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イザンバの願望、コージャイサンの挑戦の巻

 シャスティとケイトに鼻血の対処をしてもらっている間も、イザンバの視線はコージャイサンとイルシー扮するシリウスとリゲルに向けられている。それは凝視。瞬きすら忘れて、ただ見つめている。

 メイドの二人が側を離れた後も見続けていたが、次第に体は震えだし、スクリと立ち上がると思いの丈をぶち撒けた。


「あー! 今すぐその姿を、この場面を、ありのままの記録として残したい! 切り取って引き伸ばして飾りたい!」


 その叫びを聞き、各々(おのおの)は反応を示す。


「お嬢様! 興奮したらまた鼻血が出ますよ!」


 お叱りはシャスティから。


「あれだけの血が出たのに元気ですねー」


 ケイトは褒めているのか貶しているのか。


「……記録として残す」


 コージャイサンは考え込むように呟き。


「切って伸ばすって……中々猟奇的だなぁ」


 想像を膨らませたイルシーが面白そうに笑っている。けれど、そんな事は気にせずイザンバは続けて己の思いを吐き出した。


「描かれたものとはまた違う! 今この瞬間! この目の前の2.5次元の麗しさを残したい! そして、また見たい! 今だけ限定なんて切なすぎる!」


 そう言いながらイザンバは親指と人差し指を使って四角を作り、コージャイサンとイルシーを中に収めて覗き込むと様々なアングルで眺めた。


「……絵、瞬間、見る」


「だが、無い物は致し方ない。斯くなる上はこの目を通して網膜に! 脳裏に! しかと細部まで写しこんで、焼き付けてやるー!」


「……目を通す、膜、焼き付ける」


 これはどちらも話を聞いていない。

 イザンバはカッと目を見開くと目力を強め、これでもかと言うほどの熱視線を二人に送っているし、コージャイサンは思考に必要な言葉だけを拾い上げ、考えに没頭している。


「おい、コージャイサン様?」


 訝しんだイルシーにコージャイサンが反応を返した。ジッと見つめたあと、徐にこう言った。


「ちょっと目玉を取って見せてくれないか?」


「何軽い調子で怖いこと言ってんの⁉︎」


「目の事が知りたい」


「それで目玉取れってなんだよ!」


「お前なら大丈夫だ。なにせ俺が見込んだ男だからな」


 イザンバの言葉を猟奇的と言ったが、コージャイサンの方も大概だった。折角の褒め言葉もこんな状況では素直に喜べない。己の目を守る為、イルシーは代替案を出した。


「つーか、それ別に俺のじゃなくてもいいじゃねーか。そこら辺の奴から取ってくるから待っててくれ」


 吐き出されたのは可愛い顔に似合わない残忍な言葉。すぐさま非難の声を上げたのはイザンバだ。


「リゲルの顔でなんてこと言うんですか! コージー様! あの人本当に変装の名人なんですか⁉︎ 全然成りきれていない!」


「忘れがちだが、アイツは暗殺者だからな。そういった意味では仕事は早いが本職(なりきり)に程遠いのは仕方ない」


「そうだった!」


 護衛をしたり、雑用をしたり、完成度の高いコスプレをしたりと暗殺者らしからぬ面ばかりを見ていたせいだろうか。コージャイサンの言葉にイザンバの目は覚めた。


 イルシーが半目なのは仕方がない。「非難の方向性が頓珍漢だ」とか「誰のせいでこんな格好をする羽目になったと思ってるんだ」とか、飲み込んだ言葉が露出した目に現れているのだから。

 コホン、と咳払いをするとイザンバは話題を転換した。


「冗談はさておき、コージー様。人体構造の本なら私の部屋にありますよ。持ってきましょうか?」


「本当か? それは助かるな」


 イザンバの言葉に嬉しそうに笑うコージャイサン。華やかな美形の笑顔にシャスティとケイトは顔を赤らめた。

 そんな二人を横目にイルシーはイザンバの発言に食い付く。


「……なんでお嬢様がそんな本持ってるんだよ」


 これは当然の疑問だ。治癒魔法があるのだから、人体構造を詳しく知らなくても治ってしまうことが多い世界。それでも千切れた腕や失明した目を元に戻す研究をする人がいるから本としてあるのだが、そう言った人たちは大抵変人扱いだ。


