黄金の腕輪 1
自由が欲しかったの。
空を自由に飛ぶ鳥のように、世界に出たかった。
今の暮らしの喧騒から逃れたかった。
「本当にお客みたいですね」
フローラは振り返りながら言った。その目は遠くに人影を認めている。
「お客が来るの?」
「ええ。花を買い求めにお客さんが来ますよ。たいていは貴族の召使いとかが多いですけど」
「き…貴族」
ローズの顔が曇る。
「フローラ、私達先に戻って、夕食の手伝いをしててもいいかしら?あまりその召使いとやらに会いたくないわ……」
「えぇ、もちろん」
「リィ、行きましょう」
「……」
「リィ……?」
ウィルがリィを見ると顔が青ざめている。
「どうしたの?リィ、気分でも悪いの?」
「リィ?」
リィは自分の顔を覗き込んでいる、ローズを見た。
「ローズ……。後ろ……」
ローズはゆっくりと振り返った。
そこには中年くらいの身長の低い女性が一人。
しばらく二人は見つめあっていた。
「ローズお嬢様!!!」
突如その中年女が叫んだ。
ローズの顔はこれ以上にないくらい青ざめている。
「メ……メアリ……。どうして……ここに?」
「それは私が聞きたいですよ。お嬢様は今までどこにおられたのです?お父様もお母様も大変心配なされたのですよ?家中の者がどれほど探されたのかご存じなんですか!?」
「やめてよ。そんな嘘」
ローズは耳を塞いで叫んだ。
「心配する? ふざけないでよ。大嘘つくのもほどほどにしなさいよ、メアリ。お父様も、
お母様も私を心配してるのではなく、家のことを、地位とか名誉、体面を気にしてるのよ!!」
突然、メアリが息をのんだ。その目はローズからリィへと移っている。
「なんてこと! リィ。あなたも! あなた……。首輪は……!?」
リィはメアリを凝視しながらも、一歩下がった。
「なんてこと! 大犯罪よ!首輪をはずすなんて。奴隷のくせに。うまくローズお嬢様に取り入ったのね」
フローラは予想だにしなかった事態におろおろしていた。ウィルも何がなんだか分からなかったが、メアリとかいう中年女がすごくムカツクやつということだけ分かった。ローレイもウィルときっと同じことを思ったのだろう。
背後でカチャっと手が剣に触れる音がした。
「ローズお嬢様を欺くことはできても私はできませんよ。奴隷のくせに、こんな大それたこと。ご主人様が優しく接してくださったことで、いい気にでもなったのかしら? 全くおぞましいわ」
「黙りなさい!!」
『黙れ!!!』
ローズとウィルとローレイが同時に叫んだ。
ウィルはキッとメアリをにらみつけた。こんなムカツク女がこの世界にいるなんてついぞ知らなかった。
リィの顔は蒼白だった。もう少しで泣きそうな顔をしてる。
メアリは口をつぐむと、ローレイの剣をちらりと見やり、一歩下がった。
「とにかくローズお嬢様、家出ごっこは終わりです。全くボードレール家の恥ですよ! お父様とお母様の顔に泥をぬることになります」
「ボ……ボードレール家?」
フローラがかすれた声で聞いた。その驚愕した顔はローズに向けられている。
「ボードレール家っていったら、伯爵家として有名じゃない……」
「爵位が何よ。そんなものくそくらえよ!」
「まぁ……」
メアリが息を呑んだ。
「ボードレール家の長女がそんなこと言うなんて……。ローズお嬢様、許されませんよ!!一体どうなされたんですか。そんなことを口にするなんて。そこの脱走奴隷に何を言われたんですか」
「もう一度リィのことを侮辱したら……」
ウィルの後を、ローレイが続けた。
「切るぞ」
メアリは再び口をつぐんだ。
ウィルはローズの方をむいた。
「よく話が読めないんだけど、ローズ、君は貴族なの?」
「そうよ! 悪い?」
ローズは顔を真っ赤にしている。
「私も偽名使ってたの。姓はアルカデルトではなく、ボードレール。伯爵家の娘よ」
「……」
「それが何よ」
ローズは沈黙しているウィルとローレイに食ってかかった。
「それが悪いっていうの!? あなた達からしたら、私の存在はきっと憎いんでしょうね。このカラーにも嫌悪を感じるでしょうね」
ローズはぐいっと乱暴に服の裾をたぐりあげた。
その上腕には他のカラーと違ってさまざまな装飾が施された、金の腕輪が光っていた。
ウィルは息を呑んで、そのカラーを見つめた。
「でも、なりたくて貴族なんかになったわけじゃないわ! 戻りたくない」
ローズはメアリの方を振り返った。
「私は戻らない。絶対に。あんな家に戻るくらいなら、今ここで死んだほうがマシよ! あの高慢ちきな女の顔も二度とみたくないわ!」
その場にいる者全員が固まっていた。誰もがどうすればいいのか分からなかった。
ローズはずっと肩を震わせていたが、二度ほど大きく息を吐くと、つんと顔をあげ、メアリを見据えた。
「メアリ。今すぐ立ち去りなさい。私は帰らない。お父様にもしっかりとそれを伝えることね」
威厳のある声だった。その立ち居振る舞いが高貴な家の出身であることをより感じさせる。
「私は絶対、戻らない。ローズ・ボードレールはもうこの世には存在しないわ」
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