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 その女性は肉体美を惜しげも無く披露しながら現れた。

 隆々とした筋肉に、浮き出る血管。鍛え上げられ、バランスよくきれいに筋肉がついている体は人々の視線を集める。

 この国の一般女性ならば、職業によっては腕や足を出す事もあるが、貴族女性が普段着では着ないであろうノースリーブシャツにロングスカート。しかし、シャツのボタンは上まできちんと止められており、スカートと合わせた清楚なデザインだ。

 愛らしい顔に平均的な身長、そして何よりも存在感を示す逞しい筋肉を持つ女性。

 そんな彼女はビルダ・スルーマと言う。オリヴァーの婚約者であり、筋肉が自慢の現役女性騎士だ。


「おや。お久しぶりですね、ビルダ嬢。本日はまた、一段とキレていますね」


「コージャイサン様、お久しぶりでございます。お褒めにあずかり光栄です。この筋肉には日々愛情を注ぎ育てていますので」


 上腕二頭筋を見せ付け、キラリと白い歯が煌めくいい笑顔。己の肉体に十分な自信を持っているからこそ堂々見せつけている。


「ナイスバルク」


 そんなビルダにコージャイサンは親指を立て、同じく煌めく笑顔を返した。

 己の肉体を褒められたビルダは満足そうに頷き、自慢の肉体をさらに披露した。


「ところで、ビルダ嬢は今日はどうしてこちらに?」


「買い物に来ていたのですが、親切な方から婚約者があちらで何やら騒いでいるとお聞きしまして。それはいけない、と馳せ参じましたの」


 じろり。と音が聞こえるような迫力のある睨みは正に蛇のごとき睨みだ。

 睨まれたオリヴァーはびくりと肩を揺らしたが、彼は蛙ではないのでここは負けじと言い返す。


「ふん。よくも抜け抜けとそんな事を言う。どうせ僕のあとを付けていたんだろう」


 そうビルダを見下すように言ってのける。そんなオリヴァーの物言いに対して、ビルダは胡乱な顔をした。

 しかし、ビルダが口を開く前に、コージャイサンが応える事で流れを掴んだ。


「そうでしたか。それはお疲れ様です」


「ありがとうございます。コージャイサン様は今日はお一人なのですか?」


「ええ、イザンバは所用が有りまして。そういえば、弟君はお元気ですか?」


「はい。その節は大変ご迷惑をお掛けしました。今家族総出でみっっっちり躾直しております。寛大な措置を取ってくださった皆様には感謝の言葉しかございません」


 会話を続けるコージャイサンとビルダは近況を話している。どうやらビルダの弟とコージャイサンは知り合いのようだ。


「おい! 無視するな!」


 折角言い返したと言うのに流されたオリヴァー。しかし、コージャイサンはそれに目を向ける事なくビルダに微笑みかけた。


「キノウンに『いずれまた会える日を楽しみにしている』と伝えてください」


「はい。必ずお伝え致します」


 キノウンとは、先日婚約破棄騒動を起こした四人の内の一人だ。結局婚約は解消され今は再教育の為謹慎中だと聞いているが、成る程。ビルダの言う「みっっっちり」の力強さに再教育の厳しさが滲み出ている。内容は推して知るべし。

