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―――…ごめん。今年の夏至祭りは、好きな子を誘おうと思ってるから。
申し訳なさそうに幼馴染のフレイが断りの言葉を告げた。
毎年、お互いに恋人のいない者同士で参加していただけに、断られたのはショックだった。
私の方こそ、今年も一緒に行くでしょ? なんて一緒に行くのがさも当然かのように、適当な誘い方をしたのも悪かったけど。
告白する前に振られてしまった。
「ねぇ! エイラったら、聞いてる? 今年もみんなで薬草摘みに行くでしょ?」
「え…? あ、あぁ…うん」
学校の昼休み。
中庭に設置してあるテーブルでお昼を食べながら夏至祭りの話で盛り上がっている友人たちに、エイラは曖昧に答え、誰にも気づかれないようにそっとため息をついた。
ここカヴァン王国のアトス山脈の麓でもあり、港町でもあるチトゥナでは、毎年夏至祭りというのが行われている。
朝摘みした薬草を一晩枕の下に置いて眠ると、未来の夫が夢の中に出てくると言い伝えがあったり、その薬草をポプリにして持ち歩くと良い出会いがあると言われていて、年頃の少女たちは夏至祭りの直前はみなソワソワしているのだった。
「早く行かないと他の子たちにみんな摘み取られて、森の奥まで行かなくちゃいけなくなるもんね」
「えー、だったら私は街の花屋で買おうかなあ」
エイラが気乗りしないように呟くと、レティアが不服そうな顔でため息をつく。
「余裕ねぇ、彼がいる子は」
「彼って…誰のこと?」
「フレイ以外にだれがいるってのよ?」
「私たちは単なる幼馴染。恋人じゃないわよ」
「えー、全然そんな風には見えないけど?」
ターデもレティアと一緒にうんうん、と頷く。
「今年は好きな子を誘うからって、断られちゃった」
幼馴染として断られたという表現にしたのは、まだフレイのことを誰にも言ってなかったから。
少しでも傷ついていない自分を演じておきたいプライドもあった。
「えー!! あのフレイにエイラ以外で好きな子!?」
「エイラに始終べったりくっついて、いつも泣きべそかいてたあの子が!?」
「…あんたたち、いつの話をしてんのよ…」
ため息をつきながらグラウンドに顔を向けると、昼食を食べ終えた男子生徒たちがサッカーで遊んでいた。中にはフレイもいる。
周りの男子たちよりも頭一つ分背が高く、少し痩せていて手足もひょろりと長い。短く切りそろえられた金髪は日光の下ではキラキラと輝いてとてもきれいだ。
ブルーグリーンの瞳は、天気が良い時のチトゥナ港から見える海の色とそっくりで。
そんなことを考えながら見つめていると、フレイがこちらに気づいて顔を向けた。
柔らかい笑みを浮かべ、軽く手を振ってくる。
エイラもいつもと同じように、軽く手を振ってお返しする。
その瞬間、サッカーボールがフレイの頭に当たり、グラウンドにばたりと倒れこむ。
「ちょっと行って来る」
エイラが中庭から飛び出していくと、ターデがレティアに話しかける。
「今年の夏至祭り、誰がエイラの相手になるのか楽しみね」
「相手がいないっていう選択肢だってあるわよ」
「……」
*********
エイラが保健室に駆け込むと、フレイは目を瞑ったままベッドに横になっていた。
「フレイ! 大丈夫?」
「うん。もともとの頭痛もあるけど、ちょっと休めば大丈夫だよ」
「フレイって頭痛持ちだったっけ?」
「んー、ひどくなったのは最近かな」
「お医者様にかかってる?」
「医者が言うには慢性の酸欠からくる頭痛だって」
「へぇ…」
窓が開けっぱなしになっていて、心地よい風が部屋の中に入ってくる。
ベッドの周りを囲むカーテンがふわふわと揺れていた。
「…大丈夫そうなら、私、午後の授業行くね」
「んー」
生返事をしてフレイは寝返りを打ってこちらに背を向けてしまった。
もしかして昼寝したいからわざとグラウンドで倒れたんじゃ? と一瞬そんな考えがよぎるけれど、そのまま教室へと戻ることにした。
結局、フレイはそのまま早退して帰ってしまったようだったけれど。
*********
「あら、エイラ。久しぶり!」
