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コージャイサンとイザンバの内緒話。

 キュイーン! キュイーン! キュイーン!


 イルシーがコージャイサンの元から立ち去ってから(およ)そ一時間経った頃。浅い眠りの中に居たイザンバを呼ぶように「キュイーン」と言う非常にけたたましい音が鳴り響いた。


「え⁉︎  何⁉︎ 敵襲⁉︎」


 何事かと驚き飛び起きたイザンバが目にしたのは伝達魔法に使う水晶の明滅。


 伝達魔法とは、術式の中に互いの名前と魔力を組み込む事で水晶を通して遠方に居ても会話が出来ると言うものだ。

 元は戦時中に味方に危険を知らせる為、()わば緊急警報として作られた物である。

 戦争のない時代を生きるイザンバたちにとっても日常的に使うものではなく、万が一のためにと言う意味合いが強い。


 さて、そんな伝達魔法をこんな夜中に使うのは誰だろうか。

 イザンバの持つ水晶が反応する魔力は両親、兄、コージャイサン、そして友人が一人。


「えー、お父様もお母様も家にいるし。誰だろ?」


 そう思いながらも素早く髪を整えて、少し緊張した面持ちで手に取った水晶に自らの魔力を流した。


『こんな時間に悪いな。ザナ、ちょっといいか?』


 水晶に映し出されたのはコージャイサンだ。手元に紙の束らしきものが見える辺り、この時間まで仕事をしていたのだろう。

 水晶を通して聞こえてくる声の調子や表情から緊急ではないと感じ取ったイザンバは肩の力を抜いた。


「どうしたんですか?」


『アイツは戻ったか?』


「アイツってカリウスさん? さぁ、居ても居なくても分からないですし」


 イザンバの答えにコージャイサンはそうか、と頷いた。イルシーが居るのならば、この音に反応して何らかのアクションがあるだろう。それを全く感知出来ないと言う事は、イルシーはこの場に居ないと言う事だ。

 暫し思案してから、コージャイサンはイザンバを見据えて口を開いた。


『ザナ、アイツと信頼関係を築いておいてほしい』


「信頼関係、ですか」


 鸚鵡(おうむ)返しをしたイザンバだが、呆けたその表情には『なんで?』と書かれている。


『そうだ。アイツを無期限でザナの護衛につけるから』


「無期限って……。それ、大丈夫なんですか?」


『何が?』


「何って、カリウスさんの心情的に?」


 主従をそんなに引き離していいものなのか。そもそもイザンバの護衛ではイルシーの本懐も遂げられないのではないか。

 そう(おもんばか)るイザンバを尻目にコージャイサンはあっさりとしたものだった。


『大丈夫だろ。そんなにヤワじゃないらしいし』


「それ、絶対に元の話題が違いますよね」


 イザンバは適当に流すコージャイサンをついジト目で見てしまう。しかし、当の本人にとってはどこ吹く風。気にした様子も見受けられないコージャイサンに注意を促した。


「ちゃんと納得させてからじゃないとダメですよ。不満って溜まっていくものなんですから。下手したら謀反を起こされますよ?」


『その点についても大丈夫だ。八つ当たりに行ったからな』


「え?」


 それでいいのか。どこの誰に、と気になる点ではあるが、コージャイサンに言う気は無いのだろう。

 しょうがないなぁ、とイザンバは苦笑いを浮かべた。そして、ふと気になった点を尋ねた。


「コージー様、ちゃんとカリウスさんとお話ししてますか?」


『は?』


「主従の事に私が口を出すのもおこがましいですけれど、コージー様は変な所で端折る癖があるんですよ。誤解を招かない為にも、まだ今は鬱陶しいくらい丁寧に心情なり思考なりを話した方がいいと思うんですよね」


 さっきの信頼関係うんぬんもそうだ。

 コージャイサンに何か考えがある事は分かる。でも、肝心な部分が伝わっていなければイルシーも素直に動きにくいのではないのだろうか。


「伝わらないもどかしさはあると思います。自分でやる方が早いって思うでしょう。でも、よっぽどのおバカさんじゃない限り、ちゃんと言えば伝わりますから。細かく伝える事も聞く事も恥ずかしい事じゃないんですよ。たくさん繰り返して目指せ、目と目の会話! 阿吽の呼吸! 私の理想の主従像! ですよ!」