「一時、闇の医師にハマっていたんです!『他の者には出来なくとも私は出来る。何故なら私は天才だからな』」


「ああ、そう」


 ——この人も変人だったな。


 そんな結論に至ったイルシーの反応は薄い。不満気なイザンバはコージャイサンに水を向けた。


「コージー様ー! イルシーがノッてくれない!」


「ザナ、そんな事より早く本を貸してくれないか? なんなら俺が自分で取りに行ってもいいが。本棚の何列目の何段目にある?」


「そんな事⁉︎ 丁寧なフォローはどこ行ったー!」


 しかし、受け止める事なくさらりと流された。彼が今求めているのはノリでもツッコミでもなく本なのだ。


 ブツクサと文句を言いながらも素直にイザンバは本を取りに行った。折角だからと忠臣の騎士シリーズも共に携えてサロンに戻ったが、イルシーの答えは拒否一択。

 攻防戦の末、仕方なく諦めたイザンバがコージャイサンの方を見ると、彼は既に本に集中していた。

 うっとりと、未だかつてないほどの熱量がイザンバの目に宿る。


「はぁ、凄い絵になる。敵の情報を分析し対策を立てるシリウス様。——ああ、一体どんな鬼畜作戦を立てているのかしら」


「コージャイサン様が人体構造の本を読んでるだけだろ。情報は正しく処理しろよなぁ」


「イルシーはちょっとお黙りくださいませ。これが私の見ている現実であり、正しい情報です」


 イルシーに目も向けず、イザンバは言い切った。清々しい限りである。

 不意にコージャイサンが顔を上げてイザンバに尋ねた。


「ザナ、これの他に詳しく載っているものはあるか?」


「目の構造についてですか?」


「構造についてというより、それがどうして『見えている』と言う事になるのか。どこに写っているのか、それが分かるものがいい」


「うーん。見たものを写しているのは目の網膜ですが、『物』として認識しているのは脳の機能によるものなので、目単体ではないんですよね」


 記憶を掘り起こしながらイザンバが回答を示す。


「どこでそんな知識を手に入れてるんだよ」


「本です!」


 イザンバのドヤ顔にイルシーは呆れを滲ませた。変人たちの遺産は変人を育成するのか、と。

 さて、コージャイサンはそんな事には構わずイザンバに問う。


「『目だけではない』とはどう言う事なんだ?」


「『目はどうして物が見えるのか』ということですが、『物を見る』ということは、正確には『物にあたって反射された光』を見ているんです」


 ふむ、と考えるコージャイサン以外の面々はイザンバの言葉に疑問符を飛ばしている。


「物に反射した光が、途中で遮るもの……例えば暗闇だとか霧だとか水中の濁りだとか。光は真っ直ぐに進みますから、障害物があったら正しい情報として目に届かないんです。そういった障害が無く目に達した光は、湾曲した角膜で内側に屈折され、更に水晶体で屈折されます。そして、網膜の表面にピントのあった逆さまの状態で像が写されます」


「逆さまなのか。この本もそうだが、俺がみているものは逆さまにはなっていないぞ」


 そう言うとコージャイサンが本を持ち上げて見せる。そうですね、と同意を返してからイザンバが説明を続けた。


「それは脳の視覚中枢が網膜に写った像を反転させているからなんです。正しい立体像として認識できるのは全て脳のはたらきによるものです。物を三次元の立体として見ることができるのも、脳が目から送られてくる情報を赤ちゃんの時から積み上げられた経験を元に正しく判断しているからなんです。つまり、目と脳が一緒にはたらいて、はじめて正確に『物を見る』ことができるんです」


