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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
ナイトメア・マーチ ★残酷描写あり
42/173

7★

 ※注意※

 これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らが楽しく、それはもう楽しく、生き生きとお仕事をしているお話にございます。 


 暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。


 そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方、ほのぼのをお望みの方は、先へ進まず次の章の更新をお待ちいただきますようお願い申し上げます。

 この章を読まなくても話が分かるよう構成を考えておりますので、どうぞ気長にお待ちくださいませ。


 また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「エグい」「これはひどい」などのクレームは受け付けません。

 あらかじめご了承ください。


 ただし「これはクル」「張り切っちゃうキミが好き!」などの感想は大歓迎です。


 繰り返します。

 この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。


「これだから貴方みたいなの好きなんだよぉ!」という方や「良いぞ、良いぞ!滾ってきよったわぁ!」という精神的猛者の方のみお進みください。


 










 注意は読みましたか?

 大丈夫な方のみ、彼らの仕事ぶりをご覧ください。
















 廃屋から出てきたのはダン・アードッグに変装しているイルシーだ。

 一仕事終えて凝った首に手を当て、ほぐすようにぐるりと回す。そのまま深く息を吐くと、静かに口を開いた。


「いい加減出てきたらどうだ?」


 ダンの口調で誰かへの投げかけの言葉。しかし、続く静寂にも関わらず不遜な態度で言ってのける。


「私からの情報を聞きにきたのではないのか?」


 諦めたのかそれとも何か策があるのか、応えるように現れたのは痩せ型で頭に帽子を被った男だ。


「ソイツらマダ使えた。なんで殺シタ?」


 それは訛りの強い話し方だった。イルシーは眉を寄せたが、そのままダンになりすます。


「この程度のヤツらではいくらいても防衛局は突破できない。足手纏いになるだけなら問題なかろう」


 話に聞いていた通りのプライドの高い物言いに、男は口元だけを大きく歪ませて笑う。


「官僚候補は言うことが違うネ。でも勝手はダメ。お仕置きスル」


 言うが早いか男はイルシーに向かって拳ほどの大きさの黒い気の塊——黒弾を連続して放つ。

 左右への逃げ道を塞ぐように放たれた黒弾は、イルシー以外にも当たり土煙が視界を奪う。


「ハハッ、上等! ヤッてみろよ!」


 対するイルシーは煙から抜け出し空中へ。口調も戻し、人の悪い顔で楽しそうに笑いながらナイフを投げ応戦する。

 そのナイフが思いのほか飛んでくるのが速かったのだろう。避けきれず男の顔に一筋の傷がついた。が、その傷から血は流れない。

 着地したイルシーがそれを見て呟いた。


「やっぱ作りもんかぁ」


 再度イルシーに向かう黒弾。先程よりも手数を増やしてイルシーを追わせると、鉤爪付きの手甲をつけた男が回り込んで攻撃を繰り出す。

 黒弾が当たるより先に、イルシーは鉤爪を足場にバク宙をして距離を取った。


「バカな猿のクセに逆らうナ! 大人しくシロ!」


「ヤなこった」


 迫る男に対してイルシーに焦りはない。圧縮し薄く伸ばした空気の円盤を二つ生成すると一つを盾に、一つをブーメランのように変形して投げ飛ばす。

 男の注意がブーメランにいったその一瞬の隙にイルシーが姿を消した。


 男は視線を巡らせ、感覚を鋭くし、イルシーの動向を伺う。慎重に、慎重に。


 トンボ返りしてきたブーメランを右にステップして避けたことで安心していると、男の足元にイルシーか滑り込んできた。

 驚く男をよそに、イルシーは姿勢を低くしたまま地面に右手をつくと男の足を払う。勢いのまま足で円を書き体勢を整えると、バランスを崩した男の顔面めがけ逆手に持ったナイフで斬りつけた。


