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夢舞台、裏

 同日、深夜、オンヘイ家の一室。

 手元のランプだけを付け、スラックスに羽織ったシャツだけという格好で椅子に腰掛けているコージャイサン。

 そこへ音もなく人影が現れた。イルシーだ。


「遅かったな」


「いやー、興が乗っちゃって」


 彼はいつも通りのフードを目深に被ったスタイルだ。しかし、その口元は満足気で悪びれる様子はない。


「『商人』について何か分かったか?」


「全然。素性どころか名前も知らないんだぜ? それでよく信用したよなぁ。馬鹿すぎねぇ?」


 あまりの無防備さに主従は揃って呆れ返る。余程官僚という地位に目が眩んだのであろう。


「顔は?」


 イルシーが取り出した写真を机に置いた。そこには帽子を被った糸目で痩せ型の男が写っている。


「ヤツの記憶と俺が確認した男が一致した。ただ、これは素顔じゃない確率が高い。コイツ、俺と同じタイプかもしんねぇ」


「他には?」


「有用なのは次の約束。日時は三日後、場所は郊外の廃屋。場所がいつもの路地裏の倉庫じゃねーのは受け渡すものが茶葉じゃなくて情報だからだろうなぁ」


 報告を聞いてコージャイサンは思案する。そして、写真に落としていた視線を上げると、不敵な笑みを浮かべた。


「行けるな?」


「当然」


 イルシーの自信は態度に現れる。言葉足らずの主人が望むものを読み取り、堂々と返した。


「ならお前はそっちに集中しろ。ザナの護衛はアイツらに任せる」


 新たな主命はイルシーの望む働き方と合致する。昂る気分のままにイルシーはニヤリと嗤った。


「良かったなぁ、お前ら。やっと出番だぜぇ」


 その言葉にイルシーの背後に舞い降りた大小の四つの影。彼らはイルシーと共に暗殺者の里からやってきたコージャイサンに忠誠を誓う若者たち。

 護衛がイルシーから別の者に変わるのであればする事は一つ。


「コイツらとの顔合わせは明日?」


「そうだな」


「んじゃ、とりあえず今夜はあっち戻るかぁ。またすぐ来るのだりーけど」


「必要ない」


 コージャイサンの言葉にイルシーの動きが止まる。

 護衛を外れるから自分は必要ないと言うことか? と疑問が湧き上がった。


「なんで?」


「うちに泊まってるから」


 イルシーの口がポカンと空いた。つまり、イザンバがオンヘイ家に泊まっているからイルシーが戻る必要がない。そういう事だったのだ。

 主の格好を凝視し、今度はその口がニンマリと弧を描く。イルシーはコージャイサンを指差して叫んだ。


「それってつまり事後⁉︎」


 ヒュッ、と万年筆が飛んできた。顔面狙いのそれを上体を逸らして避けるが、体を戻すと同時に次の可能性を吐き出した。


「え⁉︎ ヤッてねーの⁉︎」


「ただの風呂上がりだ」


 ヒュン、ヒュンと鋭さを増して心臓と脚を狙って立て続けに飛んでくる。横飛びに避けるが、今度は着地点にもう一本追加で飛んできた。すぐさま上に跳躍すると、空中で一回転してから床に足をつけた。


「前も言ったけど、もう一回言う! 万年筆の使い方、おかしいからな!」


 容赦ない主人に向かって吼えたイルシー。コージャイサンはそれを去なすとボタンを留めながら淡々と述べる。


「コイツらの招集もかけていたから、家に帰すよりここの方が安全だ。それに、《自業自得(インフェルナーレ)》が発動した後なんだ。一人でいたら思い出して落ち込むだろうから、寝付くまで話していただけだ」


「あっま……」


 うんざりしたようなイルシーのツッコミに四つの影も頷いた。職業暗殺者の彼らからしたら当然の反応だ。

 ボタンを留めたコージャイサンが改めて彼らに向き直る。


「ヴィーシャ、ジオーネ」


 二人は短く返事をすると一歩前へ出た。ランプの灯がその姿を晒す。

 ヴィーシャは頭の天辺から爪先まで、肌を隠すような服装だ。口元ですらもヴェールで覆っているが、泣きぼくろのある垂れ目が瞳のアメジストを引き立てる。彼女が動いた事により腰まである艶やかな紫の髪が靡いた。

 そして、その隣で大きな胸も揺れた。紅茶色の切れ長の目が前を見据える、白金のショートヘアで浅黒い肌のジオーネだ。服装もヴィーシャとは対照的で、肩もヘソも脚も惜しげもなく出している。


「二人はメイドに扮してザナの護衛だ。クタオ家に話は通してある」


 コージャイサンが告げる決定事項。勿論二人に異論はない。そこへ、イルシーが引き継ぎと称して口を挟んだ。


「イザンバ様に専属のメイドが二人付いているがどっちも非戦闘員だ。万が一の時はそいつらも含めて守った方がいいなぁ。火傷負わしただけで動揺してんなら、そいつらに何かあったら罪悪感で壊れんじゃね?」