「成る程な。——なら、反転は一先ず置いといても良さそうだな」


 イザンバの説明に何かを掴んだコージャイサンは独り言を溢す。


「ねー、シャスティ。今の意味わかった?」


「全然分からなかった」


 シャスティとケイトは顔を見合わせて首を振る。同じように聞いていたのに全く理解が追いつかなかった。

 考え込むコージャイサンにイザンバが恐る恐る声をかけた。


「もしかして、もしかしてですよ。……コージー様は静止画を記録する物を作ろうとしてますか?」


 その言葉にコージャイサンは笑みを深める。それは正解ということか。思い当たるものがあるのか、イザンバは目を輝かせてコージャイサンに賛辞を送った。


「すごい! すごいですね! 目からその発想に辿り着くなんて本当にすごいです!」


「そうか?」


「はい! それなら箱を使うといいですよ!」


「箱?」


 首を傾げるコージャイサンにイザンバは大きく頷いたあと、ツラツラと語り出した。


「まず密閉された箱の一箇所に穴を開けます。この穴にレンズを嵌め込みます。これは目で言うと水晶体なんですが、光を集めて像をつくる部分です。その光を感じ取って記録する部分の役割は網膜です。ここに光で反応する銀、臭化銀に色素を混ぜたものを置いて焼き付けることで像として残せます。そして、大事なのが瞳孔です。これは記録部分に光を当てる時に開く部分です。ここで網膜に綺麗に写るように光の幅を拡げたり絞ったりして調整をします。つまり、この三つを押さえればコージー様がしようとしていることは可能なんですよ!」


「焼き付けた像はどうやって残すんだ? 銀に当てただけで再現出来るのか?」


「それを再度光を当てて紙に写すんです。銀の酸化や色素の補色作用により、見たままの再現がここで為されます」


 一つ一つのピースを繋ぎ合わせるように、コージャイサンは思考に集中し出した。周囲がついて来ていないのは、この際置いておこう。

 邪魔をしてはいけない、と口を閉じたイザンバだがまだ見ぬ代物に期待を寄せる。そんな彼女に冷たい言葉が……。


「——アンタ、本当に変人だなぁ」


「何そのゴミ屑を見るような目! 喋り方は全然似てないのになんで表情だけはリゲルなんですかいい感じで腹が立ちますねもぉー!」


「ニヤニヤしながら言うんじゃねーよ、気持ち悪りぃ」


 突き刺さらなかった。先程までの真面目な顔とは打って変わったニヤついた顔とハイテンションの防御力は意外と高い。

 イザンバの反応には引いたが、イルシーは二人の会話を聞き、改めてイザンバの狭く深く偏った知識に驚いた。同時に、疑問も残る。


「それだけ知ってるなら自分で何でも作れんじゃねーの?」


「……記憶力に自信はありますが、それを活用できる技術やセンス、魔力があるかはまた別問題です」


「うわー勿体ねぇ! そりゃ残念だったなぁ、イザンバ様」


 イザンバの答えはとても現実的だった。なんと言う宝の持ち腐れか。ざまぁみろ、とイルシーが今日一番の作り笑いを見せる。


「はぅっ! リゲルの愛想笑い! あーでも喋り方が……どうせなら喋り方も完璧にしてください!」


「一昨日きやがれ」


 しかし、何をしても喜ばせてしまうこの状況。本を前面に出して主張するイザンバの願望を、イルシーは無表情で切り捨てた。

 思考の海から戻ったコージャイサンはそんなやり取りを無視して動き始めた。カジオンにいくつかの物を用意を頼むと、その間に大きな紙に術式を書き込んでいく。

 全ての準備を整えるとイザンバを呼んだ。


「ザナ、ちょっと手伝ってくれるか?」


「何をしたらいいんですか?」


「理屈は分かったから、箱のイメージをザナに任せたい。俺よりもザナの方が想像力が強いし、今回の物にも詳しそうだしな。だから、俺とザナの思考を魔力で繋いで俺が読み取って放出する。錬成に必要な細かい調整は俺がするから、ザナは自由にイメージしてくれないか?」


「任せてください! 妄想力には自信があります!」


 あっさりと了承すると、コージャイサンの手に自分の手を重ねる。互いの指を絡めると、魔力回路を繋ぐ。そのままイザンバは己の思考をコージャイサンに預けた。


 イルシーは思う。それ、どっちも普通じゃない、と。


 どれだけ言葉を尽くしても、どれだけ長い年月を一緒にいても、自分の考えや思いを他人に全て伝える事は難しい。それは個々の認識に差があるからだ。恐らく今の話でも、コージャイサンの思い描いている物とイザンバの思い描いている物は違う形だろう。

