認められし者 4
ウィル、ローレイ、リィ、ローズは、ウィルとローレイの部屋にいた。
どこかで見たことがある光景だった。
一方のベッドにウィルが座り、向い側のベッドにリィとローズが座る。
ウィルは手に木箱を握っていたが、木箱の光は先ほど消えてしまった。
部屋には重苦しい沈黙が続いていた。
とりあえずアミンが帰ってくることを考慮し、ウィル達の部屋に移動した。
だが、そこでまた行き詰る。
誰も何から話せばいいのか、分からなかった。
長く長く続いた沈黙の後、最初に静寂を破ったのはリィだった。
「ウォル…え…えっと……」
リィは思い切って口を開いたものの、すぐにしぼんでいった。
原因を察したウィルは慌てて言った。
「ウィル…ウィルでいいよ!」
リィが沈黙を破ってくれたのが、とても嬉しかった。
一人でこのまま悶々と考えていたら、気が変になりそうだった。
リィは真剣な面持ちで、ウィルを見た。
「それでは、まちがいないのね。あなたは……」
「名前はウィル・カシュー。それは、まちがいないよ。15年間その名前を呼ばれて育ったんだ。ただ、僕には自分が何物かははっきりとは分からない。というか、自覚がないんだ。僕だって、つい最近知ったことだから」
「こいつが王家の者であることは、100%まちがいない。残念なことにな」
ウィルには反撃する気力が残されてなかった。それにローレイの最後の言葉は、自分でももっともな意見だと思ってしまった。
「そんなことないわよ」
リィが優しくフォローした。
「あなたが王様だったら、きっと素敵な国になると思う。あなたみたいに優しい人がなってくれたら……」
「……ありがとう」
ウィルは素直にお礼を言った。たとえ嘘だとしても、気を使ってくれたのが嬉しかった。
「そんなことより」
ローズがキっとウィルを睨みつけた。
周りに不穏な空気が漂っている。
「さっきの紙に書かれてあった文章の最後の部分、もう一回呼んでくれない?」
ウィルは言われた通り、木箱からまた紙を取り出し、読んだ。
「認められざる者に口外することなかれ。さもなくば、死が汝を待つのみ」
「つまり、誰かに話したら……」
「死ぬんだね」
ウィルはローズの言葉を引き取った。
「ちょっと!」
ローズはベッドを立ち上がり、ウィルに詰めよった。
「な……何?」
「あんた、責任とんなさいよ!こんな物騒な掟、あんたのせいでしょ!?」
「そんな……」
「それはこちらのセリフだな……」
腕組みをしてローズを見ていたローレイが、しっかり聞こえるようにつぶやいた。ウィルは一波乱ありそうな予感に、身を縮ませた。
「何がこっちのセリフだな、なのよ!?」
ローズが予想通り、食ってかかった。しかも、ローレイの口真似付きで。
「迷惑しているのはこっちだろ!お前たちを助けたせいで、この木箱は何を血迷ったのか、お前たちを「認め」た。お陰で、俺達はこれからも、お前たちに縛られることになった。本当に厄介だ!いい迷惑だ!」
「その迷惑だったら、私達もでしょ!?」
ローズはすごい剣幕だった。ウィルは直視するに堪えなかった。
「あんた達がこんなめんどうな奴らだと分かっていたら、客船でもきっと別の人に頼んでたわ!」
「助けてもらった身分でよく言うよな。砂浜で死にかけてたくせに。ほっといてくれば良かったんだ」
「何ですって!?もう一度言って――」
「ストップ、ストップ!」
ついにリィの制裁が入り、ウィルはほっと胸を撫で下ろした。
リィはローズとローレイの間に入って、言った。
「もっと有効な時間の使い方をしましょう。前に進むために考えるのよ。後悔とか馬鹿なケンカとか何ももたらさないわよ」
ローズとローレイは、はっとしたような顔になると肩を落とした。だが、まだ睨み合っている。
険悪なムードを何とかしようと、ウィルも頑張った。二人とも考え込むような、難題繰り出してみる。
「あの光は何だったと思う?」
「ラージャの恩恵とかいうやつだと思うわ」
「……」
