散歩から冒険になっている問題
流石に座って眠れないので、俺は噴水の近くにあった別のベンチで眠った。
しかし、眠れるはずも無く、時より起きては、そして寝る。全く寝れない状況が続く中、俺は体を揺すられた。
「……誰だよ」
凄く眠い中で、俺は起こされたことに苛立ちながら、体を起こすと。
「おはよう。キリ」
どうやら起こしたのは、ティナらしい。こいつはバカみたいに元気そうだし、顔色も良い。ここで寝慣れているのか、しっかり寝られたようだ。
そして俺に目線を合わせるために、少し腰を下ろして、俺に話しかけてきた。
「ねえ。散歩しない?」
「嫌だ」
そんな眠い中で、散歩なんかしてたまるか。散歩ぐらい、一人でやっていろって言おうと思ったが。
「……うう」
ティナは必死に涙をこらえていて、そして今にも大声で泣き出しそうな顔をしていた。
今は何時か知らないが、こんなところで大声で泣かれたら、みんなが迷惑して、そして俺が悪者扱いをされるだろう。
「……分かったよ。少しだけだぞ」
俺が承諾すると、ティナはパーッとした明るい、そして嬉しそうな顔をして、俺の手を引いた。
「じゃあ、早速行きましょうよ! 私、行きたいところがあるのよ!」
無理やり俺の手を引っ張り、俺はティナと共に朝のジガダンダを散歩する羽目になった。
外に出ると、前世で聞き慣れた鳥のさえずりが聞こえてきた。これはスズメか?
「烏が鳴いているって事は、もう朝になったって事ね」
おい、ちょっと待て。
俺は立ち止まり、ティナに質問した。
「ティナ。朝に鳴くのは、スズメだろ?」
「何勘違いしているのよ。朝、綺麗な声で鳴くのが烏。夕暮れにうるさく鳴くのは、ウグイスよ」
もうこの世界は、色々とカオスすぎる……!
何故、夕暮れに鳴くのがウグイスなんだよ! 普通は烏がカーカー鳴いたら、夕暮れだって思うのに、なぜウグイスが夕暮れを知らせるんだよ!
ちなみに、ティナが飛んでいる烏を指さすと。この世界の烏は俺が知っている烏じゃなかった。
この世界の烏は、黒色ではなく、何故か濃い青色だった。薄っすらと明るい空と、カラスの濃い青色が合っている気がした。
「じゃあ、スズメは?」
「スズメは飛べないし、キリは食べた事無いの? 主に食用の鳥って、スズメじゃない」
この世界のスズメは、鶏と同じ扱いなのか!?
そう言えば、この世界の鳩は凶暴化しているんだったな。なら、すべてが逆さまになっていても、おかしくないかもしれない。
まだお店が開いていない大通りをティナと歩き、ティナは依然と俺の手を引いたまま、鼻歌交じりで歩いていた。
ティナは、そんなに俺と歩けて嬉しいのか? 多くの人に敬遠されていて、そんな中で俺が普通に会話したことが、そんなに嬉しかったのか?
「ねえ、キリ」
「何だよ」
「……うふふ。何でもない!」
俺が前世のままで転生していたら、俺はコロッと落ちていただろう。ティナは見せた事ない可愛い顔で、俺に微笑みかけて嬉しそうに笑っていた。
そして嬉しそうに笑う顔は、とても可愛らしく、中身は男の俺にとって、胸をドキドキさせる行動だった。
「どうしたの? 顔がほのかに赤いけど、もしかして寝ている時に体を冷やして病気になった?」
今のティナの顔が可愛かったからと言ったら、この少女は喜ぶだろうか。だが、俺は何も言わずに、ティナより先に歩いた。
大通りを抜け、俺たちはジガダンダの町の端まで来た。このままだと行き止まりだ。この町は、大きな壁で覆われていて、町の数か所にある門まで行かないと、外には出られないのだが。
「ここに、砕け落ちて通れる穴があるの。……よいしょ」
ティナは木の箱をどかすと、壁が老朽化して崩れ落ちて人一人が通れる穴が開いていた。この様子だと、ティナだけが知っているようだ。
「さあ、行きましょう」
「……どこまで行くんだよ」
ここで逃げても良かったのだが、あんな微笑みをして、俺を信用している健気な姿を見ていたら、何だか置いて行くのも気の毒だと思ったので、仕方なく着いて行くことにした。
穴を潜り、町の壁を越えると、そこは森林が広がっていた。こいつ、この森の中を通って行くんじゃないよな……?