 だからと言って、それを回路を繋いで他人の思考を直接読もうするのは普通じゃない。万が一、他人の思考に呑まれたら廃人一直線だと言うのに……どういう精神力だ。


 またイザンバのように、無防備なまでに他人にあっさりとその全てを預けることも、イルシーからすれば有り得ない。

 いくら読み取るモノが明確にされていても、それ以外も覗き見られるとは考えないのだろうか。

 それに、もしも今コージャイサンが魔力を逆流させたら……イザンバは内側から壊されてしまうと言うのに。


 ——イザンバ様に釘を刺さねぇとな。他人にこの知識を(かす)め取られたら堪ったもんじゃねー。


 イルシーは警戒心の薄いイザンバに対して危機感を募らせた。


 そんな事は意に介さず、二人の思考と魔力はリンクする。

 書かれた術式から光が溢れ出して、部屋に幻想的な彩りを与える。複雑に織り成される光は濃く、強く、中心にいる二人を包みこんだ。

 イザンバの知識を元に、コージャイサンが理論を組み立てる。イザンバの持つイメージをコージャイサンが具現化する。足りないところを補い合いながら、術式と媒体が形作られていく。


 光が収束すると、二人の前には大小の箱が二つ。コージャイサンは迷わず小さな箱を手に取るとイザンバに手渡した。それは長方形で面の広い方の中央にレンズが、上部には覗き窓と爪の大きさ程の突起が付いている。


「凄い! コージー様すごい! 本当にすごい! 貴方は天才か⁉︎ すごーい!」


 語彙力はどこに行ったのか。イザンバはひたすら『すごい』とコージャイサンを絶賛する。


「これを使うのに魔力はどれくらい要りますか? 私の容量で足りるかな?」


「これは媒体に術式を固定しているから後はここを押すだけだ。何も必要ないから安心しろ」


「やったー! 嬉しいー!」


 イザンバに合わせた設定、これは標準装備だ。小躍りするイザンバを横目に、コージャイサンはもう一つの箱を持つとカジオンに手渡す。


「紙はあるか? 横の引き出しが開くようになっているからここに紙を入れてくれ。足りなくなりそうならオンヘイ家から持って来させる。反対側は紙の吐き出し口だから、塞ぐ物がないところに置いてくれ」


「かしこまりました」


 恭しく受け取ると、すぐさまカジオンは準備に取り掛かる。


「コージー様、もういいですか⁉︎」


「まだ準備も説明もしてないだろ。ザナ、待て」


「わん!」


 それでも早く、早く、とイザンバの全身が訴えている。仕方がないな、と肩を竦めると説明を始めた。


「まず前提として、これはまだ試作段階だ。撮ったモノは撮影機からそのままもう一つの箱、転写機に転送されて紙に写される。写し終えた銀盤(フィルム)は自動で撮影機と転写機を行き来するから自分で取り替えの必要はない。ただ一枚ごとに転送するから、続けて撮るには五秒ほど待つ必要があるんだ。ここは改良しないとな」


 コージャイサンはそう言うが、試作でも要改良でもイザンバのボルテージは上がり続けている。

 カジオンが準備を整えるや否や、早速イザンバが動いた。


「あー! やっばい、ナニコレやばい。シリウス様こっち向いてー! ふぁー! 素敵ー! 目線こっちにお願いします! いい、いいよー! そのまま私を斬りつけてー!」


 そう言って素早くシャッターを切る。

 指示された通りに動く被写体、完璧な服装と表情。そして、ファインダー越しに絡み合う視線。


「ちょっと待って。もう無理」


 掌で口元を覆い、ガクッと膝をつくイザンバ。感情の振り幅は頂点を超え、涙が止めどなく溢れている。


「リアルシリウス様まじ尊い」


「何言ってんだ。コージャイサン様だろ」


「コージー様は三次元です。しかし、ここにいるのは2.5次元のシリウス様です!」


「意味分かんねーし」


 力説するイザンバをイルシーは理解出来ない。

 軍服を着たコージャイサンを三次元と見るか、2.5次元と見るか。これはどちらをより推しているか、その違いなのだが、ここは敢えて口を噤もう。

コージャイサンは閃きを貰い新たに作り出す

イザンバは自分が渡せるものを渡す

そう言った関係性です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あっさりと了承すると、コージャイサンの手に自分の手を重ねる。互いの指を絡めると、魔力回路を繋ぐ。そのままイザンバは己の思考をコージャイサンに預けた。」 ??????? 私もしかして…
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