6★
※注意※
これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らが楽しく、それはもう楽しく、生き生きとお仕事をしているお話にございます。
暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。
そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方、ほのぼのをお望みの方は、先へ進まず次の章の更新をお待ちいただきますようお願い申し上げます。
この章を読まなくても話が分かるよう構成を考えておりますので、どうぞ気長にお待ちくださいませ。
また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「胸くそ悪い」「見るに耐えない」などのクレームは受け付けません。
あらかじめご了承ください。
ただし「あっぱれ!」「このギャップがいい」などの感想は大歓迎です。
繰り返します。
この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。
「暗殺者の沼は深すぎる」という方や「これほどとは……お主、なかなかやるな」という精神的猛者の方のみお進みください。
注意は読みましたか?
大丈夫な方のみ、彼らの仕事ぶりをご覧ください。
もしも、行方知れずだった友と会ったとしたら——
もしも、生き別れた親子兄弟と会ったとしたら——
もしも、死で分かたれた恋人と会ったとしたら——
貴方はどうする?
国王の誕生日を祝う宴に貴族たちが浮き足立った日から数日、町外れの廃屋に彼らは居た。
ガッチリとした体格で大斧を持つ男のフンドラ、鏡で髪型を確認しているローブの女はミア、剣の手入れをする男はチェント。そして、リーダー格の男のハザールだ。
人相の悪い薄汚い格好をした男女が四人。それぞれが武器を携え、暗闇が広がる廃屋の外に目を凝らす。
彼らは新たな情報を得て戻る仲間を待っているのだ。
「それにしても……遅いわねー」
「ったくよー! お貴族サマって言うのは時間も守れねぇのかねぇ!」
ふとこぼしたミアの呟きに、チェントがイライラと剣を振り回して便乗した。約束の時間はとうに過ぎているのだ。
苛立ちと疲れが見え始めた頃、独特のリズムで扉を叩く音がした。それは前もって決めていた仲間内の合図。
「やっと来たか」
ハザールがフンドラに扉を開けるように顎をしゃくる。扉を開くと、そこには茶色のローブを羽織った人物が立っていた。
部屋へと入るなりローブを脱いだ人物はきちんと仕立てられた貴族服の男性だ。そう、舞踏会に居たダン・アードッグだ。
遅れてきたことへの苛立ちを込めて、ハザールが嫌味を言う。
「随分と支度に手間取ったようだな、お貴族サマ?」
「少し立て込んでな。しかし……肝心の人物がまだ来ていないようだが?」
「ああ、別の仕事が押してるそうだ。話なら俺たちが聞く」
取引相手がいないことに、またそれに対しての回答にダンは眉をひそめた。
「お前たちが? ちゃんと覚えられるのか? 私は二度は言わんぞ」
伝言役には向かないであろう彼らに対してのダンの言葉に、短気を起こしたチェントの剣の切っ先が向けられる。
「んだと、てめぇ!」
「やーね。人を待たしてその態度はないんじゃなーい? お仕置きするわよ?」
ミアまでも杖を振り、武力行使ができることを示唆する。仲間と言えどもダンと彼らは一時的に手を組んだだけの間柄だ。
例えそれが貴族であっても彼らは傷付けることを厭わない、そういう集団だとほのめかしたのだ。
対してダンが振るうのは権力だ。貴族とそれ以外という認識をもって彼らを見下した。
「ふん、品のない事だ」
睨み合う双方にバチバチと火花が飛ぶ。それに一人の男が静止をかけた。
「おいおい、今モメるんじゃねぇよ。本題に入るぞ」
ハザールはそう言うとダンに椅子を勧める。それは背もたれも無い、粗末な椅子だ。
テーブルを挟んだ向い側にリーダーのハザールが、左右と背後を仲間たちに囲まれながら話し始める。
「——こんな所だな。防衛局の隙はないと言っても過言ではない。やはり突くのならその脇である女性たちだな」
「やっぱ一筋縄じゃいかねぇか。まぁ、想定の範囲内だ。ご苦労さん」
その言葉にダンは不快感をあらわにした。『ご苦労さん』とは目下に対して言う言葉だからだ。
呆れた苛立ちを空気として吐き出して、彼らを見る。
「私が官僚になった暁には貴様らに礼儀というものを叩き込んでやる」
そう言ったダンに彼らは薄ら笑いを浮かべる。あの短気なチェントですら、剣を抜くこともせずにただニヤニヤとしているのだ。
「なんだ?」
