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元クラスメイトの竜宮さん

Twitterのフォロワー・神谷吏佑さんの作品「あなしあ。」とのコラボ回です。

「ん……? あの、すみません」


「はい?」


 スーパーで買い物をしていると、後ろから声をかけられた。


 私は常日頃から刀士郎さんにナンパには気をつけろと言われているので(私のこととなると途端に心配性になる刀士郎さん好き)、ちょっと警戒しながら振り向く。


 やっぱり男の人だった。


 染めているのか、髪は青っぽくて、瞳は赤みを帯びている。


 整った童顔はいかにも人畜無害そうだが──


「竜宮さん、じゃないですか?」


「なんで私の苗字を知ってるんですか」


 警戒心を最大レベルまで高める。


 片手はポケットに突っ込み、いつでも刀士郎さんに連絡できるよう構えておく。


 深く息を吸い、悲鳴をあげる準備も忘れない。


 これらすべては刀士郎さんと訓練した通り、一切の滞りなく行われた。


「そこまで身構えなくても……。おれだよ、おれ。覚えてない?」


 彼はそう言って自分を指さす。


 私はさらにきつく睨んだ。


「白昼堂々とオレオレ詐欺をするその度胸だけは認めてあげます。今すぐ私の前から消えなさい。私に手を出すと痛い目を見るだけでは済みませんよ」


 私にもしものことがあれば、刀士郎さんはこの人の一族郎党を皆殺しにするだろう。


 竜宮刀士郎とはそれだけの力と残虐性を秘めた人だ。


 ぶっきらぼうで優しいだけの人ではない。


「ひ、ひどいな……、本当にわからない? おれ、高校で竜宮さんと同じクラスだった龍崇(りゅうすい)千聖(ちあき)っていうんだけど」


「ふん、そんな名前聞いたこと──……、あっ」


「思い出してくれた?」


 にへら、と笑う彼。


 冷や汗を垂れ流す私。


「──ごめんなさいっ!!」


 彼が何者かを理解した私は、人目もはばからず全力で頭を下げた。




*****




「──ウチの妻が失礼しました」


「いえいえ、お構いなく」


 うう、ごめんなさい刀士郎さん、悪いのは私なのにあなたにまで謝らせてしまって……


 スーパーの近くにあるカフェにて、私は電話で呼び合流した刀士郎さんの隣で小さく縮こまっていた。


 胸の中は、元クラスメイトの顔をすっかり忘れていたこと、刀士郎さんにまで恥をかかせてしまったこと、のダブル罪悪感でいっぱいだ。


 この苦しみを消せるなら普段は絶対に飲まないブラックコーヒーの苦味にだって打ち勝てるだろう。


 そう思って贖罪がてら挑戦してみたけれど、覚悟していた以上に苦くて目がバッテンになったので諦めて砂糖とミルクを入れて飲んでいる。


「そんなに落ち込むなって」


 刀士郎さんが私の頭を撫でる。


「むしろ緊急時の対応としては上出来だぞ。ユイが無事で本当によかった」


「はい……」


 慰めてくれるのは嬉しいけどかえってつらい……!


「ははっ、お二人とも相変わらずですね」


「う〜……」


 悪気はないんだろうけど、なんだかからかわれているようで余計に恥ずかしい。


 私はテーブルに前髪がつくくらいうつむく。


「そう言うおまえは少し背が伸びたみたいだな、龍崇」


 しかし、刀士郎さんは向かいに座る童顔の青年──、龍崇千聖くんに薄い笑みを見せた。


「黒桐先輩とは去年の卒業式以来でしたっけ」


「ああ。みんなと生徒会をやっていた頃が懐かしいよ。天使(あまつか)とはまだ付き合っているんだろう?」


「ルナならもうすぐきますよ。さっきラインしたんで」


「わざわざ呼んでくれたのか? すまないな」


「いえ、元々ここで待ち合わせしてましたから」


 ちょうどそのとき、お客さんの来店を報せるベルがカランコロンと鳴る。


 私たちが一斉にそちらに視線を送ると、胸元までもみあげを伸ばし、耳より後ろの髪は右側から編み込んで左へと流して左耳のすぐ後ろで一つに纏めた髪型の女の子が瞳を左右させていた。


