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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
ナイトメア・マーチ ★残酷描写あり
38/173

3★

 ※注意※

 これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らが楽しく、それはもう楽しく、生き生きとお仕事をしているお話にございます。 


 暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。


 そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方、ほのぼのをお望みの方は、先へ進まず次の章の更新をお待ちいただきますようお願い申し上げます。

 この章を読まなくても話が分かるよう構成を考えておりますので、どうぞ気長にお待ちくださいませ。


 また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「気持ち悪い」「ありえない」などのクレームは受け付けません。

 あらかじめご了承ください。


 ただし「これはこれでよろしくてよ」「すこ」などの感想は大歓迎です。


 繰り返します。

 この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。


「暗殺者とは性癖の塊!」という方や「いいぞ、いいぞ。近うよれ!」という精神的猛者の方のみお進みください。


 









 注意は読みましたか?

 大丈夫な方のみ、彼女たちの仕事ぶりをご覧ください。

















 大多数の人が夢路に付く時刻は深夜。

 そんな中、コソコソと門扉を抜け、庭の草花を踏み荒らしながら歩を進める少数派に属するであろう若い男女の五人組。

 動きやすい服装の男たちに対して、よそ行きのワンピースと靴で粧し込んできた女だけが異彩を放つ。

 そんな珍妙な集団である彼らの狙いはこの屋敷に住まう伯爵令嬢だ。


 彼らとて通常ならば貴族殺しなんてしようとは思わない。貴族殺しはその爵位に応じて罪が重くなるからだ。

 しかし今回ターゲットの伯爵令嬢は、婚約を結んでいる公爵家だけでなく王家すらも利用し国家転覆を狙っている社交界でも有名な悪女であると言う。

 報酬もたんまり。国の危機ということもあってか、その命の価値はゴア金貨一万枚つまり百万ゴアである。

 ターゲットは悪であり、その死が公表されても自分たちは捕まらず、裁判沙汰にもならない。むしろ英雄だ。


『我こそは悪徳貴族を成敗する者なり』


 地元で自警団をしている彼らは意気揚々と無作法に突き進む。凶暴な獣がその顎門(あぎと)を開けて待ち構えているとも知らずに……。


 彼らは屋敷への侵入路である裏口を目指して庭を横切って行く。

 すると、トスッと何かが刺さるような音がしたあと最後方に居た男が倒れた。見ればこめかみから銃弾で撃ち抜かれている。突然のことに集団は一気に気色ばむ。


「狙撃だ! 頭下げて!」


「ちくしょう! やっぱ番犬がいやがったか!」


 冷静に状況を判断しすぐに行動する男が二人。姿勢を低くし、草木の影に隠れ次弾を警戒する。

 逆に狙撃された男の前を歩いていた女は恐慌状態に陥った。


「やだ、どこ⁉︎ どこから撃ってきたの⁉︎」


「大丈夫だ。大丈夫だから、な? 落ち着け」


「だって撃たれた!」


「オレが付いてる。とにかく隠……」


 騒ぐ女を宥め誘導しようとしていた男が、その頭に銃弾を浴びた。女の目の前で。

 生ぬるい命の飛沫で女の身を染めながら、男はゆっくりと倒れていく。


「きゃぁぁぁぁあ!」


「走れっ!」


 もっと狙いにくい場所へ。もっと障害物が多い場所へ。狙撃手の位置も分からないまま、二人の男は女を引き摺るように奥へと進む。


 さて、彼らを迎え撃ったのは屋根の上に潜むジオーネだ。主人とその婚約者が誂えた新しい服を身に纏い、挨拶代わりに続け様の二発。その後は悪戯に銃弾の着地点を変えている。


