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花咲く村 2

飛び立って、どれくらいの時間がたっただろうか。

今のウィルにはそんなことは、どうでも良い。

眼前に広がる世界に全てを奪われていた。

太陽に照らされ、きらきらと青く美しく輝く海。

緑に輝く島々の景色もとても綺麗である。

海の月らしい青と緑のコントラクションだと、ウィルは思った。

心地よい風が、ウィルの髪をなびかせる。

大鷲の羽の力強く動く音が、さらなる興奮を呼んだ。

前にいる、ローレイは飛び立ってから一言も口をきいていないが、きっとウィルと同様感動しているに違いない。

嘗てない、最高の気分だった。


その島が視界に入った時、ウィルは驚いた。

指をさして、聞く。

「あの島は……?」

だがローレイは何も答えない。

仕方なく、近くを飛んでいたレラに大声で聞いた。

「あれは、ポルテフラ島だ」

レラも大声で返す。

「見れば分かるはずだ。枯れている木が目立つだろう?」

「死の島……」

ウィルはその島を凝視した。

美しい景色の中で、その島は明らかに汚点だ。

確かにレラの言うとおり、枯れ木が目立つがそれは島の一部に過ぎず、他の部分は黒くて何も見えなかった。

近づくにつれ、島が大きく見えてくる。

ウィルは長い間、その島を見つめ続けた。

島の真上あたりという所で、ようやくウィルは気付いた。

島はそれ自体が黒いのではない。

いや、もしかしたら黒いのかもしれない。

だが今黒く見えている理由は、黒いスモッグのような得体の知れないものが島のほとんどを覆っていたからだ。

レラがカパッチをチリにぴったりと横につけ、ウィルに向かって言った。

「最近、妙な噂を聞く」

「どんな噂?」

「あの島はもともと死の島なのだが、ここ最近その環境がさらに悪くなっていっているらしい。不思議な病気が、一つの種類に限らず蔓延しているという話だ。ポルテフラ島のすぐ東にある、小さい島が見えるか?」

「うん、見える」

黒いスモッグのせいでその島全体は見えなかったが、正常な緑を持つ小さな島が確かにそこにある。

「あれはエコイカウン島。あの島で病気が蔓延しているという話だ。それに最近、上流貴族の使いがあの島によく来ている。どうも不穏な動きがある。私達は極力ここには近寄らない」


――ポルテフラ島に怪しげな動きがある


トムの小屋で聞いた、ローレイの報告。その怪しげな動きを封じるためにも、早く王になれとトムは言った。

だがもし遅れたらどうなるのだろうか? なれるかどうかさえも、難しい状況というのに。

そう考えると、胸がざわつく。

一体この島で何が……?

そこで思考停止させ、ウィルは無理やりその島を視線から外した。

気分まで悪くなってきたからだ。

後で考えよう。

後で、リィに相談してみよう。

ウィルはそう心に決め、他の所に目をやった。そこで水平線にもう一つの島が見えてきたことに気づく。かなり大きい島だ。海岸線がずっと横に伸びている。聞かなくても、あの島が分かったような気がした。

一番大きい島だと聞いた。

この世界の中心。王都がある島。

レラが叫んだ。

「オーラムステッラ島だ」

ウィルは興奮の波が押し寄せるのを感じた。

この国の繁栄の中心。その一方で、今の元凶の中心ともなっている。

その島の上空にたくさんの大鷲が飛んでいる。そして港には、数えきれないくらいの船。

だんだんと、その島はウィルに姿を見せ始める。

島の東部に、大きな岩山が見えた。そのふもとは森林で覆われている。非常に独特な形だ。

頂上は西部の方に向かって伸びているが、一つの山を頂上から真下に二つに割ったように、その先は崖になっている。直角三角形の直角を西側の地面に据えて、置いたような感じだ。

「あれは……?」

レラが答える。

「『世界の果て』だ。もちろん、知っているだろう?あれは私達蟻族の聖地でもある」

さすがに「世界の果て」のことは、ウィルも知っている。この世界で一番高い山。一番点に近いところ。

レラの声には誇りが混じっているのを感じ取れた。

「あの頂上には蟻族の者しか、行くことができない。普通の人には、あの岩山を登ることは不可能だ」

「行ったことがあるの?」

「もちろんだ。だがあの天に向って細く伸びている頂上には、足をつけたことはない」

「どうして?」

「恐怖に気を失うと言われている。一寸先は、世界で一番大きな崖だ。私達の中でも、あの頂上に立った者は、少ない。相当の精神力の持ち主でないと、立つことはできないと言われている。クリストフ・ボーディンを知っているね?」