 グッと握り拳を作っての力説。後半はイザンバの欲望丸出しだが気にしない。リアル主従萌えをこの目で見られるのならば! と別方向にイザンバの気合いは高速で高まる。


『……くくっ。ははははは!』


「え⁉︎ どうしたんですか⁉︎ 何笑ってるんですか⁉︎」


 そんなにおかしい事を言っただろうか。イザンバが欲望に忠実なのはいつもの事なのに。

 珍しく声を出して笑うコージャイサンに問いかけるも、返事は笑いを孕むだけ。


『いや、ちょっとな』


 くつくつと笑い続けるコージャイサン。イザンバはそんなに笑わせるような事は言ってないのに、とムッと口を尖らせている。


「ちょっとした事で笑うなんて、それ相当眠いんですよ。仕事が大事なのは分かりますけど、今日はもう寝てください」


『ああ、そうする』


 まだ笑っているが、コージャイサンは素直にその案に従った。よし、と満足気な表情を見せた後、イザンバは先程の自分の言葉を思い返す。


「コージー様」


『ん?』


「コージー様は……」


 呼びかけておきながら、目線を下げて言い淀むイザンバ。コージャイサンは、ただじっとイザンバの言葉を待っている。

 少しの間を開けてから、意を決したようにイザンバが正面を向いた。


「コージー様は…………カリウスさんを信じていますか?」


 それは直球で投げられた。コージャイサンが『アイツは戻ったか』と聞いた事で、自分の近くにイルシーが居ない事はイザンバでも予測が出来る。

 だからこそ、今。

 他意もなく、ただ知りたいと思った事を口に出した。


 暗殺者の里から付いてきた時点でイルシーの心が決まっているのは分かっていた。

 それを許容したコージャイサンがイルシーの実力を認めているのは確かだろう。そうでなければ側に置く事はしないから。

 コージャイサンはイザンバが知る中で一番強い。けれど、その心は? 

 自分たちは成長をし、環境は変わった。だからこそ手駒としてイルシーを側に置いた事は理解出来る。だが、その行為に不安はないのだろうか。


 いや、違う。


 コージャイサンやイルシーのせいにしているが、これはイザンバの不安だ。

 護衛の件は確かに受け入れた。だがこの数日、姿を見せない相手を信用するだけの手立てがイザンバには無いのだ。

 彼がコージャイサンを裏切らないか。彼がコージャイサンの寝首を掻かないか。


 誰の心中も見えないからこそ、イザンバは確信を求めて言葉を欲した。


『ああ。アイツの実力も忠誠心も本物だ』


「……そうですか」


 イザンバは静かにその回答を受け止めた。そしてコージャイサンの発した、迷いも疑いも無い言葉を噛み締める。

 うん、うん、と頷き、自分の中で消化をすると、顔を上げてふんわりと笑った。


「なら良いです」


 その言葉を、表情を、心を、コージャイサンは見つめる。口角が上がり、自然と溢れた笑みのまま声を掛けようとしたが、先にイザンバの声が耳を打った。


「拳と拳を交えて築いた男同士の熱い友情、熱い絆ってヤツですね! いいなぁ! いーいーなぁー!」


『ザナ、夜中だぞ。静かにしろ』


 そこにはどこか吹っ切れたような、いつものイザンバが居た。それを見たコージャイサンも、またいつものように返す。


「ちなみにポイントはどこですか⁉︎ 最初の一撃? それとも、頭を垂れた時?」


 ビーコン! ビーコン! ビーコン!


