5★
※注意※
これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らが楽しく、それはもう楽しく、生き生きとお仕事をしているお話にございます。
暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。
そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方、ほのぼのをお望みの方は、先へ進まず次の章の更新をお待ちいただきますようお願い申し上げます。
この章を読まなくても話が分かるよう構成を考えておりますので、どうぞ気長にお待ちくださいませ。
また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「癪に触る」「食事中だったんですけど⁉︎」などのクレームは受け付けません。
あらかじめご了承ください。
ただし「ブラボー!」「しんどい(いい意味で)」などの感想は大歓迎です。
繰り返します。
この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。
「暗殺者だから素敵!」という方や「まだまだよの。我が手本を見せてやろう!」という精神的猛者の方のみお進みください。
注意は読みましたか?
大丈夫な方のみ、彼女たちの仕事ぶりをご覧ください。
涙を流しながら血を吐き始めたフィーア。その様子に食べ過ぎだと高を括っていたゼクスが慌てて立ち上がった。
「おい! 大丈夫か⁉︎」
「ぁ、ゴホッ。ぐるじ……ぁぐぅ」
苦しさを逃がそうと息を吸えば、気道が焼かれるように熱くなる。
痛みを和らげようと体を丸めれば、内側から刺されたようにつらさが増す。
足掻けば足掻くほどに体は傷つき、その口からはこぼれる血は止めどない。
一気に駆け寄ってきた『死』にフィーアは恐怖した。それでも、必死に血に塗れた手を伸ばして助けを乞う。
「おね、が、い。だず……だ、ずげ、で」
アハトが駆け寄ろうとしたその時——アハトの視界は大きく揺れ、膝をつくことになった。手足も痺れ、うまく動けない。
その隣でゼクスも同じように動きを止めていた。
そして、フィーアは…… 臓腑を痛め付けられたことによってできた血溜まりに体を横たえ痙攣している。白目を剥き、絶え間なく血を吐き出しながら。
「ふふ、警戒心が足りませんね。知らない人から物を貰っちゃいけませんって親に言われませんでした?」
混沌とした場にそぐわない穏やかな声だ。ヴィーシャはただ一人なんの障害もなく動き、見せつけるようにお茶を飲んだ。
「……何、飲ませやがった!」
息を荒げテーブルの上のものを払い落としたゼクスに対して、彼女は綺麗に微笑むと二本の瓶を揺らしてみせた。
「これはあなたたちを殺す毒。そして……」
トロリ、と一滴垂らせば途端に広がる甘い香り。それはヴィーシャと出会ってから周囲にずっと漂っているものだ。
「リラックス効果の高い香り」
とは言うが、実質は思考力を鈍らせて誘導するためのものだ。
つまりあれほど警戒していた二人がお茶を飲んだのも、ことの発端から経緯までを話したのも、この香りのせいなのだ。もちろんそこにヴィーシャ自身の魅力も加わるのだから抗える者の方が少ない。
「いつから仕込んでんだよっ……!」
頭を押さえながら呻くゼクス。ぐるぐると目が回る。これは混乱のせいか、毒のせいか、香りのせいか。
その様子を面白そうに見つめながらヴィーシャが種明かしをした。
「最初から」
にっこりと、慈愛に満ちた笑みが咲く。
それはギリギリと奥歯を噛む彼らとは対照的な強者の余裕。
「そうそう、うちらは防音魔法は使えませんよ。あの子が『戦いの音は聞こえなかった』と言ったのは、ちょうどうちが誘導してたからでしょうね」
なんと言うことだろうか。彼らがそうであったようにフィーアもまたその魅力に取り憑かれていたと言う。
そして、防音魔法が使えないという事は『全ての騒動がお嬢様に聞こえている』その可能性を示唆したのだ。
それを聞いたゼクスの険しい表情にヴィーシャの笑みが深くなる。
