2★
※注意※
これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らが楽しく、それはもう楽しく、生き生きとお仕事をしているお話にございます。
暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。
そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方、ほのぼのをお望みの方は、先へ進まず次の章の更新をお待ちいただきますようお願い申し上げます。
この章を読まなくても話が分かるよう構成を考えておりますので、どうぞ気長にお待ちくださいませ。
また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「気分が悪い」「イメージが台無し」などのクレームは受け付けません。
あらかじめご了承ください。
ただし「いい仕事してるやん!」「マジがんば!」などの感想は大歓迎です。
繰り返します。
この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。
「暗殺者、大好物なんです!」という方や「ふふふ、この程度で我が退くとでも⁉︎ みくびるでないわ!」という精神的猛者の方のみお進みください。
注意は読みましたか?
大丈夫な方のみ、彼らの仕事ぶりをご覧ください。
外は暗く月明かりほどの視界の中、奇妙な飾り付けをパートナーに軽やかに少年が舞う。
楽しそうに次々と彼らに触れていく少年とは裏腹に、パートナーは大変虚ろである。それもそうだろう。文句を言うための口は開いてはいるものの、ただ選ばれるのを待つことしかできないのだから。
いや、現実逃避な物言いはよそう。
リアンは鋼線に吊り下げられた生首を目についた順に殴り揺らしている。
あれはさながら生首のパンチングボールだ。特に力が入ったのはこの首の時だろう。
「人の顔見て可愛いとかぬかすな! このタコがぁぁぁ!」
怒り入魂、殴り飛ばされた首は運悪くファウストの方へと向かっていった。
そして、運悪く力加減を誤ったファウストによりグシャリと潰された。頭蓋は割れ、脳漿は飛び散り、目玉は暗闇の中へ。
「あーあ、潰しちゃった」
「その前に言うことがあるだろう。遊ぶのはいいが人に迷惑をかけるのはいけないな」
「分かってるってば!」
そう語気を強めながらリアンはファウストへハンカチを投げた。
手を拭け、と言うことなのだろうが気にするところはそこじゃない。それでもファウストは律儀に手を拭いた。
男——アジーンは顔馴染みたちの扱いの酷さに、自身が辿る運命を垣間見た。
簡単に骨を砕いてしまえる力も、無邪気に生首で遊ぶ姿も、人の業とは思えない。そう、例えるならばそれは鬼の所業。
その身を這い上がる恐怖はもはや絶望に近い。気力はすり減り、逃げ切ることは叶わぬ愚かな夢だと彼はやっと理解した。
「何が……聞きたいんだ」
諦めを抱き、声を絞り出すようにしてアジーンから話を振った。
「ここ最近割のいい仕事があったはずだ。お前が持ってきて馴染みのコイツらと成しただろう。どんな仕事だった?」
ファウストの問いに、アジーンはそんな事かと呆気に取られた。問われた仕事に関しては金銭のみの関係だ。口を噤む義理も理由もなく、スルスルと答えが明かされる。
「荷物を、運ぶ仕事だった」
「そうか。その仕事何回受けた?」
「二回」
アジーンは俯きがちに、それでも素直に口を動かした。しかし、ズキズキと痛む手足が思考の邪魔をする。深呼吸で痛みを逃そうとするが、それを待つ二人ではない。
「どこに運んだの?」
質問のバトンはファウストからリアンへ。小首を傾げる姿は実に可愛らしいのだが、生首が飾られている殺伐とした空間との相性はよろしくない。実によろしくない。
揺れる死者の首を視界から外しながらアジーンは答え続けた。
「一回目は……国境沿いから、王都手前の宿場町まで。二回目は隣村から王都内の廃墟までだ」
「ふーん、それってどのあたり?」
「東地区の貴族通りの端の廃墟だ」
そこは中継地として使われたのか、売買の場所なのか。
場所の目星がついたことでファウストが頭の中で次への段取りを立てる中、リアンが続けて答えを求める。
「ねぇねぇ、何を運んだの?」
「中身は知らない」
そう答えると、バキッと景気の良い音が耳に届く。続くぶちぶちと筋をちぎるような音と連動するようにアジーンの喉からありったけの声が発せられた。
「っ……ぎゃあぁぁぁぁあ!」
短く息を吐き、悶えながらもアジーンが痛みの根源へ目を向けると、左足の靴底が見えるではないか。今度は左の膝下の骨を折られたのだ。それも薄皮一枚で繋がっているような、生々しい断面を空気に触れさせながら有り得ない方向へと向けて。
力む様子もなく手折るファウストに、アジーンは必死に訴えた。
「ぐっ……ぁ、ああ! 待って、待ってくれ! 本当に中身は知らないんだ! 詮索するなと言われたし、オレたちは本当に運んだだけだ!」
身動ぎするだけでアジーンに痛みが走る。あらゆる警告が脳内を忙しなく駆けるが、それでも命が弾けるよりはずっとマシだ、と痛みを噛み殺す。
そんなアジーンに構わず、リアンは質問を続けた。
「感覚的には? 軽いとか重いとかあるでしょ?」
「……一人で持てるような木箱だった。武器のような重量も、音も、しなかった」
さて、中身はなんだろう。茶葉か密書か、あるいは布で包んだナニか。
考え込むリアンをよそにファウストが核心を問う。
「依頼主は?」
「痩せた男だ……この辺ではみない顔つきの」
その言葉を聞いてファウストが自身の内ポケットを探る。一枚の紙を取り出すとアジーンに確認をとった。
「それはこの男か?」
アジーンは言葉を失った。
それは似顔絵というレベルではない。まるでこの目で見たままの特徴を書き出し細部まで忠実に再現された一枚の画。まさに取引をした男そのものがその紙の中にいた。
——こいつらはなんだ……?
