蛇道村 3
「すっごい人だなぁ」
ウィルは辺りを見回しながら言った。
クネクネと曲がった狭い路地なのに、次から次へと人が流れ込んでくる。
「もう少しで市場につくわ! はぐれないようにね」
ローズは白い紙を覗き込みながら言った。
先程ハチマキのおじさんに描いてもらった地図だ。
「はぐれないのって無理なんじゃない?」
傍の人に押されてローズから離されながら、ウィルは大声で言った。
周りの雑音が煩く、大声を出さないと届きそうにない。
「ちょっとはぐれないでって言ってるでしょ!?」
地図から目を上げたローズの一声。
と同時にローズの腕がひゅっとウィルの方に伸びてきて、服を掴みぐいっとローズのもとへ戻した。
「しっかりして! こんなところではぐれたら大変よ。探すのにすごい時間かかるわ!」
「無理だよ、次から次へと人が僕を押すんだから。それに、あのさ……」
また視線を地図に戻しながら、ローズはいかにも機嫌悪そうに聞き返した。
「何よ?」
ウィルはそこでため息を一つつくと立ち止まり、今度は自分がローズの服を掴んだ。
「何?」
ローズが怪訝そうな顔つきでウィルを見る。
「気づいてないようだから言うけど、後ろについてきてたはずなんだけど、いないんだ」
「は?」
「リィとローレイ」
そこでローズは両手を上げて天を仰いだ。
「最低、最悪。信じられないわ。本当についてない」
ローズの悪態は長く続いていた。
ウィルは適当に相槌をうちながら、その隣を歩いている。
スルーが一番。
これは経験から学んだこと。
「どうしてよりによって、あんたと取り残されるのよ」
「あーそうだね」
恐ろしく棒読みな返答。
だがローズはそんなこと気にも留めずに続ける。
「あんたみたいな愚鈍なやつと一緒にいたって、なんのメリットもないじゃない」
「うん、そうだね」
「買い物リスト、リィに預けたままだったし……。あんた、あのリスト欄覚えてる?」
「うーん……、そうだね」
「覚えてるかって聞いてるの、馬鹿!」
「え? あ……何を?」
「買・い・も・の・リ・ス・ト」
「少しくらいなら覚えてるよ。地図でしょ、あとは……えーといろいろ日用品?」
「あーごめんごめん。聞いた私が馬鹿だったわ。ま、そうね、とりあえず地図は一番必要だから探しましょう。しっかりしてよね、未来の王様」
あからさまに棘が入っている最後の一言。
ウィルはスルーすることも忘れて膨れた。
「好きでやってるんじゃないんだ。そんな――」
「あ! ほら、あそこが市場の並びの始まりね!」
ローズは少し弾んだ声で言った。
その指した指の先には、ウィルも抗議をやめて目を丸くした。
「これが市場……」
「サーペン市場よ。こういう形式の市場はここでしか見られないわ」
狭い路地の両脇には一定の間隔でカーテンのような布が細い棒をつたってたらされていた。
路地の真ん中には大人2人かろうじて通れるほどの隙間がある。
布と布との間にはテーブルや台などが置かれてあり、なにやら商品らしき細々したものが所狭しと並べてある。
仕切りの布に網をめぐらせ商品を吊り下げたり針金でとめたりして並べてるところもあった。
「すごい!」
前もって話を聞いてはいたものの、生の市場を前にするとやはり驚かざるにはいられない。
狭い路地をさらに狭くして作られた、簡易的な市場だが、人びとの活気に満ち溢れている。
「なんでもありそうだね」
「そうね。お店を開くことがここでは簡単にできるから、売る人も売り物もその種類の数は期待できると思うわ」
ウィルは早く店を回りたくてうずうずしていた。
「とりあえず、地図を探すんでしょ? 早く店を見て回ろうよ!」
好奇心で輝いてるその顔を見て、ローズはため息をついたが、あきらめたように同意した。
「そうね。ついでにリィ達とも早く合流しないといけないわ。この市場まではローレイはともかくリィなら人に聞いたりなんたりでたどり着けるだろうから、2人を探しながら店を見て回りましょう」
かくして、2人は狭い通路の人の流れに加わりながら、市場に足を踏み入れた。
「わぁ、ここすごい。何種類ものサングラスがあるよ! ローズ!」
ウィルの興奮は最高潮に達していた。
始めてみるものが多すぎて、目と頭を動かすのに忙しい。
「ここは調味料がたくさんおいてある!! 塩だけでもすごい数だ!」
当初の目的など、ウィルの頭からはさっぱり消えていた。
辺りは盛んな声が飛び交っており、左右の店員達ははしきりに行き来している客達に声をかけている。
「おい、そこの君。水晶を見ていかんかね! 今はルクをちょっとだけいれておくための小さい水晶や貯金用の水晶、いろいろと新しいのが開発されてるんだよ」
たくさんの水晶に囲まれて座っているおじさんに声をかけられ、ウィルは足を止めた。
「へぇー。すごいなぁ。この大きい楕円型の水晶が貯金用?」
「あぁ、そうだよ。最新型水晶を見たいかい? まだ在庫があまりないから売らないつもりだったんだが、特別に見せてあげるよ」
「本当に!? ありが――ぐうぇっ!」
ここで当然と言うべきか、我慢の限界に達したローズの鉄拳が飛んできた。
ローズは無言だったが、その鋭い睨みが全てを語っていた。
