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毒とおっぱいには気を付けよ
気ままで現金なイルシーの発言に微妙な空気になる中、コージャイサンが我関せずで説明を続ける。
「コイツらがザナの護衛につく」
そう言って示されたのはヴィーシャとジオーネだ。
「お嬢様、改めて宜しくお願い致します」
「ジオーネです。お二人の敵はあたしたちが殲滅します。どうかご安心を」
先ほど案内をしてくれたヴィーシャ。そして白金のショートヘア、切れ長の紅茶色の瞳、浅黒い肌で何よりも目を引く爆乳のジオーネ。
それぞれの挨拶に、イザンバは頷きを返した。そのまま、ふとした疑問を口に出す。
「それは構いませんけど、イルシーは?」
「アイツは暫く別件だ」
別件。そう聞いて、イザンバは昨日の《自業自得》の発動に関係しているのだろうな、とアタリをつける。
実際はイザンバが思うよりも事は進んでいるのだが、コージャイサンを始めとした彼らにそれを伝える気はない。
イザンバがイルシーの方へ視線を向けると、彼はリアンの上に座り込んだままニヤニヤと笑った。
「メンツが変わるからって面倒起こすなよぉ」
「失礼ですね。面倒なんて起こした覚えはありません」
「よく言うぜ」
イザンバの答えにイルシーは不貞腐れた。なぜなら、イルシーの言う面倒とイザンバの思う面倒は一致しない。彼の言う面倒はイザンバのテリトリー内で起こるのだから。
「イザンバ様、情が深い女には気を付けろよ。気付かねぇ内に一服盛られてるかもしんねーぜ?」
それはただの忠告か、それとも悪意か。イルシーとヴィーシャの間にピリリと肌を刺すような空気が流れる。
これは一触即発か! という流れの中で、珍しくイザンバが大きな音を立てながらカップを取った。そして、衆人環視の中でゆっくりと、味わいながらヴィーシャが淹れたお茶を飲む。
「うん、美味しい。ヴィーシャ、うちにもケイトというお茶を淹れるのが上手な子がいるんです。これからお茶の時間が楽しくなりそうですね」
「ありがとうございます」
頭を下げるヴィーシャを見て、また一口含む。じっくりと、染み渡らせるように喉に通していくその仕草は、お茶の楽しみ方を知っている貴婦人のもの。
丁寧にカップを置き、真っ直ぐにイルシーを見遣る。
「情も毒も全て飲み干します。第一、私はそんなもので死んでる場合じゃありませんから」
イザンバの目に、いつもより熱い思いが籠る。拳を握り、そのたぎる想いをぶちまけた。
「ゾーイ・レヤモット先生の忠臣の騎士シリーズは勿論の事、来月にはランタマ・カランケシ様の美麗画集も発売予定! 更にフィリカ・ワカガミ先生が紡ぐ胸キュンラブストーリーも短編書き下ろしを加えての発売! これを拝まずに死ねるはずがありません! 推しは私を救う!」
「……アホらし」
「そんな事ありません! 重要事項ですよ!」
ビシッと指を突き付けてイザンバはその重要さを語る。彼女の欲望丸出しの発言にイルシーが呆れているのはいつもの事。横道にそれたが、まぁいいだろう。
流れが変わったことにコージャイサンもカップを取り、その喉を潤した。
「確かに、美味いな」
「薬湯も飲みやすいものでしたよ。お茶も、薬も、毒も、とても繊細なものです。ここまで出来るのは凄いですよ」
お茶、薬、毒。そのどれもが用法や用量に気を使う。ヴィーシャが極めたものは毒であろうが、結果としてその技術がメイドに扮するに役立っているのだ。
そして、イザンバは自身が毒を盛られるとは微塵も思っていない。それは偏に目の前の人物が居るから。
カップを置いたコージャイサンが訪ねた。
「そうか。今までのところで何か問題点はあるか?」
「いいえ、何も。あ、ちゃんと話し合い済みなんですよね?」
以前の出来事を踏まえてイザンバが問うた。すると、コージャイサンがキラキラエフェクトスマイルを返すではないか。
「勿論だ。ちゃんと実技訓練はした」
コージャイサンとて同じ轍は踏まない。彼らをイザンバにつける為に、徹底した実技訓練が行われたのだ。
訓練を受けた彼らの顔色が少し悪くなったように見える。
「なんか違う意味が見え隠れしたような……まぁ、いいや。皆さん、今後ともどうぞよろしくお願いします」
守られる側のイザンバに出来ることは少ない。コージャイサンの判断に従うことを明示するように静かに頭を下げる。
驚きのあまり反応が遅れたが、ぐるぐる巻きのリアンを除く三人が同じく礼を返した。
——それは、起こるべくして起こった。
ジオーネが体を動かした拍子に胸が大きく揺れた。そう、大きく揺れたのだ。
己を揺らす振動に「耐えられない!」と悲鳴を上げ、飛び立ったボタンたち。
そのうちの一つが助けを求めるように向かう先はイザンバだ。
放たれた勢いはボタンを弾丸へと変える。
しかし、ボタンはイザンバの目前で横からの攻撃を受け、着地点を強引に壁へと変えられた。