己の知らない技術を目の当たりにし、あの男以上に得体が知れないと本能がさらに警鐘を鳴らす。
注意深く観察していた二人はその沈黙で答えを察した。
「この男の居場所は知っているか?」
さらに問い詰めるファウストの声が遠くに聞こえる。警鐘と共に痛みばかりが激しさを増し、まるで全力疾走した直後のように息が切れる。
反応の薄い彼の顔をリアンがひょいと覗き込んだ。
「おじさん、聞いてる?」
その拗ねた顔により強調されたリアンの幼さ。暗い雰囲気にそぐわない無邪気さが、アジーンにはただただ不気味で仕方がない。
彼は身を震わせ、声を震わせ、必死に知り得ることを伝えた。
「し、知らない! それは本当に知らないんだ! 二回とも向こうのほうからフラッとやって来て仕事をしないかと言ってきたんだ! 本当だ!」
「ふーん」
つまらなさそうに相槌を打つと、ファウストの方へと顔を向ける。その動きはなんの合図だろうか。
ファウストが少し動いただけで、アジーンが縋るような声を上げた。
「あ、ぁぁぁ、やめてくれ。殺さないでくれ。何でもする、何でもするから!」
それはまさしく命乞い。
それでも、ファウストは表情一つ変えずにその拳を振るう。
「そうか。ではもう少し役立って貰おう」
言葉と同時にアジーンの右のこめかみへ衝撃が加わった。倒れゆく体を支えるには折れた腕は役に立たない。
——頭蓋が割れた音はしなかったな。
ぼんやりとしたその感想。それはファウストが目一杯の手加減をしたからだ。
にっこりと笑む愛らしい顔をその目に焼き付けながら、アジーンの意識は落ちていった。
「どうかなー? 落ちたかなー? おーい、おじさーん?」
アジーンに声をかけ、骨折した部位をつつき、呼吸と脈拍を確認する。完全に気を失っていることを認めると腕を組みながらファウストが思案し始めた。
「……さて。これを運ぶか、あいつを連れてくるか」
「ねぇ、ファウスト」
リアンの呼び掛けに言葉の続きを促すようにファウストがその視線を向ける。ぼんやりと気を失ったアジーンを見ていたリアンだが、その心の内をボソリと言葉にした。
「イルシーさぁ、あんな大笑いするような奴だっけ?」
イザンバとの顔合わせの時、彼女の突拍子もない言動に腹を抱えて笑うイルシーがいた。彼とは同郷だと言うのにあんな姿を見たのは初めてだ。
リアンは立ち上がって戯れにアジーンに一蹴り入れると、ファウストへ愚痴をこぼす。
「だって、イルシーって言えば自己中で気分屋ですぐ人を馬鹿にして、笑い方だってもっと性格悪い感じの奴じゃん? 筆頭指名されてから余計に調子乗ってるし!」
「イルシーがああなのは今に始まったことじゃないだろう。リアンもすぐムキになるな」
「そんな事ないし! いちいち絡んでくるイルシーが悪いんだよ!」
果たしてリアンが子どもなのか、イルシーが大人気ないのか。いや、大体にしてイルシーが揶揄うからいけないのだが。
ファウストは慰めるようにリアンの頭を撫でるが、その手を払われてしまった。どうやらリアンは子ども扱いを受けたと思ったようだ。
「性格に難があっても大笑いしても問題ない。暗殺者は実力主義だ。そして、イルシーにはそれだけの実力がある。そうだろう?」
「ちぇっ。僕も思考読めるようになりたいなー。そしたらもっと主の役にも立てるし、イルシーの弱点だって分かるかもしれないし」
ファウストの述べた事実は覆りようがない。そして、リアンもその事は理解している。だからこそ、その存在が鬱陶しいのだ。
「だったら読んでみろよぉ」
突如響く居るはずのない者の声。しかし、二人が特に驚くような素振りを見せなかったのはある種の慣れであろう。
暗闇からイルシーがゆったりと現れた。
「ゲッ、いつから居たの?」
「さぁ、いつからだろうなぁ?」
露骨に顔を顰めるリアンにイルシーは飄々と返した。聞こえていたであろうリアンの愚痴にも、褒めているとも貶しているとも取れるファウストの言葉にも触れないまま。
「相変わらず気配を消すのが上手いな」
「当たり前だろぉ。つーか、この趣味の悪い飾りはなんだよ」
その技術の高さに感心するファウストにそう言って、イルシーはぶら下がる生首を揺らしニタニタと笑った。