「ふふ、ご安心を。屋敷の方はみな心地良い眠りの中。お嬢様の眠りを妨げては叱られてしまいますわ」
誰に。それは当然美容にうるさい誰かさんに。
二人の反応を楽しむような姿に、言いようのない気持ち悪さが込み上げる。
「揃いも揃って悪者しか居ねぇのかよ!」
そういって唾を飛ばすゼクスにヴィーシャはクスクスと笑う。
月明かりが彼女を照らし、夜風がスカートを揺らす。そんな中で笑む彼女は妖艶としか言えない。二人はその姿に目が釘付けになった。
そんな二人に今度はヴィーシャが問うた。
「そう言えば、先程から仰られている『悪徳貴族』『悪者』とは誰のことですの?」
「え?」
「確かにこの家のお嬢様は公爵令息の婚約者ですし、王家の方からも覚えめでたいとのことですが……社交会では毒にも薬にもならない平凡なご令嬢ですよ」
「どう言う?」
ヴィーシャの言葉がさらにアハトの混乱を煽る。ゼクスも一旦情報を整理しようとしたが、どうやらその時間は与えられないようだ。
「っぐ……オエェェ」
「ゼクス!」
ゼクスの身を案じ駆け寄ったアハトだが、やはり彼も毒に囚われている。痛みと気持ち悪さに襲われ、堪えることもできずにぶち撒けた。
「このっ……クソが!」
ゼクスは嘔吐で汚れた口元を乱暴に手の甲で拭うと、忍ばせていたナイフをヴィーシャに向かって投げた。だが、それは彼女に届かない。
響く銃声、ナイフを折った弾丸、こんなことが出来る人物は一人だけだろう。
「おまえ、さっきの」
「もう少し楽しませてくれるかと思ったんだがな。あの程度では少しの満足も得られない」
二人の背後からコルセットにショートパンツ、レッグホルスターとおおよそ貴族に仕えるメイドとは思えない格好のジオーネが現れた。
服は変わっているが、傷一つないその姿に呆然とアハトが呟いた。
「……どうやってあの攻撃から」
「なんて事はない。相殺しただけだ」
そう言ってジオーネは谷間から筒状の爆弾を取り出した。両側から攻撃されたあの瞬間、先に爆弾をぶつけて自身への当たりを回避したのだ。
二人にのし掛かる容赦ない現実。それは狙撃手を倒すこともできず、自ら毒を煽ったこの体たらく。そして、喉にせり上がってくる、赤。
「ここが悪徳貴族の住処じゃないなら……なんでお前らみたいな奴らが居んだよ! 一体何を守ってんだよ!」
悔しさを混ぜた叫びが血と共にゼクスから発せられた。その隣ではアハトが唇を噛む。
胸を張って答えたのはジオーネだ。
「ここに、ご主人様の唯一無二が居るからだ」
「唯一……それって大事な」
その回答にゼクスは愕然とする。
言葉の示す意味が自分の思うものと一致するならば……守る意味はある。
まさか、という思いでアハトはヴィーシャに視線を向けて縋るような、祈るような目で答えを欲した。
「お嬢様は平凡な見た目に反して少々変わったお方ですが、ご主人様を一途に信頼して全てを預ける姿には頭の下がる思いです」
落ち着いたヴィーシャの声がお嬢様への敬意を表する。ジオーネが口を挟まないあたりそれはお嬢様の真実の姿なのだろう。
なにより、とヴィーシャはそのまま言葉を続けた。
「ご主人様があんなにも柔らかい微笑みを向けるのも、楽しそうに笑われるのもお嬢様といる時だけです。それだけで十分にお守りする価値がある」
そう答えるヴィーシャの表情も柔らかい。
お嬢様を守る理由。それは爵位でも、見た目でも、才能でもない。
ただ、彼女と居ると忠誠を誓う主人が笑うから——それだけだ。
「その価値を見誤り『麗しい公爵令息の婚約者になりたいお馬鹿さん』が、嘘を並べ立てて金銭で釣り上げたお客さんから守るためにうちらは居るんです」
ああ、なんと言うことだろうか。
——可愛らしいお嬢様の涙ながらの訴えが嘘であることに
——公爵子息が婚約者の令嬢を大事に守っていることに
——乗り込むことを決めた自分たちの判断が友人を死なせてしまったことに
彼らは気づいてしまった。
「たくさん喋ってくれてありがとうございます。お陰様で黒幕もあっさり割れましたわ」
ヴィーシャの言葉が絶望となりその足を掴んだ。思考を放棄した体は固まり、感覚も鈍くなる。
そんな立ちすくむアハトの目の前を雷光が走った。
「アハトっ……逃げろ!」
