表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/173

ゆるいお茶会。

 クタオ邸のサロンは一言で言えば無難。派手さは無く、かと言って厳かな感じでもない。伯爵家としてごく普通のサロンだ。

 そんなサロンでやっと対面に座ったイルシーに対して微笑みを向けながら、イザンバは次の展開に向けて口を開いた。


「そうだ! 折角顔を合わせたんだし、紹介しておきますね!」


 張り切ったようにそう言うと、イザンバはまず一人の男性に視線を向けた。年の頃は初老くらいだろうか。白髪まじりの薄い茶髪、瞳の色は濃茶色の眼鏡をかけた男性だ。その視線に応えるように、男性は一歩前へと進んだところでイザンバが話し出す。


「彼はうちの執事で……」


「知ってる。カジオン・ヨデス、クタオ伯爵が幼少の頃、つまり先代の時には執事見習いで、そのきっちりした性格を見込まれて伯爵の世話係になった。前任者が先代伯爵と共に隠居した為、執事として着任。伯爵より十五も上だからか、それとも幼少期にトラウマでも植え付けられたのか。伯爵が頭の上がらない人物だ」


 イザンバの言葉を引き継ぐような形で、イルシーはさらりと執事の名を言い当てる。その上、経歴まで言ってしまうのだから、なんとも余裕の態度だ。そのままスッと人差し指をメイドの方に向けるとこう続けた。


「こっちの、デ……あー、ふくよかで銀髪赤目の垂れ目がケイト・シキーヨ。見た目だけで言えば誰かさんよりお嬢様らしいよなぁ。食べる事、特に甘いものが好きで自分で作る事もする。お菓子や体調に合うお茶を淹れる事だけは、この邸で一番うまい」


 失礼な言葉を挟みながらもスラスラと喋る。イルシーの発する言葉に、イザンバとメイドたちは目を見開き随分と驚いている様子だ。


「で、そっちの細い明るい茶髪に碧眼のネコ目がシャスティ・エテン。流行にも敏感で、ドレスやアクセサリー選びを任されてる。一任されているだけあってセンスもいいが、とにかく美容に煩い。徹夜した時にすげぇ怒ってたやつ、だろ?」


「……あったりー」


 得意げにニヤリと口の端をあげるイルシーに対してイザンバはとても不満そうだ。面白くない、と顔に書いてある。頬杖を付いたイザンバから、不貞腐れた言葉がイルシーに向かって投げられた。


「なんだ。ちゃんと知ってるんですね」


「ターゲットの周りのにいる人間も調べておくのは当然だろぉ」


「あれ? 私ってば敵認定?」


 不満そうな顔から一転。イザンバはケラケラと笑う。次々と表情を変えるイザンバに、何が面白いんだか、とイルシーは嘆息を漏らす。


「まぁ、いいです。さっ! どのカードから切りましょうか?」


 ワクワクと言った風に手に持っていたカードを扇状に広げた。しかし、イルシーがそれを認識した時、また楽しそうなイザンバの声が決定事項を伝える。


「まぁ、最初ですしね。ここはやっぱり時系列順に行きましょうか!」


 聞いておいて選ばせないとは……。どのカードから、と聞く意味はあったのだろうか。


 イザンバはスッと一枚のカードを抜くと、くるりと裏返してイルシーにその文字を読ませた。書かれている文字は『コージャイサンとイザンバの出会い』——それは今から八年前、コージャイサンとイザンバが十歳の時の事。オンヘイ邸で行われたお茶会であった。


「当時の日記を持ってきたので、それを元に話しますね!」


 日記帳を顔の横まで持ってきてアピールすると、パラリと捲って読み始めた。それは子どもに読み聞かせるような、そんな調子で紡がれていく。


『今日はオンヘイ公爵閣下のお宅でお茶会でした。英雄ユエイウ・ヴォン・バイエの再来と言われている少年がいるときいていたのに、なんだかつまらなさそうな顔をしている子でがっかりしました』


「おしまい!」


「短っ!」


 読み終わると同時にイザンバは日記帳をパタンと閉じた。記録に残っていない話どころではない。一方的なイザンバの感想のみであまりにも短いそれに、イルシーは噛み付かずにはいられなかった。


