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続・残念だったな。うちの婚約者はそんなことしない。  作者: 雪椿
ナイトメア・マーチ ★残酷描写あり
36/173

1★

 


 ※注意※

 これより先はコージャイサンの部下である暗殺者の彼らが楽しく、それはもう楽しく、生き生きとお仕事をしているお話にございます。 


 暴力が振るわれ、血が出ます。人が死にます。


 そのような『残酷な描写』を過分に含んでおりますので、苦手な方、ほのぼのをお望みの方は、先へ進まず次の章の更新をお待ちいただきますようお願い申し上げます。

 この章を読まなくても話が分かるよう構成を考えておりますので、どうぞ気長にお待ちくださいませ。


 また読まれた方におかれましては自己責任の範疇ですので、読後の「気分を害した」「こんな展開は望んでない」などのクレームは受け付けません。

 あらかじめご了承ください。


 ただし「意外に良きやん!」「この子好き!」などの感想は大歓迎です。


 繰り返します。

 この先は暴力、流血、殺人など『残酷な描写』を含んでおります。


「いやいや、暗殺者のお仕事ぶり応援しちゃうよー!」という方や「ふふふ、貴様ごときが残酷な描写とな⁉︎ お手並み拝見じゃー!」という精神的猛者の方のみお進みください。


 










 注意は読みましたか?

 大丈夫な方のみ、彼らの仕事ぶりをご覧ください。
















 食欲を刺激する美味しそうな匂いが店々から立ち込める夕暮れ時。

 ここはハイエ王国、一日の終わりを迎える喧騒と物寂しさで賑わう王都の大通り。

 さて、舞台はその賑わいから外れた裏通りの更に奥。大通りよりも(くら)く、纏わりつくような重い空気を感じるのは、何も時刻のせいだけではないだろう。

 そんな中、呼吸を荒げながら男たちが薄暗い路地をひた走る。


「っ、はぁ、はぁ、はぁ」


 前へ前へと焦る気持ちとは裏腹にアルコールに浸かった体は重く、足をもつれさせて今にも転びそうだ。

 服装はみすぼらしく、伸びっぱなしの髪に無精髭とその姿はまるで浮浪者だが、これでも彼らは傭兵として活躍していた過去を持つ。

 だからこそ、分かる。


 ——アレは危険だ。


 ちまちまと日銭を稼ぐその日暮らし。たまたま割のいい仕事が入り、上機嫌で酒を浴びたのは記憶に新しい。またそんな仕事が入らないかと、複数の顔馴染みたちと仕事の話を貰った酒場に入り浸っていた。


 そこへ突如現れたスキンヘッドの大男とあどけない少年。


 大男はともかく少年の姿はあまりにも酒場には不釣り合いだ。大きな目の愛らしい顔、声変わり前の少し高めの声、ダボダボのパーカーで上半身は分かりづらいが、ハーフパンツから伸びるすらりとした健康的な脚。

 女日照りのバカが可愛いと連呼しながらその体に触れて即座に吊るされた。それに激昂した三人も続けて……。

 あまりの躊躇いの無さに、酒場にいた男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。そして、必然とでも言う流れで始まった二人との鬼ごっこ。


