4★
※注意※
これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らが楽しく、それはもう楽しく、生き生きとお仕事をしているお話にございます。
暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。
そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方、ほのぼのをお望みの方は、先へ進まず次の章の更新をお待ちいただきますようお願い申し上げます。
この章を読まなくても話が分かるよう構成を考えておりますので、どうぞ気長にお待ちくださいませ。
また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「不愉快だ」「論外」などのクレームは受け付けません。
あらかじめご了承ください。
ただし「ナイスー!」「これは推せる!」などの感想は大歓迎です。
繰り返します。
この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。
「これは私のためのお話!」という方や「クックックッ。苦しゅうない。我を満足させてみせよ!」という精神的猛者の方のみお進みください。
注意は読みましたか?
大丈夫な方のみ、彼女たちの仕事ぶりをご覧ください。
死線をくぐり抜け、一人残した仲間の元へと向かっていた彼らが見たもの……それは予想に反したものだった。
鼻をくすぐるのは心穏やかになるような紅茶の香り。簡易テーブルに置かれたティーセットとお茶請けのミニケーキ。美しいメイドが控えるそこは間違いなく貴族がいるであろう空間だ。
だと言うのに、不釣り合いなフィーアが浮き足立ってそこを陣取っていた。
つい今しがた狙撃手と命のやり取りをしてきた彼らには、俄には信じ難い光景である。
「もう! か弱い女の子をこんな所に一人で置いて行くなんて信じらんない! 男ならちゃんと最後まで守りなさいよね!」
東屋の入り口で腰に手を当てて、頬を膨らませながらフィーアが言った。それは二人を脱力させるには十分な緊張感のなさだ。
「お前、何してんの?」
答えの予想は出来るが、あえてゼクスが聞く。本日二度目の質問である。
フィーアは優雅に見えるようにふんわりとスカートを膨らませながら椅子に腰掛けると、小指を立ててお茶を飲んだ。
「見て分からない? お茶してるのよ」
キメ顔のフィーアにアハトは苦笑いをこぼす。予想通りの彼女の答えに頭を押さえていたゼクスが呆れと怒りの声を上げた。
「緊張感持てよ! 毒が入ってたらどうすんだ!」
「そんなのあるわけないじゃない! これとかすっごく美味しいのよ! やっぱりお嬢様って良いモノ食べてるんだねー! ほら、二人ともこっち来なさいよ!」
フィーアは遠慮なくミニケーキを口へと運ぶ。その様子にゼクスはより体を震わせた。
「オレら今めっちゃ戦ってきた後なんだけど⁉︎ なに呑気にティータイムしてんだこのバカ!」
しかし、その言葉にフィーアはキョトンと首を傾げるのだ。
「そうなの? でも、何も聞こえなかったよ」
その答えにゼクスは素っ頓狂な声を上げ、アハトは考え込んだ。
「はぁ? マジかよ、どうなってんだ?」
「……狙撃手が防音魔法を張っていたのかも」
「あー、成る程ね。家の連中に気付かれないようにする為か」
アハトの言うことには一理ある。
相手は手榴弾まで用いていたのだ。お嬢様の睡眠を妨げない為にもそれくらいはするだろう。
だが、そのお陰で急いで逃げる必要はなくなり、アハトとゼクスから焦りが消えた。
ふと二人に近づいてきたヴィーシャが声をかけた。
「お二人もいかがですか?」
「いや、急いでるんで」
ここでキッパリと断れる男、ゼクス。そもそもこんな時間に、しかも外でお茶なんて怪しすぎる。
女性に騙されて痛い目を見たのはつい先程だ。警戒心を最大限に引き上げて、アハトへ目配せをした。
それでもヴィーシャはまた一歩近づいて微笑んだ。
「そう仰らずに。少し喉を潤していってくださいな」
メイドの穏やかな声、クラリとする甘い匂いが二人を包む。
次いで二人を捕えた不思議な感覚——それはその美貌に心を奪われたような、まるで時間が止まったかのような感覚だ。
微笑む彼女から目が逸らせない。
「…………少し、だけなら」
気づけばそう答えていた。そして、誘われるがままに東屋へと足を踏み入れる。
二人の体が歩くたびにフラフラとしている。先程の戦闘の疲れがもう出たのだろうか。
「随分とお疲れのようですね。さぁ、こちらをお飲みになって」
耳の中でヴィーシャの声が木霊する——もう、彼女の声しか聞こえない。彼女の言葉しか理解でしかない。
そっと差し出されたティーカップの柔らかな色合いに視線が釘付けになった。
二人は無言でカップを手に取りると口へと近づけた。
ユラユラと揺れる。
——視界が揺れる。
水面は揺れる。
——思考が揺れる。
緊張の連続で乾いた口内をゆっくりとお茶が潤い満たす。口の中に広がる幸福感、それを無心でゴクリゴクリと飲み干した。
音を立ててカップを置く同時にゼクスが声を上げた。
「なんで飲んでんだよ⁉︎ ここは悪徳貴族の屋敷だぞ⁉︎」
「いきなり大声出さないでよ。折角のお嬢様気分が台無しになっちゃう」
