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刮目せよ!これが彼女の底力!
イザンバは考えた。いかにしてこの局面を乗り切るか。
提示した要求は悉く手を打たれてしまった。しかも、コージャイサンは彼らにどの仕事を振るべきか一切迷わなかった。その判断の的確さに舌を巻く。
「ううむ、本当出来る人ですね。やだ、腹立ってきた」
「イ、イザンバ様?」
眉間に皺を寄せて唸るイザンバにファウストが戸惑いの声をかける。その戸惑いが二人の距離だろう。
そうこうしている内に外へ行っていたメンバーが戻ってきた。
「ご主人様、サイズ一覧です」
メモを取った紙を渡すヴィーシャ。スリーサイズのみならず、身長から手足の長さ、足のサイズまでバッチリだ。
「材料はこんなもんでいいかぁ?」
耐火性や防弾性の生地、高級品やレア素材を並べるイルシー。一体どこで入手してきたのだろうか。聞くのが怖い。
「関連書籍、持ってきました!」
両手一杯に抱えて戻ってきたリアン。『初めての染色』『服作りの最強技』『魔獣素材の活用法』『職業別・生地選び最新版!』『服飾の変遷』などなど。
「ささ、お納めください」
いつの間にやらこんもりと掌にボタンの山を作ったファウスト。どれだけ持っているんだ。
それらは全てコージャイサンへと差し出される。
「揃っちゃった……揃っちゃったよ。みんな仕事が早いですね」
手際の良さを褒めながらも、イザンバはソファーに手をつき項垂れた。
それとは対照的にコージャイサンは彼らの働きに満足するかのように鷹揚に頷く。
「これなら大丈夫だな」
「もう! 私は職人じゃないんだから、ちゃんとしたものが出来る保証なんてありませんよ!」
ガバリ、と顔を上げて声を張りながらイザンバが訴えるが、これはなしの礫である。
「大丈夫だ」
「根拠のない励ましはやめてください!」
「根拠も実績もある」
そう言ってコージャイサンが己の耳を指す。その耳には何もないが、仕草が示すのは《自業自得》を仕込まれた耳飾りだ。
イザンバは大きく溜息を吐くと、徐に立ち上がりリアンの手元から一冊の本を抜き取った。そして、口元を隠して拗ねてみせる。
「後から職人に頼んだ方が良かったって言っても知りませんからね」
「作るのは俺たちなんだ。言う訳ないだろ」
絶対の自信と信頼を込めて、コージャイサンがその背を押した。
その言葉に口をギュッとすぼめて、眉間に皺がよるなんとも言えない表情になるイザンバ。それはむずがるような、しかし耐えるような、そんな表情。
コロコロと表情を変える彼女に耐え切れずコージャイサンが吹き出した。
「ザナ、顔が面白い事になってるぞ」
「残念! 元からでーす!」
舌を出して反論しながら彼女はソファーに腰掛ると、そのまま不貞腐れたように本を読み始める。そして、ここから暫く沈黙する。
——それは集中。
外側の音を遮断し、文字によって紡がれる世界へ没頭して行く。
——それは分解。
専門用語や聞き慣れない単語は自分の知るものへと置き換えて、入ってきた文字を知識として溶かし消化する。
既知ならば紐付けを、未知ならば新たに記憶を。時折ページを戻しては、納得してまた次へ進む。
——それは構築。
得た知識からイメージを膨らませる。必要なものは何か。実際に再現が可能なのか。不可能であればどう修正するべきか。
一心不乱に文字を追い続ける姿にジオーネが感服する。
「凄い集中力だな」
「ほんまに。さっきまでと全然違う」
ヴィーシャもその落差に驚きをあらわにした。
「うわっ。イザンバ様、読むの速くない?」
目まぐるしく動く眼球を、次々とページを捲る手を、リアンが不思議そうに観察する。
「あれで頭に入ってるって言うんだから、ほんと変な女だよなぁ」
「イルシー、口が過ぎるぞ」
「へいへい」
ファウストが咎めるもイルシーは慣れたように聞き流す。
だが、外野の音は一切イザンバの耳には届かない。
そんな彼らの様子をコージャイサンは満足気に眺めた後、自らも一冊本を取り、ゆっくりとページを捲った。
イザンバは彼らが驚くほどの速さで本を読み終えると、次に脳内の情報を整理し始める。
途中で彼女は重要な事実に気が付いた。それは「これなら推しの色んな衣装が作れるようになるのでは⁉︎」と言うことだ。どのキャラの、どんな衣装を実現するか。悩ましいところではあるが、今はそれは置いておこう。
さて、作り方が分かれば次はデザインだ。ジオーネに向かって声をかける。
「デザインを考える参考にしたいので、いくつか質問してもいいですか?」
「はい」
ここで二人は揃って神妙な顔で、さぁ一問一答開始!