 足元の土が銃弾で抉られた。

 ——服に穴が空いた。

 可憐に咲いた花が掠め取られた。

 ——髪が一束散った。

 生い茂る木の枝が落とされた。

 ——剣を弾かれた。


 遊ばれている。そう分かるほどに、殺意のない弾が降りしきる。

 それでも彼らは反撃出来ない。

 ただでさえ悲鳴を上げ続ける女のせいでもっと厄介な事態になるのではないかと肝を冷やしているのだ。狙撃手の居場所を特定する余裕なぞ持てるはずがない。

 走り続け屋敷の横手まで行くと東屋を見つけた。

 すぐに男たちはアイコンタクトを取ると、女の手を引いたまま屋敷からの死角となる東屋の影へと一気に滑り込んだ。


 ひとまずの小休止。がむしゃらに走った息を整えていると、女——フィーアが口を開いた。


「……もう無理。ねぇ、帰りましょう?」


「はぁ?」


 この期に及んで何を言い出すのか。男たちは呆れを隠せない。三白眼の男——ゼクスが苛立ちを含めて訊ねた。


「てかさ、お前は何しに来たわけ?」


 殺伐とした空間に不釣り合いなワンピース姿で来たのだ。これは当然の疑問だろう。

 フィーアは自警団の彼らと幼馴染みなのだが、そもそも戦えない。地元では『可愛い、別嬪さんだ』とちょっとした人気者ではあるが、それだけの非力な町娘だ。


「だってここは悪い人って言っても貴族の家なんでしょう? だったらドレスとか宝石があるだろうし、やっつけた後に貰おうと思ったの。私、絶対似合うと思わない? 試着する時用に可愛いワンピースにしたのに台無しだし。ほんと最悪」


 なんと図々しい。フィーアは令嬢の宝飾品を持って帰るつもりで来たのだが、そこに付随する危険は全く考えていなかったようだ。


「でも、死んだらドレスも宝石もお金も意味がなくなるじゃない。ねぇ、だから帰りましょう?」


「今帰ったら死んだ二人が浮かばれねぇよ!」


 自分勝手な言い分にゼクスは額に青筋を立てて怒鳴った。しかしフィーアとて負けていない。


「私は死にたくないの!」


「だったら一人で帰れよ! クソ女!」


「何よ、意地悪! もういいわよ!」


 こいつでは話にならない、とばかりにフィーアはもう一人の優男——アハトへと擦り寄った。


「ねぇ、お願い。私もう怖いの。家まで連れて帰って?」


 アハトの腕を抱き締め、お願いをする。それはもう可愛らしく上目遣いで。アハトは一瞬たじろいだが、フィーアの手をやんわりと外すとその決意を伝えた。


「ごめん、このまま帰るわけにはいかないんだ。怖いならここで待ってて。すぐに戻るから」


 聞き入れられるはずのお願いを断られたフィーアはポカンと口を開けた。

 罪悪感に駆られるアハトに『今のうちに行くぞ』とゼクスが指で先を示す。

 決意のこもった目で頷き返すと、フィーアを置いて歩き出した。


「…………もう! なんなのよ!」


 姦しい声を背に、男たちは先へと進む。

 だが、常に前しか見ていないというのは挑む者としては減点だ。なぜなら、そのやり取りを盗み見ていた者が近くに潜んでいたのだから。


 狙撃を警戒しながら屋敷の角を曲がり、広い裏庭へ。洗濯場や物干場を横目に進み、物置小屋の前を通過する。次の曲がり角に差し掛かった時、男たちは裏口を見つけた。

 二人はゴクリと息を呑んだ。この中へ入れば、後は目的の令嬢を見つけるだけ。

 気合を入れるように、ゼクスがアハトに声をかける。


「行くぞ!」


「……うん!」


 しかし、いざ侵入しようとした瞬間に扉が開いた。二人は慌てて後退すると、臨戦体勢をとる。

 中から出てきたのは、シーツを持った一人のメイドだった。白金のショートヘアに服の上からでも分かる大きな胸のメイドは、その紅茶色の目を彼らに向けると動きを止めた。

 人に見つかってしまった焦りと悪徳貴族を倒すと言う正義感が男たちの中でぐるぐると混ざる。

 感情も状況も整理出来ないまま、アハトが声を上げた。


「あ、あの! こんな時間にどうしたんですか? 仕事にしては遅すぎるし」


 メイドは何も答えない。困ったように身動ぎをすると持っていたシーツがはらりと舞った。

 それを拾おうと膝を折り屈んだメイドの体の一部が強調された。その大きさに比例した深い谷間が。

 思わず凝視した二人だが、慌てて首を振る。その時、一つの考えがアハトに浮かんだ。


「……もしかして、ここから逃げ出そうとしてますか?」


「マジかよ! 安心しな、悪者はオレたちが倒しとくからさ! お姉さんは今のうちに逃げな!」


 力強く言い切るゼクスの熱い想いが通じたのか、顔を上げたメイドがふと笑みをこぼした。


「そうか。だが、心配は無用だ」


 そう言うとメイドに扮したジオーネはシーツを拾うことをやめ、谷間から取り出した二丁の拳銃を彼らに向けた。


「ここがあたしの仕事場なんでな!」


 まずは挨拶とでも言うように一発ずつ。弾は二人の間を通り、頬に左右対称の傷をつけた。

 突然の攻撃に——反応出来なかった。


「な、なにを⁉︎」


 目を丸くしながらアハトが呟くが、ジオーネは口角を上げながら言葉ではなく銃声を返した。

 慌てて背を向けて逃げ出した二人の耳を、腕を、腹を、足を、掠めるだけの弾丸が後を追う。


 ——さっきの狙撃手だ!