「それもそうだな。対象が増えるが出来るな?」


 否を認めない疑問系の投げかけ。絶対君主の言葉に二人は片膝をついた。


「お任せください」


 と、ヴィーシャが(たお)やかに。


「必ずやお守り致します」


 と、ジオーネが力強く宣言する。コージャイサンは二人の返事に鷹揚に頷いた。


「ファウスト、リアン」


 次に呼ばれた二人が同じく短い返事をして一歩前へ出る。

 ファウストはスキンヘッドで黒曜石の瞳、見た目は厳ついが使用人の服をキッチリと着ている。上背もありガッチリとした体型なので、服が少々窮屈そうに見えるが。

 リアンは四人の中で一番小柄で顔つきも愛らしい。薄緑色の髪に同色の瞳、ブカブカの上着にハーフパンツとブーツの少年スタイルだ。


「お前たちは市井に紛れて『商人』及びその手下、取引相手を探れ。手下は見つけ次第拘束、抵抗するようなら容赦はするな」


「はっ。容赦の程度はいかほどに」


「民間人に被害が出ないならいい。後はそうだな、コイツが思考を読める程度には生かしておけ」


 ファウストの質問に明確に指示を出す。すると、今度はリアンが口を開いた。


「取引相手はどうなさいますか?」


「探れる限りの情報を持ってこい。こちらで明るみに出せるものは出して……潰す」


 のし掛かるプレッシャーは強者のモノ。ゾクリと湧き上がる畏怖に二人は(こうべ)を垂れる。


「承知いたしました」


 と、ファウストが(うやうや)しく。


「有益な成果をお持ちします」


 と、リアンが自信を込める。コージャイサンは静かにそれらを受け取った。


「イルシー」


 そして、ただ一人立っているイルシーに目を向ける。


「お前はコイツらの統括だ。筆頭として臨機応変に対応しろ。最優先は『商人』の捕縛、無理ならその場で始末しろ」


「始末していいのかぁ?」


「父からの許可は下りているから安心しろ。何かあれば責任は俺が取る。邪魔者には容赦しなくていい」


 防衛局には根回し済みだ。コージャイサンを通して防衛局に情報が渡る。その代わりに騎士たちは彼らの行動に目を瞑る。大きな組織に縛られないが故の自由度を利用するのだ。勿論、それに伴う責任も生ずるが、それは主であるコージャイサンが背負う。

 静かな闘志で翡翠を燃やしながらコージャイサンは命ずる。


「狩れ」


 一言に含まれた威圧、挑発、信任。心を射抜くにはそれで十分だ。


「全ては我が主の意のままに」


 と、イルシーが片膝をついて忠誠を誓う。


「ああ。各々(おのおの)勤めを果たせ」


「はっ!」


 コージャイサンは捧げられた誓いを受け入れ、五つの影に役割を与えた。

 短い返事の後に徐に立ち上がったイルシーだが、その口元が分かりやすく緩んでいる。


「なんだ」


「いやいや、防衛局長の息子らしいなぁと思って」


「別に国の平和だとか他国との和睦に興味はない。俺たちの日常が平穏であればそれでいい」


「ああ、そう」


 国の為ではないと言うコージャイサンにイルシーは肩を竦めた。回り回って国の為になっているのだ。気にするな。

 ふと、コージャイサンは平穏とかけ離れた話を思い出した。


「そんな事より、お前ザナに何を吹き込んだんだ」


「はぁ? 何ってナニ?」


「暴漢相手に随分とやる気になっていたぞ」


 その言葉にイルシーは腕を組みながら記憶を辿る。


「あー、アレね。だってイザンバ様が言ったんだせ? 全てを預けるのはコージャイサン様だけだって。だったら、ちゃんと守ってもらわねーとなぁ」


「そうか」


 いつかに聞いたイザンバの覚悟と誓い。彼女なりに腹を括っているのだろうが、そう簡単に諦められては堪らない。それはイザンバの為というよりも、コージャイサンの為に。


「まぁ、声の変え方を教わった対価さ。いや、ほんとさぁ、変装に対してあんなに熱入れられるとはなぁ」


「ザナだからな」


 誰かに変装した時の為にイザンバは声の出し方をイルシーに教示したのだ。まぁ、彼女の場合はコスプレの、更に言うなら女装の完成度を上げたい一心であったのだが、それはそれで良しとしよう。

 だが、タダより怖いものはない。対価と称して少しでも時間を稼ぐ術をイザンバに与えたのだ。


 そう言えば、彼女が寝付くまで話していたと言っていた。コージャイサンのはだけたシャツ姿がイルシーの脳裏を過ぎる。


「もしかして金蹴り喰らったのか⁉︎」


「よし、まずお前のを潰してやろう」


「ちょ、冗談だ!」


 ゆらりと立ち上がるコージャイサンの右手に構えるは教鞭、左手の指の間に万年筆。やる気満々のその姿にイルシーは逃げ惑う。

 そんな彼に二人の様子を陰ながら見守っていた同志からの言葉が届く。


「コージャイサン様は紳士やったで」


「これでもかって言うくらいな」


 と、女性陣のフォロー。


「だが、アレでは生殺しだ」


「逆に可哀想になってくるよねぇ」


 そして、男性陣の同情。どんな状況だ、とイルシーは口元を引き攣らせた。


「うへぇー。がんばれ、コージャイサン様」


「うるさい」


 カッ、と音を立てて万年筆が壁に刺さった。

 物騒な集団の緩い空気感と和やかな会話。これも誰かの影響だろうか。


 物語は進む。誰かの手で、誰かの知らないところで。

 海原は広く、うねりは高い。舵取りを間違えればたちまち飲み込まれてしまうだろう。

 だが、それでも彼らは進むのだ。ならば、せめて……彼らの進む航路(みち)に幸多からんことを。

これにて夢舞台は了と相成ります。

読んでいただきありがとうございました!

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