趣味が悪いと称した飾りは鋼線でくくられているのだから誰がやったなんて分かっているだろうに……。リアンがつんとそっぽを向いた。
「首尾は?」
「ある程度は吐いただろう。次の目星もついた」
「へぇ。そんじゃあ見せてもらうぜぇ」
ファウストとの短い問答のあと、イルシーが意識のないアジーンへと手を伸ばす。
気絶する直前まで会話をしていたせいか、欲しい情報に通じる記憶が浅瀬を漂っていて実に読みやすい。
「あー、やっぱりこいつか」
納得した声が出るのも仕方がない。真っ先に拾い上げた人物の顔、それは彼らが『商人』と渾名した者だ。
「あとは東地区、貴族通りの端の廃墟、運ばれた荷物、貴族の馬車、あの紋章は……サファイ子爵家、それとホーブルス伯爵家のものだ」
「では、その二つを調べよう」
「荷物は麻薬の可能性が高いかもな」
淡々と思考を読み上げたイルシーの言葉にリアンの片眉が上がった。
「は? こいつ中身は知らないって言ってたよ?」
「傭兵時代に鎮痛剤として戦場で使ってたもんと箱から漏れる匂いが似てたってくらいで確信はなかったみたいだぜぇ。それこそ感覚的なもんだろ」
「ふーん……知らないって嘘じゃん」
リアンは転がるアジーンに白い目を向けると、その首に鋼線を巻き付け一気に締め上げる。グッと力を入れて腕と鋼線を上へと振り切った。
「待て、もう少し我慢を……」
ファウストの静止も虚しく、弾かれるようにアジーンの首が空を飛んだ。
感情的なリアンに頭が痛むファウストだが、ふと黙り込むイルシーが目に入った。
「どうかしたのか?」
「……いや、ちょっとな。ま、気にすんなぁ」
訝しむファウストに手を振った。どうやら今話す気はないようだ。
追求しないファウストを放置して、イルシーは飛んだ首を風を使い自分の元へと持ってくるとリアンへダメ出しを始めた。
「おい、リアン。やるなら綺麗にやれよなぁ。刈り方が雑すぎんだよ。見ろよ、この断面。ぐちゃぐちゃじゃねぇか」
「うるさいな! それならファウストの方が雑じゃん!」
「ファウストはちぎってんだから雑になって当然だろ」
何言ってんだ、と馬鹿にしたように息をはくイルシーにリアンが分かりやすく苛立った。
断面がどうであろうと特に問題はないというのに……。どうしてこうも絡みにいくのか、と引き合いに出されたファウストの頭を押さえた。
イルシーはアジーンの首を上へ放り投げると、ナイフを使い空中でその断面を見事に整えた。そして、リアンへその断面を見せつける。
「それと後始末もちゃんとしとけよなぁ。リアンが残した分、俺が、わざわざ、始末して回ってやったんだからなぁ」
見よ。一部を強調し、嫌味なまでに恩着せがましいこの態度。リアンの苛つきが目に見えて増していく。ついでにファウストのため息も深くなる。
さて、リアンの苛立った感情だが、当然腹に納まることなく飛び出した。
「うっざ! あとからやろうと思ってたのにイルシーが勝手にやったんじゃん!」
「効率を考えたら『あと』じゃなくて『すぐ』やれって言ってんだよ。これだからお子ちゃまは……。とりあえず五体分で五百ゴアな」
とんだ要求だ。あまりにも一方的な請求にどこの当たり屋だと言いたい。
数拍おいて、目を釣り上げたリアンが叫ぶ。
「はぁあ⁉︎ 僕払わないからね!」
「ああ? んじゃツケなぁ」
「ふざけんな! いい加減にしないと殺すよ⁉︎」
「ハハッ、上等だぁ。やってみろよ、クソガキ」
一方はきつく睨みつけ、一方はからかい見下す。空気がピリピリとしている。これは比喩ではなく、事実リアンの体から漏れ出すものがあるからだ。
一触即発の空気はこの人が間に立つ他ない。
「二人ともそこまでにしておけ。全く、喧嘩するなら寄るんじゃない」
年長者の苦労は絶えない。ファウストはイルシーから首を取り上げると袋の中にしまった。
「へいへい。んじゃ、引き上げんぞぉ」
悪びれる様子もなくガラリと空気を変えて歩き出したイルシー。それに不貞腐れたリアンと袋を持ったファウストが続いた。
鬼は帰る 寝ぐらへ帰る
捕まえた子を喰い散らかして
お土産一つ その手に一つ
腹を満たした鬼は闇い道を帰っていく