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 ふわり、ふわりと意識が浮上する感覚を覚えたイザンバの頭がそっと撫でられた。

 それはとても優しい撫で方で、その心地よさについ彼女は「もっと」と甘えて擦り寄りった。手は一度動きを止めたが、少ししてまた柔らかく、滑らかに動く。

 ところが、静かな時間は終わりだと無情にも扉をノックする音が知らせた。


「コージャイサン様、残党狩りの準備だけどさぁ」


「ああ……」


「ハハッ。すげぇ嫌そう」


 コージャイサンの声が聞こえたかと思うと、次いで出た長いため息。イルシーの笑い声はそれを揶揄うような気配を隠していない。


「当たり前だろう」


「ま、直々の命令じゃあ仕方ねーって。呪いの大元を閣下が叩くにしても、国内に残党がいないとはまだ言い切れねーんだし」


「お前、俺に変装して行ってこい」


「なんでやねん」


「お守りと退魔グッズがあればなんとかなるだろ」


「はぁ……戻ってきたばっかで離れ難いのは分かるけどさぁ、面倒な戦後処理は早く終わらした方がイザンバ様だって安心出来んだろぉ。つか、これ終わったら休み貰えんじゃん」


 忌憚なく交わされる主従の会話。いつもより少し低めのコージャイサンの声に彼が不満を抱えていることが分かって、イザンバは手を伸ばしたくなった。

 だが手を伸ばすより先にふるりと震える瞼。


「ザナ?」


 囁く声に手を引かれるようにイザンバが目を覚ました。


「…………ん……コージーさま」


「おはよう」


 コージャイサンの柔らかな声音に彼女はふにゃりと力が抜けたように笑った。

 だが、寝ぼけ眼のイザンバは顔に添えられた手の温もりにすりすりと頬擦りしながら気の抜けた声で答えた。


「おはようございます」


 甘えるような姿に少し驚いたコージャイサンだが、そっと気持ちを落ち着かせた彼はその手を払わないままイザンバに尋ねた。


「気分はどうだ? 気持ち悪いとかないか?」


「うん、へいきです」


 答えながらさらに自分の手を重ねて頬を擦り寄せた。コージャイサンがここにいる、と。ただただその安心感を求めて。

 二人のやり取りを見ていたイルシーは気配を絶って部屋を出た。束の間の逢瀬、邪魔をしては馬に蹴られると言うものだ。


 暫く安心感を享受していたイザンバだが、しかし自分以外の温もりを脳が認識するやいなやがばりと起き上がった。


「え、私何して、ごめ……っ——……」


 慌てて謝罪を口にするもふらりと目眩を起こしたイザンバをコージャイサンが難なく支えた。


「いきなり動くな。魔力切れで気を失ったのは覚えているか?」


「はい。……あの、ここは?」


「防衛局の医療棟だ」


 コージャイサンの言葉にイザンバはゆっくりと周りを見渡した。

 明かりと新鮮な空気を取り込む大きな窓、目に優しい木目調の家具がある清潔感のある広い部屋だが、備え付けの一人掛けのソファーは四脚あるのにベッドは一つだけ。どうやら医療棟の個室のようだ。

