黄金の腕輪 2
「んで……この状況を一体どうしてくれるんだ? バカ伯爵娘が」
ローレイは恐ろしく不機嫌だった。
そばに立っていたウィルはそろりそろりとローレイから距離をとった。
離れろと経験と直感がウィルにつげている。
「どうしろって一体何が?」
ローズは相変わらず全く動じない。
ローレイの突き刺すようなにらみにも。
「何がって、お前この状況が読めないほど大馬鹿なのか!? 俺とコイツが立場的に貴族を避けたい立場にあるのは明らかだろうが!!」
「えぇ。知ってるわよ!」
「なら、他人事みたいな言い方をさせないぞ。あの調子だと明日にはボードレール家の者が大勢の人を連れてこの村にやってくる。軍隊かもしれねーな。伯爵家と言えば、財力と兵力は十分持っているはずだ」
「兵力も!?」
この言い争いに口出しはしないと決めていたウィルだが、つい口を出してしまった。
「あぁ。伯爵家なら数百人の兵力を持っててもおかしくない」
「簡単なことよ。逃げればいいじゃない」
ローズをさらりと言った。
「簡単に言うな! 人を巻き込んでおきながらよくそんな大口がたたけるな!」
「意図してじゃないわ……。知ってると思うけど。とにかく……」
そこでローズは後ろでおずおずと様子をうかがっているリィを振り返った。
「私たちは逃げるわよ。リィ支度しなきゃ。やすやすと捕まってたまるもんですか」
「どうやって?」
ウィルが聞いた。
「ウィル、本気でそんなこと聞いてるの? 今の私には逃げるなんてたやすいことよ」
「……?」
ローズは顔をしかめるウィルの前で、指を口に加えピーと指笛を吹いた。
「キャゥー」
返答は即座だった。
ウィルが空を見上げると、アクイラが大きな翼を広げながら降りてくるところだった。
アクイラが優雅に着地すると、ローズは傍により頭を撫でた。
「また私を乗せてくれるかしら?」
「キャゥ!」
ローレイは腕組みしながら、苦々しい顔でそれを見つめてる。
「自分たちだけ逃げるってわけか……。全くいい性格をしてるよな、お前は」
「でもローレイ……」
ウィルがおずおずと割って入った。
「確かに僕達は貴族には会わない方がいいけど、まだはっきりと顔がわれてるわけじゃないし、今は大丈夫なんじゃ……?」
「たぶん、ウィル駄目よ」
答えたのはリィだった。まだ顔は青ざめている。
「私たちのことでこんなことになってホントごめんね。でもね、今国王は世界のあちこちに兵をさしむけてる。今まではその理由が分からなかったけど、今なら分かる。言うまでもなく、あなたを探しているのよ。そして国王は探すのに、貴族たちに協力を求めてると思うわ。あなた達を見て何も察しない保証はどこにもないわ。やはりここは用心深くいったほうがいいと思うの」
「やばいのはあんたもでしょ、ローレイ」
ローズがローレイに背を向けたまま言った。
「あなた達士族は今の国王を認めないとはっきり公言し、バディを国王に献上しなかった。先代国王のバディ、トムを筆頭に堂々と今の王に対して逆らったのよ。ただですまされないことは分かってるでしょ?」
「……」
ウィルは大きくため息をついた。華族の村について、しばらくは落ち着いた生活がおくれるのだろうと思っていたのに、二日目でこれだ……。
「それじゃ、どうすればいいの? 僕達……」
「できれば……一緒にここを出ましょう」
答えたのはリィだった。
「どちらにしろ、ウィルとローレイ、あなた達のゴールはこの華族の村じゃないんでしょ? こんなところでゆっくりしてる時間はホントはないんじゃないの? 人に迷惑をかけておいて厳しいことを言うのもなんだけど……」
「……」
「どこに行けばいいのか分からない。何をすればいいかも分からない。お手げ状態なんだ。知ってると思うけど……」
「あの……話の途中口を出して悪いんですけど……」
今までずっと黙ってなりゆきを見守っていたフローラが、割って入った。
「ローズさん、今日は大鷲さんに乗っていくのはやめたほうがいいと思います」
「どうして……」
「今日の新聞の天気予報欄に明日は大雨で強風の恐れがあると……」
「……」
「そして向こうに咲いている青い花畑が見えますか?」
ウィルは目を凝らしながら、フローラが指さしている方向を見た。
「あの花がどうかしたの?」
「あの花はウェイトピーという花なのですが
「あの花はウェイトピーという花なのですが、あの花は雨が降り始める前は青色に染まるのです。普段は薄いピンク色の花ですが……。なので、もうすぐ天気が崩れるのはまちがいないかと……」
「……。雨はまだしも、風はちょっと痛いわね。アクイラの負担も大きくなるわ」
「なので、よろしかったら馬車をお呼びしましょうか? それで今夜できるだけこの村から遠ざかればきっと逃れられるはずです」