訝しむダンに男たちは一斉に吹き出した。
「ぷっ、あーっははははははは! 官僚? アンタが? はははははは! 寝言は寝て言えよ!」
大笑いするハザールにつられるようにフンドラも肩を震わせる。
「まじか……本気にしてるとか」
「いいじゃない、アンタたち。ぷぷっ、うふふふふ。夢を見るのは自由だもの。くすくすくす」
嘲り笑うミアと腹を抱えているのはチェントだ。
「ひーっははははははははは! おバカちゃんでちゅね〜」
場を支配する下品な笑い声。馬鹿にするような内容によほど気分を害したのだろう。その様子を見るダンは無表情である。
「あー、笑った笑った。お前さんはここで終わりだよ。大した情報も持ってこれてないくせに何が官僚だよ」
呆れたように頬杖をつくハザールが片手を上げた——これが合図だった。
「じゃあな、世間知らずのお坊ちゃん。次はもっと使える奴に産まれてこいよ」
次の瞬間、フンドラの大斧が振り下ろされた。しかし、大斧は椅子を叩き割っただけでそこにダンの姿はない。
「ま、んなこったろうと思ってたけどなぁ。コイツ使い捨てぐらいにしかならねーし」
声が聞こえたかと思うと、大斧をそのままにフンドラが前のめりに倒れた。ダンは男の背後に居たのだ。
いつの間に、と他の者たちが息を呑む。
ハザールが倒れた仲間に目をやると、その耳の後ろからナイフが刺さっているではないか。
そんな事には気付かずに、左右に立っていたミアとチェントは怒りのままに動いた。
「アンタ、何してんのよ!」
「覚悟はできてんだろうな!」
右側からミアが強風を打ち込み、左側からはチェントが剣を振るう。すると、ぶつかり合ったのは強風と剣。攻撃を受けるはずであったダンの姿はそこにはなく、彼らはまたその姿を見失ったのだ。
キョロキョロと辺りを見回しながらチェントが怒声をあげる。
「野郎、どこ行った⁉︎」
「あっ!」
天井に着地するかのようなダンの姿に、先に気付いたのはミアだった。
ダンは不敵な笑みを浮かべると、そのままミアに向かってナイフを投げた。
迷いなく飛んだナイフはミアが防御魔法を展開するよりも早くその額に深くめり込み、勢いを失わないまま彼女を押し倒す。
だが、そこで彼の動きは止まらない。
それを見届けもせずに左側へと天井を蹴り、ミアに気を取られているチェントに手を伸ばした。
顎を掬うように持つと、耳の方へと強引に捻り上げながら自身の体は低い体勢で着地する。遠心力に振られた首からひどく鈍い音が響いた。
ダンの後ろでチェントがグラグラと大きく揺れる。
向かい側ではミアが横たわり、ビクビクと小刻みにその体を震わせている。
しかし、脳からの司令を絶たれた彼らはものの数秒で絶命した。
崩れ落ちた彼らの体とは反対に、ダンはゆっくりと立ち上がった。
その目が獲物を捉える——残り、ひとり。
瞬きの間の出来事に、ハザールはなにも出来なかった。
ダン・アードッグは小物である。プライドが高いわりに大した能力もない小物である。だと言うのに……。
仲間を失った怒りがハザールの唇に傷をつけた。
「お前……ナニモンだ」
「さぁ、ナニモンだろうなぁ」
目の前の男の姿形は間違いなくダン・アードッグだ。それなのに、いや、だからこそハザールは落ち着かない。
明らかにダンの様子が変わった。
——さっきと声が違う。
——仕草が違う。
——存在感が違う。
自身の経験から脳がけたたましくその危険性を訴える。
「少なくとも……アンタらの使い捨ての駒じゃねー事は確かだなぁ」
そう言ってダンの姿をした男——イルシーは笑う。それはそれは見せつけるように、大層な余裕を持ってハザールの神経を逆撫でする。
瞬時に飛び出しそうな苛立ちをなんとか飲み込んで、彼は努めて冷静に振る舞った。
「そうか。でもな……」
部屋の温度が上がった。それはハザールの背後から構えられた赤い炎の矢のせいだろう。だが、すぐには放たれない。
ハザールの練り上げられた炎はその怒りと結びつき、目に痛い黄色へと変貌してさらに温度を上げていった。
「調子に乗ってんじゃねーぞ!」
炎の矢がある一点に向けて放たれる。床を焦がし、壁に穴を開け、仲間を燃やして矢は突き進む。
半身くらいは燃やしただろう、と様子を見ていたハザールの顔色が変わった。煙の中にイルシーの姿がないのだ。
慌てて周囲を警戒したが……遅かった。
「あー、もったいねぇ。そんな『今から攻撃します』ってバレバレのことするから避けられんだぜ」
全身の毛が総毛立ち振り向くことが出来ない。そんなハザールの背後には、歪んだ三日月が浮かんでいる。
体を固くする彼にグッとイルシーは肩を組むようにのし掛かった。
ゴクリと息を呑んだハザールの首筋にはヒヤリとした無機質で鋭利な感触。ペチペチと悪戯にナイフを皮膚の上で遊ばせながら、イルシーがニタリと嗤った。
