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コスチュームとは分かりやすい性癖の指針である。

 イメージ通りに出来上がった服を片手に、イザンバはにこにことご機嫌だ。まだ状況に追いつけていない者もいるが、満面の笑みで高らかに告げる。


「早速説明して行きますねー! ジャジャーン! まずはこの編み上げコルセットです!」


 そう言って掲げられたのは肩ベルトのついたクールなデザインのオーバーバストコルセット。全体の色はボルドー、差し色に黒を使い、リボンやレースではなく金具が付いているあたりセクシーよりもカッコいいと表現する方がいいだろう。

 しかし、ただのおしゃれコルセットだと思うなかれ。


「生地の素材は火炎ネズミの革です。なので内側は通気性に優れて、外側は爆風や熱にも耐えられます。おしゃれポイントのチェーンは取り外し可! 暗殺にも持ってこい! 生地のエンボス加工も綺麗でしょー⁉︎」


 銃火器や爆弾を使うジオーネの戦い方に合わせて、生地は魔獣由来の利点ある物を使用した。

 更にイザンバの一押し、取り外し可能な金具やチェーンがクールさを向上させる。これにより爆乳美女がクールでカッコいい爆乳美女になるのだ。


「下はこのショートパンツです。生地は熱帯鋼アシカの革を使っているので非常に丈夫ですよ。滑り込みやハイキックなど遠慮なく動いてください!」


 戦闘で斜面を滑ろうが、森林を駆けようが破れない。丈夫さに定評のある生地を使用した黒のショートパンツだ。

 熱帯鋼アシカの革は熱にも水にも強い。鋼を名に冠しているあたり、その皮の丈夫さが窺える。

 つまり下はとにかく耐久性重視なのだ。これにより、ポロリもチラリもしないだろう。


「メイドとして仕事をするときはコルセットの上からこのブラウスを着てください。取り出しやすいように伸縮性のある生地にして、襟の位置を下げてデコルテを出しました」


 次に見せられたのは支給品のメイド服によく似た紺色のブラウス。襟や袖は白く、朱色のリボンタイをつければ上品に仕上がる。

 こちらのブラウスは上流階級のメイドに相応しいように高品質の伸縮性生地が使われている。


「通常のメイド服はワンピースタイプですが、ジオーネにはツーピースの方が都合がいいと思います。立体構造にしたので、たぶん、きっと、恐らく、ボタンが飛ぶ事もない……はず! そこはおっぱいに聞いてください」


 サイズがないから下着は付けていない、とジオーネが言っていたが、胸が自由すぎる故にボタンが飛んだのではないかとイザンバは考えた。

 その為、コルセットで胸を正しく収め、ブラウスを伸縮性のある生地で立体構造にするという二段構えを取ったのだ。

 ブラウスをテーブルに置くと、その横のスカートを手に取った。


「これね、左側のボタンで留める巻きスカートなんです。なので、さっきのショートパンツと合わせて着用してくださいね。スカートやブラウスがない状態だと以前の服装に近くなるようにしました。ジオーネにとっては慣れた格好の方が動き易いでしょう?」


 ツーピースにした最大の理由はこれだ。

 メイド服を今日初めて着たというジオーネはロングスカートにも慣れていない。いざと言う時の機動力確保の為に、ボタンを一つ外すだけで纏わりつく煩わしさをなくせるようにしたのだ。

 メイド服としてだけでなく、ブラウスとショートパンツ、コルセットとショートパンツ、もしくはコルセットとスカートと、場面に合わせて組み合わせを変えられる仕様になっている。

 ちなみにエプロンはみんなと同じものを使用する。どの道エプロンをしてしまえばワンピースだろうとツーピースだろうとそう変わらない。

 一通りの説明を聞いて、イルシーがつまらなさそうに声を上げた。


「なんつーか、結局ちゃんとしたメイド服になんだなぁ」


 なにせイザンバが考えたデザインだ。もっと奇抜な物になっていてもおかしくないと思ったのだろう。

 だが、実際に出来上がったものはブラウスの形が変わっただけで、ヴィーシャが着ているものと大差ない。

 期待外れだとでも言うような口振りにも頓着せず、イザンバは腕を組みドヤ顔で己の脳内を振り返る。


「いやー、これでも結構悩んだんですよー? ミニスカートとかバニーも絶対似合うと思うし、いっそ鬼メイドなコスプレも有りかと思ったんですけど」


「やっぱ変なのも考えてんじゃん」


「変ってなんですか⁉︎」


 イルシーの「変」という言葉に対してイザンバの瞳に鋭い光が走る。


「いいですか⁉︎ メイド服にかかわらず服の好みは性癖の一種ではないかと私は思うのです! 服というモノはどの世界のどの文化にも存在し、かつ糸や布から作られた服はその時代を表す芸術! 男女ともに『この人にはこれが似合う』『こんな服を着ているところが見たい』なんて妄想を在らん限り滾らせることが出来る! どれを選ぶかによってその人の隠された性癖を一目で表すモノなのですよ! 素晴らしいでしょ⁉︎ 分かりやすいでしょ⁉︎」