「それは助かる」
答えたのは、ローレイだ。
「馬車なら4人乗れる。どちらにしろ、俺とウィルはそれしか逃れる手段がない。迷惑掛けてすまないが……」
「えぇ、すぐに私が手配しましょう、父と母にも事情を話しておきます。あ、それとウィルさん」
「何?」
「貴族の方には十分警戒してくださいね」
「え?」
「ここは華族の村。あなたのお母様、エレン様は私の母の姉であり。ここの一族の出身。母も父もあなたに何も言いませんでしたけど、ここは既に国に……」
「目をつけられているということか……」
ローレイが後を続けた。
「えぇ。ただここは都会から離れているうえに、都心とはそこの大きな山で阻まれてますから、なかなか偵察がしにくいのも事実です」
「阻まれてるって、馬車は大丈夫なのか? すぐに山を越えてこれるのか?」
「あぁ、それは大丈夫です。先程のお客さ……たいていのお客さんは山の向こうの町とこことをつなぐ列車に乗って来るのですが、それとは別に山と山の間で谷なっていつるところに、もう一本の抜け道があり、華族の村の者だけが使用しています。馬車は華族の者の馬車業を営んでいるものから手配しますので、安心してください」
「……ありがとう。恩にきる」
「それでは、私は先に家に向かってますね」
フローラはそういうと、くるりとこちらに背を向け、家の方に向かって駆け出した。
太陽はもうほとんど海に沈み、あたりは夜に飲み込まれつつあった。
フローラが離れると、ローズはウィルを向いてきっとにらみつけた。
「ちょっとあんた!」
「え?」
「あんた、認められし者の自覚あるの? その木箱を無防備にズボンのポケットにつっこむのやめてくれる? それにさっき、私はあんたがフローラの前で余計なことを話してしまうんじゃないかと気が気でなかったわ!」
「仕方がないだろ? 木箱は肌身離さず持ってきたいんだ。いつ光りだすか分かりやしない。それに、僕はちゃんと分かってたよ!」
ウィルは膨れて言った。
「いつ僕がまずい話をしそうになったと言うん――」
悲しいかな。既にローズは聞いてなかった。
「ところでリィ。聞きたいことがあるんだけど、アクイラが光につつまれてたでしょ? あれって……」
「あの紅紫色のでしょ? 私の推測が正しければ、あれは木箱の光と同じ色だから、ラージャの力。つまり、あれがラージャの恩恵の証じゃないかしら?」
「やはり、リィもそう思うか……」
「なるほどな……」
ローレイも会話に加わった。
「本来蟻族しか手に入れることのできない、大鷲。それがお前への恩恵ということか」
ローズは再びウィルの方を向いた。
「あんたはさっき何も手がかりがないみたいなこと言ってたけど、私はアクイラのこととかもあってそうとは思えないのよね。これは試練。木箱は試練を助けてくれる道具じゃないわ。答えはきっと自分たちで導かないといけないのよ」
「導くって言ったって……。何からどうすればいいか……。ペガサスを探せなんて漠然としすぎてる」
「そのことなんだけど……」
リィはレイーズの花畑の前に座り込みながら言った。
「私、意外に虹花伝説にヒントがあるんじゃないかと思うの……」
「あのつまらないおとぎ話に?」
ウィルが驚いて聞いた。
「つまらないって何よ!」
ローズは憤慨して言った。
「あんたは感性というものがないのかしら?」
「ローズ、ウィル、話を進めるわよ? 私が知ってる限りペガサスにまつわるおとぎ話はその虹花伝説しかない」
「確かにそうだな」
ローレイが頷いた。
「俺も母親にいろいろとおとぎ話をガキの頃から聞かせてもらっていたが、ペガサスにふれるおとぎ話はその虹花伝説以外聞いたことがない」
「でも……」
ローズは顔をしかめて言った。
「おとぎ話はおとぎ話にすぎないんじゃないかしら。現実とは違うわ」
「このおとぎ話に出てくる花は実在してたわ。そしてペガサスがいることも分かってる」
リィは一輪の黄色のレイーズをちぎると、立ち上がり振り返った。
「この花が何か鍵を持ってる気がするの。もちろんおとぎ話が全部現実にあるとは言わないわ。まず、虹は花にはならないし、お姫様も、王子様もいない。でも何かを暗示してるような気が――」
リィは突如話すのをやめた。
それがなぜなのか後の3人は聞かなくても分かっていた。
その『理由』が今目の前で起こっている。
すっかり暗くなった小道である種の光と静寂が突然現れた。
しばらくして、ローレイが口を開いた。
「へぇー。ビンゴってことか」
読んでくださってありがとうございました。
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