「私の手、ちゃんと握っていて」
どうやら、入ったら二度と出れそうにない森林。いや、樹海に入っていくようだ。
「もしも離れて、道順を間違えたら、二度とこの森から出れないから」
「ちょっと待て」
颯爽に入っ ていこうとするティナを呼び止めた。
「おい。これって、散歩じゃなくて、もはや冒険だろ?」
そう突き付けると、こいつの表情が固まった。
成程な……。こいつの魂胆は、散歩と言わせて、さりげなく冒険をさせる。そして冒険は楽しいと思わせるために、こんな作戦に出たのだろう。
「……ち、違うわよ。……これは、修行よ」
おい。朝の散歩じゃなかったのか?いつからこいつの、修行に付き合っていることになっているんだ?
「どうでもいいから、着いてきて!」
無理矢理引っ張られて、俺は無防備のまま、こんな恐ろしそうな樹海に入る事に恐怖を覚えながら、渋々入っていくことになってしまった。
モンスターや、凶暴化した動物は出てくる事は無かったが、辺りは薄暗く、ぬかるんだ土に、ジメジメと蒸し暑い気温の状況に、俺は体力の限界に近づいていた。
2日間以上、俺は飲まず食わずだ。まともに眠れる事無く、もう体力の限界で、フラフラになり俺は倒れそうになった時だった。
「あっ、着いた」
どうやらお目当ての所に来られたらしい。ティナは立ち止まり、目の前の光景を見ていたので、俺も見てみると。
「……湖か?」
樹海を抜けると、そこにはエメラルドグリーンの水面の湖が広がっていた。ここは湖畔で、特に何があるわけでもなく、ただ綺麗な湖が広がっているだけだ。
「この景色を、キリに見せたかったの」
なぜ、こんな何の変哲もない湖の景色を、俺に見せたかったのだろうか。
「私、小さい時にこの湖の畔に家の別荘があって、よく家族でこの湖を見ていたの」
「……そうか」
どうやら、今は亡き家族と一緒に見た景色を、俺に見せたかったようだ。
「……私ね、こう見えてお金持ちのお嬢様だったの」
「すごく意外だな」
この流れだと、自分の過去を俺に話すつもりなのだろう。
こいつの過去の話はファズから聞いてしまい、きっと似たような話をするのだろう。あまり新鮮さはわかないが、仕方なく聞いておくことにした。
「父によく連れて来てもらって、湖畔で一緒にクマを倒していたわ」
親子そろって、バカなのか? アルドカスダス家の人間は?
親父と一緒にクマを倒している光景は、どう見たって楽しく遊んでいる光景ではない、クマをやっつけている虐殺行為だろう。
「……けど、父が問題を起こして、私以外の家族はみんな処刑よ。長女の私だけ逃がして、父と母、そして後継者の、妹のティルルは斬首されたわ」
何故長女のこいつを逃がして、妹が殺されたんだ? 普通、家督を継ぐのは長男か、長女だろ? この世界は、末っ子が家督を継ぐのか? 本当に訳が分からない世界だ。
「ちなみに聞くが」
「何?」
「お前の親父は、何をやらかしたんだ?」
ファズの話を聞いてから、ずっと気になっていた事だ。偉い人の機嫌を損ねる程の失態。まあ、クマを倒して楽しんでいる親子の親なのだから、きっと余程変な事をしたんだろうな――
「私の父は、神殿の門に落書きしたから、処刑されたのよ」
お前の親父は子供かっ! いい大人が、子供みたいに門の壁に落書きするなよ!