 ふと、ビルダは一人の女性に気が付いた。


「あら、あなたは確か雑貨屋の……」


「はっ! お前がアンジーに脅迫文を送った貴族の婚約者か!」


「何⁉︎ 君、そんな事をしたのかい⁉︎ ああ、なんて事だ! アンジー、済まなかったね。アレの非礼は僕が詫びよう。さぁ、お詫びに結婚しよう!」


「お前はどさくさに紛れて何を言ってるんだ⁉︎」


 ビルダに向かってビシッと指を指すマイク。ビルダはそんなマイクの様子に眉間に皺を寄せたが、割り込んだオリヴァーの発言によりさらに皺が深くなった。

 そんなビルダの表情に若干の恐怖を感じながらも、マイクは彼女を指差したままオリヴァーの発言にも噛み付いた。忙しない男である。

 そんな中、冷静に言葉を発したのはビルダだ。


「まず人を指さすのをやめなさい。それに名乗りもせずにその様な言い掛かりは失礼です」


「……すまん」


「すまん、ですって?」


「すみませんでした!」


 ビルダに指摘され慌てて指を下げ謝罪したマイクだが、言い方がまずかった。

 同じ体育会系の気配か、それとも逆らってはならないと言う本能か。ビルダが不愉快そうに言うと即座に腰を折り言い直した。


「まぁ、いいでしょう。それと何やら誤解があるようですが、私はオリヴァー様がご迷惑をお掛けしていると聞いたので、確認の上お詫びの文を出しましたの。ですが脅迫文などは存じません」


「え⁉︎ アンジー⁉︎」


 なんとか許しを貰ったマイクだが、続いた言葉に「どう言う事だ⁉︎」と勢いよくアンジェリーナの方を向き問うた。


「どうしたの? 私、ナル様の婚約者様からお手紙が来たとは言ったけど。貴族のかたからの手紙になんて返せばいいのか分からなくて相談しようとしたんだけど」


「え? あれ?」


 アンジェリーナは不思議そうな顔をしてマイクに言った。どうやらマイクは手紙の内容までは確認していないようだ。

 貴族様から手紙が来た、という所で「うおー!」っと燃え上がってしまったのか。

 正義感も突っ走るだけなら悪手である。


「ああ、アンジー。こんな野蛮人から来た手紙だなんて読まなくても良かったのに。怖かっただろう?」


「いいえ、ナル様。とても丁寧にこちらを気遣ってくださったので、そのような事は無いですよ」


「……あ、そう?」


 拍子抜け、と言った様子のオリヴァー。アンジェリーナを慰めてあわよくば……を狙ったのだろうが、残念である。

 それにしても、二人して一体どんな内容を想像したのか。まさか本当に嫉妬に塗れた脅迫めいた文だとでも思っているのだろうか。いやいや、ビルダを見ていたらそんな事は無いと分かるだろう。


「アンジェリーナさん、お手紙だけでご挨拶がまだでしたわね。私はビルダ・スルーマです。オリヴァー様がいつもお世話になっております」


「いえ、こちらこそオリヴァー様にはいつもご贔屓にしていただいてありがとうございます。丁寧にお手紙まで頂いたのにお返事が遅くなり申し訳ございません。わた……」


「待ってくれ! アンジー! とても困った顔をしていたじゃないか!」


 待てが出来ない男、マイク・アンダーソン。コージャイサンに対してもそうであったが、どうにも人が喋っているところに被せる癖があるようだ。

 アンジェリーナが困り顔をした所でビルダが助け舟を出した。


「あなたはどうにも思い込みが激しいようですね。その上、人が話しているところに割り込むとは失礼極まりない。礼儀や常識は一体どこに置いてきましたの? 成人し、仕事をしているのならば必須のものでしょう。早く拾ってきなさい。そんな事ではいずれ大恥をかきますわよ。はぁ……。あなたはまるでどこかの馬k……失礼、我が弟を見ているようですわ」


 辛辣だ。馬鹿という言葉を使ってはいけないと思い言い直したのだろうが、それでは弟を馬鹿と言っているようなものだ。

 先程コージャイサンにもダメ出しをされていたマイクだが、今度はビルダから言われてしまった。流石のマイクも女性相手に殴りかかるわけにはいかない、と大人しく聞いている。例え相手が鍛え上げた肉体の持ち主だとしても女性なのだ。そこはマイクの男としての矜持だ。

 しかしマイクの方が上背はあるが、常識力と筋肉量はビルダの方が圧倒的に上である。そして何よりも手の掛かる弟に対する姉の物言いと威圧感。繰り出される言葉を聞いている内にマイクは知らず小さくなっていく。


