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「やあ、エイラ。また会ったね」


 オープンカフェで本を読んでいた青年が、学校帰りのエイラたちに声をかけてきた。


「…ノルズさん」


 レティアとターデが彼を見て、目をまん丸くして驚いている。

 エイラも声をかけられて初めて彼を明るい日差しの下でまじまじと見たのだが、男性なのに人間離れした美しさという表現がぴったりとくる容貌をしていたからだった。


 港町にはそぐわない、象牙色のシミ一つない白い肌に夜の闇のような紺色の髪。濃い青い瞳は光の加減でブルーグリーンや赤味が入る不思議な色をしている。

 カジュアルなシャツに身を包んではいるけれど、貴族然とした雰囲気は隠し通せるものでもなかった。


 …もしかして、この人。王都の貴族様なのかしら。


 カフェの他の客も、通りを歩いている女性たちもみな、ノルズを見ては頬を赤く染めていた。


「よかったら一緒にお茶をしませんか? 僕一人でパンケーキを食べる勇気がなくて」


 にこっと笑うと、意外とあどけない少年のような顔になるノルズに、エイラはフレイを重ねてみてしまっていた。

 ターデがパンケーキ! と小声で呟き、いそいそとノルズの座っているテーブルの方へ近づいていく。

 レティアはノルズとエイラを交互に見やり、いいの? と目で促してくる。

 まだ明るいし、公衆の面前で何かをされるわけでもないだろうし、と、エイラは頷いてノルズのいるテーブルにつくことにした。



 ノルズは夏至祭りの主催者に、仕事で呼ばれてこの街にやって来たのだと言った。

 よくある式典の開催前にお偉いさんのスピーチがあるけれど、それに似たようなものだと説明していた。

 準備に関わることもないし、かと言って、日々特にすることもないので、昼間は小さな港町を散策しているのだと言う。


 ターデはパンケーキを美味しそうにほおばっているし、レティアはうまく話を合わせているようで、彼の本性を見極めようとしているようにも見えた。

 エイラはというと、昨日とは印象が違うノルズに、どことなくフレイの面影を重ねてしまっていて、全うな判断がつきかねていた。


「君たちは夏至祭りに一緒に行く人は決まっているの?」


 何気ない質問に、ターデとレティアは首を横に振った。ノルズはエイラの方を見て、ん? と首をかしげて返事を促す。


 …この人。年上のくせして、いちいち仕草が可愛らしくて何だか癪に障る。


「エイラは多分、誰かに誘われると思うよ。だって可愛いもん」


 ターデが何の気は無しにそう言うと、ノルズもそうだね、と相槌を打った。

 その時、鐘の音が鳴り響いた。

 夕方17時を知らせる鐘の音だった。


「いっけなーい! 私、今日妹を迎えに行かなくちゃいけないんだった!」


 ターデの家は両親が共働きで、まだ年の若い妹は保育園に預けられている。


「ノルズさん、ごちそうさまでした!」


 ターデは慌てて帰り支度をして道路に転がり出るようにして走り出した。

 レティアもお辞儀をしただけで、すぐにターデの後を追うようにして帰っていった。


「…エイラはまだ大丈夫なの? おうちの方は」

「私の家は結構放任だから」


 氷が溶けてだいぶ薄くなってしまったカフェオレを飲みつつ、帰るタイミングを逃してどうしようかと思っていたところだった。


「…ふぅん。昨日はプルムよりもフレイの方が君が来るのを首を長くして待っていたんだけどね」


 え、と顔を上げるとノルズがいたずらっ子のように笑みを浮かべてエイラを見やった。


「僕とミカはプルムたちの家に厄介になっている。今夜は来てもらえるかな? エイラ」




 有無を言わせない笑顔と何とも言えない圧迫感に拒否することが出来ず、エイラはプルムの家まで来ることになってしまった。

 レディファーストよろしく、ノルズに玄関の扉を開けてもらい、こんばんは…と声をかけると。


 フレイとミカがちょうど玄関で色とりどりの花を花瓶に入れ替えているところだった。


「おかえりなさい、あなた。そこの可愛らしい彼女はエイラさんかしら?」


 可愛らしく首をかしげる美少女は、ふんわりとした笑みを浮かべてそう言った。





 フレイと一緒にいた美少女はノルズの妻、ミカと名乗った。

 え? と思いながらノルズとミカを交互に見やり、フレイに同情の目を向けた途端、フレイが傍らで肩を震わせて笑いを堪えているのが目に入った。

 事の真相を問いただそうと、慌ててフレイを庭に誘い出す。


「…プルムおばさんが、エイラが何か勘違いしてるって言ってたんだけどさ。まさか僕がミカに恋愛感情持ってるなんて…」

「フレイ。笑いすぎ」

「だって」


 涙を出しながらお腹を押さえて笑う姿に、エイラは顔が真っ赤になる思いだった。


「え、だって、彼女すごい可愛いし…。道ならぬ恋だってあり得るし…」

「道ならぬ恋…! ひーっ、おかしいっ!」


 しゃっくりし始めるほど、そんなにおかしいことだろうか。エイラは憮然とした顔になり、だとしたらフレイの想い人は誰なんだろうとふと思う。

 さっき、玄関先に飾ってあった花束は、おそらく花冠のための花束。

 その中には赤いガーベラも入っていたから、エイラの意見を取り入れたんだろう。


 多分、明日にでも花束を渡すんだろう。

 花冠の日持ちはあまり長くない。

 夏至祭り本番は三日後だ。


「もういいよ、フレイのバカ」

「ちょっと待って」


 フレイがエイラの手首をそっと掴んだ時、エイラはどきりとした。

 去年の夏至祭りの帰り以来、フレイは一度としてエイラに触れてはこなかったからだ。


「今日は、楽しく夕飯食べようね」


 さっきの大笑いとは違い、優しい笑みを浮かべて額に軽くキスをしてきた。

 以前は、家に送ってもらった時のお休みの挨拶と称して普通にされていて慣れていたはずなのに。

 何でだか、エイラの気持ちは穏やかではなくなってしまっていた。

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