「ザナ、大丈夫か?」
「……はい」
瞬時のことに反応が間に合っていないのだろうか。声を掛けるコージャイサンに呆けた返事をする。
「すまない! お嬢様に怪我はないか⁉︎」
心配して駆け寄って来たジオーネだが、イザンバは動かない。たわわに揺れるそれに目を奪われ、思考を奪われ、ポツリと零す。
「おっぱいは凶器だった」
その言葉に首を傾げたのはジオーネだ。己の胸を持ち上げ揺らしてみせる。
「重量はあるが、凶器と言うにはヤワ過ぎると思うんだが」
「わーお!」
たゆん、たゆん、と上下左右に揺れる胸にイザンバが釘付けになった。彼女にとってボタンが飛んできたことなど大した事ではない。
しかし、その目が思い出したかのように軌道修正されたボタンの行き先を追う。その視線の先にはボタンを射抜き、壁に突き刺さる万年筆がある。
「あれを投げたのはコージー様ですよね。ありがとうございます!」
「ああ」
イザンバはコージャイサンに笑みを浮かべながら礼を述べる。怪我もない様子にホッと息をつくと、二人の間にのほほんとした空気が流れる。
「毒よりもこっちの方が凶器だったかぁ」
弾丸というには弱いが、とんだ伏兵にイルシーが大きく溜め息を吐いて脱力した。
「失礼いたしました」
詫びるジオーネに再び目を向けたイザンバはとある問題に気が付いた。
「大変です、コージー様! ジオーネの服装について問題が発生しています! いくら護衛とは言え、あれでは他のメイドたちと折り合いが悪くなって仕事に支障が来たすかと!」
元気良く手を挙げるイザンバに言われてコージャイサンもジオーネに目を遣る。ボタンが弾け飛んだことにより、あらわになった豊かすぎる実りと柔らかくも深い谷間。
ところが、おかしな事に見られているジオーネも、見ているコージャイサンも顔色一つ変えないのだ。彼は視線をイザンバに戻すと少し困ったように言った。
「そうは言ってもなぁ。あれが一番大きいサイズなんだが」
「そうなんですか」
そう聞いてイザンバも考える。そして、閃いたのか一つの提案を出す。
「前見頃を体のラインに沿ったデザインにしたらいいんじゃないでしょうか?」
「例えば?」
「舞踏会のドレスみたいな?」
「ああ」
成る程、とコージャイサンが納得した音声を出す。
支給品であるメイド服のブラウスは量産型だ。一人一人体付きは違うのだから、ボタンが弾け飛ぶ人の一人や二人や三人はいるだろう。
ジオーネがそのうちの一人ならばきちんと用意するのは主人または代理の勤めであろう、とイザンバが申し出た。
「うちでデザイナーに頼んでみますね!」
「必要ない」
ピシャリと言い放つコージャイサンにイザンバが首を傾げる。
「服を作ってもらうには必要ですよ。イメージとか材質とか伝えないと無理でしょ?」
「ザナも居るし、俺が作る方が早い」
「……それは、そうですけど」
コージャイサンの『作る』がどういったことか。イザンバは瞬時に理解したが、今回は答えを濁す。
案に乗ってこないイザンバに今度はコージャイサンが首を傾げた。
「どうしたんだ?」
問われて視線を泳がせたイザンバ。だが、パッと明るく提案に乗らない理由を口にする。
「え? んー、ほら! サイズをちゃんと測らないとまたボタンが飛んだり、ポロリしちゃうし!」
と、イザンバが言えば。
「ヴィーシャ、測ってこい」
「かしこまりました」
コージャイサンが指示を出す。すぐにヴィーシャはジオーネを連れて別室へと移動した。
「あら、ここには材料がないですよ! 戦う人なんですから耐火性や防弾性の生地が必要ですよね! それに補強用の芯材もいりますから!」
と、慌てて言えば。
「イルシー、用意しろ」
「りょーかい」
「何を」「どれだけ」がない端的な命令。それでも、イルシーは軽やかに集めに回る。
「そうだ! 型紙を起こしてたり裁断したりしないと! 衣装作りの本は読んだけど、どのくらい余裕を持って切るとか縫い方とか全部うろ覚えなんですよねー」
と、残念そうに言えば。
「リアン、取ってこい」
「お任せください!」
パチン、と指を鳴らして絨毯での拘束を解く。すると、リアンは「名誉挽回!」と張り切って飛び出して行った。
「お飾りに使えるようなボタンとかリボンとかも必要なんですけど⁉︎」
と、ヤケクソに言えば。
「ファウスト、出せ」
「こちらをどうぞ」
持っている前提の要求。ファウストはポケットから取り出すと、丁寧にイザンバへと差し出した。
諸々の流れにイザンバの顔から表情が抜け落ちたのは仕方がない。
——今、彼女は試練を迎えている。
抗いようなない強大な流れ。襲い来る無力感や虚無感。退路は断たれ、示されるは決定された未来。
困難を通り抜け、己という限界の先に悟りの地はある。進め! イザンバ! たとえ道が険しくとも!
続く!
毒と薬は紙一重。用法用量を守って正しく使いましょう。
巨乳も貧乳も同じ乳。須く愛せよ。