花咲く村 1
ウィルは、言うべき時が来たと確信した。
「僕は君に会ってから、体のあちこちが傷つけられている」
出発で忙しい朝。そんな場合ではないと分かっていても、今回はもう我慢ならない。
「君は人を一体何だと思っているの?僕は君のクッションじゃないんだ!」
「あっそ。とにかく、そこをどいて。邪魔よ。通行の邪魔」
ローズは全く臆さなかった。むしろ、強烈な睨みを効かせてくる。
ウィルは負けじと、目のあたりにぐっと力をこめた。
「だいたいあんたがぼぉっと、いつもいつも突っ立ってるからそうなるんでしょ?」
「違う。君がいつも僕を激突の楯にするんだ。今日だって椅子に足を取られたあと、壁にではなく真っすぐに僕の所に倒れてきたじゃないか。おかしいよ。角度がおかしい」
「ああ、もう! ツベコベうるさいわね。そこどいて。荷造りがまだ終わってないんだから」
ローズは、手に持っているリュックを激しく振った。
「倒れる方向を決められるなんて、君って本当にすごいよ。技術も根性も。見てよ。おかげであちこちに痣ができているんだ」
ウィルはいくつかの痣を見せようと、体を捻った。
だが当のローズはリュックを掴んでない手を腰に当て、顔は別の方に背けていた。全く見ていない。
ウィルが一生懸命ローズの前で体をくねらせている時、ローレイとリィが近くを通ったが、
ローレイはあからさまに怪訝な顔をし、リィは困惑した顔をしたが、かかわらない方がいいと判断したらしく二人ともそのまま過ぎて行った。
「そこの馬鹿。どきなさいよ」
ローズが低い声で唸った。
ウィルはようやく体捻りをやめると、溜息をついた。
「君もリィみたいな性格だったら良かったのオヴッ!」
言い切る前に、ローズのリュック顔面に凄い勢いで飛んできた。
あまりの痛さに、ウィルは両手で顔を押えて座り込んだ。
そこにはもう、ローズはいない。
今までで一番痛いと、ウィルは涙をにじませながら思った。
「おう、終わったか?」
にこにこしながら、アミンがウィルのもとにやってきた。
「笑い事じゃないよ」
ウィルは手で鼻をさすりながら、抗議した。
「ものすごく痛い。鼻が折れているかもしれない」
「う〜んと」
アミンはそう言うと、ウィルの顔を覗き込んだ。
「大丈夫だ、ウォルト。正常に鼻は前を向いてるよ」
「そう?よかった」
アミンは木箱関連のことを、全く知らない。そのためローズ達はまだウィルのことをまだウォルトと呼んでいた。ウィルは姓を名乗らなければ、関係のない人でも大丈夫ではないかという申し立てを他の3人にしてみたが、ローズの言葉で即却下された。
――あなたの年代またはそれより下の年代で『ウィル』と名乗る人は少ないわ。だって不吉じゃない。悲劇の王子の名前なんて。あなたは毒殺されたという噂も結構ひろまってるのよ。私だったら絶対にそんな名前、子供につけないわね。
ウィルはようやく立ち上がると、聞いた。
「ヴィタリーは?」
「まだ寝てるよ。体がまだ完全に回復していないから、起こさないでおこうと思うんだ」
ヴィタリーとは、この前の奴隷市で助けられた男の子のことだ。ここに来た日は強いショックのせいか、衰弱しきっていたが、手厚い看病のおかげで順調に回復してきていた。
「きっとあいつ悲しむだろうな。リィが行っちまうから」
「そうだね」
ヴィタリーはこの数日で、かなりリィに懐いていた。リィは必死でヴィタリーの看病をしており、寝かしつける時には美しい子守唄まで歌っていた。
「元気にやっていけよ」
アミンがウィルの背中をたたきながら言った。
「あーあ。お前たちがいなくなると寂しくなるな。当初は2人出発の予定だったのに、一気に4人になってしまったからな」
アミンはくしゃっと笑うと、鼻歌を歌いながら台所に向かった。ウィルは複雑な思いで、その背中を見つめた。
「船も海もこりごりよ」
ローズが、海に背を向けながら言った。
昼過ぎ、ウィル、ローレイ、リィ、ローズ、そしてピエールは海岸に立っていた。
この島は、昼は夜と打って変わってとても静かだ。
波が打ち寄せる音だけが聞こえる。
アミンはヴィタリーのために残ると言い、一行は再開を約束してピエールの家で別れた。
ピエールが空を見渡しながら言った。
「もうそろそろ来るころじゃ」
ローレイが突然ウィルを振り返る。
「ヘマをして落ちるんじゃないぞ」
「お、落ちないよ」
「どうだか」
ローレイはにやりと笑った。
「この前船の上で、大鷲に驚いて尻もちをついたのはどこの誰だ?」
ウィルの顔は真っ赤になる。
「な……」
「あ!来たわ」
横を見ると、リィが空の一点を指さしていた。
その先には小さな影が3つある。
ローレイの意識もそちらに向けられる。ウィルはちらりとローレイを見た。
気のせいだろうか。
久しぶりに、ローレイの顔に余裕が戻っているように見える。
ここ数日、何となくローレイの元気がないことをウィルは感じ取っていた。
もしかしたら、ただの思い過ごしかもしれないが……。
「ウィル殿」
気づくと、そばにピエールが来ていた。
「また会えることを願っている」
「僕もです。ピエールさん。ありがとうございます」
「聞くのを忘れておったが、トムは元気かね?」
「あ……少し体調を崩していましが、大丈夫だと思います。今頃士族の村でゆっくりと休養をとっているはずです」
