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 夏至祭り当日、エイラの家にミカがやって来た。


 ノルズは仕事で出かけてしまったから手持無沙汰になってしまったと言う。


 我ながらうまくできたと自画自賛レベルの初めて作った花冠と月桂樹の冠を見て、思わず笑みがこぼれる。

 ミカもそんなエイラを見て、外見に似合わない母親らしい笑みを浮かべていた。


「エイラ、フレイの気持ちを受け止めてくれてありがとう」

「い、いえ。そんな…私の方こそ…」

「私たちは今夜フィニースマルへ戻るの。フレイは学校を卒業してから来ると言うけど、あなたはどうするの?」


 ミカの言葉に、一瞬思考が止まった。


「…え? フィニースマル?」

「え? フレイはまだそこまで話してなかったの…?」


 しまった、という顔をしてミカが口に手をやる。


「フィニースマルって…どういうことです? ミカさんやノルズさんは王都の魔術師じゃなかったの?」


 明後日の方へ視線をやっていたミカは、エイラの気迫に押されて小さな声で呟いた。


「私が言ったってこと…内緒にしておいてね?」



 *********


「次のヤーニスは、カークス・タジ!」


 夏至祭りのメインイベントは噴水のある中央広場で行われる。

 司会の男が声を張り上げると、クラスメイト達が口笛を吹いたり、野次を飛ばし始める。


「カークスが花束を贈った女性はー!」


 月桂樹の冠を手にした女性が、頬を赤らめながら舞台袖の天幕から出ていく。

 舞台では拍手と喝采が鳴り響いている。

 天幕の中には今、エイラ一人きりだった。月桂樹の冠を手にして座っているけれど、血の気が引いて今にも倒れそうなほどだった。


 ミカの告白は、すんなり納得できそうにない内容ばかりだった。


 フレイの両親は王都の魔術師ではなく、フィニースマルという国の住人だった。

 それに加えて、ノルズさんは人間ではなく海の神様なのだという。

 20年近く前、ふらりとこの港町に立ち寄り、ミカさんと出会って恋に落ち、そしてフレイが生まれた。

 半分は人間の血を引いているため、成人する18歳までは地上でミカさんの友人プラムさんに育ててもらい、その後は海で暮らすか地上で暮らすかの選択をすることになっていたらしい。

 でも、段々と地上で暮らすよりも海で過ごす方が体が楽だということに気づいたフレイは、フィニースマルで海神の跡継ぎとして勉強することに決めたのだと言う。


 …そんな大事なこと、フレイは一言も言わなかった。


 自分が王都へ行くのと、フレイがフィニースマルへ行ってしまうのでは、訳が違う。

 フレイが自分を置いて行ってしまったら、今度はいつ会えるのかわからない。

 5年後? 10年後? その時、自分は年を取っているのに、フレイは今と変わらない姿のまま?


「今年最後のヤーニスは、フレイ・タイト!」


 どうしたら彼を地上に繋ぎ止めておくことが出来る?


「フレイが花束を贈った女性はー!」


 司会者が大声を張り上げ、天幕の布が開いた。

 エイラは真っ青な顔のまま、舞台へと足を踏み出す。

 舞台に上がると、学園の生徒たちや見知った人たちの拍手喝采が沸き起こり、耳が一瞬何も聞こえなくなった。


 目の前にはフレイが立っている。

 エイラはゆっくりとフレイに向かって歩いていき、月桂樹の冠をフレイの頭に乗せた。


 まだ耳は聞こえない。


 フレイの顔が近づいてくる。頬に軽くキスをされ、肩を抱かれる。

 片手をあげて、みんなに挨拶をして舞台から降りるように促された。


 …足がもつれそう。それに吐きそう。


 舞台を降りた瞬間、視界が暗転した。


 *********


 目が覚めると、目の上に濡れたタオルが置いてあり何も見えなかった。

 ゆっくりと手をあげてタオルをずらすと、薄暗い見慣れた自分の部屋だった。

 今日は夜通しお祭りが行われるため、外の方がずっと明るい。部屋の中の灯りを消していても、十分なくらいだった。

 フレイがベッドの傍らで心配そうな顔でエイラを見つめている。


「…気分はどう? 貧血らしいってお医者様が言ってた」

「…うん、なんとか。お母さんたちは?」

「今日、4人でお酒飲みに街に繰り出してるよ」

「…そう」


 エイラがぽつりとつぶやくと、部屋の中はしばらく二人とも口を開かなかった。


「…フィニースマル。海の神様。ノルズ。イーレンスグ」


 エイラは思いついた単語を並べてみた。


「…それと、ユングヴィもね」


 フレイが付け加える。


「海神ノルズの息子の名前だよ。フレイは人間の名前。僕のフィニースマルでの名前はユングヴィというんだ」

「ユングヴィ…」


 エイラはフレイの方へ顔を向けた。


「変なの。全然馴染のない名前。あんたはずっとフレイだったのに」


 エイラの瞳から涙が一筋流れる。フレイが手を伸ばし、涙をぬぐう。


「…どうして言ってくれなかったの? フィニースマルに行くこと」


 こっちの世界とは違う時間軸なのか、それとも半分神様の血を引いているから、段々と年を取るのが遅くなるのかわからないけど、行くなら行くと前もって教えて欲しかったのに。


「…ごめん。だいぶ前から空気が薄く感じて、時々ひどい頭痛が起こってたんだ。フィニースマルはここより酸素が濃いらしいし、医学も発達してるんだって」

「そっか…」

「本音はね。卒業したらエイラも一緒に連れて行きたかったけど、王都で勉強するって言うから、卒業してから向こうに行って戻ってくる時、多分新学期に間に合わないと思って」

「…え?」


 新学期に間に合わないって、それって戻ってくるってこと?


「ずっとあっちに住むんじゃないの?」


 がばっと起き上がるとくらりと目まいが起こる。慌ててフレイが体を支えるように抱きしめてくれたけど、エイラははやる気持ちを押さえてたずねた。


「すぐ帰ってくるんだよね?」

「そうだよ? ずっと住むだなんて誰に聞いたの? 両親の住んでるところを一度は見てみたいし、頭痛薬をもらってこようとも思ってる。もし、ほんとに移住するとしたら……エイラに告白なんてしないよ」


 ぎゅうっと背中を抱きしめられ、少し息苦しくなる。フレイがいなくなるわけじゃないと分かったら、体中の力が抜けてフレイに寄りかかるようにして睡魔が襲ってきた。


「…安心したら眠くなってきちゃった…。フレイ…いつでも帰っていいからね」

「エイラ!? 今夜はノルズの魔法が見られる貴重な夜なのに、また寝ちゃうの?」

「魔法…? いいよ、また今度…」


 エイラはすぅ…と眠りに引き込まれていった。フレイはしばらくエイラの背中をさすっていたが、やがてそっとベッドに横たわらせ、静かに部屋を出ていった。








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