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認められし者 2

「お酒のにおいがすごい……」

ウィルは歩きながら、顔をしかめた。

ウィル、ローレイ、アミン、ピエールは真夜中に開かれる奴隷市へ向かっていた。ローズとリィは腕輪の色のため、この島をふらつくと非常に危険なので家に残ることになった。もっとも二人は「行きたい」とは、決して言わなかった。

あたりには酒場や胡散臭い店が所狭しと立ち並んでいる。

人通りも多く、4人ははぐれることのないよう細心の注意を払っていた。

「あいつらは毎晩毎晩大量の酒を飲んでいるからな……」

ウィルの前を歩いていた、アミンが答えた。

「そして酔いつぶれて、昼すぎまで寝ているんだ」

普通の町だったら、ウィルはキョロキョロとあたりを見回しながら進むところだが、今度ばかりは肩を縮ませて、前だけを見て歩いた。それくらい、危険な町だった。町を歩いている人のほとんどが、健全ではなかった。あの客船に乗っていた大男二人のようなやつらが、ここにはうようよいるのだと思うとウィルは吐き気とめまいを感じた。すぐに「行く」と言い出したことを後悔し、弱音をほとんど吐きそうになったが、なんとかこらえた。


見ておかなければならない。


どうしてそう思うのか、ウィル本人にも分からなかった。

ほとんど直観だ。全く根拠がない。

だがその直感が、ウィルの忍耐をかろうじて持ち堪えさせていた。


「そこの坊や」

もくもくと前を進むウィルに話しかけてきたのは、露出度の高い服をみにまとった女だった。酒の臭いがきつかった。

「どこに行くの?ねぇ坊や、私と一緒に少しお話をしましょ。お姉さんが、かわいがってあげる。あなたのそのかわいい顔、私は好きよ」

けばけばしい顔、だらりと垂れた金髪の髪、酒の臭い、話し方。どれを取ってもウィルに激しい嫌悪感を抱かせるものだった。こんな女もいるとは、ウィルはついぞ知らなかった。ウィルは無視を決め込んだが、女はしつこくついてきた。ウィルの歩調に合わせ、横を歩いてくる。店の薄暗い明りに、左腕にある暗緑の腕輪がぼんやりと照らされていた。

「ちょっと、冷たくしないで。お姉さん、傷ついちゃう――」

女は最後まで言い切ることができなかった。突然声もなくバタリと倒れた。

ウィルは驚いて、倒れた女を見つめた。通行人でその女を気にする者は、ウィル以外誰もいない。

「早く行け」

後ろを歩いていたローレイが、どすの利いた声で言った。

「でも、なんで突ぜ――」

ウィルはそこで口をつぐんだ。ローレイがちょうど一本の剣を腰に下げているところだった。どうやら鞘におさめたまま、後ろから剣で殴ったらしい。

ウィルは無言で前に向きなおり、再び歩き始めた。

虫唾が走るくらい嫌な女だったが、それでも女だ。少しだけ気の毒に思えた。


「着いたぞ」

アミンが振り返って、言った。

誰とも目が合わないように、下を向いて歩いていたウィルは顔を上げた。

そこは町の広場のようなところだった。

「ここ?」

ウィルは訝しげな顔をしながら、あたりを見回した。

人ごみが今まで通ってきた中で一番ひどかった。ここにいる人々は動かずに止まっているので、通りから人が流れ込むにつれ、混雑はますますひどくなっているようだった。

市場という割には、そこにはほとんど何もなかった。

大勢の人以外に目に入るものと言えば、古い木のステージと白い大きなテントだけだ。

キョロキョロしているウィルの肩を掴みながら、アミンは言った。

「俺は白いテントの前に張ってある、リストを見てくる。今日売り出される人々の性別や年齢が乗っているんだ。ローレイとウォルトはピエールじいさんからはぐれないようにしてくれよ」

「了解」

ウィルはなおも辺りを見回しながら、上の空で答えた。アミンは少し困った顔をしたが、ウィルの背後にいたローレイの「大丈夫だ」という目配せを受けた後、にかっと笑いテントの方へ走って行った。