 場所が分かったからかホッと肩の力を抜ける。


「まだ全然回復してないな」


 触れた手から読み取った魔力量にコージャイサンが眉を顰めた。

 ベットサイドのテーブルから魔力回復薬の瓶を手に取るからくれるのかと思いきや、どう言うわけか動きを止めるではないか。


「コージー様?」


 どうしたの? と首を傾げるイザンバにコージャイサンはいい笑顔を向けた。


「1、魔力の直接譲渡。2、魔力回復薬の口移し。どっちがいい?」


「3、魔力回復薬を自分で飲む。を希望します!」


 間髪入れずにイザンバは第三の選択肢に手を挙げた。しかしどうもコージャイサンはお気に召さないようで不満を露わにする。


「えー……」


「えーって何⁉︎」


「さっきはすんなり受け入れただろう?」


「それは危機的状況だったからですよね⁉︎ 今は……ほら、見てください、この清々しいお天気。平和そのものじゃないですか。もう目眩も治ったし」


 窓の外に広がる晴天と己の元気アピールをしてみるが、しかしコージャイサンは何も言わずにイザンバを見つめている。じっと静かに見つめている。

 彼の眉が下がっているせいか、なんだかしょんぼりと犬耳が垂れているように見えているのは幻覚だろうか。

 イザンバは間違った事は言っていないはずなのに、見えた犬耳がチラつき居た堪れなくなった。

 だが、ここで負けてはいけないと気を強く持って口を開く。


「そもそも1はコージー様の方が負担が大きいんだから候補に入れちゃダメだと思います」


「んー……別にそんな負担じゃないけど。じゃあ2にするか?」


「しません! 私ちゃんと3って意思表示しました!」


「それは存在しない選択肢だ」


「あります! ほら、見てください! こんなにも3って自己主張してる!」


 コージャイサンの目の前に三本立てた指を突きつけた。けれども彼は薬指に触れてこう言うではないか。


「この指を折り畳めば……すごいぞ、2になった」


「わー、勝利のピースサイン。今日にピッタリー」


「だろう?」


「って力技過ぎる! ゴリ押しかー!」


「うん。それで、どっちにする?」


 コージャイサンはどうしても1か2で選んで欲しいらしい。楽しそうに肩を揺らしてはいるが決して意志を曲げない彼にイザンバは悩みに悩んで。


「…………………………1で……お願いします」


 コージャイサンが負担ではないというのならば、もう甘えてやる、と。提示された二択で2は今のイザンバにはハードルが高すぎたのだ。

 ぎしっ、とベッドが鳴いたのはコージャイサンがイザンバの隣に腰掛けたから。そのまま手を繋いで指を絡め合う。


「ザナ、力抜いて。そんなに固くなったら少ししか入らない」


「無理無理。だって、自分の中に他の人のものが入ってくるなんて……意識したら怖い」


「さっきは出来ただろ?」


「だってあの時は無我夢中だったって言うか」


 ぐずぐずと言い出すイザンバの頬に手を添えて、コージャイサンは柔らかな声音で囁いた。


「大丈夫だ。ほら、ゆっくり呼吸して」


「うぅ〜……よし、バッチこい!」


「ダメだー!! こんな所でそんな事はダメだー!!」


 イザンバは深呼吸を繰り返し、「いざ、参る」とでも言う時になんと言う事でしょう。オルディ・クタオ伯爵が扉を壊す勢いで部屋に入ってきた。


「お父様⁉︎ え、そんなダメな事だった⁉︎」


「別に問題ないと思うが」


 ポカンと顔を見合わせる二人に、しかしオルディは必死の形相で言い募る。


「ダメだよー! ダメったらダメ! 結婚式が悪阻(つわり)で台無しになっちゃうじゃないか!」


「え? なんで悪阻(つわり)?」


 イザンバも悪阻(つわり)自体はわかる。だが、なぜ父が急にそんな事を言い出したのかと彼女の疑問は殊更深くなる。


「あら、軽い人もいるわよ。フェリシダは重い方だったの?」


「私は人並みでしたが、悪阻(つわり)は人それぞれですので……しかしセレスティア様、そう言うことではありません」


「そうそう!」


 フェリシダがセレスティアに意を唱えた事でオルディは大きく頷いた。しかし、それは早合点というものだ。


「初めてはやはりきちんとした場所でないと。ここではいけませんわ」


「ちがーう! フェリも違うー! そうじゃないんだよ!」