「あら、嫌だわ。最近どうも説教じみてしまっていけませんわ」


 再教育はする方も大変なのだろう。幼い内でも言い聞かせ、理解させ、実践させるのは骨が折れるものだ。それが成人済みならば尚の事。


 ビルダはふぅ、と息を吐き思考を切り替える。今はマイクに構っている場合では無い。弟に続き自分まで婚約に関する不祥事があってはいけないと、オリヴァーを止めるためにここまで来たのだ。相手を間違えてはいけない。ビルダは今相手をするべき人物に言葉を向けた。


「さて、オリヴァー様。こんな所で騒ぐなど不届き千万。もう少し考えてから行動してくださいまし」


「ふん。美しい僕を盗られると思って慌てて来たくせに言うね。だが、その心配はない。君のような野蛮人は元から眼中にないからね! この婚約を解消して僕はアンジーと結ばれるのさ!」


「盗る盗らない、解消するしないのお話ではないのです。アンジェリーナさんにもお断りされていたでしょうに」


「なぜ知っている⁉︎ おっと、違う違う。そんなに必死になるなんて君、実は僕のことが好きなんだろう? はっ! 全く、素直じゃないな」


 ビルダの言葉に反論するオリヴァーの「罪作りな僕」のポーズ付きの発言。その内容は中々に前向きだが、言われたビルダの表情は無に近いものになっている。


「何をおっしゃっているのですか? 私はこれでも貴族令嬢。お父様が決めた相手といずれ結婚することは幼い頃から承知していました。ですから、例え相手があなたのような方でも妥協せざるを得ないのですわ」


「妥協⁉︎ この僕を捕まえて妥協と言ったのか⁉︎」


「言いましたが? あら、こんな場所で口論なんていけませんわね。お恥ずかしい。お話をするならあちらで致しましょう」


 自分までこんな騒ぎを起こしてはいけない、と移動を提案するビルダ。言うが早いかオリヴァーに近づいていった。


「やめろ! 近づくな!」


「まぁ、婚約者になんて言い草! これはもっとがっっっつりと話し合いが必要ですわね! ほほほほ。さ、参りますわよ。あちらにうちの馬車がありますから」


 そう言うとビルダはグイッとオリヴァーを肩に担ぎ上げた。体幹から鍛え抜かれた体はふらつくことも無く、しっかりと立っている。

 もちろんオリヴァーは逃げようとしたが、相手は現役の騎士。敵うわけがない。


「うわっ! やめろ! おろせ、この野蛮人!」


「コージャイサン様、申し訳ありませんが今日はこれで失礼致します」


「ええ、お気を付けて」


 そのまま笑顔で挨拶し合うビルダとコージャイサン。オリヴァー? 小麦の袋よろしくただの荷物状態である。


「それではアンジェリーナさん、そして皆様。御機嫌よう」


 オリヴァーを担いだままの淑女の礼(カーテシー)。それでもふらつかないビルダの体幹と筋肉には感服である。

 アンジェリーナとマイクがつられて礼を返した後、ビルダは(きびす)を返した。


「おい! 離せ! 聞いているのか! 僕に相応しいのは美しい女性だ!」


「ええ、ええ。ですから、美しい筋肉の私が居ますでしょう。しかも、こんなふうに触れる程近くに。咽び泣いて感謝なさいませ」


「誰がするか! そうじゃない! 離せ! はーなーせーーー!」


 華奢とはいえ暴れる成人男性を肩に担ぎ悠々と去っていくビルダ。その逞しさ、力強さ、堂々とした歩き姿は賞賛に値する。

 対するオリヴァーはあらん限りの声で叫んでいる。美しき貴公子はどこに行ったのか。


 口論で済めばいいが、もしこの後肉弾戦が起こったら……と、想像した群衆は震え上がった。「にーちゃん、もう諦めろ」と老婆心ながらに言ったのは誰だろうか。

 ご安心を。ビルダは貴族令嬢であり騎士なのだ。そのような無体な真似はしない。


常識人の肉体美騎士、ビルダ・スルーマです。

弟の再教育と婚約者との和睦。

どちらも大変そうです。

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