「おーいルナ、こっち!」


 龍崇くんが手を振って呼ぶ。


 すると、彼女は店員さんに軽く会釈してから私たちに近づいてくる。


「お待たせしました、みなさん」


 天使(あまつか)ルナ。


 この中ではいちばん年下の女の子で、今は高校2年生。


 私たちの後輩にあたる人物だ。


 刀士郎さんが言っていた通り、龍崇くんとお付き合いしている。


「きたか。まあ、座ってくれ。あと好きなモン頼め。ここは俺たちが出すから」


「いいんですか? ありがとうございます、黒桐先輩」


 ルナちゃんは龍崇くんの隣に座り、メニュー表を10秒ほど眺めてホットココアを注文した。


 それからテーブルに目を移し、私のカップを見て眉を上げる。


「あれ? ユイ先輩コーヒー飲めるようになったんですか? すごいですね」


「ええ、まあね、アハハ……」


 砂糖とミルクてんこ盛りだけどあえて言う必要もないよね、うん。


 お互いの近況報告をしているうちにココアが届き、ルナちゃんは早速一口飲んでほっと息を吐く。


 私も合わせてコーヒーを一口。


 うげえ、苦い。


「無理すんなっつの」


 刀士郎さんが呆れ気味に言い、セルフサーバーから水を取ってきてくれた。


 やっぱり私にはまだコーヒーは早いみたいだ。


「ユイ先輩と黒桐先輩のそういうところ、変わらないですね」


 ルナちゃんはくすくす笑う。


「それさっきおれも言ったよ」


 合わせて唇を緩ませる龍崇くん。


 そこにお付き合いを始めた頃のぎこちなさはない。


 時間の経過が二人の絆をより深めていったのだと私は確信し、思わず笑みをこぼす。


 私と刀士郎さんはどうだっただろう。


 刀士郎さんは今よりももっと無口で何を考えているのかわからない人だったな。


 私は引っ込み思案で一人じゃ何もできない臆病者だった。


 周りからは私が無理やり刀士郎さんに付き合わされていると噂されたり、逆に私が刀士郎さんの弱みを握って従わせていると噂されたり、普通の人より障害はそれなりに多かったような気もする。


 それが逆に私たちの絆を深めた、とも言えるけれど。

 

 さながらロミオとジュリエットだ。


「いや、変わったところならあるぞ」


 私が記憶の旅に出ていると、刀士郎さんはその発言でルナちゃんと龍崇くんの表情をきょとんとしたものに塗り替えた。


 あ、言うつもりですね。


「俺はもう〝黒桐〟じゃなくて〝竜宮〟だ」


「…………? ボクちょっとどういう意味かわからないんですが……」


「えっと、つまり……、え……?」


「俺とユイは、ユイが高校を卒業したのと同時に結婚したんだ」


「しちゃいました」


 てへぺろ。


「「ええええぇぇぇぇっっ!?」」


「うるせえなぁ。他の客の迷惑になるからもうちっと静かにしろよ」


「「あ、すみません……」」


 店内の注目の的となった二人は、赤面して口を押さえた。


「そういうことなら先に言ってくださいよっ」


 龍崇くんが控えめに訴える。


「あ、もしかしてボクがきてからのほうが二度手間にならないと思って黙ってたんじゃ……」


「その通りだ、天使」


 刀士郎さんはコーヒーをすする。


 私と違って顔色一つ変えずに。


「だから今は竜宮刀士郎だ。漢字が違うとはいえ、これで龍崇とはダブルドラゴンの関係だな」


「か、かっけえ……!」


「千聖くんごめん、ボクちょっとどういう意味かわからない」


「男と女じゃ良さを感じるポイントが違いますからねぇ」


「あのユイ先輩がすごく既婚者っぽいこと言ってる……!?」


 半ば引き気味に驚くルナちゃん。


 まあ、無理もない、そういうのからいちばん程遠いキャラクターだったから、私は。


「結婚かぁ……」


 龍崇くんがつぶやく。


 ちらりと横目で恋人(ルナちゃん)を見る。


 ははあ、なるほど、自分たちの結婚生活を想像しているわけですね?


 ならば補助して差し上げましょう。


「先に同棲しておくとイメージが固まりやすいと思いますよ」


「なっ……!?」


 おー、見事に赤くなった。


「ル、ルナはまだ高校生ですし、俺たちにはまだ早いですって!」


「だが龍崇、寝ても覚めても惚れた女がそばにいるのはいいぞ。とても──、幸せだ」


 テーブルの下、私たちは彼らには見えないところで手を繋ぐ。


 人前だから取り繕ってはいるけれど、私は自然と頰が緩んでしまう。


 刀士郎さんもコーヒーを飲んでいたときとは違い、柔らかい表情をしていた。


「…………」


「…………」


 龍崇くんとルナちゃんは互いに視線を送り合う。


 もはや世界はテーブルを境目に分かれていた。


 彼らのストーリーにとって、私たちという端役は舞台袖に下がるべき頃合いだろう。


「刀士郎さん」


「ん」


 私は伝票を持って立ち上がり、刀士郎さんは自分と私の椅子を元に戻す。


「そろそろ行くよ。またな、二人とも」


「またね」


「あっ、はい、おつかれさまです!」


「ボクの分までありがとうございました! ごちそうさまでした!」


 頭を下げる二人。


 奇しくも始まりとはまったく逆の構図だ。


 ああ、そうそう。


 最後に一つ、ルナちゃんに言っておきたいことがあったんだった。


 すれ違いざま、私は彼女の肩に手を置く。


「押せば意外とイケるよ。がんばってね、ルナちゃん」


「〜〜〜〜ッ!?」


 さあ、帰ろう。


 私と刀士郎さんは店を出た。




「あっ、買い物しそびれたの忘れてた!」


「腹減ったしどっかで昼飯食ってから行こうぜ。何がいい?」


「んーと、じゃあラーメン!」


 格好つけずに食べたいものを言えるのも一緒に暮らしているからこそだ。


 あの二人がおしゃれなカフェよりラーメン屋を待ち合わせに選ぶ日もそう遠くないかもしれない。

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