「お前は本当に何しに来たんだよ!」
どうもゼクスとフィーアは気が合わないようだ。急かすゼクスとは反対にフィーアは腰が重い。
やいやいと言い合う二人にアハトはどちらを止めるか迷い、結局どちらも選ばなかった。諦めも肝心とばかりに遠い目をする。
そんな彼らの周りでヴィーシャはお茶やケーキの追加に動き回る——甘い香りを振りまきながら。
ぼんやりとその様子を眺めていたアハトだが、ヴィーシャと目が合うと、途端に胸が高鳴った。
「あの、貴女はこの家のメイドさんですか?」
「はい、ヴィーシャと申します。先日こちらの家に来たばかりでございます」
丁寧な名乗り、柔らかい微笑みにまた鼓動が跳ねる。頬を染め、目をあちこちに泳がせて話題を返した。
「そうなんですね。オレはアハトです。こっちがゼクス。あの、なんでこんな時間にお茶なんですか?」
「私はまだここに来たばかりなので、お嬢様好みのお茶を淹れる練習をしようと思いまして。たまたま彼女をお見かけしたので感想をお聞きしたくてお誘いしたのです」
そう説明をしながら、言い合うことに疲れたのかぐったりとしたゼクスにお茶のおかわりが差し出した。
「メイドさんも大変なんですね」
相手が悪女ならお茶を淹れるのにも注文が多いんだろうな、とアハトは想像する。
そんな想像を知ってか知らずかヴィーシャはただ綺麗に微笑み、アハトのカップにお茶を追加した。
「そういえば、悪徳貴族ってなんのことですか?」
不思議そうに訊ねるヴィーシャを見て、アハトが事の顛末を説明し始めた。
「実は、ここの家の人が国家転覆を狙ってるって聞かされて……」
「まぁ」
聞かされた事実に驚いたのだろう。目を丸くするヴィーシャに、ゼクスはやけくそ気味にケーキを口に放り込みながら肯定した。
「ほんとっすよ。なんとかって家の執事からそう聞いたんすから」
「ソート家だよ」
再度注がれたお茶を飲みながら抜けている部分をアハトが補う。聞き覚えのある家名なのか、ヴィーシャの仕草に困惑が混ざる。
「ここで仕事してて変だと思う事はなかったんすか?」
「変、ですか……」
ゼクスの言葉に考え込み、表情を曇らせるヴィーシャ。ピンとくるものがあったのか、ゼクスは視線を鋭くさせてもう一度問いかける。
「なんかあるんすね」
「お嬢様は……ちょっと変わった方ですが」
それだ、とアハトとゼクスは頷き合った。
国家転覆を狙うような悪女ならば言動は普通ではないだろう。この美女はそれを『ちょっと』と濁すが、そんな可愛らしい範囲で収まるはずがない。
何も知らないであろうヴィーシャにゼクスがさらに知り得る情報を与えることにした。
「ここのお嬢様、婚約者である公爵家や王家の権力を利用して社交界を牛耳ってるって話っす。貴族は報復が怖くて逆らえないんだってさ」
「それをソート家の方が?」
不安げな表情のヴィーシャに二人の心が痛む。
それでも、ゼクスは力強く頷いた。自分たちがここに来た意味、これが真実だとしっかりと伝えなければいけないと思ったからだ。
もしも彼女が救出を望むなら——すぐにここから助け出すことができるから。
「エンヴィー様が泣きながらオレたちに助けてくれって言ってきたんだ。お姉さんも早く逃げた方がいいっすよ」
「あの凄腕の狙撃手がいるんだから、その話も本当なんだと思う。報酬もたくさん貰えるんだけど、国の危機なら貴族も平民も関係ない。オレたちに出来ることをしようと思ってここに来ました」
真っ直ぐなアハトの言葉には強い意志を持っていることが伺える。
二人の様子にヴィーシャはフッと表情を和らげた。
「そうですか。それは勇敢ですね」
美女からの褒め言葉に男二人の頬が赤く染まる。
「まぁね。女の子が涙流して助けを求めてきたらさ、助けないと。な!」
ゼクスは照れ隠しのように頬を掻きながらアハトへと同意を求めた。
そこへフィーアがケーキを頬張ったまま面白くなさそうにつっかかる。
「えー。私はほっていかれたんだけど?」
「可憐なエンヴィー様ならともかくお前みたいな腹黒で図太い奴はほっといても平気だろ」
「ちょっと! 私だってドレス着たら可愛いお嬢様よ! だからこの家から色々貰っていこうと思っ……」
フィーアが言葉の途中で口を押さえた。雇われているメイドの前で火事場泥棒よろしく装飾品を持って帰るつもりだとはさすがに言えないのだろう。
「ごめん、お姉さん。聞き流して?」
口の軽いフィーアにゼクスが呆れながらもフォローする傍でそれは起こった。
「うぐっ、う、ゲボォオ」
フィーアがせり上がる胃の内容物を外へと吐き出したのだ。
「まぁ、大変」
膝をつくフィーアの背をヴィーシャが優しく撫でさする。なおも吐く彼女に向かってテーブルの向かい側から呆れた声が飛んできた。
「おいおい、食いすぎだろ」
「フィーア、大丈夫?」
フィーアはただ首を振る。それは今できる精一杯の意思表示だからだ。
——食べ過ぎてない、とゼクスの言葉を否定する。
——大丈夫じゃない、とアハトに助けを求める。
——本当に毒が入ってる、と二人に危険を知らせたい。
しかし、いくら吐こうとも一向に治まる様子を見せず、その言葉を伝えることができない。
フィーアはそのまま繰り返し吐き続け、ついには嘔吐物が赤く染まった。
驚くことしかできない彼らとは反対に——獣は静かに舌なめずりをした。