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エイレテュイアの竜宮さん

なろう名「朝鳥明日」、Twitter名「睡眠傾向」さんの作品「エイレテュイアの天秤」とのコラボ回です。

 地元のゴミ拾いボランティアに参加することになった。


 事の始まりは鞘華さん。


 いちばん多くゴミを集めた人は豪華賞品がもらえるというチラシを見て、私と刀士郎さんを巻き込んだという形だ。


「いやー、なんなのかしらねー、豪華賞品って。松坂牛10人前とかだったらいいなー」


 鞘華さんはじゅるりと唾を拭う。


 とてもゴミ拾いをしにきた人相ではない。


 Tシャツにオーバーオールと、服装だけは真っ当だけど。


「せいぜい図書券とかだろ」


 呆れてため息をつくのは、ジャージ姿の刀士郎さんだ。


 ジャージは高校のとき使っていたもので、私も色違いを着ている。


 刀士郎さんが黒で、私が赤だ。


 鞘華さんも着てくれば全学年のジャージが揃ったのだけれど、生憎ともう捨ててしまったらしい。


「刀士郎、ユイ。しっかり働きなさいよね。2位じゃ意味ないんだから。絶対に豪華賞品をゲットするのよ!」


「は、はい、がんばります!」


「テメェこそ俺たちを働かせておいて自分だけサボったりするんじゃねえぞ」


「嫌だなぁ、刀士郎ちゃん。お姉ちゃんがそんなゲスい真似するわけないじゃない。あっはっは!」


「おうならなんなんだよその滝のよーな脂汗はよォ……?」


 どうやら図星だったみたいだ。


 やがて、拡声器で増幅された主催者の声が響いた。


 簡単な挨拶ののち、参加者には軍手と火バサミとゴミ袋が配られる。


 制限時間は1時間。


 土や草でゴミの量を水増しした場合、本来の量がいくら多くても失格扱いになるとの説明もあった。


 それを聞いた途端、鞘華さんが固まっていたので、たぶんやる気だったんだろう。


 最後に、交通事故等に気をつけてください、と注意事項が述べられ、ゴミ拾い大会の開始がいよいよ宣言された。


 鞘華さんじゃないけど、賞品は食べ物がいいな、そしたら家計が浮くし。




*****




「あれ? 鞘華さんは?」


 河川敷の掃除を始めて30分後、いつの間にか鞘華さんの姿が消えていた。


 私が集めたゴミを入れた袋を片手に持つ刀士郎さんは、死んだ目で川の向こう側に親指を向ける。


「あっちのほうがゴミがありそう、って行っちまったよ。この川が三途の川だったらいいのにな」


「そこまで言わなくても……」


「いいや、言わないと気が済まん! だいたいあいつはいつも自分勝手なことばかりして俺にその後始末をさせやがる! 子供の頃からそうだ! あのときだって──」


 あちゃあ、刀士郎さんったらものすごく怒ってるや。


 まあ休日なのに朝早くから叩き起こされた挙句、無理やり外に引きずり出されたら誰だって怒るよね。


 うん、今はそっとしておこう。


「ほら雄一、早く早く!」


「待てって一郎太! 走るな、転ぶぞ!」


 あ。


「へぶっ!」


「む?」


 女の人が刀士郎さんの背中にぶつかった。


 結構な勢いだったけれど刀士郎さんはびくともせず、かえって女の人のほうが尻餅をついてしまう。


「一郎太!」


 ──と思ったそのとき、彼女の恋人らしき人物が直前で受け止めた。


 女の人は一郎太というらしい。


 女性にしては珍しい名前だ。


 一郎太さんはモデル体型で、男の人はガタイがいいので、なんだか美女と野獣っぽい。


