闇の島 6
それからしばらくの間、ウィル達はピエールの家でお世話になることになった。
アミンの作るおいいしいご飯も手伝って、4人は順調に体調を回復していった。
その日、ウィルは目覚めの良い朝を向かえた。体がすごく軽く感じた。
今までよっぽどストレスと疲労が溜まっていたのだろう。
朝御飯の手伝いをしようと思い、ベッドが立ち上がろうとした時、隣のベッドに寝ていたはずのローレイに呼び止められた。
「おい!」
「ローレイ…起きてたの?」
「話がある。ここを出ることについてだ」
ドスンと重い物がウィルの胃に落ちてきた。
「もう…出発するの?」
「いやまだ方法を考えていないから、今すぐというわけにはいかない」
ウィルはほっと胸を撫で下ろした。
良かった。
「だが」
ローレイが釘を刺すように言った。
「こんなところでモタモタしているわけにはいかないだろう?方法を見つけ次第、すぐに出る。まぁ、商人達の船に乗るのが妥当だと思うが」
そこでローレイは言葉を切り、考え込んだ。
ウィルはしばらくローレイを見つめていたが、今まで一番気になっていた質問をした。
「リィとローズはどうするの?」
「取引は終わった」
ローレイは簡潔に答えた。
予想通りの返答だった。
ウィルはがっかりした。
さらに気分が沈む。
いつからかローズとリィに仲間意識が芽生えていた。
きっと絶体絶命の危機を、一緒に乗り越えてきたからだ。
ここでお別れか。
「そうだね……」
ウィルは小さくつぶやいた。
「おう、おはよう、ウォルト」
台所に行くと、アミンがさわやかな笑顔で挨拶してきた。
手にはフライパンが握られており、中ではベーコンがじゅうじゅうと音をたてて焼けていた。
「おはよう」
ウィルもつられて笑顔で返した。
アミンの笑顔は好きだ。
いつも温かい気持ちになる。
「僕も手伝うよ。何をすればいい?」
「ありがとう。野菜を切ってくれるか?」
「分かった」
ウィルはアミンの隣に行き、野菜を切り始めた。
薬作りで包丁はよく使っていたので、慣れていた。
「ピエールさんは?」
「部屋でいろいろしているよ。ああ見えても、結構やらなければならないことが多いんだ」
「凄い人だよね。本当に」
「そうだよな」
アミンはベーコンを皿に盛りながら、相槌を打った。
「あの…アミンもピエールさんに助けられたの?その……」
ウィルは口ごもった。
アミンはすぐにウィルの聞こうとしていることを悟った。
「いや、俺は違うよ。ただ拾ってもらったんだ。路上を一人さまよっているところを」
「この島で?」
「ああ」
その時テーブルを拭いていた、アミンの顔が少し曇った。
ウィルはそれを見逃さなかった。
「ごめん、余計な事を聞いた」
「いや、いいんだ」
アミンはきっぱりと言った。
だがその後、しばらく気まずい沈黙が流れた。
ウィルの包丁の音だけがむなしく響いた。
ウィルは誰かが台所に入ってくるのを期待したが、誰も来なかった。
ローレイはまだ部屋で何やら考え事をしている。
「あのな、俺…」
唐突にアミンが口を開いた。
「俺…きっと軽蔑すると思うけど…俺…野族なんだ」
ウィルは息を呑んだ。
「汚らわしいだろう?」
アミンは自嘲するように言った。
「父親が野族なんだ。母親は知らねぇ。結婚なんてしてなかったみたいだし。父親は大方の野族のように、ろくでもない人だった。俺は野族の腕輪をつけられた後、すぐに捨てられたよ」
ウィルは言葉が出なかった。
「野族の腕輪を見たことがあるか?」
アミンの顔からはいつものさわやかな笑顔が消えていた。
ウィルは言葉なく、首を横に振った。
「暗い緑色なんだぜ。腕輪から腐ってる感じがする」
