蛇道村 2
馬車は一軒の宿屋で止まった。
「わしはこの近くに親戚が運営している酒場がありますんでそこに行きますわ」
髪も髭もすっかり白くなっていた御者は、快活に言った。
年の割にはかなりタフらしい。少なくともウィル達よりはシャキっとしていた。
激しい風や雨にもろに打たれていたはずではあるが。
ウィル達は十二分にお礼を言った後、御者と別れた。
「いらっしぇー」
威勢のいい声で迎えてくれた、宿屋の主人は気さくな人だった。一見図体がでかく怖そうな人だったが、客に対し口を大きく開いて笑って答える。白いハチマキを頭にまいており、客たちからは「ハチマキの旦那」とか「ハチさん」と呼ばれていた。
宿屋の中は明るく、外とは違ってとても明るい。多くの人でにぎわっており、外の不快な音もここでは小さなノイズとなってしか聞こえない。
「ほらよ! ココア4つお持たせー!」
ウィル達は酒を飲んだり騒いだり歌ったりしてる人々の声を聞きながら、温かいココアを一杯飲み、その後4人とも言葉少なげにベッドへと向かった。
4人とも疲れきっていた。
「ちょっと! いつまで寝てんのよ! 起きなさい!」
次の日、もうすぐお昼というころに、ウィルはローズにたたき起こされた。外はまだ激しい雨が降っている。少し肌寒い気温だ。
目をこすりながら、何かぶつぶつ文句言っているローズの後をついて階下へ降りると、ローレイとリィは遅めの朝食をとっているところだった。
「おぉ、最後の寝坊客様が降りてきなせった」
ハチマキのおじさんが元気よくウィルに挨拶をした。何やら客と話していたらしく、カウンターに座っている。ウィルが挨拶を返すと、立ち上がりカウンターの裏に回ってコンロの鍋に火をかけた。
「お寝坊客さん、朝食はダーミージョウでいいかね? おいしいぞ」
大きな器にたっぷりと注がれたダーミージョウは、ウィルが今まで見たことのないお粥だった。お粥の中には大きめにきられた鶏肉が入っており、白ネギと生姜が上に添えられている。鶏肉をつけるためのタレも、小さな容器に入って隣に添えられていた。
湯気がたっており、おいしそうなにおいが鼻孔をくすぐる。
ローレイとリィも寝ぼけ眼ながらも、同じものを口に運んでいた。
「ローズはもう朝食とったの?」
ウィルはスプーンを手に取りながら聞いた。白い陶器ででいたスプーンだ。ピンクの花が描かれている。
「ええ、とっくに。だいたい何時だと思ってるの?! 寝坊するにも程があるわ!」
「だって昨日すごく疲れて……。まだ体のあち……こ……ホフ、熱! あちこちが痛っ……ハフって……」
「食べながら話さない!」
「はひ……ハフっ……」
熱いお粥をやっとゴクリと飲むとウィルは、すぐにオーナーの方を振り返った。
「ハチマキのおじさん、これすっごくおいしい! こんなおいしいお粥初めて食べたよ!」
宿主は嬉しそうにニーっと笑った。
「そうかそうか! それはよかったぁ。こんな雨の激しく降る朝は冷えるからな、お粥がぴったりなんさよー!」
ふいにローズが横から耳を引っ張って、ウィルの顔をテーブルに戻す。
「いいから早く食べなさい! 話すことがあるんだから……」
「……はい」
ウィルが再びお粥を食べ始めると、ローズはため息をついた。
「食べながらでいいから3人とも聞いて! この村に一番詳しいのは私だと思うから。昔家族と一緒に観光にきたことあるし……」
「こんな辺鄙な村にか? 伯爵様御一行が何の用事で?」
すっかりお粥をたいらげたローレイがスプーンを置きながら聞いた。
ローズはきっとにらみつける。