「知らない」

ウィルは即答したが、レラは顔をしかめた。気を悪くしたようだ。

「私達蟻族の英雄だ。有名なんだが……。彼はあの『世界の果て』の頂上で、大鷲を操る力を手に入れたと言われている。私達の族はその時代奴隷として扱われていたが、それ以来確固たる地位を会得した。自由を手にしたのだ。空を飛ぶという自由、それは私達のみに与えられた『自由』だ」

ウィルは黙って、レラの話を聞いていた。なんとなくレラのことは、好きになれない。

蟻族の者は皆こうなのだろうか。自分達に誇りを持つことはいいことだと思うが、少し自尊しすぎているような気がする。それにルクへの執着も、聞いていた通りすごい。

「大鷲を扱うことができる力。それは私達蟻族の証でもあり、クリストフ以来代々受け継がれてきた貴重なものでもある。特別な、選ばれた力だ。君らは幸運だ。一時とはいえ、飛ぶことができたのだから。普通の人は決して――」

レラの長い話に適当に相槌を打っているうちに、島の中心が近付いてきた。

海岸近くとは雰囲気ががらりと変わり、大きな城が密集している。上空には蟻族の者が多くいた。レラに片手をあげて挨拶をし、飛び去っていく蟻族も何人かいた。

ひゅんっという風の音と同時に、一羽の大鷲がウィル達の乗っているチリの右横に並んだ。

後ろをついて来ていた、アクイラだ。

「見て!」

ローズの興奮した声が隣から聞こえる。

「私の言うことを聞いてくれるの! アクイラが私の言葉を理解するの!」

レラはローズに気づかず、まだ何かを話し続けていた。

「あの大きな城の集落の中に宮殿があるのかな?」

「まさか……」

ローズが信じられないといった顔をした。

「宮殿はもっともっと、大きいわ! もう少し北にあるわよ」

「ここらへんの地理を知っているの?」

答えたのは、ローズの後ろにいたリィだ。気のせいか、少し顔が曇っているように見える。

「私達が仕えていた伯爵家の城は、ここのあたりにあるの」

「大丈夫よ。絶対に見つかりっこないわ」

ローズはリィにというより、自分に言い聞かせるように言った。

「あら」

ローズは、ずっと黙っていたローレイの顔を覗き込むようにしながら、言った。

「顔がすごく青いわよ、ローレイ」

ローレイは何も答えない。不思議そうにしていたローズの顔に、笑みが広がった。

「分かった! あんた高所恐怖症なのね! 案外かわいいところあるじゃない」

ローズは遠慮なく、笑い始めた。ローレイは相変わらず、無言だ。だがウィルはその背中から、不吉なオーラが出てくるのを確かにはっきりと感じた。ローズの笑いとは反対に、ウィルは恐怖を感じる。リィもウィルと同じだったらしい。ローズの気をそらすのをねらったかのように、一点を指さして叫んだ。

「見て! 宮殿よ! ほら、シャーンティヒ宮殿」

ローズの注意も、ついでにウィルの注意をそちらに向けられる。

息を飲んだ。

真っ白な宮殿だった。しかも周りの大きな城に比べ物にならないくらい、大きい。

優雅な建築様式。美しい庭園。その中央には大きな噴水がある。周りにはたくさんの塔が立ち並び、敷地内にはいくつか森もある。花が咲き乱れる中庭。堂々とした威厳を感じさせるファサード。全てが壮大だった。

「敷地内を全部回るには、一週間かかるそうだ」

いつの間にか蟻族の話を終わらせていたレラが、横から言った。

ウィルはローレイの背中の横に身を乗り出しながら、食い入るよう見つめた。

自分はここで生まれ、お母さんとお父さんはここで暮らし、ここで死んだ。

エカルイア家の者は今ここにいる。

言うまでもなく、自分と繋がりの深い場所。

ウィルの中で、さまざまな感情が混じりあい、そしてこみ上げていた。


読んでくださってありがとうございます。

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