「クソッ、なんなんだ!」


 悪態をつくも、この迫り来る恐怖には抗いようがない。

 細い路地を右に曲がろうとして、先頭を走っていた男が違和感を感じて寸でのところで足を止めた。


「邪魔だ! どけ!」


「おい、ドヴァ! 待て!」


 静止も聞かず、我先にと別の男——ドヴァがその横を駆けて路地に入り込む。すると、見る見る内に身動きが取れなくなってしまった。

 少し遅れてやってきた小太りの男がその姿を見て悲鳴を上げた。


「ヒィぃぃぃ! こっちもダメだぁぁぁぁ!」


 そう情けない声を出しながら一目散に別の方向へと逃げ出した。


「トリー、テメェ! 待ちやがれ!」


 身動きの取れないまま、ドヴァが僅かに首を捻りながらも恫喝するが、トリーと呼ばれた小太りの男には最早聞こえていないだろう。全く、なんと薄情なのか。

 難を逃れた男は逃れようと足掻くドヴァの周りに目を凝らす。濃くなった暗がりの中、道を塞ぐように巧妙に張られたか細い糸が侵入者の体を絡め取ったのだ。


「チッ!」


 この先には進めない。それが分かり舌を打つと、すぐに男はその路地を去ろうとする。


「おい! 置いていく気か⁉︎」


「悪いな。戦況を読まなかった奴に構ってる暇はない」


 ちっとも悪いと思っていない、そんな顔で男は言い捨てた。


 いま『命』と言う爆弾の導火線に火がついた状態だ。


 それはかつての戦場のようで、焦りの中にほんの少し高揚感が混ざった。

 戦場では常に決断を迫られる。それは時に非情で、悲しい決断だ。

 だからこれは仕方のない事だ、と男は助けない事実から目を逸らすと同時に、危険を察知し生き長らえることのできた己の第六感に酔いしれた。


 コツコツ、と背後から足音が聞こえる。まるで知らせるように、追い詰めるようにゆっくりと近づいてくる相手に、距離を取ろうと男は別方向へと駆け出した——果たして、導火線の長さはどこまで保たれるのだろうか。


 ドヴァと別れた場所が視認出来たくなった距離まで来た時、耳障りな大声が路地に木霊した。どうやら追っ手に見つかったようだ。

 しかし、身動きすら取れない者の恫喝などこけおどしにもなっていないだろう。人の言葉とは到底言えない、喚き立てる音だけが虚しく響く。

 暫くすると音が途切れた。警戒するように息を潜め、細心の注意を払い、男は先へと走る。いくつもの角を曲がり、罠を避け、ただひたすらに。


 ——体が、重い


 さらに荒くなった呼吸、振れなくなってきた腕、止まろうとする足、それらに己の衰えを知った。

 男は背後に気配が無いことを確認すると、一旦その足を止めた。壁に手をつき、滝のように流れる汗を乱暴に拭いながら息を整える。

 だが、間を置かずに再び聞こえてくる足音にビクリと体が跳ねた。息も整わぬまますぐに地を蹴り進むと、分かれ道にさしかかった。


 選択の時だ。

 直進か、それとも右折か。


 直進の道は少し進んだところで何かが光った。どうやら張られた糸が光を反射したようだ。


「チッ!」


 反射のように舌打ちをすると、迷う事なく右へと曲がる。

 だが、曲がった先。その目が捉えたのは三方にそびえ立つ壁。壁。壁。


 人はそれを行き止まりと言う。

 人はそれを袋小路と言う。

 人はそれを手詰まりと言う。


 闇雲に走っていたはずが、自ら罠の中へ飛び込んでしまった。進む事も戻る事も出来ず、男の額に汗が滲む。


「そう怯えてくれるな」


 背後からスキンヘッドの大男——ファウストの嘆きが響いた。

 男は恐る恐る振り返り、退路を断つように路地の真ん中に陣取るファウストと対峙した。


「あんなに簡単に殺しておいて……なに言ってるんだ」


 凄むように男が言い返すと、頭上から声が降ってきた。


「僕たち聞きたい事があるって最初に言ったよねー? なのに人の話聞かないであんなことするんだもん! 吊るされても文句言えないよね!」


 壁の上から少年——リアンが無邪気に笑う。それに対してファウストからはため息が漏れた。


「お陰で余計な手間が増えた。頼むからいちいち反応してくれるな。いいか、ならず者とは総じて下品であると心すればあのような事態にはならない。可愛いと……」


 言われるくらい聞き流せ、そう続くはずの言葉がリアンの放った鋼線(ワイヤー)によって阻まれた。

 もちろんファウストに当たるはずもなく、正面から来た鋼線はしっかりと掴み止められたのだが。

 表情もなく、殺気立ちながらリアンが告げる。


「僕、それ言われるの嫌いなんだよね」


「そうだな。だが、今は仕事中だ。『あれが嫌い、これが嫌』と自分の感情を優先するな、と言っているんだ」


「分かってるし!」


 言い聞かせようとするファウストの言葉に思いっきり反発を持った態度でリアンが返す。

 主人の前ではもう少し耐えられていたと言うのに……。年頃の子は難しい、とファウストが再度ため息をつく。


 二人が言い合っている隙に逃げ出そうとしていた男だが、ファウストの視線はリアンへと向いているはずなのにどう言う訳か隙が見つからない。

 気だけが急いて、靴が地面の上を滑った。


「ああ、待たせてすまないな。さっきも言ったが『アジーン』と言う男に聞きたい事がある」


 音に気付いたファウストが問うた瞬間、ビクリと男の肩が跳ねた。少し目を泳がせると、ペラペラと喋り出す。


「……ああ、アジーンか。何だ、あいつに用があったのか? だが、あいつならさっきアンタらが罠を張って捕まえたじゃないか。ついさっきだ。大声で喚いていたあの男だ。あの男がアジーンだよ」