「ちょっと待てよ、コージャイサン様だぞ⁉︎ 両親から受け継いだ美貌、由緒ある血筋、恵まれた体軀。知力、体力、魔力と類稀なる才能を持つコージャイサン様だぞ⁉︎」


「すごい褒めますねー。でも、お茶会の時はただのつまらなさそうな顔をした子どもでしたよ?」


 勢いよく並べ立てられる賛辞にイザンバは脱帽した。けれどもそれらに一切の興味がないのか、当時の感じたままをイルシーに伝えるとその反応を伺う。イルシーはと言えば、イザンバの言葉にあんぐりと口を開けている。


「今もそんなにコロコロ表情が変わる人じゃないですけど、余りにも子どもらしくないって言うか……。無表情で退屈そうだったので、ちょっと心配になりましたよね」


「心境が近所のおばちゃんじゃねーか」


 少し元気はないが、ツッコミが戻ってきた。そう言われてもねぇ、と仕方がなさそうに肩を竦めてから、イザンバは続きを語る。


「まぁ、想像していたような英雄って感じでもなかったですし? 私は女の子たちの、なんて言うか熱い空気に馴染めなかったんで、さっさとその場を退散したんですけどね」


「いや、心配したなら構えよ!」


「えー。他の子たちが頑張ってたから大丈夫かなーって」


 悪びれもなく、ケロリとそのように言うイザンバ。

 実際にその時、コージャイサンは多くの令嬢に囲まれていた。だが、いくらつまらなさそうな顔が気になったとしても、ガッツ溢れる彼女たちを押し除けて行けるほどの気概も興味もイザンバにはなかったのだ。故に、退散。きっと誰かが気付いてなんとか場を収めてくれるだろう、と期待だけを置いて。


 そんなイザンバの理由と行動にイルシーは額に手を当てる。俺がその場に居たら……などと考えるが、実に詮無いことだ。


 イルシーはそのままの体勢でチラリと、イザンバの日記帳に視線を向ける。さっきと同じ調子なら収穫は少ないかも知れないが、記録に残っていない話の断片ならあるかも知れない。それならば、わざわざイザンバの話に付き合う必要はないと、そう結論付けた。


「ちょっとその日記帳貸してくんねぇ? 俺が添削してやるよ」


「添削ってなんですか⁉︎」


 手を伸ばし、にこやかと言うよりはニヤニヤとした笑みを貼り付けるイルシー。そんな姿にただならぬ気配を感じ取ったのだろう。日記帳をギュッと胸に抱きしめてイザンバは否を示した。


「これは日記帳であって論文ではないんですよ⁉︎ 私の、私による、私の為の日記帳なんです! 私の主観と妄想(ユメ)欲望(キボウ)がぎっしり詰まっているんですよ⁉︎ 乙女の秘密を覗いてナニをするつもりですか⁉︎」


「何意味分かんねーこと言ってんだよ! って言うか、乙女なら乙女らしくコージャイサン様に夢見てろ!」


妄想(ユメ)なら違うものに見ています!」


「はぁ⁉︎ おい、コージャイサン様を差し置いて一体誰に見てんだよ」


 イルシーの語気が強まり声も低くなるが、イザンバが臆する事はない。


「二次元」


 キリリ、と真面目な顔をしてこう言い切った。それはもういっそ清々しいまでに。なので、相対するイルシーがこう吠えるのも無理はない。


「意味分かんねー!!!」


 はて、ここは何処かの劇場か何かだっただろうか。ポンポンと交わされる会話にメイドたちは呆然とするばかりだ。


 だが、イルシーからして見ればイザンバが只管(ひたすら)にふざけているのだ。変なのだ。だからツッコむのである。しかし、そんな慣れないツッコミ役ではバッテリーが保たない。イルシーは背もたれに肘を置いて項垂れると、長く長く息を吐き出した。その終わりがけにポロリと溢れた本音が一つ。


「ほんと変な女」


 ぴしり、と空気が固まった。イルシーも随分とうっかりしている。それ程までにペースを乱されたと言うことか。だが、そのうっかり漏れた一言が壁際に控える者たちを刺激した。己の背後からイルシーに向けられた負の感情。それらを打ち消すように、イザンバの言葉が駆ける。