「ほら、こうするとさぁ、次は喉を切られんだって分かんだろぉ?」
喉を掻き切られる自分を想像して、ハザールは背筋が凍る思いがした。だがそれも脳裏をよぎる一人の人物によって哀愁へと変化する。
死を覚悟したハザール。しかし、事はそう進まなかった。イルシーは首を解放するとその背中を蹴り付けたのだ。
突然のことにバランスを崩した彼に全体重で上からのし掛かり、そのまま素早く手足をナイフで床に縫い付けて動きを封じ始めた。鋭く一本、深く二本、抉るように三本、断ち切るように四本。
「ぎゃあぁぁああぁ!」
上がる野太い悲鳴には無視を決め込んで、イルシーは鼻歌を歌うほどにご機嫌だ。
ハザールは短く息を吐きながらなんとか痛みを逃そうとする。そして、自分を見下ろすイルシーをきつく睨み付ける。
「テメェ……こんなことしてっ! タダで済むと思ってんのかぁ!」
「ふっ、ははは! その格好で言うのかよ!」
深々と甲を貫くナイフ。足の腱を二つに分けて埋まるナイフ。
ハザールはどちらも抜くことが出来ず、潰れた蛙のような姿で凄んでいるのだ。それがイルシーの笑いを誘った。
彼はさらにナイフを取り出してワザとらしく聞き返した。
「なに? もの足りないって? ハハッ! アンタ欲しがりなんだなぁ」
「何言って……⁉︎ やめ、おい! やめろ!」
ナイフをくるくると遊ばせたかと思うと逆手に持ち、背中に突き立てた。その切先は肺にまで到達し、ハザールの苦しみはより一層増す。
「グゥ、ァ、ガハッ!」
「あ? もっとだって? しゃあねーなぁ。どんだけわがままなんだよ」
「ちがっ!」
リクエストに応えるように、腿にまた一本刺し込むと、さらにそれを足で踏みつけて動かす。すると当然周りの肉が削がれていく。
「ぃぎゃあぁあ!」
イルシーは悪戯に足を動かし、穴を広げていく。ブチブチと筋繊維が切られ、削がれた場所から血液は体外へと流れ出した。
悲鳴が木霊するが、それは誰にも悟られない。ここは廃屋、時刻は深夜。無法者がここに居たと誰が知っているのか。
ぐったりと力の抜けたハザールの上に座り込むと、イルシーが優しく声をかける。
「随分鳴いたなぁ。おい、こっち見てみろよ」
喉が裂けるほど叫び、息も絶え絶えになった彼はただなされるがまま。渋々顔を動かし、イルシーの要望に応えたその瞬間——ハザールは目を見張った。
己の背に座っていたのはここにいるはずのない人物。
「…………シューニャ」
それは死んだ恋人。彼が口にしたのは恋人の名だ。
「ふふ、ハザールったら随分ボロボロね」
目にしたのはかつてと同じ優しい笑顔。
耳に届いたのはかつてと同じ甘い声。
そして、波打つ柔らかな長いブロンドの髪。
違和感があるとすれば服装が男性用の貴族服ということか。だがしかし、顔も、声も、仕草も、生前の彼女となんら変わらない。
「あ、あ……シューニャ!」
どうして恋人の姿を知っているのか。彼女はすでに死んでいるのだがら、これは偽物だと脳が必死に言い聞かせる。
それでも、打ち捨てられていたあの最期の姿を思えば……残酷な嘘でも構わない、と心は思う。
理性と感情の間で揺れ動くハザールに恋人が訪ねた。
「ねぇ、ハザール。どうしてこんなことをしてるの?」
恋人が顔を近づけると、柔らかな髪がさらりと流れた。そして、床に縫い付けられたままの無骨な手に細い指が添えられる。
「ねぇ、どうして?」
違うと分かっていても、強く拒絶できない。ハザールは恋人の顔を見ながら懺悔するかのように答えた。
「お前が、辺境伯に連れて行かれて、どうしてか殺されて、裁判局に訴えたが証拠はない、と。ただの過労死だ、と。注意勧告だけで終わってしまって悔しくて」
「そう」
恋人はゆっくりとハザールの右手からナイフを抜いた。その新しい傷口を労るように撫で、目で続きを促した。
「庶民から訴えてもいい、そのための裁判局なのに! そのための制度なのに! お前を殺した辺境伯はのうのうと今日も生きていて! だからもう、こんな国、どうでもいい! あの国に乗っ取られてもいいと思って!」
「そう」
体を起こした恋人が遠ざかる。離れる温もりにハザールの胸は締め付けられた。
「シューニャ、俺は……俺はっ!」
必死に伝えようとしながらも言葉が詰まるハザールに、恋人は優しく微笑みかける。そして笑顔のまま、ハザールの首の頸動脈を切った。
「あ……」
「ハハッ、最期に会えて良かったなぁ。恋人を貴族に殺された復讐心から国を売ろうとした男の末路にはもったいないくらいだ」
恋人の顔でイルシーが嗤う。それは彼女が決してしないであろう悪魔のような意地の悪い顔で。
幻想を破られ、絶望を抱え、ハザールの命は尽きていく。
静寂が落ちる。
窓から漏れる光の中でゆらり、ゆらりと影が揺れた。