「ちなみに、父の最期の言葉は、『落書きって、やっていると晴れやかな気持ちになるぞ~』よ。今でもその言葉は、私の心の糧になっているの」
どうやら、親父もバカだったらしい。気晴らしに落書きするぐらいなら、紙で絵を描けば済むことだろ!
そんな親父の言葉、すぐに忘れた方がいい。全く役に立たないぞ……。
「……やはり、親子そろってバカだったか」
蛙の子は蛙。
その言葉通り、親父がバカなので、娘のティナもバカな女の子に育ってしまったようだ。
「……あ~あ。……また、父と楽しく、クマを倒したいな」
こんな事言っているようだし、もう俺は帰ってもいいだろうか。もう、こんなツッコみすぎて疲れる過去の話を聞いていたら、更に疲れてしまうので、俺はさりげなく距離を取ろうとしたが。
「逃げないでね?」
そんな言葉を、俺に微笑みながらティナは、笑顔で脅してきた。
よくよく考えると、俺は帰り道が分からない。この樹海で道順を間違えれば、二度と出れないらしい。ここはこいつの傍にいた方がいいかもしれないな。
なら、誰も来ないはずのこの湖の湖畔で、俺は一番気になっていることをティナに聞いてみた。
「……ティナ」
「何?」
「どうして、そんなに俺に執着する?」
まだ出会って間もない赤の他人の俺を、なぜこんなに馴れ馴れしくしてくるのか。あまり知られたくない過去を、自ら話すほど、俺の事を信用し切っている。
ファズは、まともに自分の話を聞いてくれたからと、そんな憶測だったのだが、実際の所はどうなのか。
「……えっと」
ティナは、顔を俯かせて、そして体をもじもじさせて、こう言った。
「……妹と、似ていたから」
俺の見た目が、処刑されたティナの妹、ティルルに似ているから。そんな単純な理由だった。
「……私の妹も、長い金髪、そしてキレイな青い瞳。……性格は違うけど、見た目はほぼ、ティルルとそっくりだから。……それと、ちゃんと話を聞いてくれたのが、キリだけだったから」
「つまり、誰も近づこうとしない、お前の話を聞いてくれたのが俺だったから。そして妹と俺と照らし合わせ、寂しさを紛らわせるために、俺と仲良くしようとした。それで良いのか?」
そう聞くと、ティナは頷いた。俺の予想は大方合っていた。
成程。俺の見た目は、ティナの妹、ティルルのそっくりさんと言う訳か。まさか、俺が死んだと同時に、その子と入れ替わったって事は無いよな……?
「けど、胸の大きさが違う。ティルルは、私より胸が小さかったわ」
成程。どうやら別人のようだったので、安心した。つまりティルルは、貧乳だったのか? こいつも大きくないようだし、アルドカスダス家は貧乳家系のようだ。
俺の体は、少し大きいぐらいなので、胸の大きさではティナに勝っている。貧乳を気にしているようなので、あまり胸の話をティナの前ではしない方がいいようだ。
「キリは、どんな職業に――」
ティナが俺にそう尋ねた瞬間、湖から 何か大きな生き物が顔を出した。
「タイミングは悪い時に、イワシの登場みたいね」
イワシって海にいる小さな魚じゃなかった? それがどうして湖から現れて、巨大化しているんだ?
「キリは下がって。イワシは食べると美味しいけど、人を見たら襲ってくるし、目からビーム出すぐらい、凶暴なの」
鞘から剣を取り出して、そしてイワシのビームをかわして、ティナはイワシの頭の上に立った。
「経験値と、臨時収入ありがと」
ニコッと微笑んだ後、ティナはイワシの頭のてっぺんを剣で刺して絶命させた後、イワシを細かく切り刻んで、スーパーとかで見慣れた、イワシを切り身にしていた。
「……寿司職人になったらどうだ?」
俺はそう言うと、ティナは疑問符を浮かべていた。どうやら、そのような職業はないようだ。