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「昨日、みんな待ってたんだよ。何で来なかったの?」


 昼休みに入った瞬間、少し不機嫌そうでもあり、心配そうな顔でもあるような表情でフレイが話しかけてきた。


「…ごめん。ちょっと用事が出来ちゃってさ。おばさんに謝っておいてよ」

「それは構わないけど。昨日、お料理作りすぎちゃったからって、おばさんがお弁当作ってくれたんだ。たまには一緒に食べよう」

「エイラー、私たち、学食行ってくるねー」


 やり取りを聞いていたレティアとターデが足早に教室を出ていく。

 私も行く、とは到底言えない雰囲気で、ターデなんかはフレイの背後で人差し指と中指をクロスさせて頑張れ!とエールを送って来た。

 仕方ないので中庭の少し奥まったところの木陰を選び、フレイの持ってきたバスケットを開ける。

 バケットに肉料理にサラダに、二人分とは思えないほどの量がひしめき合っている。


「…もしかしてレティアやターデの分も入ってた…よね?」

「うん。でも気を遣われちゃったからね。僕は全部食べられる自信あるよ」


 フレイは痩せているけど体が大きい。いつか、フレイは燃費が悪いとおばさんがこぼしていたのを思い出した。

 ぼんやりとどれを食べようかなと考えていると、フレイがてきぱきとお膳立てをしてくれる。


「いやぁ、フレイってマメだよね。良い旦那さんになれるわ」


 素直に褒めると、少し照れ笑いをしてバケットを差し出してくれた。


「…今、お客さんが泊まりに来てるんだってね。おばさんが言ってた」


 あくまで聞いた話だけにしておく。フレイがあの美少女と並んで歩いている姿を見たなんて言いたくなかった。


「ああ、うん。夏至祭りを見に来たんだ。ミカ…えっと、泊まりに来た女の子なんだけど、エイラが夕飯に来るって言ったらすごく会いたがってた」


 あの美少女はミカというのか。とバケットをくわえながら胡乱な目で、昨日見かけた映像を思い出す。

 なんだろう。フレイにまとわりついてる煩わしい女を牽制しようとしたかったんだろうか。


「…エイラは夏至祭り、誰と行くか決めた?」


 何の表情も添えられていない、何気ない口調でたずねられる。

 彼にとってはあまり考えずに間を持たせる会話の一つらしかった。


「…ううん。まだ」

「でも薬草摘みはみんなと行くんでしょ?」

「まあね。私は街の花屋さんでもいいかと思ったんだけど、あの二人はやけに手摘みにこだわっててねー。あの様子だと月桂樹の葉も取りに行く羽目になりそう」


 薬草は自分のためだけれど、月桂樹の葉は男性の冠を編むために必要なものだった。

 お目当ての男性に渡すものなんだけれど、エイラは今まで一度も作ったことがない。


「エイラも月桂樹の冠作って誰かにあげるの?」


 どこか探るような瞳を向けられ、何でそんな目で見られなくちゃいけないんだとエイラは少し不愉快になった。


「夏至祭りが終わったら夏休み。夏休みが終わったら最終タームで単位を取ってすぐに卒業だもん。これから王都に行くってのに、今更告白っていうのもね。告白していきなり遠距離になるのも嫌だし」

「エイラは遠距離恋愛無理な人?」

「どうだろ? したことないからわかんないけど。でも好きな人とは近い場所に居たいと思うよ」

「だよねぇ」


 フレイの想い人、あの美少女ミカはこの街の人間じゃない。どこか遠くから来てるんだろう。

 告白した後の、遠距離恋愛の女心でも知りたいんだろうか。

 それにしても、片思いをしている相手とこんな恋バナするだなんて、なんて不毛なんだ…と自然に対応している自分に自己嫌悪してしまう。


「フレイこそ、どーなの? もう誘ったの?」


 夏至祭りを断られても気にしてないという意思表示のため、あえて自分から話を振ってみた。

 フレイは少し思案顔になり、それから少しはにかんだ笑顔を浮かべた。

 だいぶ大人びてきたフレイの顔が、笑うと小さい頃のように可愛いらしい笑顔になるのを知っているエイラとしては、その笑顔を見ただけできゅんとしてしまう。


「僕、今年、ヤーニスに選ばれたんだ。だから彼女への花束を準備しなくちゃいけなくて」

「へぇ! すごい! ヤーニスだなんて」


 夏至祭りのメインイベントの一つに、ヤーニスの冠を頂くというものがある。

 毎年、高等教育最後の学生の中から学業、スポーツなどの成績優秀者が数人ほど選ばれ、男性はお目当ての女性に最初に花束を贈っておく。

 女性はその花束で自分の花冠を作り、そのお返しとして気持ちがあれば月桂樹の葉で冠を作り男性に贈るのだ。

 つまり、観衆の前で公開告白するようなものだ。

 エイラは絶対にそんな舞台に出たいとは思わなかったので、すごいと言いつつ、大舞台に引っ張り出されてしまうフレイに少々同情の念も持ち合わせていたのだった。


「…でも。彼女はあまりこういう大舞台が好きじゃないみたいでね」

「そうなんだ?」


 あれだけ美少女なら、ちやほやされ慣れていそうな気もするけど…とエイラは首をかしげる。


「でも、学生最後の思い出だし、結果はどうあれ楽しもうかと思って。でも彼女の髪の色に合う花を選ぶのが難しそうなんだよね。エイラはどんな花が好き?」

「う、えぇ? 私?」

「うん。エイラは何の花が好き?」


 考えるふりをして、一番好きなガーベラの名前を出した。

 赤い薔薇は一般市民には高嶺の花だけれど、ガーベラは薔薇よりも手に入りやすく、なおかつ花言葉も素敵なものなので、好きな人からもらえるとしたら赤いガーベラが一番嬉しいと思っている。

 フレイにはそこまで言わなかったけど。


 フレイが幸せいっぱいの笑顔で惚気まくりながらパクパクと食べている姿を見ていると、それだけでお腹がいっぱいになってしまった。


 あともう少し。


 卒業したら、自分は王都へ行く。

 王都へ行ったら最初は勉強についていくだけで必死だと聞いている。

 その忙しさに任せて、フレイのことを近所のただの幼馴染という立ち位置に戻そうと考えていた。

 早くここを離れたいと思う反面、まだもうちょっと一緒に居たいという矛盾した気持ちの中、エイラはどうしたらいいのか自分でもわからないままでいた。

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