ウィルは頭をさすりながら、素直に謝った。
「すみません。地図を探します。あとローレイとリィも」
ローズはよろしいと言った調子で、厳かに頷くと歩を進めた。
足を止めて中をじっくりみたいという欲求を抑えながら歩いてると、ウィルの視界に本がたくさん置いてある店が飛び込んできた。
「ローズ、あそこに地図ありそうじゃない」
「そうね……。聞いてみま――」
「ローズ! ウォルト!」
見ると、リィとローレイが店の奥にいた。
「ここにいたら、会えると思って。よかったわ! ごめんね、二人とも。はぐれちゃって」
「ううん、いいのよ、リィ。この馬鹿が悪いんだから」
いきなり指されて、ウィルは驚いた。
「え……僕のせい!?」
「それより見つかったの? リィ?」
「地図か?」
答えたのはローレイだ。
同時に右手を上げる。
その手にはくるくると巻かれた、若干古めの紙が握られていた。
「さすが。購入済みのようね」「当然だ。時間たっぷりあったからな。お前達二人は一体どこで油売ってたんだ」
「ああ。この馬鹿のせいでいろいろと遅くなったの」
「だから……なんで僕のせい――」
「お前さん達は旅の者かい?」
そのしわがれ声は、店主。
白髪の老女だった。
紫の布を頭からすっかりかぶっており、ウィルは昔読んだ本に出てきた魔女を連想した。
老女は目を細めて4人を見た。
「お前達は変わってるねぇ。ケヘヘヘ。なかなか興味深いよ」
老女のじろりとした視線にかち合い、ウィルは身震いした。
笑い方もその目つきも、ウィルは好きになれない。
他の三人も怪訝な顔をしているので、恐らく心地は良くないのだろう。
「次はどこを目指すのかね? もしかしたら、わたしゃ良い情報をもってるかもしれないよ。わたしゃ、こう見えても情報通でね」
誰も答えようとしない気まずい沈黙が数秒流れたので、ウィルは仕方なく口を開いた。
「次は確かエコイカウン島……」
「ほぉ。それまた、おもしろいところに行くねぇ」
「はぁ……」
「そこは今病気が蔓延している島だときく。隣の島から海を越えて病がやってきたそうな」
「隣の島?」
「ポルテフラ島ですね」
横でリィが口を開いた。
真剣な眼差しで老女を見ている。
「何が起こってるのか噂とかあったりするんですか?」
「そうだね……。ケヘヘヘ」
含みのある笑いに、老女の顔がいっそう不気味さを増す。
「いいかい、ポルテフラ島は知ってる通り死の島。死。つまり無。無だから他に対して何も影響を及ぼさない。ただ“ある”だけの島だった。最近までは。今その島ではなぜか人の出入りちらほら見受けられるという。又聞きの話だから嘘か本当かどうかは分からないがね」
ウィルはトムの言っていたことをぼんやりと思い出した。
「これは噂でもなく、ただの憶測にすぎないがね。歴史を繰り返そうと企む者がいるのかもしれないねぇ。舞台はあの死の島。憶測が外れることをわたしゃ、祈るね。今度それが起きたら、ポルテフラ島だけでは済まされないだろう」
ウィルはゴクリと唾を飲み込んだ。
老女はふいに台の上に無造作においてある本の山に手を伸ばすと、一冊の埃をかぶった緑の背表紙の本を取り出した。
「貴重な本だ。島の歴史が載っている。この類の本はほとんど燃やされたらしいからね。シャーンティ宮殿にあるのを除いて、世界に出回ってるのはこれを含め数冊だろう。なので、高価な本なんだがね、今なら1000ルクで売るよ。ケヘヘヘ」
ローレイがふっと息を吐いた。
「なんだ、ただの商売話かよ……」
「どうとるかはお前達の勝手。買うか買わないかも当然お前達の勝手だがね」
「どうする? リィ。無駄遣いはできるだけ避けたいところだけど……」
ローズが眉を潜めて、小声でリィに話しかけた。
リィは真っすぐに老女を見つめている。
しばらくローズの問いには答えず口を閉ざしていたが、ふと視線をウィルに向けた。
「ウォルト、あなたはどう思う?」
「え……僕?」
自分に意見を聞かれるとは思ってなかったので、ウィルは驚いた。
リィは真っすぐにウィルを見つめている。
前に船の上でも見た、何もかも見透かされてしまうような目で。
トムは警告した。
国の者がポルテフラ島に出入りしていると。
だからこのおばあさんの言う噂は本当なのだろう。
だがその後の憶測は憶測だ。
1000ルク。
いくらまだ余裕があると言っても、ローズの水晶が豊かであると言っても当然底なしではない。
でも。
ふと空から見たあの黒い島が頭の中で蘇る。
あの時すごいオーラを放っていた。
なかなか目を離すことができなかった、死の島。
ウィルは静かに目を閉じ、しばらくしてまた開いた。
「僕は買いたい」
その答えにリィは笑みをこぼした。
「それなら、いいかしら?」
その問いはローレイとローズに向けられたものだ。
ローレイは肩をすくめ、ローズは黙って水晶を取り出した。
銀色の液体が振動で揺れている。
4人は本を購入すると、他に必要なものを揃えるべく、その店を出た。
真上の空には既にいくつかの星が輝いている。
だがふとウィルが東の空を見ると、そこには不気味な色の雲が漂っていた。
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