 まるで漢の熱い友情に昂ったイザンバの声を掻き消すように鳴り始めた警告音。発信源は伝達魔法使用中のイザンバの水晶からだ。


「もう! 伝達魔法の術式にこの警告音を組み込んだの誰ですか! 無駄に焦るし、煩いし、制限時間三分ってなんですか! 短いし!」


『そうだな。いくら緊急用とは言え、これは改良の余地ありだな』


「今しちゃダメですよ! ちゃんと寝なきゃ! そういうのは休みの日にしてください!」


 まるで新しいおもちゃを見つけた時のような煌めきを目に浮かべるコージャイサン。水晶越しにそれを感じ取ったイザンバは制止をかけた。まずは寝て欲しい。


 呼び出し音も警告音も伝達魔法を受け取る側でしか鳴らない。

 戦時中、周りへの避難を促す為に付けられたので大音量だ。時間が来たら勝手に切れるのも避難を優先しての仕様。

 ちなみに呼び出した側は敵が近くにいる事も配慮して無音である。『呼び出し音で見つかってしまっては意味がない』と言う事だ。日常的に使えない理由はこの音にある。


 では、なぜ戦後に改良されなかったのか。

 それは完成された術式に手を加えるのは難しいからだ。何かを足したり、何かを削ったりすると途端に全体のバランスが崩れて成り立たなくなる。

 出来ないわけでは無いが、労力と時間がとても掛かるのだ。そのため、改良するくらいなら新しい術式を作る方がいいと考える者が多い。

 何より、既存のものより新しい術式を発表をする方が金にも名声にもなる。

 後はスパイや王侯貴族のお家事情など、警告音がなくなる事で不都合を来す複雑怪奇に絡まった大人の事情である。お察しあれ。


 さて、残酷にも時を刻む伝達魔法の警告音は「ビコン! ビコン! ビコン!」とその速さを増していく。


「あー! 文句言ってる間にさらに早く!」


『それじゃあ後は頼んだぞ』


「合点です!」


『ザナ、ありがとう。おやすみ』


 一瞬の間。思いもよらない言葉にイザンバの動きが止まった。


「あ、はい。おやすm……」


 おやすみなさい、とイザンバが言い終わる前に時間切れを迎えた。中途半端に途切れた言葉の意味は辛うじてコージャイサンに届いたのではないだろうか。

 水晶の明滅も警告音も無くなった部屋の中。後に残るのは首を傾げるイザンバだけだ。


「ありがとう? 夜中に起こしてごめんじゃなくて?」


 役目を終えた水晶を突いた。もう一度魔力を通せば会話は出来るが、そうすれば今度はあちらでけたたましい音が鳴る。真夜中にオンヘイ家を騒がすのは余りにも申し訳ない。


 イザンバは以前に一度だけ伝達魔法を使った事がある。

 その時は音の対策の為にコージャイサンへ『三日後の夕食後に伝達魔法を使うから部屋に防音魔法をかけておいて欲しい』と事前に手紙を送ってからだった。

 そして元気そうな声を聞き、警告音が鳴る前に早々に切り上げたのだ。


 イザンバに防音魔法は使えない。防音魔法は網目の細い結界を幾十にも張り、更にそれを凝縮接着する事で成り立っている。

 音は目に見えない。そのため普通の防御魔法よりも難易度が高いので、使える人の方が少ないのである。

 事も無げに使うコージャイサンが大概おかしいのだ。


「まぁいいか。今度聞けば」


 もう一度だけ水晶を突いた後、頬杖をつきながら窓の外に目を向ける。広がるのは夜に包まれた景色。その闇夜の黒はコージャイサンを彷彿とさせた。


「信頼、ねぇ。あの人はコージー様に惚れ込んで付いてきたっていうのに。それをこっちに回すからあっちもこっちも余計に拗れるんじゃない」


 不安がなくなった途端にこの悪態とは、これ如何に。


 しかし信頼関係を築くにしてもイザンバはコージャイサンのように拳では語れない。

 結局は面と向かっての会話が必要となる。コージャイサンに会話をしろと言ったがあれは余計なお節介だった。こちらの方が深刻だ。

 会話をする気もない、姿も見せない相手にどうやって信頼関係を築けと言うのか。

 この数日、姿をチラ見する事すら出来ていないのに無茶振りもいいところだ。つい今しがたに解決したが、だからこそイザンバの不安は増幅したのだ。


 よしんばイルシーが会話をする気になったとしても、共通の話題などあっただろうか。好きな暗器? 得意な殺し方? やりやすいターゲットとは?


「うーん」


 腕を組みながらイザンバは悩む。どの話題もついていけない事はないが、盛り上がる内容ではない。どちらかと言えばインタビューだ。イザンバが聞いて、イルシーが答えて、ハイ終わり。これでは次に続かないだろう、と思考の隅に追いやる。話題、話題、話題……。


「あー、めんどくさい」


 頭の中をぐるぐると巡るのは話題という単語のみ。イザンバは途端に面倒臭くなった。推しの為なら時間も金も惜しまないが、自分を嫌っている相手に時間を割くことほど無駄なものは無い。お気楽そうに見えるイザンバだが、実はそうでもない。


