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世界超えの竜宮さん

「む、竜宮ではないか」


 道場へ向かう途中、見覚えのある銀髪蒼眼の外国人男性──、リヒトさんに会った。


 本名、リヒト・クラッドベルネ。


 世界的に有名な剣士で、刀士郎さんとは学生時代からのライバル関係にある。


 かつては顔を合わせるたびに喧嘩していたけれど、今では親友とさえ呼べる間柄だ。


「あら、リヒトさん。日本に戻ってたんですね」


 彼はセミロングの銀髪をポニーテールにしていて、蒼眼はサングラスで隠している。


 服装は、黒いシャツに白いズボン、ブーツとベルトはいかにも高そうな革製で、元のスタイルの良さもあいまってハリウッドスターみたいな印象を受ける。


 刀士郎さんの次くらいにはかっこいいかな。


「世界選手権が終わったからしばらく休暇を取ったんだ。刀士郎は道場にいるんだろう?」


 彼のお目当ては刀士郎さんらしい。


 その内容もだいたい想像がつく。


「ええ。そのはずです。また決闘ですか?」


「本気の本気でオレと戦えるのはあいつだけだからな」


 うわお、嬉しそうな顔。


 ファンが見たら絶対カメラ撮りますよこれ。


「さあ行こう。竜宮には悪いが今日は刀士郎を借りるぞ」


「怪我にだけは気をつけてくださいね?」


「もちろんだ」


 お弁当、もうちょっと多く持ってくればよかったな。




*****




「ユイ!」


 私を見つけた途端、刀士郎さんは嬉しそうに振り向いた。


 直前までよっぽど厳しい表情をしていたのか、刀士郎さんの指導を受けていた男の子がぎょっとする。


 私は小さく手を振って応えた。


「刀士郎さん、お弁当持ってきました。あとお客さんがきてますよ」


「客ぅ? 俺に?」


 リヒトさんが私の陰から現れる。


「久しぶりだな、刀士郎」


「なんだリヒトかよ。今道着と竹刀持ってくっから待ってろ。おい、みんな! 一旦練習は切り上げだ!」


 刀士郎さんはリヒトさんが訪ねてきた理由を察し、 周りに指示を出しながら奥へと引っ込む。


 それから1分も経たないうちに戻ってきて、更衣室のほうを親指でさした。


 リヒトさんが着替えて戻ってくるのも1分以内だった。


 道場の真ん中、門下生たちが作る円の中心で、二人が向き合う。


 装備は竹刀のみ。


 防具の類は一切身につけていない。


 一部のギャラリーが不思議そうにざわめいていた。


「世界選手権、お疲れさん。どうだった?」


「所詮は試合だ。おまえと斬り合っているほうが楽しいよ」


「ハ、そいつは光栄だね」


 刀士郎さんが竹刀を正眼に構える。


「みんなよく聞け! この人は先日の世界選手権でも活躍したリヒト・クラッドベルネ選手だ! 今日は特別にその腕前を披露してくれることになった!」


 ざわめきが大きくなった。


「あまりハードルを上げてくれるな。緊張してしまうだろう」


 そう言いながらリヒトさんも同じ構えを取る。


「正式な試合じゃないから独自のルールで戦うが、みんなは真似するんじゃないぞ! その代わり世界トップクラスの技を見て盗め! 体を動かすだけが稽古じゃないからな!」


「竜宮、合図を頼めるか?」


「はーい」


 私は円の外側で片手を掲げる。


 ごくり、と誰かが生唾を飲む。


「それでは──、はじめっ!!」


 私が片手を振り降ろすと、刀士郎さんとリヒトさんの死闘が始まった。




*****




 素人目にもすごいとわかるようなすさまじい戦いだった。


 竹刀だけならリヒトさんに分があった。


 けれど、格闘を交えると刀士郎さんのほうが一枚上手だった。


 結果的には引き分け、床は二人の汗でびしょ濡れだ。


 子供たちが試合についての感想を言い合いながらモップがけしてくれていた。


「くっそー、やっぱ剣だけじゃ一歩及ばねえな!」


 刀士郎さんがタオルで頭をガシガシ掻きながら言う。


「それで負けたらオレの立つ瀬がなくなるよ」


 リヒトさんは持参したスポーツドリンクをがぶ飲みする。


「……なあ、刀士郎。おまえも世界の舞台で戦ってみる気はないか?」


 唐突、リヒトさんが神妙な顔で刀士郎さんに尋ねた。


「おまえの実力なら今からでも充分やっていけるはずだ。稼ぎだってここで師範代として働くよりずっとよくなる。オレと……、世界を獲る気はないか?」


 その声音から真剣味がありありと伝わってくる。


 リヒトさんは本気で刀士郎さんを世界に連れ出そうとしている。


 それが何を意味するのかわかった上で。


 だから、ちょっと申し訳なさそうな空気を醸し出していた。


「悪いがお断りだ」


 刀士郎さんは頭からタオルを取り払って答えた。


「俺は世界なんかよりもっと大事なものをとっくに持っている。それを手放してまで得たいものなんてこの世に存在しねえよ」


 刀士郎さんの視線がリヒトさんから私に移った。


 他の人に向けるものよりずっと優しいその眼差しに、私は照れて熱っぽくなる。


 こーゆーコト普通に言えちゃうんだからずるいなぁ……


「ふっ」


 リヒトさんが薄く笑う。


「愚問だったな、忘れてくれ」


「気にすんな。それよりユイの弁当食ったら風呂行こうぜ。道場はもう午前で閉めるし」


「日本の風呂も久しぶりだ。竜宮、いいか?」


「どうぞ。たまには男二人で話したいこともあるでしょうし」


 普段は私が独占してますし、多少はね?


 それに私は男の友情に理解のある良妻ですので!


 世界を獲ることより大事にされてますので!




*****




 後日、再びリヒトさんに会った。


 刀士郎さんの嫁自慢がとってもうるさかったらしい。


 まったくもう、刀士郎さんったら!


 私のこと好きすぎるでしょう!

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