方がないが、それでも思う。
——親子揃って味方で良かったぁ!
一人安堵に浸る王を放置して、コージャイサンは自身に向けられる期待に満ちた顔の方へと向きを変えた。
「クルーツ首席、撮影機は置いていくので勝手に解析してください」
「いいのかい⁉︎ じゃあ、小生はこれにて失礼!」
コージャイサンの言葉に撮影機を宝物のように抱えると、ファブリスはすぐに退室の意を伝えて扉へと向かった。
これには思考の海から戻った王からすかさず待ったがかかる。
「待て待て待て待て、待てファブリス。まだ会議は終わってない」
しかし、止められた当人は心底驚いた。その表情のまま王に物申す。
「それは撮影機の解析よりも大事なことでしたかな⁉︎」
「当たり前だろう!」
それはファブリスにとって衝撃だった。言いようのないショックだった。
今すぐに知的好奇心を満たしたいのに、それが出来ない……なんともどかしく、切なく、恨めしいことか。
しかし、腐っても魔導研究部長。撮影機をギュッと抱きしめ、すぐにでも帰りたい気持ちをグググッと飲み込んだ。
「……では陛下! 急ぎまとめに、入っていただきたく、存じます!」
「ええい! 分かったから落ち着け!」
一言喋るごとにカツカツと近づきながら王を急かす。しまいには顔と顔の距離が異様に近い。目と鼻の先とはまさにこのことだ。
騎士団長、魔術士団長のように力押しはしないが、こちらも中々に曲者である。