「そうですか?」


 あっけらかんと。ただそれだけを言うと、イザンバは喉を労わるようにティーカップを傾けた。


 外野の思いとは裏腹に、言われた当人に気にした素振りは全くない。それどころか、こんなに面倒くさい人を短期間でよくここまで惚れ込ませたなぁ、とこの場にいない人物のカリスマ性に感服をしている程だ。


「カリウスさんの方はどうですか?」


「俺?」


 ややあって、少し固くなった空気を無視してイルシーの方へ水を向けると、ニッコリと微笑みかける。


「そう。初めてコージー様とお会いした時のこととか」


「……なんで話さなきゃならねーわけ?」


「語り合おうって言ったじゃないですか」


「同意した覚えはねーよ」


 そんな事を言う。イザンバは動きを止めて思い返すが、確かにイルシーは了承を言葉にはしていない。イザンバが勝手にそうだと受け取ったに過ぎないのだ。


「もうー。さっきまではいい感じにツッコミを入れてた癖に」


 それに対してイザンバは怒るでも嘆くでもなく、しょうがないなと肩を竦める。


「じゃあ、たちまち今から同意してくれます? 丁度ここに誓約書的なものがあるんで、取り敢えずこちらにサインをお願いします」


「あ、どうも。……って、するか!」


「あはははははは! ノリツッコミ、頂きましたー!」


 何処から出したのか、カジオンが誓約書を差し出したが、事はそう上手くは運ばない。誓約書を受け取り、そして綺麗に床に叩きつけたイルシーに、イザンバは声を上げて笑う。


 なんだかんだとイザンバのペースに乗せられている。その事実に、疲れと悔しさがイルシーに押し寄せた。


 このまま押されっぱなしなのは、癪に触る。


 そう思ったイルシーは(おもむろ)に立ち上がると、思わずメイド達が見惚れてしまうような綺麗な礼をした。そして、頭を下げたまま口を開く。


「イザンバ様。お手数ですが、お茶会への出席依頼料として十ゴアのご用意をお願いいたします」


「え⁉︎」


 このハイエ王国の通貨単位には『メント』と『ゴア』がある。メントの表面には王宮が、ゴアの表面には初代国王の肖像が刻印されている。


 一番低いのが一メント青銅貨。ここから硬貨の素材が変わる事で価値が変化する。

 一メント青銅貨十枚で一メント銅貨(十メント)

 一メント銅貨十枚で一メント銀貨(百メント)

 そして、千メントで一ゴアとなる。

 一メント銀貨十枚で一ゴア銅貨(千メント又は一ゴア)

 一ゴア銅貨十枚で一ゴア銀貨(一万メント又は十ゴア)

 一ゴア銀貨十枚で一ゴア金貨(十万メント又は百ゴア)


 一般的に庶民が使うのはゴア銅貨までだ。大体の買い物がそれまでの硬貨で出来る。ゴア金貨となると裕福な商人や各方面の実力者、貴族以上とならなければ見ることも少ないものだ。

 ハイエ王国ではりんご一個で十メントである。その事を考えると中々の額、りんご千個分の額をイルシーは請求した事となる。


「だって俺の主人はコージャイサン様だし? イザンバ様はただの護衛対象な訳だし? 元はと言えば俺は暗殺者だし?」


 口調を戻し、(おど)けたように理由を並べるイルシー。そのままズイッとイザンバに顔を近づけるとこう言った。


「暗殺者への依頼は金がかかるもんだぜぇ。さっき言っただろ? 次からは金取るって」


「いやいやいやいや、それはそうですけれども! 美味しいお茶とお菓子がありますよ⁉︎ これで十分でしょ⁉︎」


「そんなもん、持て成す側なら用意して当然だろ」


 イルシーのあまりの近さにギョッとたじろぐイザンバ。それでも負けじと言い返すが、イルシーは鼻で笑い飛ばしてしまう。そして、また殊勝な態度で頭を下げてこう告げた。


「イザンバ様からの『お茶会への出席依頼』確かに完了致しました」


「ぬあー!」


 悔しがるイザンバに向かってニヤリと嗤うと、イルシーは再びその姿をくらませた。



一話のつもりがまた長くなってしまった。

続きはまた明日!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