学校帰りに街中で声をかけられ、振り返るとプルムおばさんが買い物帰りの袋を下げて立っていた。
プルムおばさんは茶色の短い髪で一見、男の子のような感じの人だが、フレイの養い親で、さばさばした女性だった。
「プルムおばさん。今日はたくさん買い物してるのね」
「そうなの。旧友が泊まりで遊びに来ていてね、今夜はご馳走なの。最近、うちにご飯食べに来ないじゃない。おばさん寂しいわー、そうだ、今夜うちにご飯食べにいらっしゃいよ」
「えー、でもフレイが何て思うかな…」
「なに? あんたたち、ケンカでもしてんの? 早く仲直りしなさいよ? 夏至祭りまであと少ししかないんだから。今年も一緒に行くんでしょ?」
「気が向いたら行こうかな」
今夜の食事と、夏至祭りをかけて返事をする。
「あらら、つれない返事ねぇ。息子はエイラに振られちゃったのかしら?」
…逆なんだけどね。と内心ひとりごちる。
世間話をしていたら、通りの反対側をフレイが歩いている姿が目に入る。
好きな人のことは、大勢の人がいる中でもすぐさま見つけることが出来る。
ただ、フレイの横に見知らぬ少女が寄り添って歩いている姿を見て、どきりとする。
色白で、緩くてふわふわの金髪の長い髪をなびかせて、レースのワンピースがとても上品な感じで。
フレイの腕に自分の腕を絡ませて、恋人同士のように笑みを浮かべて歩いている姿を見て、胸の奥に鉛がつまったかのように感じる。
どうせ。私は色黒ですよ。
髪の毛だって、錆び色って言われる何の変哲もない赤茶色だし。
何なの、美少女に微笑まれただけで鼻の下伸ばしちゃってさ。
むすっとした顔をしてフレイを見つめていると、プルムおばさんが苦笑して口を開いた。
「エイラ。あの子はウチのお客よ。久しぶりにこの街に来たからフレイが案内してあげてるだけ。変に勘ぐらないでやってね」
「別に。私たち、単なる幼馴染だし。何とも思ってないよ、おばさん」
「エイラの分、作っとくわよ」
「頭痛に効く食べ物作ってあげてよ。じゃあ私こっちだから」
つい先ほどまでご馳走にあやかろうかと思っていた気持ちは、フレイの横にいた美少女の出現できれいさっぱり消え去ってしまった。
プルムおばさんのお料理は美味しいから大好きだけど。
夕飯時に、フレイと見知らぬ美少女の仲睦まじい姿を見せつけられるのは正直きつい。
失恋したばかりの自分にとっては傷口に塩を塗り込むようなものだし。
このまま真っすぐ家に帰るのは何となく嫌だったので、港の船着き場の先にあるテトラポットがある方面へ向かった。
潮風に当たっていると、徐々に涙が込み上げそうになってくる。
ここは昼間しか人が来ない。灯台の灯りが差し込むからそれほど暗くもないし、一人になるにはうってつけの場所だった。
「こんなところに一人でいるとイーレンスグ(海の竜)に連れていかれるよ?」
気配もなく、すぐそばまでやってきた青年は、少し長めの濃紺の髪に不思議な瞳をしていた。
もうすぐ日が暮れるからだろうか。
濃い青の中にブルーグリーンや赤やオレンジの光が混じった宝石のような瞳だった。
「イーレンスグなんているわけないでしょ。伝説の海の魔物じゃない」
「僕はそのイーレンスグに乗って、この街にやって来たんだけどね」
「へぇ」
エイラはこれ以上話を広げることもせず、早く立ち去ってもらえないかな、と考えていた。
イーレンスグに乗ってやって来たなんて、おかしなことをいう人だ。
顔立ちは整っていてハンサムなのに、頭が残念な人なのかもしれない。
「泣いてる理由を聞いてもいいかな」
気がつくと、エイラの瞳から涙が一筋流れていた。
「あれ? 何で」
「僕で良かったら話を聞くよ」
「…結構です」
エイラはすっと立ち上がり、港の方へ歩き出した。後ろから少し大きな声をかけられる。
「僕はノルズ! 君は?」
親は何を考えて名づけたんだろう。海の神様と同じ名前だなんて。
それとも偽名? 何だかおかしな人っぽいし。
「…エイラ」
「エイラ、明日も会える?」
「わからないわよ、そんなの」
「また明日」
ノルズと名乗った男は笑みを浮かべて手を振ってきた。
エイラは少し肩をすくめただけで、そのまま家路へとついたのだった。