 爛々と目を光らせたイザンバの独壇場。それはまるで水を得た魚のように、いや、それ以上の激流に乗る勢いで語り出す。

 水をやった当の本人は『しまった』とばかりに顔を顰めて、長い語りを右から左へと聞き流した。


「ちなみに私は男女ともに制服と言ったモノに大変惹かれる質でありますがやはりいいモノはいいとしか言いようがなく時代ごとの編纂もしっかりグッサリ刺さってきますし……あ! もしかしてイルシーもメイド服を着てみたいんですか⁉︎」


「誰もんな事言ってねーよな⁉︎」


 とんだ変化球がイルシーを襲う。聞き流していたのが悪かったのか、何がどうしてそうなったと頭を抱えた。

 反対にイザンバは心底嬉しそうに身を乗り出した。


「遠慮しなくていいですよ! 材料は揃ってますし作りましょう! 今すぐに!」


「いらねーっての!」


「大丈夫です! 私、頑張って細かい要望にも応えますから!」


「人の話を聞け!」


 職人ではないから、と渋っていたイザンバは何処へ行ったのか。ぐいぐいとくる彼女にイルシーが拒絶を訴えるが、今度は自身が聞き流される番となったようだ。


「これは……ザナの気合が入った一着になりそうだな」


 二人のやり取りを止めるでもなく、クツクツと喉を鳴らすコージャイサン。

 その様子にイルシーの頬を嫌な汗が伝う。が、彼とて学習している。イザンバに向かって強気の姿勢を見せた。


「よーし! そんなに言うなら依頼料寄越せ!」


 方針転換(いつものやつ)である。なので、イザンバも慣れたように聞き返す。


「おいくらですか?」


「一回一万ゴアで着てやるよ」


「一万かー。うーん、今は手持ちもないですし、それなら別のコスしてもらう時の為に置いときます」


 それでいいんだ、とイザンバのあっさりとした対応に新参四人は驚いた。

 守銭奴なイルシーが「イザンバは金払いがいい」と言っていたが、貴族の、それも令嬢が、こんな対応をするだろうか。

 続け様の驚きは新たな波紋を呼ぶ。


「え? 何? 結局イルシーがメイドするの?」


 リアンのこの言葉に「生贄見っけ」とでも言うようにニタリとイルシーが嗤った。自分より低い位置にある頭に手を置くとイザンバに笑みを向ける。


「あ、イザンバ様。ここにも似合いそうな奴がいるじゃん。見ろよ、この愛らしい顔、この小ささ。いい感じじゃねぇ?」


「は? 喧嘩売ってる?」


 ピリリと走る緊張感。思春期なリアンに「可愛い」や「小さい」は禁句だと言うのに……もちろんイルシーの発言には悪意しかない。

 だが、イザンバがその緊張感を吹き飛ばした。彼女は令嬢にあるまじき素早さでリアンに迫る。


「リアンも着たいんですか⁉︎ いいですね! ()()()来ましたよー! 激エモじゃないですか!」


「待って! 確かに僕は()()()だけど、着たいなんて一言も言ってないから! 絶対言ってないから!」


「安心してください! 成長期ですし、ちょっと大きめに作っときますね!」


「その配慮はいりません!」


 見事に巻き込まれた。リアンはイザンバの熱量に呑まれながらも抵抗を試みるが、これは聞こえているのだろうか。


「着ればいいじゃないか。ご主人様も臨機応変にと言っていたし、ヴィーシャは実に手際良く測ってくれるぞ」


「ジオーネは黙ってて!」


 そう言う問題ではない。必死の形相で吠えるリアンにイルシーが腹を抱えて笑った。

 さて、最年長の反応はどうだろう。


「流石は主の婚約者。イザンバ様は服飾に造詣(ぞうけい)が深いのですな」


「……随分といいように言って」


「イザンバ様があんなにも生き生きとされているのは、何よりも主の懐が深いからだろうな」


「はいはい」


 激甘判定のファウストにヴィーシャが呆れ返った。何事も捉え方次第だと誰かが言っていたが、存在を認めた相手にファウストは寛容なようだ。


「ザナは着てみないのか?」


 そんな彼らをよそにコージャイサンが問うが、しかしイザンバははっきりと否を唱える。


「私は見る専だっていったじゃないですか。と言うか、私が着てもただのメイドになるだけですよ。なんなら普通に馴染んで仕事が出来る自信があります」


 確かに、と全員が普通にメイドとして馴染むイザンバを想像できてしまった。