 母の言葉を理解したイザンバはやっと父の騒がしさに合点がいく。そして一気に顔を赤く染めると大きな声で反論した。


「なっ……! そんな事してません!」


「そんな会話をしてたじゃないか!」


「してません! 勘違いも甚だしい! お父様のヘンタイ!」


「ヘンタイ違う! え、お父様が悪いの⁉︎」


 そう尋ねるもプイッとイザンバにそっぽを向かれオルディは涙目だ。

 ゴットフリートはクタオ父子のやり取りに肩を揺らすと、笑いを堪えて息子とは反対の位置へと足を進める。

 そして、どこから取り出したのか魔力回復薬を片手にイザンバの顎を持ち上げると笑顔を向けた。


「では、4、手ずから飲む。と言うことで。ザナ、飲ませてあげるから口を開けなさい」


「お待ちください閣下。それも何かが違います!」


 オルディが制止するもゴットフリートは笑顔のままで。

 だが、イザンバの顎を掬っていた手をコージャイサンがパシリと叩き落とした。


「それは俺がします」


「遠慮するな」


「してない」


 片やニコニコと、片や冷え冷えと。美形父子のやり取りは見ているだけでならいいが、いざ間に挟まれると肩身が狭い。

 ——父伯爵の勘違いを招いた自分たちの会話も

 ——ニコニコとした母親たちの視線も

 思い返すほどに恥ずかしく、この状況にもいつまでも耐えられないとばかりにイザンバは声を上げた。


「あの………………自分で飲みます」


「ああ、それが一番早いね」


 なんてしれっとした様子のゴットフリートから魔力回復薬を受け取り、イザンバは瓶の中身を気まずさと恥ずかしさと一緒に飲み込んだ。


 ——助かったような、助かってないような……?


 一体両親たちが二人の会話をどの部分から聞いていたのか。

 けれども、ゴットフリートのお陰でイザンバは結果的に自分で回復薬を飲む事が出来たのだ。


 ——コージー様に負担をかけずに済んだし、もう深く考えないでおこう。


 時にはそのまま流されてしまう事が良い結果を呼ぶ事もある。そういう事だろう。


 さて、ソファーの上座に公爵夫妻、下座に伯爵夫妻、コージャイサンとイザンバはベッドに着座したところで、ゴットフリートが改めてイザンバに笑顔を向けた。


「ザナ、要請に応えてくれてありがとう。お陰で無事に王都を守り切ることが出来たよ」


「あの聖なる炎、とても美しかったわ。呪いを祓っただけでなく多くの人の希望にもなった事でしょう」


「立派に……大役を務めたね」


 セレスティアは公爵夫人然りとした中に労りを、オルディはその瞳を潤ませながら言った。


「はい。でも、私一人の力じゃありません。コージー様や防衛局の方々のサポートがあったからです」


「だとしてもっ……あんな、戦場に行くなんて……怖かったでしょうに……すごいわ、本当にすごいわ! ザナ、よく頑張ったわね!」


 イザンバの言葉に被せるようにフェリシダは涙声で言う。

 口々に思いを伝えられて。

 ——柔らかな眼差しに

 ——温もりのある言葉に

 安心させなければ、と張り詰めていた気持ちの糸が緩んでしまう。じわり、とヘーゼルを潤ませた。


「怖かった、けど……コージー様が守るって言ってくれたから……護衛のみんなも、防衛局の人たちもついていてたし……。それにコージー様も、イルシーも急いで戻って来てくれて……だから……っ……」


「怖い思いをさせてごめん。ちゃんと守るつもりだったのに足りなかったな」


 ——自分が側にいれば

 ——イザンバが籠っていれば

 コージャイサンには守り切る自信がある。彼が信を置く従者たちとて同じ事だろう。

 けれども、ずっと側にいる事はどうしたって叶わない。

 イザンバが戦場に行く事になっても出来る限り守りを固めるようにしたつもりだが、戦闘の流れを全て予測するのは彼であっても不可能で。


「俺も、怖かった…………——ザナを失うかと思うと肝が冷えた」


 戻ってきて真っ先に見た光景がイザンバに凶刃が迫るところだった。

 ——どれほど恐怖したか

 ——どれほど激怒したか

 それでも恐れも怒りも飲み込んで、強めに氷漬けにするに留めて彼は余裕の笑みを貼り付けた。ただ彼女を安心させるためだけに。


 この時、イザンバは知った。自分がコージャイサンを失う事が悲しい、寂しいと思うように彼もまた同じ事を思っているのだと。

 つまり、とイザンバは思い至った。


 ——お守りを渡した日と同じ……?