「そうか」


 そう言ってファウストが間合いを詰めると、そっと男の左腕を掴んだ。

 下手に刺激をしてはダメだと、大人しくしていた男の腕がパキッと鳴る。それはまるで枯れ枝が折れるようなとても乾いた軽い音。


「え?」


「嘘はいけないな」


 殴られてはいない。ファウストは鈍器も持っていない。それなのに、いともたやすく腕の骨が折られた。

 突然の痛みに歯を食いしばりながら耐える男の目の前に、無遠慮に突き出された一つの生首。


「この男は『ドヴァ』ではなかったか?」


「ヒッ!」


 飛び込んできた顔馴染みのあまりの姿に、情けなくも男は腰を抜かしてしまった。


 それは紛れもなくドヴァである。ただし開かれた目に生気はなく、いつも大きな声で喚き立てていた口はだらしない半開きの状態だ。

 さらに引きちぎられたような首からはまだ血が滴っている。


 驚きで声を出せない男の代わりにリアンが肯定を示す。


「さっきおじさんがそう呼んでたじゃん。僕、覚えてるよ!」


「くっ……そうだった。悪いな。オレは最近あそこに来たばかりでな。まだ連中の顔と名前が一致してないんだ。ああ、そうだ! 思い出した! その後に逃げた男が居ただろ? あいつだ! あいつが……」


 目の前に 生首降りて こんにちは

 寸分違わぬ正確さで上から男の前に吊り下げられたのは、鋼線にくくりつけられた一つの首であった。


「っ、な、ん……」


「コイツは『トリー』だよね? その首(ドヴァ)がそう呼んでたよ?」


 コロコロと、リアンがおかしそうに言った——その時だった。

 それはまるで熟れた果実を潰したような音だった。

 ファウストはただ手を添えて、上から少し圧を加えただけだ。だが、男にとってはそんなに可愛らしい圧ではなかった。なぜなら男の右膝がグシャリと潰れたのだから。


「ぎゃぁぁぁぁ!」


「ねぇ、おじさん。僕たちは『アジーン』に聞きたい事があるんだ。ねぇ、聞いてる?」


 ハッ、ハッ、と呼吸が乱れる男は高い位置からの問いに答えられない。

 リアンは不満気に口を尖らせたかと思うと、ニィっと口の端を上げた。何やらいい考えが思い付いたようだ。


「そうだ! じゃあさ、記憶力の悪いおじさんのために順番に答え合わせしていこ!」


 ご機嫌で言うと大きく腕を振った。その手に操られたいくつもの重りがついた鋼線が地面に向かって急降下していく。

 そして、男を取り囲みその目が合うように、丁度いい位置で止まった。


「ぁっ、ぁぁ……あ、ぁっ!」


 男の喉が恐怖で引き攣る。まるで祭りの飾りとでも言いたげにぶら下げられているそれらは、あの酒場にいた顔馴染みたちの首。その数はトリーを入れて七つ。


「ほら、いくよー! えーっとね、あ、あった! これがジェーヴィだよね」


 塀の上から軽やかに降りてきたリアンが選んで見せたのは、最初に吊るされた男。可愛い笑顔に添えられているのがムサイ男の生首とは……なんとも酷い絵面だ。


「次はこれだな。分かるか? ヴォーセミだ」


 言い聞かせるような物言いでファウストも続いた。その後も、入れ替わり立ち替わりいくつもの首が男の眼前を泳ぐ。ゆらゆらと、ユラユラと。


「これはさっきも言ったね! はい、トリーだよ!」


「そして、ドヴァ」


 飾り付けられた死者の目から逃げるためか、それとも一際恐怖を煽る生者の目から逃げるためか。固く瞳を閉じた男の頬をリアンが突く。

 一瞬、瞼越しに強い光を感じ、次いで顔全体を僅かな痺れに襲われた。何が起きたのか……恐る恐る目を開けると愛らしい少年の微笑みが映る。しかし、男はすぐさま後悔する事となる。


「で……おじさんがアジーンだよね」


 言葉を発すると同時に表情が抜け落ちたリアンの断定の言葉。彼らは知っていて、それでもなお聞いていたのだ。ああ、何と性根の悪い事だろう。


 日はすっかり暮れてしまった。

 辺りは暗く、最後の子が捕まった。もう鬼ごっこも終わりにしなければ……。

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