リィが即答してしまった。ただ、リィはその後に付け足した。
「それが、どういうものかは分からないわ。でも、あの光が紙に書いてあった恩恵だということは、まちがいないと思うんだけど」
ローズはローレイを睨むのをあっさりとやめ、質問した。
「どうして?」
「あの光は紅紫色だった。紅紫色はペガサスの象徴よ」
ローレイも睨むのをやめた。
「象徴……。ペガサスとかに詳しいのか?」
「全然」
リィは慌ててローレイに向って手を振った。
「でもね、王宮の歴史とか王家の秘宝とかペガサスに関する本が好きだったの。王立図書館で関係する本を読み漁ったわ。もちろん、核心に触れた本は皆無だった。でも事実かどうかは分からない伝説は、好きだったから結構知ってるつもりよ」
「王立図書館?」
ローレイが不審そうに眉をつりあげた。
「あそこにはある程度身分の高い者じゃないと、入れないと聞いたが……」
「あ…仕えていた伯爵家の方が、いつも連れて行ってくれたの」
「伯爵家にしては割と親切じゃないか……。それでも抜け出してくるなんて、相当嫌なことがあったのか?」
「いろいろあったのよ!」
答えたのはローズだった。少し顔が赤かった。
「あんたはきっと知る必要があると考えるでしょうけど、大事なのはこれからでしょ。誰だって触れられたくない過去は持ってるわ!」
ローレイはややいきり立っているローズを怪しげに見たが、何も言わなかった。
「聞きたいことがあるんだけど……」
ウィルが割って入った。
「あのエシミス島発の客船、オーラムスッテラ島行きだったでしょう?どうして逃げてきたのに、またもとの島に戻ろうと?」
「あの時、王国の軍隊が来てたのよ」
答えたのは、またローズだった。
「それがどうかしたの?」
「私達を捕まえに来たかと思ったわ。それで、慌ててあの船に乗ったの」
「まさか。たかが奴隷2人のために王国の軍隊が、動くと思ったのか?」
ローレイが信じられないという顔をして、言った。
ローズはまたもや反発をした。
「そうよ、悪い?あんたは奴隷の世界を知らないのよ。私達は運がよくてできたけど、普通だったら逃げられる可能性はかなり低いわ」
「そうなの?」
ウィルが聞いた。
「その通りよ」
リィが頷いて言った。
「銀色の首輪。あれを付けている限り、私達は主人なしで外泊ができないの。夜にさまよってたら、周りの人に通報される。そして通報した人は、お金がもらえる」
そこでリィは一度口を閉じ、まっすぐにウィルを見つめた。
「ウォル…じゃなくてウィル、奴隷制度は貴族と野族の間だけで成り立っていると思ったら大間違い。脇でその制度を受容している人が多くいる。それが制度を確固たるものにしているわ」
「つまりこの国全体が、問題ということだね?」
「ご名答。未来の王様」
リィは、にっこり微笑んだ。リィは少しごまかしたが、笑顔の裏の真摯な望みをウィルは見逃さなかった。
「それで、この島を出てどこに向かうの?」
ローズが腕組みをしながら、聞いた。
答えたのはローレイだった。
「オーラムステッラ島。華族の村に行く。こいつの母親の妹がいるんだ」
「エレン様は華族出身だったわね。華族の中でも際立つ、絶世の美女だったらしいわ」
「それにしても」
リィが考え込みながら言った。
「華族に行くなんて、これは導かれてるのか、偶然なのか……」
「どういうことだ?」
ローレイが聞いた。
「よく分からないんだけど、裏で王家と強い結びつきがあるみたいなの。オーラムステッラ島と行っても、北西の山の向こうの田舎に華族はいるのに、王家は代々華族とのつながりを大事にしているわ。まぁ、行って調べるしかないわね」
ウィルはリィを感嘆の眼差しで見た。
リィは「認められし者」で当然だと思った。すごく心強い。
ふと気付いた。
肩の荷が前より軽くなっている。
最初は王になるなんて絶対にあり得ないと思ってたけど、今はほんの少し、ほんのほんの少しだけ道が開いた気がする。
読んでくださってありがとうございます!
次回オーラムステッラ島へ!!