「もっと王道小説みたいにチョロい人だったら良かったのに」


 出会う人、全てに好かれるヒロイン。そのヒロインに微笑みかけられただけでコロリと落ちる暗殺者。ありそうだ。

 だが、現実はそんなに甘くない。全く姿を見せないことからも、こちらに向いているのは恐らく嫌悪だろうと察せられる。


「私を嫌いなら、それはそれでいいんだけど……」


 そんな人はごまんといるんだから、とイザンバは思う。特段好かれる為の努力はしていないが、コージャイサン・オンヘイの婚約者と言うだけで年頃の女性に嫌われている事を知っているのだ。

 だから、イザンバはそう言った他人に構わない事で身を守った。他人に構わない分、本を読んだり、推しを讃えたり、聖地巡礼をしたりと、中々に充実した日々を送ってきたのだが。


「そうもいかないか」


 吐き出す言葉は重く沈む。コージャイサンが彼を側に置いたと言う事実。これは長い付き合いになるに違いないだろう。

 イザンバは立ち上がると本棚に向かった。難攻不落の攻略対象者を落とす方法はないか、とその知恵を借りる為に。




 翌朝。イザンバの部屋からそれはそれは姦しい声が廊下まで漏れ出した。声の持ち主はイザンバ付きの服飾及び美容担当のメイドである。


「お嬢様! なんですか、そのお顔⁉︎……まさか徹夜したんですか⁉︎」


「げっ!」


 しまった、と思わず声に出たが時すでに遅し。ベッドの上には読み終わった本、これから読む本がイザンバを挟むように行儀良く並んでいる。ズンズンと近づいてくるメイドのただならぬ気配に、イザンバはサッとベッドの上で姿勢を正す。


「あー、ちょっとね。眠れなくなっちゃって?」


 頬を掻きながら言い訳をするイザンバの顔をじっくりと眺めたメイドは再び嘆きの声を上げた。


「何考えてるんですか⁉︎ あー! 酷いクマ! 浮腫! 仮にもオンヘイ公爵令息の婚約者がなんたる顔!」


「ごめんなさい」


 イザンバは即座に謝罪した。元はと言えばその公爵令息が伝達魔法で起こしたせいなのだが、そこから本棚に向かったのは自分なのでなにも言えない。


「徹夜しなくても昼間に読めばよろしいでしょうに! ご予定がなければ誰も止めません!」


「仰る通りです」


 言えない。コージャイサンに寝ろと言った手前とりあえず参考用に本を出しておくだけのつもりが、パラパラと捲っている内にいつの間にか腰を据えて読んでいたなんて言えない。


「美は一日にして成らず! 一日徹夜するだけでもお荒れになるお肌様だと言う事、ご自覚くださいませ!」


「申し開きもございません」


 言えない。久しぶりに手に取った本の推しの活躍に興奮して「知っているのに続きが気になる」と言うミラクルにハマり、更に目が冴えたなんて言えない。


「オンヘイ家の方々から『惜しまず磨け(やれ)』とのご厚意! 平凡であるがこその伸び代! ここまで肌のコンディションを整えてきましたのにぃぃ!」


「いや、私を磨いたところで大して変わらないでしょ」


「…………お嬢様、今なんと?」


 般若降臨。圧倒的眼力と地を這うような荒んだ声がイザンバに向けられる。「あ、これダメなやつだ」と瞬時に理解したイザンバは丁寧に頭を下げた。


「誠に申し訳ございませんでした」


 言えない。読んでいるうちに当初の目的から大きく外れて、あれもこれもと読み漁った結果の徹夜だなんて……言えない。

 そんな諸々の事情によりなにも言えないイザンバには、怒れる般若(メイド)に平身低頭するより他に術はない。


「徹夜するならここにある本、全部没収しますよ!」


 そう言うとメイドはビシッ! とベッドの上にある本を指差した。その目を見てイザンバは悟った。これはマジだ、と。


「いやー! それだけはやめてー! 夜はちゃんと寝るから! 後生だからー! 本当にごめんなさいー!」


 ここ一番の謝罪を口にしたイザンバ。その賑やかなやり取りをまた壁を隔てて聞いていたイルシーは呆れるばかりだ。


「朝っぱらから何やってんだぁ? あの人は」


 空模様は曇天。さて果て、この眼前を埋め尽くす分厚い雲は、一体いつ晴れるのだろうか。

 全ての流れは風の赴くままに。

恋愛には不向きな伝達魔法ですが、声と映像が届くあたりそこそこ優秀な魔法です。

作った人はきっと恐らく転生者。


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