アミンはそう言うと、左腕の袖をめくり始めた。
肩に近いところで、アミンの言ったように暗緑色の腕輪が現れた。
「これは純野族の腕輪だ」
「どういう意味?」
ウィルは腕輪を恐る恐る見ながら、小さい声で聞いた。
「生まれた時から野族という者は、実は少数派なんだ。たいていは他の族の落ちこぼれが自分の腕輪を暗い緑色に染めて野族になり下がるんだ」
「ヒビが入っているね」
「ああ。外したかったからな。こんなの。憎んださ。俺はこの腕輪のせいで、この島に縛られている。他の場所に行ったって、周りの人から敬遠されるだけだろう?」
ウィルは黙ってアミンを見つめた。
「でも、この腕輪びくともしない。まぁ、外すことができたとしても俺は血も腐ってるけどな…」
「そんな……」
ウィルは絶句した。
うまく言葉にはできなかったが、アミンは間違っていると思った。
何か言ってあげたいと思ったが、無言でいるしかできなかった。
「そんなの関係ないだろう」
ウィルが振り返ると、いつの間にかローレイが台所に入ってきていた。
ローレイは腕組みをしたまま、壁に寄り掛かっていた。
「野族がどうとかである前に、お前はお前だ。親なんて、ましてや腕輪なんて関係ないだろう。大事なのはお前自身だ。お前がどうあるかだ」
ウィルが言いたかったことを、ローレイが代弁してくれたかのようだった。
アミンは不思議そうにローレイを見つめた。
「お前はピエールじいさんと同じことを言うだな。でも、この腕輪は外れないんだ……」
「腕輪なら外せるよ。ちゃんと職人に頼めば、外してもらえる。あとは好きな族に入れよ。どこの族でも、長老もしくは長の許可が下りれば入れるはずだ」
「でも野族の者を受け入れてくれる族なんて――」
「確かに難しいかもしれないが、」
ローレイは遮るように言った。
「不可能ではない。後はやはりお前次第だ」
そこでアミンは口を閉じた。
顔が明るい表情になっていた。
「ありがとう」
「よかったのう、アミン。わしの言った意味が分かったじゃろう?」
今度はピエール、続いてローズとリィが入ってきた。
どうやらドアの向こうで盗み聞きをしていたらしい。
「たまにはいいことを言うじゃない」
ローズが余裕の笑みをたたえながら言った。
ローレイは顔をしかめると、ふいと横を向いた。
「ありがとう。話して良かったよ。すっきりした」
アミンはいつもの笑顔で言った。
「リィのお陰だな」
「え?」
リィが驚いたように聞いた。
「リィの昨日の話を聞いて、感動したんだ。あんたは自分の過酷な運命にも真っ向から立ち向かってきただろう。話を聞いて、俺は心を動かされたんだ、リィは強いよ」
リィはまじまじとアミンのくしゃりとした笑顔を見つめた。
崩れていくものもあれば、積もっていくものもあるのかもしれない。まだはっきりとは分からないけど。
その狭い台所に暖かな空気が流れた。
ついでにおいしそうなベーコンの匂いも漂っていた。
「さて朝食にしようかの」
ピエールは楽しそうに言った。
その言葉を合図に、一同はテーブルにつき始めた。
だがウィルはしばらくぼんやりと突っ立っていた。
あのアミンの腕輪に入っていた亀裂。
前にも見たことがある。
そう、エシミス島のあのなつかしい小屋で。
トムの腕輪にも同じような亀裂が入っていた。
トムはどうして…どうして士族を辞めたいと思ったのだろうか?
いつ、そんなことを?
ローズの自分を呼ぶ声に、ウィルははっと我に返った。
そして無言で食卓についた。
読んでくださってありがとうございます。
ストーリーがなかなか遅々としてすすみません。(泣
展開を早くするよう、がんばります!(><)