せめて彼だけでも逃がそうと、ゼクスは気力を振り絞り全方位に雷撃を放ったのだ。しかし当然というべきか、ヴィーシャとジオーネには当たっていない。
「狙うのがヘタだからとヤケになるな。まずは的の大きい胴を狙い動きを鈍らせろ!」
だから指導してどうする。ここだ、と自身の腹を指さすジオーネに、ゼクスは苛立ちを露わにする。
「望み通り……やってやるよ!」
ゼクスはジオーネに向けて真っ直ぐに雷撃を放つが、彼女は難なくそれを躱し、ゼクスの腹へ一発撃ち込んだ。
「くっそがぁ!」
「どうした⁉︎ もっとちゃんと狙え!」
負けじと追撃するゼクスの雷撃は上へ、左へ、右へ、ジオーネを翻弄する。撃たれた腹で踏ん張れる距離、そこへ彼女がくるとゼクスはナイフを構えて間合いを詰めた。
「お前は狙撃手だ! 接近戦には弱いだろ!」
また爆弾で相殺されない距離まで肉薄し電気を帯びたナイフをジオーネに向かって振り下ろすその瞬間————雷が落ちた。ゼクス渾身の一撃だ。
だと言うのに、ゼクスがこぼす言葉に勝利の喜びはない。
「…………そんな。嘘だろ」
ただただ漂う悲壮感。振り下ろしたナイフは銃身により受け止められ、雷撃は吸収されてしまったようだ。
「実にいい線をいっていた。体調が万全ならばあるいは傷の一つもつけられたかもしれんな」
ジオーネはそう言いゼクスの腹を蹴り飛ばす。血を吐きながらもなんとか体を起こすが、もう彼は動くことができない。
「あたしの同胞にも雷魔法が得意な者がいてな。これはそいつと組んだ時用の特別仕様だ」
銃身は雷を纏ったまま、銃口をゼクスに向けてジオーネがニヤリと笑った。
「折角だ。面白いものを見せてやろう」
しかし、ゼクスがそれを見ることは叶わない。先に毒が彼の命を飲み込んでしまったのだ。
糸の切れた人形のように崩れ落ちたゼクスにジオーネが冷たく言い捨てた。
「なんだ、もう死んだのか。女を満足させることも出来ないとはつまらん男だ」
失望を乗せたその言葉にゼクスからの反論はない。
静かに地に臥せる彼を視界から外すと、ジオーネは銃を振り放電させた。そして、ふと目に入った服に相好を崩す。
「ヴィーシャ! 見ていたか⁉︎ 避けても蹴っても揺れない胸を!」
「見てた見てた」
ジオーネの主張をヴィーシャはあしらった。なんと、彼女はこの状況で新たなお茶を淹れている。
「ああ、それにしても……さすがはお二人が作られた服だ。動きやすいだけでなく、衝撃を吸収し、破れることすらしていない。ああ……ああ! この姿をお二人にも見ていただきたい!」
「はいはい」
あしらわれた事など気にもしていないのだろう。盛り上がるジオーネを放置して、ヴィーシャはこくりと喉を潤した。
そんな気心の知れた二人の様子とは反対にアハトは孤独であった。
頼りになる友の死は彼から生きる気力を奪い、毒の回りを加速させた。
「オェ、ゴホッ! ゴホッ!」
呼吸をするごとに血を吐き、目は霞み、頭が重くなる。
——なんで、こんな事になったんだ。
後悔と絶望が滲む彼の頬にヴィーシャが手を添えた。
「ふふふ、いい顔ですね。大丈夫、ちゃんと送り返してあげますよ」
ふらつくアハトを支えながらあまりにも優しく言うから、あまりにも綺麗に笑うから、彼は動きを止めて見惚れてしまった。
「依頼主のエンヴィー・ソートのところにね」
カチリ、と頭の後ろで音がする。ジオーネがハンマーを起こしたのだ。
——あ、しぬんだ。
それを悟ったアハトのボヤけた視界、目の前の色香漂う美女だけがいやにはっきりと見える。
「……きれいだ」
小さな呟きのあと、一発の銃声が後頭部から額に向けて風穴が空けた。傾くアハトの身体を受け止めるように、ヴィーシャがそっと口付ける。
唇を離すと眼前にあるのは虚な目。少し見つめたあと、体の位置をずらし地面に向かう彼を見送った。
倒れ行くアハトの口から漏れた赤で唇を彩って笑うヴィーシャはとても艶やかだ。
「ごちそうさまでした」
主人の宝を守るため、二匹の獣が闇夜に咲く。
それはその身で欲を惹きつけ、悪戯に相手を炙る爆炎の獣。
それは女神の姿で惑わし、悪魔の手段で屠る毒の獣。
強奪者はその顎門に噛まれ、守られし宝は……静かに、朝を待つ。