「観光と言ったでしょ? それにその言い方、癪に触るわ、やめてちょうだい。この村は別名蛇道村とも言うの。なぜかというと、昨日少しでも道の形を見たなら分かると思うでしょうけど、この村は小さくて古い建物がクネクネと曲がってる道に沿って所狭しと並んでる。その建物の並びと並びの間が蛇みたいにクネクネに並んでるか蛇道村っていうのよ」
「……単純だな」
「まぁ、それはいいとして、今日私は、あなた達と違って、朝早めに起きて新聞を買いにちょと出かけたわ」
そこでローズはテーブルにポンと新聞を投げ置いた。花の月96日。あと4日で海の月がやってくる。
「この天気予報によると、今日夕方以降は雨がやむみたい」
ウィルがにらむように窓の外を見た。
「とてもそうは見えないけどね……」
「まぁ、あたるかどうかは分からないわ。そこは運任せね。誰も100%の予測はできない。でも、晴れたら絶好チャンス!」
「どういうこと?」
「ここは夕方から夜にかけて行われる有名な市場が毎日開かれてるの。 あ、毎日っていうか天気が良い日は必ずってことね」
「へぇー」
「お店とお店が布で仕切られた特徴的な市場でね、もともとせまい路地であるのも手伝って、かなり混雑するわ。だけど、いろんなものが手に入るの! 売られるのもさまざま」
リィが頷きながら口を開いた。
「私も一度聞いたことがあるけど、本当にいろんなものが売られてるらしい。それも安くでね」
「そう、売り方も特徴的なのよ。お客はそこの市場では値切るのが常識なの。商品に値札は一切ついてないわ。お店の人が最初に言った値段を値切っていくのがそこの客の主流」
「確かに特徴的だな」
ローレイが腕組みをしながら言った。
「普通の店で値切るということは行われなくもないが、値切るのが主流とまではいかない。値札はたいてい貼られてるし……。それに布で仕切られてるって言うのも」
「そう一時的なお店だからね。布と机だけでできたお店だから、誰でも簡単にお店が開けるってわけ。店開く側も客も仕事終わってくる感じなのよ。まあそれが起因していろんな人が店開けるから、当然いろんな商品があるってことなのよ」
「それじゃ、僕たちがいろいろ買い物するのにぴったりって……こホッと?」
最後の一口を頬張りながらウィルは聞いた。
ローズがコクっと頷く。
「そういうこと!」
カチャンとウィルはスプーンをテーブルに置いた。
「それじゃ、決まりだね」
「必要な物をそれまでにリストアップ、そして外出の準備をしなきゃね」
ローズはそう言いながら、立ち上がった。
「どこ行くの?」
「部屋に戻ってペンとメモ帳をとってくるの。あんた達はその食器片付けてもらってなさい……」
ローズはきびきびとした調子で階段を上り、階上の自室へと向かった。
数秒の静止。
残された3人はぽかっと口を開けてローズの後ろ姿を見守っていた。
ふいにウィルが小さく咳払いをし、リィに問いかけた。
おもしろさ半分、恐ろしさ半分といった面持ちで。
「どうしたの? ローズ。僕達が見てない時に、なんか変なものでも食べたんじゃないの?」
見ると、リィはニコニコ笑っている。
「あれでもね、責任感じてるのよ。だから少しでも役に立とうと思ってるんじゃないかしら」
「責任?」
「そ。自分のドタバタに巻き込んじゃったっていう責任」
「へぇー」
驚くウィルの横でローレイがぼそりとつぶやく。
「分かりにくい女……」
リィはクスリと笑った。
「そうだ、お客さん達」
テーブルを片付け終わった宿屋の主人が、ウィル達に声をかけた。
「モーリーホワチャーを飲まんかね? おいしいお茶なんさよー。まだやわらかい茶葉を摘んだやつだから、香りも味もいい。体にも当然グッドだ」
「「「ぜひ頂きます!!」」」
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