「いっつ〜……」


「だから待てって言ったのに。すみません、大丈夫でしたか?」


 男の人が刀士郎さんを見上げる。


「ええ、俺は。そちらこそ怪我はありませんか?」


「絆創膏でしたら持ってますよ」


 私は腰に下げたポーチからガーゼと消毒液も併せて取り出す。


「一郎太、怪我は?」


 一郎太さんは倒れた際に地面についた自分の手を見て、苦々しい表情を作った。


「痛い。手のひら擦りむいた。雄一、舐めて消毒して」


「何を人前で馬鹿なこと言ってんだ」


 雄一と呼ばれた男の人が半眼で一郎太さんを睨んだあと、申し訳なさそうに私を見る。


 私はその意図を察し、


「それじゃ、ちょっと失礼しますね」


 一郎太さんの傍らにしゃがみ込んで、ガーゼに消毒液を滲ませた。




*****




「──へえ、じゃあお二人も結婚されてるんですか」


「そうそう! デキ婚なんだけどね」


 あれから私たち四人は意気投合し、一緒にゴミ拾いを再開した。


 今、聞かせてもらったのは二人の馴れ初め──


 一郎太さんと雄一さんは大学の同期で、雄一さんが元カノにこっぴどく振られ、一郎太さんがその人に対しての復讐を持ちかけたことをきっかけに付き合い始めたらしい。


 最初は元カノへの当てつけだった。


 でも、実は一郎太さんは本気で雄一さんのことが好きだった。


 突然のカミングアウトに雄一さんは困惑し、一度は一郎太さんから逃げてしまった上に元カノからヨリを戻そうと持ちかけられたけれど、結局は一郎太さんを選んだ。


 ──要約するとこんな感じだ。


「雄一さん、顔色が悪いようだが」


「そりゃ目の前で黒歴史を掘り返されたらな……。刀士郎くんも気をつけろよマジで」


「あれは雄一が悪いよ。すっごい傷ついたんだから」


「面目ない……」


 ぷんすこ怒って責め立てる一郎太さんとは対照的に、どんよりオーラで背景まで暗くする雄一さん。


 刀士郎さんと同じく、見た目に反して繊細なタイプなんだろう。


「ま、別にいいけどね、今が幸せだし。……この子もいるしさ」


 一郎太さんが愛おしげに自分のおなかを撫でる。


 そこには二人の愛の結晶と言うべき新たな命が宿っている。


 いいな……、私も赤ちゃんほしくなってきたかも……


 刀士郎さんはどうだろう?


 子作りは大好きだけど。


「ん、どうした?」


「…………」


 私はじーっと睨んでから、ぷいっとそっぽを向いた。


 この様子だと私が妊娠するのは当分先のことになりそうだ、ちょっとくらい悩んでくれてもいいのに。


 まあ、私もまだ二人きりの生活を続けたいんだけど。


「逆に二人はどんな出会いを?」


 一郎太さんへの照れ隠しがあるのか、雄一さんが少し耳を赤くして私たちに尋ねた。


「俺たちが出会ったのは三年前の春、ユイの入学式があった日です」


 刀士郎さんはスラスラと答える。


 全部任せちゃえ。


「そのとき、俺は姉に……、ちょうど今対岸のほうで走り回っているオーバーオールの女ですね、あいつに罠を仕掛けられて遅刻しました。ユイも道に迷って遅刻して、閉めきられた校門の前でウロウロしていました。俺は抜け道を知っていたので、ユイを連れてそこを通りました。でも、大慌てだった俺はうっかりユイを生徒会室まで連れて行っちまって、そのまま姉の独断でユイも生徒会に入ることになりました。それから学校ではほとんど一緒にいるようになった俺とユイはだんだんお互いのことが気になってきて……、って感じですかね」


