旅立ち 1
告知から一週間で、ウィルは今までの知識の量を超えるほど多くのことを学んだ。
一週間はあっという間に過ぎ、いよいよ明日が出発の日になった。
今、ウィルは荷造りをしている。
持って行くのは必要最低限にしろと、トムから言われた。
ベッドに広げられ衣服を取りあげた時、ある包みが音をたてて、床に転がった。
一週間前にトムから手渡された、王家の木箱。
その蓋には、この国の守り神ぺガサスが彫られている。
「でも何の手掛かりもないのに、どうやって探し始めるんだい?」
1週間前そうウィルが聞いた時、トムは棚の引き出しからこの木箱を取り出してきたのだ。
トムの話では、ウィルのお父さん、つまりラゼル王が死んだ時に、突如この木箱が枕元に現れたらしい。
確かに長い歴史を感じさせる風情をまとっている。
だが何か不思議な力を持っているようには見えない。
試練へと導く木箱。
この木箱を手にした時に試練が始まる、とトムは言った。
ということは、もう試練は始まっている!
胃がふわっと持ち上がるような感覚。
いけない。
ウィルは自分に言い聞かせた。
深く考えたら、怖くなるだけだ。
自分が逃避しているということは、分かっていた。
情けないと思いもした。でも今のウィルには、全てを受け入れることは不可能である。
ウィルは木箱もリュックに詰め込んだ。
ガチャっとドアが開いて、トムが入ってきた。
「荷造りは進んでるか?」
「うん、もう少しで終わるよ」
「そうか……」
気まずい沈黙が流れた。ウィルは、何を言えばいいか分からなかったので、黙々と荷造りを進めた。
今日は朝から、二人ともろくな会話をしていない。
「これが何か知っているか?」
トムが差し出したのは水晶だった。だが普通の水晶ではない。上に白い小さなつまみがあり、中には銀色に光る液体が入っていた。
「使い方は詳しく知らないけど、何なのかは知っているよ。ルクでしょ?」
「その通り。ゴホッ…これはルクというこの国の現通貨だ。来て見てごらん」
ウィルは立ち上がってトムに近寄り、覗き込んだ。
「このつまみをひねると、順に大きさの違う3つの穴が現れる」
説明をしながらトムは、実際につまみをひねって見せた。穴は順に大きくなっていた。
「一番最初の一番小さい穴から出てくる一滴が1ルクだ。他の二つは、別に軽量カ
ップで量らな…ゴホッ…ければならない。高額の物を買う時は一番大きい穴を使
うといい。分かったか?」
ウィルは無言で頷いた。
「よし、それでいい……ゴホッ、ゴホッ」
トムは激しく咳をした。トムの病気は日増しに悪くなっているようだった。
「すまん。ゴホッ、それでこの中にはご覧の通りあまり多く入っていない。だから、自分で…ゴホッ…稼げ…ゴホッ」
「どうやって?」
「薬草を摘んで、薬を…ゴホッ…煎じて売るんだ」
「それでトムとフランクじいは……」
「要らないと思っていた知識が、いつどんな形で役に立つことになるか、それは誰も悟ることができない。肝に銘じておきなさい」
ウィルはゆっくりと頷いた。
トムの説教を聞くのは、明日から当分お預けになる。
「だが……お前のお父さんは、そして他の歴代の王たちも試練を楽しんでいた」
「え?」
「確かに危険な旅ではあるし、何から手をつければいいのか分からず八方ふさがりになることもあった。だが、彼らは旅を楽しんでいた。お前のお父さんはよく言ってたよ」
そこでトムは懐かしむように微笑んだ。
「試練だからと言って、楽しんじゃいけないという道理があるのかい? っとな」
「試練を楽しむ……」
よほどの勇気がある人じゃないと口にできない言葉だと、ウィルが思った。
試練を乗り越えてきた人たちは、猛者の集まりだったのかもしれない。
「まぁ、話はこの辺でやめておこう。あとはお前が見つけなければならないことだ」
「うん……」
試練の前に試練の秘密を知ってしまったものは、試練を乗り越えることはできない。
そういう定めがあるらしい。
試練を乗り越えることができないということは、ペガサスに承認してもらえないということ。
なんて余計な規則なんだ。
ウィルは心の中でつぶやいた。
読んでくださってありがとうございます。
次回やっと旅立ちです。(TOT)