 まるで遊んでいるかのような弾道に、そう気付かされた。

 前へ。前へ。二人は必死に足を動かした。


「ああ、そうだ。走れ。ほら、早くしないと当たるぞ! ほらほらぁ!」


 至極楽しそうな声との距離が出来てもなお、その弾が身体を掠める。

 疾る。疾る。少しでも距離が開くように。


「アハト! こっちだ!」


 二人が物陰に隠れようと木の後ろへと回った時、その足に何かが引っ掛かった。

 感覚的にそれは木の根ではないと分かった。何か細い、糸のような……。

 視線を足元へやるとピンの抜けた手榴弾が転がってきた。


「ちょ、これって……⁉︎」


「嘘だろ⁉︎」


 休まる間もなく二人は一気に駆け出す。

 あまりにも前しか見ていなかったから、足元への注意が疎かになっていたのだ。

 程なくして、手榴弾が爆発を起こし地を抉った。煙の向こうから現れたジオーネは楽しげだ。


「ははは、その程度の早さじゃ逃げきれんぞ! 背筋を伸ばせ! もっと腕を振れ! 膝を上げろ!」


 指導してどうする。しかし、聞き入れれば確実に速くなるアドバイスに、二人はいっそう力を込めた。ただ、逃げるために。


「ああ、そうだ。いいぞ、実にいい! さぁ、あたしを楽しませてくれ!」


 と二人の素直な様子に満足そうな声をだすと、再び銃口が火を吹いた。

 また、二人の体スレスレの所を弾が通る。こめかみを、肩を、腰を、靴横を、まるで繰り返されるいたずらのように鋭く抜ける。


「くっ……!」


 靴横を掠められたことで一瞬アハトのバランスが崩れた。しかしなんとか踏ん張り前を見る。

 止まれば死ぬ。煩いくらいに鳴る心臓を抱えて必死に走る。

 それを横目に見て、先に進むどころか戻らざるを得ない状況にゼクスが奥歯を噛んだ。そして、一つの決断をすると共にその足を止めてジオーネに向き直った。


「このままじゃキリがない! 向こうにはフィーアもいるしこれ以上戻るのはにまずい!」


「それはそうだけど!」


「あいつを先に倒すぞ!」


 アハトもつられて止まったが、狙撃手に勝てる算段は持っていない。


「でもどうやって⁉︎」


「あいつ追ってきてるけど走ってない! 武器が銃だからある程度離れてないとダメなんだ! 待ち伏せて両側から近距離で魔法を叩き込むぞ!」


 ゼクスの案に頷くと、二人は左右に分かれて茂みへと飛び込んだ。もちろんそれに気付かないジオーネではない。しかし当人に焦りはなく至極ゆっくりとその歩を進める。


「どうした? 逃げるのはやめたのか? ああ、早く出ておいで! もっと遊ぼうじゃないか! さぁ!」


 恍惚とした声と土を踏みしめる音が近づいてくる。

 その音が待ち伏せる二人の中間に来た時、素早く茂みから飛び出した。


「燃え尽きろ!」


 アハトが燃え盛る赤い炎を。


「射抜かれろ!」


 畳み込むようにゼクスが唸る雷撃を放つ。二人とも自警団をしているだけあって魔法の威力はそこそこだ。

 巻き上がる土煙の中、人影がゆっくりと動いた。仕留めきれなかったと伝う焦りにゼクスが声を張る。


「アハト! もう一回だ!」


「分かった!」


 二度目の直撃。もうもうと立ち込める土煙の中に人影はない。

 大きく安堵の息を吐くアハトの隣で、ゼクスからは悔しさがこぼれた。


「くそ! まだ屋敷にも入れていないのに……! これじゃあ絶対に他の連中にも気付かれてる!」


「一度戻ろう。フィーアのことも気になるし」


 肩を落とし、二人はきた道を戻る。

『すぐに戻る』

 確かにフィーアにそう言ったが、それがこんな形で成されるとは……なんとも情けなく、不甲斐ない。

 言葉もなく二人は歩を進め、フィーアを探す。


「あ、やっと来たー」


 それなのに、耳に届く呑気な声。発信源を見つけた二人は目を疑った。


 獣は陽炎の向こうへと消え失せた。が、果たして彼らに安息はもたらされたのだろうか。

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