 ——ゼロに近づく二人の距離。

 ——響いた高い金属音。


 男が寸でのところでナイフを両腕の手甲で防いだのだ。

 ギリギリとはいえ防いだ男に、イルシーは薄ら笑いを浮かべるとすぐに距離をとった。どうやら小競り合いをする気はないらしい。

 防いだ際に鉤爪がイルシーの服を僅かに裂いたのだろう。布切れが男の指先についてきた。


「ここまで動けるヤツ、少ない。キミ、イイネ。官僚に相応しい」


 イルシーの一連の動きをまるで採点でもするかのような言い方だ。男の言葉にイルシーがクツクツと笑う。


「俺が、官僚候補なのか?」


 小馬鹿にした言い方に男は苛立つが、殺気を収め、手のひらを返し弁舌をふるう。


「ワタシタチ、姫にこの国捧げる同士。この国は姫のモノ」


 両手を広げ、天を仰ぎ、男は堂々と語る。


「昔、レイジア姫が嫁いだ、この国にレイジア姫の血が残ル。だからこの国はレイジア姫の子孫である姫のモノでワタシタチの国だ」


 どんな屁理屈だ、と思いながらもイルシーは腕を組み、尊大な態度でその語りを耳に入れる。

 彼が聞かずとも男は勝手に喋ってくれているのだ。楽ではあるが潜んでいる者としては減点だ、とマイナス評価をつけられた事を男は知らない。


「キミタチの先祖は歴史を歪めてる。けど、キミもワタシタチの話を聞いて改心した。だから官僚候補になった。その実力、申し分ナイと伝えヨウ」


 果たしてそれは誰の実力だろうか。

 まだ真実が見えていない男にイルシーから乾いた笑いが漏れる。


「この国の女ミナ醜い。美しいレイジア姫を妬んで殺した。ワタシタチの国陥れた。だから、先祖の罪をキミタチが償う。代償を払って、正しい後継者の姫に国捧げる」


 歴史とは発展の記録、勝者の証明。

 時代を遡るほど曖昧で憶測でしかない話もある。特に戦の場合は勝者に都合よく変わることもままあり、敗者が酷い悪役として記録されていることもあるほどだ。

 そして、先程から出てきている『レイジア姫』とはハイエ王国の英雄ユエイウ・ヴォン・バイエの最愛の妻とされている。

 ちなみに彼女は婚姻後二十年以上経ってから亡くなったとハイエ王国では記録されている。


 妬んで殺したと男は言うが、随分と昔の話を引っ張り出し、こねくり回しているものだ。

 こんな話に騙された考えの足りない男の顔をイルシーが思い出していると、よく知る名が出てきた。


「ああ、ソウダ。コージャイサン・オンヘイ、この男連れて来い。そうすれば官僚の座は間違いなくキミのモノだ!」


「……は?」


「この男は姫の下僕に相応シイ! 血筋もイイし、種馬にもイイね! ワタシ褒められる! キミ官僚になり姫に侍ること出来る! 光栄に思エ!」


 明るい未来に想いを馳せる男は気付かない。自分がとんでもない地雷を踏み抜いたことに。


「…………おい」


 それは地を這うような声だった。


「アンタ、舐めてんのかぁ?」


「ヒッ!」


 興味のなさそうな顔から一転。殺気立ち、ガンを飛ばすイルシーの姿は研ぎ澄まされた抜き身のナイフそのものだ。

 反対に男の喉は恐怖に引き攣った。それは大層情けなく、先程まで恍惚と演説していた人物と同一とは思えない。


 慄く男の前から、ゆらりとイルシーの姿が陽炎のように消えた。

 それに目を見張った次の瞬間、男のみぞおちに強い衝撃が走る。


「ッ……ガハッ!」


「誰が、下僕だって?」


 イルシーの膝蹴りを食らい、横隔膜の動きが強制的に止められたことで呼吸が上手くできなくなった。

 みぞおちを押さえながら苦悶の表情を浮かべる男を回し蹴りで転ばせると、彼は一切の加減もなくその腹にナイフを突き立てる。


「ギャァアア!」


「誰が、種馬だって?」


「ァアア……ヤメ、イィギィ!」


 そこからはまるでナイフの全てを男の体に埋め込むように力を加えていく。ぐりぐりと深く抉ったかと思えば、一気に腕を薙ぎ払い腹を裂いた。

 服を汚す血飛沫、上がる絶叫に眉を顰めると、イルシーは男の顔面をナイフの柄で殴打して黙らせた。


 ——ナンダ?


 例えるなら竜巻。それは猛烈な勢いで、一方的に男へ苦痛を与えていく。

 先程まで男が演説できるほどの余裕があったのは、イルシーが手を抜いていたからだ。

 情けも加減もなくなった今、巨大な殺気は渦となって男を呑み込んだ。


「おい、ゴミの分際で俺に『誰を』連れて来いと言ったんだ?」


 男の顎を鷲掴みイルシーが問う。掴まれた拍子に開いた口から歯が一本、ぽとりと落ちた。


 ——ナゼ、怒りだした?


 男には分からない。

 ——強いワタシがどうして負けている?

 ——この国を正しい女王と共に導くワタシが。

 ——そのために同志たちが各地で動いていると言うのに……!