「そんなに珍しいかね」

ピエールがゆったりとした、口調で聞いた。

混雑の中でも、不思議とピエールの言葉は静かに聞こえた。

「い…いえ……」

ウィルは見回すのをやめ、少し俯いた。

場にそぐわない浮薄な態度を非難されたようで、なんとなく恥ずかしかった。

「予算は1000ルク……」

「え?」

ウィルは顔を上げた。

「1000ルクを上回ったら、助けることができん」

「だいたい、いつもはどれくらいなんですか?」

「毎回違うが、平均して700ルクというところかの……。年少の子はやや安い値がつくもんじゃ」

「安い……」

ピエールは、口を閉ざしたウィルが何を考えているか察したように言った。

「人は、お金で買えるものではないのじゃがの。甚だ承知いたしかねることじゃが、これ以外適当な救出法がなくてな」

「じいさん!」

人ごみに揉まれながらも、テントの方からアミンが戻ってきた。

「今日は6歳の男の子が最年少みたいだぜ」

「そうか。ありがとう、アミン」

ウィルはふと疑問に思ったことを口にした。

「周りの人達って、多くが野族の人っぽいけど、奴隷が買えるほどお金を持っているの?」

「いや」

アミンが答えた。

「こいつらは、貴族や他の族の金持ちのやつらに雇われてここに来ている。やつらは代理で奴隷を買った後、依頼者のもとに送り届けるんだ」

アミンが言い終わるのと同時に、ステージの方から大音量の声が聞こえてきた。

「レディース&ジェントルマン!!」

見ると、ステージに場にそぐわない白い背広を着込んだ男が立っていた。わざわざセットしたのか、髭が優雅にカールしている。

ステージの男の呼びかけに、周りの人々が「ウオー」と歓声を上げたが、その歓声を上げたどの人も恐ろしいほど「レディース&ジェントルマン」からかけ離れていた。

「毎度ありがとうございます!今日もたくさん出品される予定です。盛り上がって行きましょう!」

男の呼びかけに応え、広場の人々がまたもや一斉に大声を上げる。身震いしたくなるような人々の熱気が感じられた。

「それでは一人目!」

ステージの男がステージの脇へ移動し、テントの方を手で示した。

テントの中から一人の図体のでかい男がやせ細った少年の腕を乱暴に引っ張りながら出てきた。少年は抵抗することなく、男に引っ張られるままステージに上った。

目がうつろだった。

近くで少年を品定めする声が聞こえてきた。

「見るからにひ弱だな」

「そうだな。きっとすぐに使い物にならなくなる」

ウィルは目の前の光景に呆然とした。

アミンが耳元で囁いた。

「あの少年がつけている、金属の太い首輪が見えるか?銀色のやつ」

ウィルは唾をごくりと飲みながら頷いた。

「あれは奴隷の証なんだ。あの首輪を外すには鍵が必要で、その鍵は奴隷を買った者、つまり主人に渡される」

ステージの男が叫んだ。

「14歳、男。それでは行きましょう!」

「200ルク!」

ウィル達の近くにいた男の声で、競りが始った。

「300!」

「450!」

非常に速いテンポで値は上がっていった。

ウィルは次第に競りの声が聞こえなくなるのを感じた。

信じられなかった。

こんなに恐ろしいことが、ここでは当たり前のように行われている。

異を唱える者はどこにもいない。

少年の生気のない顔をウィルは直視することができなかった。

「1350!」

甲高い叫び声と共に、少年の競りが終わった。

少年は男にまたもや引っ張られながら、ステージを降りテントに戻った。

2人目は10歳の少女。

3人目は18歳の少女。

そして、4人目。

5人目。

競りは滞ることなく、順調に進んでいった。

銀色の首輪をはめた者達の顔は、どれも深い絶望に満ちていた。10歳前後などの幼い子供達の中には、競りの間泣き叫ぶ子もいた。8歳の男の子は泣き叫びながら、自分を抑えている男の腕の中で激しくもがいていたが、一発激しく男に殴られると意識を失ったのかピタリと静かになった。


ウィルは目が熱くなるのを感じた。

やめろ。

やめてくれ。

叫びだしたかった。

おかしい。

同じ人なのに。

間違っている。

やめてくれ!


ウィルの心の叫びも虚しく、次々と人に値が付けられていった。

そして、14人目。

ウィルは棍棒で殴られたような気がした。背後でローレイが身じろぎをするのを感じた。

テントから現れた人。

それはオジエ夫人だった。

すっかり変わり果てた(なり)をしている。

体はやつれ、髪は乱れていた。絶望に打ちひしがれた表情をしている。

「34歳、女性!芸族出身!」

ステージ男の声を合図に、また競りが始まる。

オジエ夫人はぼんやりと、どこか空間を見つめていた。

ウィルの頭の中で子供の泣き声が反芻する。

カミーユ。

カミーユはどうしたのだろう?

まだ幼かったから、奴隷にはできないはずだ。

「アミン」

ウィルはかすれ声で聞いた。

「働けないくらい幼い子は…野族に捕えられたとして…親子で捕らえられたとして、どうなるのかな?」

「まず親子が引き離されるのは確実だな」

アミンはあっさりと答えた。

「んで、子供は、生きていられたら、それはすごくラッキーということだ」

とどめとも言える衝撃に、ウィルは頭がくらくらした。

カミーユ。

あの時、僕はカミーユを見捨てた。

そして自分だけ助かった。

なぜカミーユは捕えられ、自分は捕まらなかったのか。

カミーユを見捨ててまで逃げる価値が、自分にはあるのだろうか?


ウィルはもはや何も聞こえなかった。何も見えなかった。

小さな男の子がステージに出てきたのも、ピエールが「750ルク!」と叫んだのも気づかなかった。

ただその時、息をするのがとても苦しかった。

胸が張り裂けそうだった。

大声で叫びだしたかった。

なのに、自分にはどうすることもできない。

ウィルは爪が食い込むほど、両手の拳を握り締めた。

絶望的な無力感が次第に怒りへと変わり始める。

ウィルは心の底で沸々と湧き上がるものを感じた。

自分への怒り。世界への怒り。

怒りで震える全身を、ウィルは抑えることができなかった。



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