 刀士郎さんは一つずつゆっくりと思い出すように話し終えたのち、照れもせず堂々とした微笑みを見せた。


 昔の知り合いが見たら頭を打ったのかと本気で心配してしまいそうな破顔っぷりだ。


 でも、それは、あの頃の刀士郎さんがそう言えるほど無愛想かつ無表情で、周りから敬遠されがちな人だったという裏づけでもある。


 常に行動をともにしていた私も奇異の目で見られたものだ。


 私が刀士郎さんに弱みを握られているとか、無理やり手篭めにされたとか、そんな噂が飛び交っていたことも覚えている。


 私はむしろ助かってたんだけどね、変な人が近寄ってこなくて。


「よく恥ずかしげもなく言えるな……」


「事実ですから」


「雄一も少しは彼を見習ったら?」


 一郎太さんがニヤニヤしながら下から雄一さんを覗き込む。


「うっせ」


 雄一さんは視線だけを横に逸らした。


「じゃあさ、お互いの第一印象って覚えてる?」


 一郎太さんの質問に、刀士郎さんは足を止めた。


 私も反射的に立ち止まり、記憶の中から答えを掘り起こす。


「怖い人だなって思いました」


「ほう」


 雄一さんが眉を上げる。


「体が大きいし、目つき悪いし、なんにもしゃべらないから考えてることも全然わからないし」


「い、言うねぇ」


 一郎太さんがちょっと引いていた。


「でも実は優しくて、繊細で、頑固者で、心の内側にすごい熱を秘めてる人なんだって気づいたら、途端に好きになってしまって」


「「おお……」」


「かっこよくて、それ以上に可愛い。──っていうのが今の印象です」


 話題の趣旨から少々外れてしまったけれど、私は私の本心を包み隠さず述べた。


 言葉にしてみて〝ああ、そうだったんだ〟って腑に落ちたから内容に嘘偽りも間違いもない。


 私は刀士郎さんが好きだ。


「いやいやいやいや! 愛されてますなぁ、刀士郎くん!」


「これで迂闊なことは言えなくなったな」


 一郎太さんが背中をバンバン叩き、雄一さんは脇腹を肘で小突く。


 二人のからかいを受けた刀士郎さんは未だに物思いにふけっていた。


 どんな話をしてくれるのか楽しみだ。


 思わず私もにやけてしまう。


「俺は──……」


 静寂。


 息を呑む音、三人分。


「────」


 刀士郎さんは私を見つめた。


 そして、あどけない少年のように笑みを浮かべる。


 それによって毒気を抜かれた私は──


「こいつのためなら死んでもいい、って思った」


 その一言に、撃ち抜かれた。


「……重くね?」


「そうなんですよ、雄一さん。どうやら俺はものすごく重いらしいんです。誰かと誰かが付き合うときって、みんな俺と同じような気持ちなるんだって昔は勘違いしてました」


「ん? でもさっき、だんだんとお互いが気になってきて、って言ってなかった? 矛盾してない?」


「それまでずっと自覚がなかったんです。今の一郎太さんみたいに周りが指摘してくれてようやく気づいたって感じですね」


「なるほど。雄一とは別方向に鈍感ってわけか」


「さりげなく俺をディスるな」


「ほんとのことじゃん」


「うぐぐ」


 会話が聞こえてくるけど頭に入ってこない。


 全部蒸発してしまう。


 なんなの、私のためなら死んでもいい、って。


 ばかじゃないの?


 すっごい嬉しい……!


 ああもう、まともに刀士郎さんの顔見れないんですけど!


「ユイ? ごふっ」


 人の気も知らないできょとんとしている刀士郎さんが恨めしくて、私は彼の胸に頭突きした。


 なんでこの人はいつもいつも不意打ちしてくるかな、普段は可愛いだけのくせに!


 私ばっかり照れてずるい!


 なんか涙まで出てきたし……!