 もしも、イザンバがメイド服を着ていて、更にここに百人のメイドが居たなら……喋らなければ没個性な彼女は埋没してしまうであろう。

 当の本人は彼らとは全く違うことを考える。


「逆にコージー様が着たら……」


 さぁ、想像してみよう。

 ——艶やかな黒髪、魅惑的な翡翠の瞳の涼しげな美女がいたとしよう。彼女は文武両道でスタイルも抜群。更には仕事を完璧にこなしてしまうのだ。


「あ、ダメです。速攻で雇い主が手を出してきそう」


 口に手を当ててイザンバが憐れむと、従者一同の眼光が鋭くなった。


「任せろ、すぐにそいつの首を獲ってくる」


 口角を釣り上げるイルシーに不穏な影が漂い。


「待て。あたしが撃ち抜く方が早いだろう」


 対抗するようにターゲットを狙いに行くジオーネ。


「なら自分は邪魔者が入らないよう出入り口を潰そう」


 そうそう。ファウストの言う通り出入り口はしっかり押さえておかないとね。


「その後吊し上げて晒すよね?」


 ピン、と鋼線(ワイヤー)を引っ張るリアンは無邪気なのにどこか荒々しく。


「当然。衆人環視の中、骨も残さず溶かしたるわ」


 綺麗な笑顔でヴィーシャがトドメの言葉を吐いた。死して尚も続く報復とはこれ如何に。

 流れるような連携プレーにイザンバも大興奮だ。


「すごい! 瞬殺です! 良かったですね! コージー様の貞操は守られました!」


「お前らは一体何と戦っているんだ?」


 架空の敵である。盛り上がる一同にコージャイサンからため息が溢れた。

 脱線に脱線を重ねて、コージャイサン美女版まで誕生してしまったが、話を戻そう。


「で、ザナ? ちゃんとしたメイド服の理由は?」


「ああ、そうでした! 暗殺にしろ護衛にしろ周りに敬遠されるよりも溶け込む方が色々やりやすいでしょ?」


 色々。諸々。様々。

 ——それはイザンバに知らされないあれこれに対して。イザンバの介入出来ない出来事に対して。

 だからこそ、イザンバはちゃんとした普通のメイド服を作ったのだ。


「何よりきっちりと服を着こなしたメイドさんが実は戦闘のプロってカッコいいから! ああ、尊さで前が見えない! 是非貢がせてくださいお願いします!」


 いっそ清々しいまでに、どこまでも性癖に素直だ。彼女の脳内では、敵と対峙するヴィーシャとジオーネの画が浮かんでいるのだろう。

 理由を聞いて、やれやれとイルシーが首を振った。


「貢ぐ相手が違くね?」


「成る程。ご自身では戦えない分、ジオーネやヴィーシャの装備に気遣ってくださっているのですな」


「それも違ぇから。イザンバ様の貢ぐはそんなご大層な意味じゃねーよ」


 ここでもファウストは激甘判定だ。貶すように否定するイルシーだが、意味の違いは伝わったのだろうか。

 妄想を膨らませていたイザンバがふと我に帰った。慌ててテーブルの上を漁り、目的のものを探る。


「忘れてた! 『女性』『銃』ときたらコレですよね! レッグホルスター! イェーイ!」


 と、イザンバがホルスターを掲げて元気な声を上げた。周りとの温度差が激しいが、そこは気にしない。


「スカートで隠すも良し、ショーパンで見せつけるも良し! まさに最強アイテムじゃないですか⁉︎ ああ、見てるだけでもカッコいい! 私もちょっと付けてみようかなぁ」


 そう言ってチラリと自分の太ももへ目を遣る。これはまずい流れではないか。このままではイザンバがスカートをたくしあげてしまいかねない。


「ザナ、まずは本人の試着が先じゃないか?」


「おっと、それもそうですね。はい、ジオーネ。別室で着替えてきてください」


 コージャイサンの誘導により、イザンバは作った服をジオーネに手渡した。

 説明も受け、服も受け取ったジオーネ。しかし、普段着る物に頓着しない彼女は眉を下げて願い出た。


「すみません、コルセットは初めてなのでヴィーシャを連れて行ってもよろしいですか?」


「ああ、行ってこい」


 コージャイサンの了承をもらい、二人は別室へと移動した。

 果たしてジオーネは綺麗に着こなせるのだろうか。ご主人様たちには「乞うご期待!」でお待ち頂こう。


人数増えるとわちゃわちゃするね。

大変遅くなりました言い訳は活動報告にていたします。

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