 彼は触れる事で安心したかったのかもしれない、と。直接譲渡も口移しも互いに触れなければ成し得ないから。


「コージー様」


 それは今日一番優しい声色の呼びかけ。イザンバはそっと彼の手を包み込んだ。目元がじんわりと熱くどうしたって潤んでしまうが、それでも笑顔でこの想いは伝えたくて。


「あの時、コージー様を見つけて本当にすごく安心して。だからもう一度言わせてください。助けてくれて、守ってくれてありがとうございます」


「俺の方こそ。ザナの真心が俺を、アイツらを、王都を守ってくれた。ありがとう」


 その真心とはイザンバが作ったお守り。ところが真正面から賛辞を返されてすぐにイザンバは首を横に振った。


「いやいや、あれはまさかの副産物です。あんな効果があるなんて私も思わなくてびっくりしたくらいで。本当たまたまって言うか、運が良かったって言うか」


「ザナ」


 けれども少し強い調子で愛称()を呼ばれた。キュッと口を噤んだ彼女が恐る恐るコージャイサンを見上げれば、そこには甘く柔らかな翡翠の微笑み。

 そして、コージャイサンは言う。


「胸を張れ。あれは間違いなくザナ自身の力だ」


 自分を過小評価してしまう彼女に覆しようのない事実を見せながら。


「もっと自分に自信を持っていいんだよ。防衛局がした事はあくまでもサポートだ。ザナがその場で頑張った事には変わりない」


 ゴットフリートが諭すように。


「誰かのお陰だと感謝する気持ちは大事よ。でもね、ちゃんとそこにザナ自身も入れてあげなさい。私たちは逃げずにやりきったあなたをとても誇らしく思っているわ」


 我が事のように自慢げなセレスティアと。


「私たちがもっとしっかりと見ていればザナにトラウマを与えずに済んだのにと、後悔しない日はないよ。それでも笑顔を絶やさずに多少、いや、そこそこ…………だいぶ変わった方面に開花したけど、それもザナの努力の結果なんだよ」


 吐露されたオルディの内に巣食う後悔も。


「自分の心を守りながらあなたは沢山のことを身に付けたわ。だからこそ自分の価値を自分で下げてしまうような事を言わないで。努力も功績も、それに付随する賞賛もザナに与えられた嘘偽りのないものなんだから」


 フェリシダが静かに涙を流しながら願う。


 イザンバはどうしても成功や実績を周囲のおかげと考えてしまう。その気持ちは分かるがどうかそこにもう一人、加えてほしいと彼らは言う。

 あなたが頑張ったのだ、と。

 自分を褒めてあげなさい、と。

 じわじわと迫り上がる熱さを必死に堪えているとコージャイサンがイザンバの頭を優しく撫でた。それは目を覚ます前に感じたあの温もりで、視界が波打つようにゆらゆらと揺れる。


「ザナ、よく頑張ったな。えらいえらい」


 もう————限界だった。

 表面張力ギリギリで保たれていた雫はその(しがらみ)を越えて流れていく。


「っ——…………はい」


 次から次へと涙が溢れて、溢れて。けれども声だけは上げないようにと唇を引き結んだ。

 だが、それは無駄な抵抗だった。


「本当に…………よく、がんばったね〜〜〜!!!」


 オルディが周りを憚らずに盛大に男泣きをするものだから、つられてフェリシダもハンカチで目元を抑え、イザンバはコージャイサンの腕の中で声を上げて泣いたのだ。

 この八年を思って——。

 オンヘイ公爵一家はその光景を温かな眼差しで見守った。

活動報告に入室前の両親ズの会話劇アップ予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] いや~相変わらずザナに関してはここぞとばかりグイグイいきますね。 確かに二人の会話だけ聞いていればあの反応は仕方なし しかもコージャインサン様のパパ様…
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