 イルシーの怒りの理由を男は知る由もない。

 反対にイルシーは男の思考が手にとるように分かる。それは文字通り、その手を通じて。


 そして掴んだアジーンの思考を読んだときに生じた違和感の正体。

 イルシーが見た男はもっと流暢に話していた。

 もっと場の雰囲気に馴染んでいた。

 もっと……魔力が洗練されていた。


 だが、目の前の男はどうだ。

 姿形は似せているのだろう。しかし、その他がお粗末すぎる。

 同じ顔が複数いる——それが違和感の正体だ。


「もういいか」


 ため息をついたかと思えば、イルシーはパッと男の顎から手を離した。

 頭を庇うことも出来ない男はただ衝撃に耐えるしかない。ドクドクと血液が廻る音が耳に響く。

 痛むのが頭なのか顔なのか腹なのか、もう男には分からない。

 それでも何が『もういい』のか、男はイルシーの顔色を伺うように視線を向けた。


「こんな頭がおかしいヤツらがまだ他にも来てるってことだもんなぁ」


 イルシーはわざとらしく考えるような仕草を見せたあと、その口角を上へと引き上げる。それはそれは心底人の悪い顔が男に向けられた。


「ならアンタをここで殺しても問題ねーなぁ。ソイツらを捕らえりゃ済む話だ」


「マ、マテ! 官僚の地位を捨てるノカ⁉︎」


「ハハッ! そんなもんいらねーし。さぁ、アンタも逝こうか? ダン・アードッグと同じところになぁ」


「……ダン・アードッグ?」


 それは男の目の前に居る人物だ。

 ダン・アードッグは甘言に惑わされた売国奴。使い捨ての駒のつもりだったが、思っていたよりも出来るヤツだと認識を改めたというのに……。

 混乱が生じた男は思ったままを口にする。


「キミ、ダレ?」


 訊ねる男にイルシーが笑う。すると強い風がイルシーを覆った。

 男は舞う土埃から目を守っていたが、風が収まりそっと目を開け驚いた。

 そこに居たのは褐色の肌と紺青の髪と瞳、痩せた体の女性。着ている服はダンのものだが、なんと『姫』がそこに居たのだ。

 姫は宥めるように、寄り添うように、男の頬に触れた。そして、か細い声が男に届く。


「妾はお前の友。お前の兄弟。お前の想い人」


 その手はゆっくりと肌を撫で、首へとさしかかる。

 すると、また風が吹く。目を開けた時には姫の姿はなくなり、そこに居たのは糸目で痩せた自分と同じ顔。

 その手が男の首へ圧を加える。


「ワタシはキミの敵。キミの仇。キミの死神」


 男の声で紡がれた先程とは正反対の言葉。

 鏡写しのはずなのに、ニンマリと口角を上げるその笑みに男は恐怖した。


「ア、アアァァアア!」


 叫んだかと思うと、男を守るように現れる黒弾。イルシーはすぐにバックステップで距離を取ったが、それらが次々と襲いかかる。

 恐怖から逃れるため、男は叫び、己の魔力が枯渇するまで黒弾を放ち続けた。


 ——風が、渦巻く。


 黒弾を防ぎ切った風が高く昇る。螺旋の描かれた地上に現れたのは闇夜の如き黒い髪、切れ長で翡翠の瞳の美形が一人。

 そこには男が連れてこいと言ったコージャイサン・オンヘイが立っていた。


「キミ……その男……」


「俺は、我が主の忠実な幻影」


 その姿に、その言葉に、男は絶句した。イルシーの怒りの理由が明かされたからだ。

 イルシーは髪をかき上げ不敵に笑うと、空を指さした。つられるようにそちらに視線を向けて、男に湧き上がった後悔。

 さっき昇った渦巻く風が黒弾を喰らい一層凶悪な姿に変わっていたのだ。

 それは黒く薄い刃を纏い、さながらドリルのように男に向かっている。


「ヒィイッ! イヤダ! ヤメロ! 来るナァァアア!」


 腹が裂け、魔力が尽きた男の体は思うように動かない。もちろん黒弾も出せない。

 防ぎようのない落ちてくる凶器を、金切声を上げながらその身で受け止めた。

 風の刃は肉を抉り、臓腑を散らし、骨を砕き、断末魔を巻き上げて男を刻む。

 あっという間に風は男の体を分断し、土へと到達した。胴体があった場所は大きく陥没し、四肢とともに苦痛に歪んだ顔が地面に転がっている。


 イルシーはそれになんの感情も抱かず、コキリと首を鳴らした。


「作り話をばら撒くゴミクズの大量発生かぁ。そりゃ国交途絶えるわ」


 コージャイサンの顔に似つかわしくない口調は、仲間たちが聞けば非難の声が上がるだろう。

 さらに言えば、イザンバからは演技指導が入ること間違いなしである。

 また風が吹く。血生臭さが晴れた後に残るのは、いつものフードスタイルのイルシーだ。


「ハハッ、上等! ()り甲斐、ありそうじゃねーか!」


 フードから覗く真紅の髪はまるで鮮血のよう。凄惨たる場に不釣り合いな軽い口調でただ一人の生者は嗤う。


 もしも、行方知れずだった友と会ったとしたら——

 もしも、生き別れた親子兄弟と会ったとしたら——

 もしも、死で分かたれた恋人と会ったとしたら——


 貴方は本物と偽物を見分けられるだろうか。

 揺れ動く喜びを、哀しみを、律することができるだろうか。


 貴方が大事にしているモノを彼らは知っている。


 だから十分に気をつけて。

 偽物の目を見てはいけないよ。

 偽物の声に耳を傾けてはいけないよ。

 偽物と言葉を交わしてはいけないよ。


 それは次に貴方を誘う悪魔かも知れないから。


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