ウィルは話しながら、心がしくしくと痛むのを感じた。
「そうか。それは良かった。ところでそのルクパティの木箱、それは時と場所を選ぶと言われておる」
「時と場所を選ぶ……?」
「そうじゃ。とにかく強大な力を持っておるということじゃ。その木箱に力を引き出させるには、王の素質が無ければならん」
「素質……」
「一方でもう一つ必要なものがある」
「それは何ですか?」
「それはウィル殿、お主が見つけなければならぬ。今の世界を見ることじゃ。目をそらさずに、できる限り見ておくのじゃ。そうすれば、きっとお主なら見つけられるとわしは思う」
バサッという音がして、三羽の大きな鷲がウィルたちの目の前に降り立った。
もちろんウィルは、こんなに近くで大鷲を見たのは初めてだ。
相手を見る大きな目は鋭く、その爪は人の命を一裂きで奪えそうである。
一番ウィル達に近い所に降り立った大鷲の背中から、一人の蟻族の者が降りて来た。(背が低いために、正面からは見えなかった。)
降りてきた蟻族の者は、ピエールと同じくらいの年齢で、白髪と白髭がボウボウに生えている。ウィルはフランクじいを思い出した。フランクじいも背の高い方ではなかったが、この目の前の蟻族の者はさらに慎重を縮めた感じだ。
「こんにちは、ピエール」
甲高い声だ。
「変わらず元気そうじゃな、レラ。ルクは受け取ったかの?」
「もちろんだ、恩人よ。さもなければ、私はここにはいない。前払いは蟻族の基本中の基本だ」
「その通りじゃな。紹介するぞ。左から、ローレイ、ウォルト、リィ、ローズ。こちらは飛族のレラじゃ」
「そしてこっちが」
レラがピエールの後を引き取って言った。その視線は大鷲に向けられている。
「私が乗ってきたのが、雄の大鷲カパッチ。その隣がカパッチの双子の弟チリ、そしてその隣がまだ若いメスのアクイラだ」
当然のことながら、大鷲は愛想を振りまかない。むしろどう猛にウィル達をにらみつけている。ウィルは思わず後ずさりをした――その時、信じられない言葉を聞いた。
「かわいい!」
目と耳を疑った。
ローズが恐れもせずに、アクイラに歩み寄っている。
「止まれ、危険だ」
レラが甲高い声で叫んだ。ローズの足がピタリ止まった。
「大鷲は私ら蟻族以外の者には懐かない。特にアクイラはまだ若いから凶暴だ。一人で近づくな」
「そうなの」
ローズはじっとアクイラを見つめている。アクイラは爪で砂浜をかいて砂を大きく散らしていたが、目の端でローズを捕えていた。
「でも何だか、大丈夫な気がするわ」
そう言うと、ローズはレラが止めるのも聞かず、一気にアクイラに近寄り、頭を撫でようと手を伸ばした。
その時だった。アクイラが突然紅紫色の光につつまれた。
「え……」
ウィルが瞬きをした後、その光は消えていた。
ローズは驚いて伸ばしかけた手を寸前で止めている。
ちらりと見ると、ローレイにもリィにも表情に驚愕の色が浮かんでいた。
だがレラはというとアクイラの散らしていた砂が目に入ったらしく、しきりに目をこすっており、ピエールは和やかに微笑んでいる。
驚くべきことが続けて起こった。
アクイラが突然甲高い鳴き声を上げたかと思うと、ローズの伸ばしかけた手に頭を押し付けてきた。頭突きではない。誰がどう見ても、それは甘えだった。
ようやくこするのをやめたレラは、目を見張った。
「そんな……。アクイラが……?」
「まぁ、いろいろと世の中には不思議なことがあるものじゃ」
ピエールがとりなすように言った。
「さて、レラ。そろそろ出発した方が良かろう。夕方までに着かないと、この4人を待っている者達が心配するじゃろうからな」
先日ローレイは華族のウィルのおばに、行く旨を伝える手紙を出していた。
「ああ、そうだな。ではウォルトとローレイやら。チリの方に来てくれ。慎重に」
ウィル達を誘導しながらも、その目はまだアクイラにそそがれている。ウィルは振り返って仰天する。ローズは今やアクイラに抱きついていた。リィが少し困惑したように、後ろに立っている。ウィルのすぐ後ろで、ローレイが誰に言うわけでもなくつぶやいた。ウィルは心の底から、同意してしまった。
「似た者同士」
「さて、お別れじゃな」
ピエールは大鷲の背中に乗った4人に向って言った。
ウィルは潮風を肺いっぱいに溜めこんだあと、口を開いた。
「本当にありがとうございました」
他の3人もそれぞれピエールに向って、お礼を言った。
「ウォルト、わしの言ったことを忘れるでないぞ」
ウィルは力強く頷いた。
「近いうちにまた手紙を書くぞ、レラ」
「分かった」
ピエールに別れの言葉を述べると、レラはカパッチに呼びかけた。
「行くぞ、カパッチ」
大鷲は人間の言葉を理解するらしい。それとも気持ちか。
カパッチは大きな羽を砂浜で2,3回羽ばたかせると、一気に飛び立ち、ローレイとウィルを乗せたチリ、ローズとリィを乗せたアクイラもそれに続いた。
今日の空は、吸い込まれそなくらい青かった。
まちがって原稿のデーターを消してしまい、やる気ゼロになっていたちょこみるくです。
読んでくださってありがとうございます。
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