「メイド服は着慣れてないですか?」
「今日初めて着ました」
「戦闘スタイルは銃でしたよね?」
「はい。銃だけでなく大砲や爆弾など火薬にまつわるものを使います」
ジオーネは銃火器を扱う。中長距離での狙撃や大砲を撃ち込み敵方の陣形を乱す後衛タイプだ。また大量の爆弾で足場を崩し、生き埋めにした事もある。近接戦が出来ない訳ではないが、それをするには大きな胸がだいぶ邪魔なのだ。
「胸は隠したい? 出したい?」
「ここから取り出せる方がいいです」
ここ、と示された谷間。引っかかった「取り出す」と言う単語。大きく疑問符が浮かんだイザンバは、それを繰り返す。
「……取り出す?」
「取り出します」
聞き返したが間違いではなかった。イザンバは首を捻りながらも了承した。
「分かりました」
問答の末、イザンバが腕を組んで考え始める。
——いつぞやのジオーネの服装、戦闘スタイル、メイド服、取り出すと言う要望。
それらを混ぜ合わせて、己の知る中から相応しいものを拾い上げる。
そんな彼女にコージャイサンが訊ねた。
「どうするんだ?」
「んー。やっぱりコルセットタイプにしようかと思うんですけど、もうちょっと考えを纏めます」
上手とも下手とも言えない絵をいくつも描き、生地を手に取り、何やら唸りだした。
しかし、暫くして解決策が出たのだろう。目を開けると意を決してジオーネを呼ぶ。
「ジオーネにとっては嫌なことかもしれないんだけど、確認がしたくて」
「何でしょうか?」
「胸を触らせてください」
ストレートに投げた! これには言われたジオーネよりも周りの者たちが固まった。そんな中、瞬時に再起動したイルシーが冷めた目をイザンバに向ける。
「うわー。イザンバ様、それはないんじゃねぇ?」
「変な意味じゃないですよ!」
周りからの視線に焦りながらも弁明する。これでも考えがあって言っているのだ。
「さっき『重量はある』って言ってたでしょう? でも、私とはサイズが違いすぎてピンと来ないんですよね。ケイトも大きめですけど、ボタンが弾けてるところは見たことがないですし。生地の材質をちゃんと考えないと改良する意味がなくなります」
イザンバの胸は平均だ。試しに自分の胸を持ち上げてみるが、その三倍以上あるジオーネの言う重量がどれくらいか、さっぱり分からないのだ。
ゆさ、ゆさ、と。貴族のお嬢様が自分の胸を持ち上げ揺らす。
彼女は何度周りの動きを止めれば気が済むのだろうか。コージャイサンが大きくため息を吐いた。
揺らし続けるその手を、側へ寄りそっと下げさせたジオーネ。キョトンとするイザンバと交わった視線を通して真意を読み取りに行く。
その瞳は澄んでおり、また泳ぐこともない。告げられた理由も真っ当であり、興味本位や下心でない事はジオーネにしっかりと伝わった。
「どうぞ」
だから、躊躇いは捨ててズイッと己の胸を差し出した。だが、たったそれだけの動作で彼女の胸は、イザンバの目の前でまた大きく揺れたのだ。
イザンバはそれに向かって手を伸ばし、丁寧に触れる。
「ずっしりくる。これは重いですね。肩凝り酷いですか?」
「はい」
「ですよねー。立っているだけでも首や背筋、腰に負担がかかりそうですし。胸自体が動いた時の反動も大きい」
たゆん、たゆん、とジオーネの胸を揺らしながら考察する。どんどんと公にされていくおっぱい事情。
「あれ? 下着つけてないんですか⁉︎」
「合うサイズがありません」
「成る程。なら、型崩れしない素材でカップをしっかりと作ってカバーした方がいいですね」
下から掴むように持ち上げる。あれこれとジオーネに訊ね、その胸を触りながら、イザンバはイメージを明確なものにしていく。
壁際でリアンがこっそりと話し掛けた。
「ねぇ、イルシー。僕たちここに居ていいの?」
「いんじゃね?」
「そうなの? なんか……気まずい!」
「ぶはっ!」
思春期なリアンの発言にイルシーが吹き出した。よくよく見れば、ファウストとヴィーシャの肩も揺れている。
ここに年齢と経験の差が現れるのか。リアンの顔面が見る見る内に憤怒に染まる。
「なんだよ!」
「ククク、悪ぃな。いいと思うぜ、少年」
「バカにすんな!」
リアンが顔を赤くして反発すればするほど、イルシーはケラケラと笑い面白がる。
「……元気だな」
コージャイサンが呆れたように呟くと、ぴしっ! とリアンは姿勢を正した。折角自由の身になったのだ。またぐるぐる巻きは御免被りたいのである。
ところが、イルシーがそんな主人にからかいの言葉をかける。
「なんだよ、コージャイサン様も年相応に元気になるんだろぉ?」
シュッ! と、空を切り裂く音とイルシーの姿が掻き消えるのは同時であった。その場から動かずに淡々と投げるコージャイサン。飛んでくる気配を察知して、すぐに避けるイルシー。
「お前も元気だな」
「強制的にな!」
素早さに感心する主人の声とは反対に、イルシーは荒々しい。空に線を書きながらヴィーシャのスカートを掠める一本、リアンとファウストの間を縫った一本。しかし、最終的にイルシーがイザンバの背後へと避難したことで攻防は終幕を迎えた。
軽快に続いた万年筆が壁に刺さる音にイザンバが尋ねた。
「さっきから何やってるんですか?」
「アイツ、元気が有り余ってるみたいでな。少し相手をしてやってたんだ」
「外でやってきてくれません?」
ごもっとも。流れ万年筆の危険に晒されたファウスト、ヴィーシャ、リアンは同意を示すようにコクコクと頷いた。
得意なことで活躍出来る場があると自信に繋がっていいよね〜