「えっ、ちょ、なんで泣いて、えぇっ!? 俺なんかしたか? それともどっか痛いのかっ?」


 刀士郎さんがうろたえながら私をそっと抱きしめる。


 私はやられてばかりで悔しかったので、腹いせに涙と鼻水を思いっきりシャツにつけてやった。


 どうせ私が洗濯するんだ、多少汚れたって構うもんか。


「なーかせたー、なーかせたー! せーんせーにいってやろー!」


「先生って誰だよ」


 一郎太さんが煽り、雄一さんがそれにツッコミを入れる。


 刀士郎さんはおろおろしている。


 いい気味だ。


 このままゴミ拾い大会が終わるまでくっつき続けて困らせてやろう。




*****




 すべてのプログラムが終了し、私たちはほんのりと茜色に染まり始めた帰路についていた。


 雄一さんと一郎太さんは惜しくも賞品を逃したけれど、元々暇潰しで参加したらしいので特に悔やんではいなかった。


 それより私たちと知り合えたことを喜んでくれて、どこかでまた会えたらご飯を奢ってくれるそうだ。


 私たちとはまた違う形で仲のいい夫婦だったな、あの二人。


 元気な赤ちゃんが産まれますように。


「くっそー、こんなガラクタ掴ませやがって……」


「もらえただけいいだろ。贅沢言うな」


 そうそう、鞘華さんは結局いちばんの賞品をゲットした。


 でも、それは松坂牛とかの食べ物じゃなくて、ティッシュやトイレットペーパーといった日用品の山だった。


 おかげで私たちの両手はめいっぱい膨らんだビニール袋で埋まっている。


「わたしはこんなモンのためにゴミ拾いしたんじゃなーい!」


「向こうだっておまえのためにやってたわけじゃねえよ」


「チッ。あんたたち、これ持って帰りなさいよね。邪魔でしょうがないわ!」


「はい、ありがたくいただきます!」


 主婦としては嬉しい限りだ、荷物運びは刀士郎さんに任せればいいし!


「あーあ、せっかくの休日が台無しよ。これなら家で寝てるんだったわ」


「言い出しっぺのテメェが何ほざいてやがる……!」


「えー、いいじゃん。どうせユイと乳繰り合うくらいしかやることなかったでしょ?」


「テメェに付き合う義理もねえよっ!」


 ……とはいえ、いい加減うるさいですね。


「はいはい、二人とも喧嘩はそこまで! いったいいつまで子供みたいな言い争いしてるんですか!」


「っ」


「うわっ、ユイが怒った」


 刀士郎さんが固まり、鞘華さんが苦々しく表情を歪めた。


「帰ったらごはん作ってあげますから静かにしてください。いいですね?」


「「はーい」」


「〝はい〟は伸ばさない!」


「「はい」」


 まったく、私がいちばん年下なのに。


「あ、わたしこっちだからここでお別れね」


 鞘華さんはぎこちなく笑い、分かれ道の片方を指差して走り出す。


 それから少し離れたところで振り返り、


「ばいばい、またねー!」


 と、手を振ったのち、魚を盗んだ猫みたいな速さで曲がり角に消えていった。


「逃げたな」


「逃げましたね」


 あの人はいくつになってもトラブルメーカーなんだろうなぁ。


 ……さて、やっと二人になれたことだし、刀士郎さんにあのことを訊いてしまおう。


「刀士郎さん。正直に答えてほしいんですけど──」


「あん?」


「赤ちゃん、ほしいですか?」


「────」


 あ、また固まった。


「ユ、ユイ、まさか……」


「っ、違います! まだデキてません! 


「そう、か……、俺はてっきり……」


 早とちりなんだから!


「で、どうなんです? ほしいんですか? ほしくないんですか?」


「そりゃほしいに決まってるよ。でも……」


「でも?」


 刀士郎さんは左手で前髪を掻き上げ、明後日のほうを向く。


 私は、その耳が赤らんでいくのを見逃さなかった。


「もうちょっとだけ……、ユイと二人きりがいいな……、って思う」


「……ふーん、そっかぁ」


「そっかぁ、っておまえ。あ、こら待て、置いてくな! つーかなんで笑ってんの?」


「ナイショ!」


「なんなんだよ、ったく……」


 答えは私と一緒だった。


 それが嬉しくて笑ってしまったけれど、口には出さないでおく。


 秘密にしておけば気になっているあいだずっと、私のことを考えてくれるから。


 やられっぱなしの私からの、ささやかな仕返しだ。


「今夜もよろしくお願いしますね、刀士郎さんっ」


「お、おう? 任せとけ」

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